赤い彗星の原点 ―赤いコスモス― ~ 何も知らずに、いられたなら   作:交差の魔導士

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宿命の足音

『宿命の足音』

コロニーの人工太陽がオレンジ色の残光を投げかけ、ムンゾの街並みを深い琥珀色に染め上げていたが、遠くから巨大な雲が迫っていた。

 

ジオン・ズム・ダイクンは、邸宅の書斎で一人、立ち尽くしていた。

 

「……何だ、この感覚は」

空気が震えるような、まるで、見えない巨大な網がこの邸宅を包囲しているかのような錯覚。

 

ジオンは耐えきれず、書斎を出て、邸宅の外へ足を踏み出す。

 

ジオンが外に出た後、邸の門前で足を止める人影があった。

幼いキャスバルと、彼の手を握る少女。ジンバ・ラルの末娘、レイリアだった。

レイリアは少し照れくさそうに、小さな箱を差し出す。

「キャスバル……これ、私が作ったの。受け取ってくれる?」

箱の中には、小さなペンダントが入っていた。赤い花の形をしている。

「コスモス……?亡くなった母さんとの思い出の花なんだ……。覚えていてくれたんだね」

キャスバルは周囲を見回す。

「……でも不思議だね。ここにはコスモスがたくさん咲いている」

レイリアは微笑んだ。

「ふふふ。」

「さては、レイリアの仕業だな?」

「キャスバル、お母さんが亡くなってから元気がなさそうだったから」

そして、そっと言った。

「このペンダントにはね、いつもお母さんと、私がついているの」

キャスパルの顔に、純粋で穏やかな笑顔が浮かんだ。

キャスバルは大切そうにペンダントを握り、そっとポケットへしまう。

 

その光景に気づいたジオンの背筋に、氷を突きつけられたような鋭い悪寒が走った。

 

(キャスバル! 入るんじゃない!)

 

声に出そうとした瞬間、キャスバルはレイリアに手を振って、邸の玄関へと駆け込んでしまった。

ジオンは反射的にキャスパルを追い、邸へ駆け戻る。

 

「キャスバル!」

 

一階の広間に飛び込んだジオンが見たのは、あまりに無機質で、残酷な光景だった。

そこには、黒い制服に身を包んだ男たちが、影のように音もなく立っていた。その中心で、一人の男がキャスバルの背後に立ち、その細い首筋に冷たい銃口を押し当てている。

 

「……動かないでいただこう、ダイクン閣下」

 

男の冷徹な声が響いた。

キャスバルは恐怖に目を見開き、父を求めて手を伸ばしかけ――銃口の感触に凍りついている。

 

「……私に、何の用だ」

 

ジオンは低く、地を這うような声で言った。全身の細胞が、目の前の敵を排除せよと叫んでいる。ニュータイプとしての力が、周囲の男たちの殺意を鮮明に映し出していた。

だが、息子を人質に取られた今、その力は何の意味もなさない。

 

「閣下には、人類の未来のために『協力』していただきたい場所があるのです。……抵抗すれば、ご子息の未来は今ここで潰えることになりますが?」

 

銃の撃鉄が上がる乾いた音が、静かな室内に響き渡った。

ジオンは、握りしめていた拳をゆっくりと解いた。その瞳から、指導者としての鋭い光が消え、一人の無力な父親としての色が混ざる。

 

「……分かった。投降する。だから、息子には手を出すな」

 

「賢明なご判断です、閣下」

 

ジオンの背後に回った男たちが、彼の腕を荒々しく拘束する。

「父さん……っ!」

キャスバルの悲痛な叫びが響いた。

二人は黒塗りの車両に押し込まれ、夕闇に沈む街へと連れ去られていく。

 

遠ざかる自宅の門前には、何も知らずに帰路につくレイリアの小さな後ろ姿だけが、残されていた。

 

 

 

「赤いコスモスの約束」

コロニーの奥深く。

外界から完全に隔離された区域に、その施設は存在していた。

極秘ニュータイプ研究所。

拘束されたジオンとキャスバルが、無機質な廊下を守衛に連れられ、奥へと進んでいく。 その途中、一つの独房の前で、キャスバルの足が止まった。

強化プラスチックの扉に穿たれた、小さな観測窓。

そこから覗く闇の奥に、一人の少女がいた。

「……何をしている。さっさと歩け!」

背後から守衛の粗野な声が響き、キャスバルの肩が乱暴に突き飛ばされる。

キャスバルはよろめきながらも歩き出したが、その瞬間。

不意に、頭の中に「声」が響いた。鼓膜を震わせる音ではない。脳の奥に直接、冷たい水滴が落ちたような澄んだ響きだった。

 

「僕はキャスバル。……君は?」

「私はララァ。……ここでずっと、一人でいるの」

 

意識を集中すると、まるで隣にその少女がいるかのように、鮮明なイメージが浮かび上がってきた。

浅黒い肌に、宇宙の深淵を湛えたような瞳。彼女の精神は、凄惨な実験によってボロボロに傷ついていた。

「他の人たちは、どうしたんだ?」

「……みんな、いなくなったわ。適合しなかった人は、記憶を消されて外に捨てられるの。適合した人は……壊れるまで、秘密の部屋で光を見せられ続けます。」

 

ララァの震える意識が、キャスバルに真実を告げる。

研究所にとって、利用価値のない人間は、証拠を残さぬよう記憶を削り取られ、抜け殻のように社会へと放逐される。

そして能力のある者は、研究対象として使い潰されるまで「実験」という名の拷問を繰り返されるのだ。

 

ララァの意識が、ふと別のものに触れた。

キャスバルの手の中。握りしめられている、小さなもの。

「……それは?」

キャスバルはレイリアから貰った、赤いコスモスのペンダントをポケットから取り出す。

"「ああ……これは、幼馴染みのレイリアが作ってくれたんだ。これを持っていれば、母さんとレイリアが

 いつもそばにいるって言ってくれた」"

 

「―― "赤いコスモス"。とても素敵なものですね……。私も、一度でいいから、そういうものがほしかった……」

その言葉は、深い孤独を湛えていた。

「何を言うんだ。……必ず、僕が君を助け出す。約束する。」

 

根拠のない誓いだった。だが、その瞬間、二人の精神が強く共鳴し、冷たい独房が一瞬だけ暖かい光に包まれたのをキャスバルは感じた。

 

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