赤い彗星の原点 ―赤いコスモス― ~ 何も知らずに、いられたなら 作:交差の魔導士
『父と子、宿る宿命』
サイド3、ムンゾ自治共和国。ジオン・ズム・ダイクン私邸の書斎には、重苦しい沈黙が垂れ込めていた。
窓の外には人工の太陽光に照らされた円筒形のコロニー内部が広がっているが、室内の空気は冷たく、歴史の分岐点特有の重圧に満ちている。
地球連邦軍の軍服に身を包んだヨハン・イブラヒム・レビル将軍は、目の前に座る旧友を見つめ、深く、重い吐息を漏らした。
「……連邦の首脳たちは、君を危惧しているよ、ジオン」
レビルは沈黙を破った。その声には、特使としての冷徹さと、かつての学友としての悲痛な響きが混在していた。
「君の掲げる『コントリズム』は、もはや単なる思想ではない。連邦の根幹を揺るがす脅威となりつつある。
連邦は、君の周りに集まる者たちに、君が "闘争"の道具として利用されるのではないかと恐れている。……いや、私自身もそう思わざるを得ないのだ」
対峙するジオン・ズム・ダイクンは、組んだ指の隙間から旧友を静かに見返した。その瞳には、狂気とも慈愛ともつかぬ、底知れない光が宿っている。
「君を、このような立場に追い込んでしまって、済まないと思っている。ヨハン……」
ダイクンの声は穏やかだった。だが、その背後に潜む決意は岩盤のように固い。
「だが、私の決心は変わらない。重力に魂を引かれた人々は、自らの手で宇宙(そら)の産声を聞こうとはしない。
人類は変わらなければならないのだ。たとえそれが、茨の道であろうとも」
「昔から、君の直感は鋭かった。……正直、私にも何が正しいのか分からなくなっている。連邦という組織の論理と、君の見据える未来の、どちらが正しいのかを」
レビルが自嘲気味に首を振った、その時だった。
重厚な木製のドアが控えめに開き、一人の少年が顔を出した。
「父さん、あ……ごめん、邪魔したね」
透き通るようなブロンドの髪と、幼いながらも強い意志を感じさせる青い瞳。ダイクンの息子、キャスバル・レム・ダイクンだった。
「息子のキャスバルだ。……ヨハン、以前に会ったのはいつだったかな?」
ダイクンの問いに、レビルは目元をわずかに和らげた。
「あっ……ヨハンおじさん、お久しぶりですね。」
少年の物怖じしない挨拶に、レビルは神妙に頷き、その小さな肩を包み込むような視線を送った。
「おお、随分と大きくなったな、キャスバル」
キャスバルの目が輝く。
「ヨハンおじさん、父さんとの話が済んだら、次は僕に地球の話を聞かせてよ。
そして父に向き直り、
「父さん、話はまた今度にするよ。」
そう言ってキャスパルは部屋を出て行った。
レビルは再びダイクンに向き直る。その表情は、先ほどよりも一層険しいものに変わっていた。
「……君に、似てしまったようだな……。」
ダイクンは愛おしそうに息子が去った後を見つめ、静かに、だが確信に満ちた口調で応えた。
「……そうなんだ。息子のためにも、私は "ニュータイプ" が出でる道を作らなければならない。人類が真に目覚めるための道を」
『父と子、宿る野望』
場所は変わり、共和国中央庁舎の最上階。
共和国議長デギン・ソド・ザビの執務室は、ダイクンの私邸とは対照的に、冷たく、計算しつくされた機能美に満ちていた。
薄暗い室内で、デギンは愛用の葉巻を燻らせていた。立ち上る煙の向こう側で、長男ギレンが歩み寄る。
「父上。例の『極秘計画』について、次の候補者リストをお持ちしました。」
ギレンは感情を削ぎ落とした声で言い、一枚の電子端末をデスクに置いた。
そこには、ザビ家が密かに進めてきた「ニュータイプ研究所」への隔離候補者リストが並んでいた。
人類を強制的に進化させ、闘争の道具として再定義するための、忌まわしき名簿である。
息子ギレンが強く推し進める『極秘計画』に、デギンは内心気が進んでいなかった。
デギンは重い腰を上げ、リストに目を通した。
だが、最上段に記されたその名を見た瞬間、彼の指先から葉巻が滑り落ちそうになった。
「……正気か、ギレン」
デギンの声が震えた。
「ジオン・ダイクンだと……? 共和国の象徴を、研究所の "実験体" にするというのか」
「左様です」
ギレンは眉ひとつ動かさずに応えた。
「ダイクンの資質は桁違いで、ニュータイプの始祖とも言うべき存在に違いありません。……人類の進化を解明する上で、これ以上の研究対象は存在しないかと」
デギンは愕然として息子を見た。
「お前の勘は……よく当たる。お前こそ、ニュータイプではないのか。」
その問いに、ギレンは表情も変えずに冷たく返した。
「さぁ、どうでしょうか……。興味ありませんな。
であったとしても、到底ダイクンに及ぶものではないでしょう。
もっとも、私はモルモットになる気はありませんが……。」
ギレンはデギンから手早くサインを回収すると、用は済んだと言わんばかりに背を向けた。
残されたデギンは、冷え切った葉巻を灰皿に押し付けた。
「うむ・・・。」
息子ギレンに一抹の不安を覚えるデギン。