赤い彗星の原点 ―赤いコスモス― ~ 何も知らずに、いられたなら 作:交差の魔導士
『赤い彗星、二つ』
教導隊の巨大な地下モビルスーツ格納庫。
シャア、ランバ・ラル、そしてジョニー・ライデンの三人は、並び立つモビルスーツの間を歩いていた。
そこにはシャアのザグとは別の、赤いモビルスーツが世話しなく整備されていた。
「なんだ、あの機体……。もう一つの赤い彗星か?」
ジョニーが足を止め、その機体を仰ぎ見た。
「こっちの機体は操作性も安定していて、出力もある程度パイロットに合わせることが出来る。次の戦いに何とか投入することが出来そうだ。」
ラルは機体のスペックシートをジョニーに手渡した。
「で、誰が乗るんだ?」
「お前だ、ジョニー」
「ん? 教官、あんたが先だろ?」
ラルは足を止めず、ぶっきらぼうに言い放った。
「知るか。決めたのは俺ではない。文句があるならドズルに言え。」
「は……?」
ジョニーが絶句する傍らで、シャアが皮肉な笑みを浮かべていた。
「教官への道が遠のいたな。残念だったな。」
「……ちっ!」
シャアとラルは、そのまま次のブリーフィングへ向けて歩き去っていった。
しかし、ジョニーはしばらくその場に足を止め、その赤い「高機動型ザクⅡ」を眺めていた。
「……しかし、こっち機体のほうがカッコよくないか……。」
『慰霊の守り人』
大戦の帰趨を決するルウム宙域への進軍を数日後に控え、国内が慌しくなる中、シャアは喧騒を離れ、ランバ・ラルのもとを訪ねていた。
ランバ・ラルは、かつてのジオン・ダイクン邸の門前にいた。
「ハモン様に聞きました。毎年、ジオン・ダイクンの命日にはここにいらっしゃると。戦場へ発つ前に、あなたにご挨拶をと。」
「決戦が近いな。」
シャアはラルの隣に並び、"赤いコスモス" が咲いた庭を見渡した。
「あなたが……、手入れを?」
「ああ、私の妹が植えた花だそうだ。毎年、この時期に綺麗に咲いている。」
ジオン・ダイクンがこの門前で亡くなったことは公にはされていなかった。ランバ・ラルが密かに作った小さな慰霊のみがそこにあった。
「あなたのお父上はザビ家とは政敵でした。しかし、あなたここに留まり、不遇を囲っている。
ザビ家の戦いと知りながら敢えて軍に身を投じ、そこで兵たちから広く信頼を受けている。なぜ、そこまでしてここに?」
ラルは、遠く灰色の空を見上げた。
「私が去ればサイド3はザビ家一色に染まる。もとより、サイド3はザビ家だけのものではないのだ。だがら私は残っている。ジオン・ダイクンの慰霊と意志とともに。」
ラルの瞳に、激動の過去が去来する。
「私は、ここでジオンの最後を看取った。彼は死の間際、幼い息子を抱えていてね……。
私は彼からその子を頼まれていたが、その子の行く末を見届けることが出来なかった……。
ラルはしばらく言葉を詰まらせた。
「その子が今も、幸せであってくれるといいが……」
その言葉を聞いたシャアの口元が微かに震えた。
だが、彼は感情を押し殺し、静かに、しかしはっきりした声で答えた。
「その子は……、幸せであっても、そうでなくても、信念は曲げずにいると思いますよ。なぜなら、彼はジオンの子ですから・・・」
シャアは持参したささやかな一輪のコスモスを、門前の小さな慰霊にたむけた。
そしてラルに一礼し、その場を静かに後にする。
その後ろ姿を見送るラル。
(強くなったな、キャスバル……。今日だけは……そう呼ばせてくれ。)
「密書」
地球連邦軍、宇宙軍司令部。
目前に迫るルウム会戦に向け、総司令官ヨハン・イブラヒム・レビルの執務室は、深夜まで灯が消えることはなかった。
艦艇をどう配置すべきか、戦況図を見つめるレビルの眉間には深い皺が刻まれていた。
そこへ、副官が一通の密書を携えてきた。
「閣下、連邦軍政治顧問のジンバ・ラル様より、緊急の密書が届いております。」
「……ジンバが?」
レビルは顔を上げた。ジンバ・ラル。かつてジオン・ダイクンと共に理想を語り合った、古き学友であった。
「わざわざ密書など……。何事だ……」
レビルは封を切り、中にあった手紙に目を通した。
―― 親愛なるヨハン。
私宛に、あるジオン筋から奇妙なビデオメッセージが届いた。
内容は貴君に宛てたものである。にわかに信じがたい内容ではあるが、もしこれが真実であれば、我らが憂う戦局を根底から覆すものとなろう。
真偽の判断は、かつての友である貴君の眼に委ねたい ――
同封されていたのは、一個のマイクロデータチップだった。
レビルは副官を下がらせ、部屋の明かりを落とすと、一人でそのチップを端末に差し込んだ。
暗転したスクリーンに、ノイズと共に一人の青年が映し出された。
軍服に身を包み、素顔を晒したその男は、静かに口を開いた。
「――レビル殿下。お久しぶりです」
その顔と声を聞いた瞬間、レビルの背筋に電撃が走った。
「まさか……キャスパル!」
「かつて、私と妹アルテイシアのために亡命の手配を整え、地球での平穏な生活を保障してくださったこと……今も深く感謝しております。
事後の挨拶もできぬまま消息を絶った非礼を、どうかお許しください」
「私はジオンに潜入し、名をシャア・アズナブルと変えました。ご存知でしょうが……、 "赤い彗星" のシャアです。ですが、それはザビ家を内側から崩壊させるためなのです。
レビル閣下、ルウムの戦場において私は連邦軍に内応します。私は機を見て閣下に降伏信号を送ります。それが、私が内応する合図です」
静まり返った執務室で、レビルは深い、深い溜息と共に椅子に身体を預けた。
「……まさか、あの赤い彗星が……キャスバルなのか……」
にわかには信じがたかった。
だが、赤い彗星が、ニュータイプではないかと言われる戦闘能力、
動乱の勃発前、連邦特使としてジオン・ダイクンに面会した折に会ったキャスパルから感じた強いニュータイプ能力を、レビルは思い出していた。
すべての辻褄は合っていた。
「なるほど、ジオンの懐深くに入り込み、内側からザビ家を破滅させるのか……。」
戦況図を見るレビルの眉間には深い皺は消えていた。
「ルウムに勝機が見えて来たぞ。」