翌朝、夜明け前の薄明かりが街を包む頃。
ギルドの裏手にある荒れた練兵場に、三人の人影があった。
昨日オーンスタインに声をかけた少年と、二人の少女だ。
彼らは冷え込む空気の中で肩を震わせ、期待と不安が入り混じった面筋で黄金の騎士を待っていた。
背後から、石畳を叩く重い足音が響く。
オーンスタインは、獅子兜を被らぬまま現れた。
赤い髪を後ろに束ね、煤けた黄金の甲冑を纏うその姿は、朝靄の中で神々しくもあり、同時にひどく孤独に見えた。
「……来たか」
「は、はい! よろしくお願いします!」
少年が安物の剣を握りしめ、威勢よく声を上げる。
だが、オーンスタインの眼光は、彼らの「構え」を見ただけで全てを見抜いていた。
「……剣を置け」
「えっ……?」
「その細い腕で鉄を振るい、力で小鬼(ゴブリン)をねじ伏せようとするな。貴公らの命は、その剣よりも遥かに軽い。一振りの重さに頼れば、次の瞬きで首を刈られるぞ」
オーンスタインは、布を巻いたままの十字槍を地面に突き立てた。
彼は自身が神族であり、生まれながらに人を超えた力を持つことを自覚している。
だからこそ、この「短命で脆い種族」が生き残るための術を説く際、その言葉は峻烈(しゅんれつ)を極めた。
「小鬼を観るな。奴らの『悪意』を観ろ。奴らは正々堂々と戦わぬ。闇に潜み、足を掬い、数で圧する。ならば、貴公らが為すべきは一つだ」
オーンスタインは、少年の目の前で一歩、静かに踏み込んだ。
鎧の重さを一切感じさせない、流れるような重心の移動。
「……『間合』を支配せよ。敵が届かぬ場所から打ち、敵が動く前に退く。技とは、筋力ではなく、地と己との繋がりから生まれるものだ」
彼は少年の持つ剣の平を、掌で軽く叩いた。
「突いてみろ。殺すつもりでな」
少年は戸惑いながらも、意を決して剣を突き出した。だが、オーンスタインは半身をわずかに翻しただけでそれをかわすと、少年の手首を軽く、しかし確実に打った。剣が石畳に転がり、高い音を立てる。
「……遅い。視線で先を読み、足首の動きで軌道を悟られている。貴公らは、神に祈れば剣が速くなるとでも思っているのか?」
「そ、それは……慈悲の神様が……」
傍らにいた少女が、首にかけた聖印を握りしめながら呟く。オーンスタインはその聖印を、感情の読めない瞳で見つめた。
「……神は、戦場(いくさば)にはおらぬ。いるのは、己の練達と、冷たい鉄だけだ。祈る暇があるならば、その指先にまで意識を巡らせろ」
それは、この世界の「奇跡」という理を全否定するかのような言葉だった。
だが、少年たちは反論できなかった。
目の前の男から放たれる圧倒的な戦士の気配――かつて竜という真の絶望と対峙し続けた者だけが持つ、死への「慣れ」が、彼らを圧倒していたからだ。
一刻(約二時間)ほどの間、オーンスタインは徹底して「足捌き」と「重心」だけを教え込んだ。
派手な技も、雷の奇跡も教えない。
ただ、死なないための、逃げるための、そして最小の力で急所を穿つための基礎。
「……今日はここまでだ。忘れるな。小鬼を殺すのは力ではない。『届かせない』という意志だ」
少年たちは泥だらけになりながらも、その瞳には昨日よりも強い火を宿していた。
彼らが去っていく背中を、オーンスタインは無言で見送る。
「……見ていたか、狩人よ」
彼が独りごちると、物陰から鉄兜の男――ゴブリンスレイヤーが現れた。彼はいつものように汚れ、血と泥の匂いをさせていた。
「……効率が悪い」
ゴブリンスレイヤーは短く言った。
「あんな教え方では、小鬼の不意打ちは防げない。毒矢一本で終わりだ」
「……左様か。だが、彼らには『生きたい』という欲がある。それを導くのが、先を歩く者の務めであろう」
「……俺に、教えることなどない。俺は、小鬼を殺すだけだ」
二人の視線は交わらない。
一方は、滅びゆく神代の誇りを抱き、次代の芽を無意識に守ろうとする黄金。
一方は、復讐という名の鎖に縛られ、ただ害獣を駆除し続ける灰色。
「……貴公のような男を、私は一人知っている。……名もなき、孤独な戦士だったがな」
オーンスタインの脳裏に、かつてアノール・ロンドの廃都で出会った、あるいは火を継ごうとした「灰」たちの姿が過った。
ゴブリンスレイヤーは何も答えず、ただ静かにギルドの中へと消えていった。
黄金の騎士は、手の中の十字槍を握り直す。
この脆弱な世界で、彼はいつの間にか、ただの「異物」から「師」へと、その在り方を変えようとしていた。
その内白霊とかも出すかどうか
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出せ
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出すな
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闇霊なら許す
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白も闇も出せ