赤い彗星の原点 ―赤いコスモス― ~ 何も知らずに、いられたなら   作:交差の魔導士

4 / 9
父と子、それぞれの道

『父と子、それぞれの道』

宇宙世紀0068年。

サイド3、ムンゾ自治共和国の建国の父、ジオン・ズム・ダイクン逝去。

その唐突すぎる死は、ザビ家の周到な情報操作により「心労による急性の病死」として公式発表された。

 

葬儀の喧騒から遠く離れた、デギン・ザビの執務室。

分厚いカーテンが引かれた薄暗い部屋の中で、デギン・ソド・ザビは苛立ちと不安を隠せずにいた。

 

「……ダイクンの息子が生き残っているようだが、本当に大丈夫なのか、ギレン。あの男の血を引いているのだぞ。いつか我々の喉元に牙を剥くのではないか」

老いた父の狼狽を、長男ギレン・ザビは冷ややかな瞳で見下ろしていた。

「ご案じには及びません、父上。研究所での彼の記憶は、完全に消去してあります。今頃は、父の突然の死に怯えるただの哀れな子供に過ぎませんよ。」

 

ギレンはグラスに注いだ琥珀色の液体を揺らし、冷静に続けた。

「それに、あの小せがれが仮に何かを語ったところで、誰が取り合いましょうか。

共和国協議会は、巧みな資金工作によって既に我々の手中にあります」

 

「……後の災いの禍根は、いっそここで断っておくべきではないのか……」

 

「無用な血を流すのは得策とは思えません。殉教者を作り出すことになれば、厄介な火種になります。疑いの目は確実に我々に向けられるでしょう。」

ギレンは静かに言い放った。

「むしろ、政敵であるジンバ・ラル共々、地球へ追い出すように仕向けることを考えています。

 そうして、"自ら国を捨てた者"として仕立て上げれば、民衆の支持は地に墜ちるでしょう。

 ここは事を荒立てず、腐らせておくのが上策かと」

 

「うむ……」

その冷徹さにデギンは背筋に冷たいものを感じ、ただ沈黙するしかなかった。

 

ギレンの言葉通り、ムンゾの空気は急速に変わりつつあった。

街角では「ダイクン暗殺」の噂がまことしやかに囁かれていたが、表立ってそれを公言する者はいない。

ザビ家の私兵と秘密警察の影が、人々の口を重く塞ぎ、見えざる恐怖となってコロニー全体を支配し始めていたのだ。

 

その息苦しいまでの重圧を、誰よりも痛感している男がいた。

ダイクン派の重鎮、ジンバ・ラルである。

 

「……みな、ザビ家の犬に成り下がってしまうのか……」

ジンバ・ラルは邸宅の書斎で、通信機を無念の思いで静かに置いた。かつての盟友たちは、もはや彼の通信に応じようともしない。孤立無援と成りつつあった。

このままサイド3に留まれば、遠からず暗殺されるか、反逆の罪を着せられて一族もろとも粛清されるのは火を見るより明らかだ。

 

重い足取りでリビングに向かうと、そこには痛ましい光景があった。

ソファの片隅で、幼いキャスバルが虚ろな目で宙を見つめている。

彼の記憶からは、あの地獄のような研究所の光景も、父の壮絶な最期も、ニュータイプとしての輝きも、すべてが欠落していた。

肉体的な衰弱は徐々に回復に向かっていたが、精神の芯を抜かれたように情緒は不安定で、窓辺を過る警備の足音にすら肩を震わせる、か細く怯えた少年になり果てていた。

その傍らで、実妹のアルテイシアと、ジンバの末娘であるレイリアが、キャスバルの冷たく震える手を両手で包み込むように握りしめている。

キャスバルはレイリアから貰ったコスモスのペンダントを見ると時折、見知らぬ少女の影が脳裏をよぎる。

「君は……、誰なんだ……。」

うわごとのように呟くキャスパル。

「大丈夫よ、兄さん……。私が、ずっと一緒にいるから」

アルテイシアが震える声で言う。二人を案じるレイリア。

ジンバ・ラルは強く目を閉じた。

(……ダイクン閣下。あなたの遺したこの子らを、ザビ家の毒牙にかけるわけにはいかない)

 

ジンバ・ラルは息子ランバ・ラルと日夜激論を続けていた。

「父上、ダイクン閣下の理想を貫くべきです。それを打ち捨てて、重力に魂を引かれた地球に逃げ込むなど、彼の意志に反する行為です。

 父上が彼の意志を継がねば、誰が継げるというのです!」

ランバ・ラルは、父に亡命を思い留まらせようと必死に食下がっていた。

「だが、死んでしまっては元も子もない。誇りだけでこの子らの命は守れない。生きていなければ、理想も明日もないのだ……。」

ジオンの理想を貫きこの地に留まるべきだと主張する息子と、未来を繋ぐために泥をすする覚悟を譲らない父。

口論の末、父を翻意させることが出来ないと悟ったランバ・ラルは、父たちの亡命を手助けはするものの、自身はここに残り続けると決意を固める。

 

息子と袂を分かつ悲しみを押し殺し、ジンバ・ラルは極秘裏に一本の通信回線を繋いだ。

相手は地球連邦軍の高官――かつてジオン・ダイクンと友情を交わした男、ヨハン・イブラヒム・レビル将軍であった。

『……分かった、ジンバ。君や友の遺児を、見殺しにはできん。手はずは整えよう』

通信越しに聞こえたレビルの声には、全てを包み込む包容力と悲哀が滲んでいた。

 

かくして、レビルが密かに手配した偽造貨物船に乗り込んだダイクン一家とラル家の一部は、ランバ・ラルに見送られ、暗い宇宙の海を渡り、青く輝く地球へとその身を投じた。

宇宙の独立と進化を説いたジオン・ダイクン。その血脈が、皮肉にも魂を縛り付ける忌まわしき重力の底へ落ちていく。

ザビ家の野望が渦巻くサイド3から遠ざかりながら、少年キャスバルの虚ろな瞳には、ただ青い星の光だけがぼんやりと映っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。