赤い彗星の原点 ―赤いコスモス― ~ 何も知らずに、いられたなら 作:交差の魔導士
『決戦』
サイド5、ルウム宙域。視界を埋め尽くす隕石群が静かに漂う「石の海」。
宇宙世紀の歴史は、この暗礁宙域をどちらが手中に収めるかによって、その先の行方を決めようとしていた。
ジオン全軍に作戦シナリオが展開される。
主力のドズル艦隊の最前線に、ジョニー・ライデンの「真紅のザクII」を配置。
連邦軍にそれを「赤い彗星」と錯覚させて正面へ引きつけ、その隙にシャアを有する別動艦隊が後方から挟撃する。
この戦いの切り札、ニュータイプ、ララァ・スンの初めての実戦投入、そのタイミングはギレン自らが握っていた。
戦端が開かれると同時に、ジョニーは戦場を縦横無尽に駆け抜けた。
一撃離脱を繰り返し、連邦のサラミス級巡洋艦を次々と翻弄する。
だが、挑発を続けるジョニーは違和感を覚え始めていた。
「おかしい……いくら挑発しても、連邦は本気で追ってこない。攻めれば後退する、目の前の敵は、本当に主力なのか……。囮ではないのか?」
ジョニーは即座にドズルの旗艦へ通信を入れた。
「閣下、敵の動きは不自然です! 誘い込まれている可能性があります、深追いは危険です!」
「何を言うか、ジョニー! 敵は我らに怖気づいている。別動艦隊を待つまでもない、ここが勝機だ。一気に突き崩せ。全軍、突撃!」
時を追うごとにジョニーの疑念は確信に変わっていった。
「引き釣り込まれている・・・。」
だが、誰もジョニーの忠告を聞こうとはしなかった。
彼は独断でシャアへの直通回線を開いた。
「シャア、こっちは囮だ。我々の動きは敵にバレている。だが、誰も聞こうとはしない! 敵の主力は隕石群に紛れ、きっとそっちに向かっている!」
シャアは落ち着き払った声で返した。
「ありがとう、ジョニー。
―― 君のその情報は、最大限に生かす、それが私の主義だ。
この作戦が終われば、君の言っていた、平和に、真っ当に生きていける日がやってくる。
だから、もう心配しなくていい。」
「シャア、どういう意味だ?」
ジョニーとの通信を切ったシャア
(ふっ……、ついに全てに決着をつける時がやってきた。
あとは、ララァをこちらに呼び寄せ、連邦軍に投降する。レビル閣下と共にギレンの本営を叩けば、遠くへ突き進んだドズルの主力は救援には間に合わないだろう)
その時、進軍するジオン別動艦隊の眼前に、突如として連邦軍の主力艦隊が姿を現した。
待ち伏せていた連邦の巨砲が一斉に火を噴き、不意を突かれたジオン艦隊は、戦う術もなく次々と宇宙の塵へと変えられていく。
戦力を温存させ、隕石の影から静かに戦況を見守るシャア。
『窮地の暴君』
「……別動艦隊、敵主力による奇襲を受け、全艦沈黙!
僅かにモビルスーツ隊を残すのみです!」
旗艦グレート・デギンのブリッジに、オペレーターの悲鳴が響き渡った。
「なに・・・!。」
(まずい……。今、敵主力にこの本営を突かれると支えきれない……。)
茫然と硬直するギレン。
その時、通信モニターにドズルの歪んだ顔が映し出された。
「兄貴……済まない! 敵の挑発に乗り、主力を深追いさせすぎた……。救援には、間に合いそうにない!」
「何たる失態だ……!」
矢継ぎ早にギレンにシャアから緊急入電が入る。
「総帥! モビルスーツ隊も壊滅寸前、本機も弾薬が底を突き、これ以上の維持は不可能です。急ぎ、ニュータイプをこちらへ投入し、援護を!」
ギレンは反射的に、シャアの要請を受けようとした。
だが、その言葉が唇まで出かかった瞬間――。
ギレンの背筋を、説明のつかない、凍り付くような「拒絶感」が走り抜けた。
(……何だ、この胸騒ぎは……)
この絶対絶命でのニュータイプの投入という最も妥当な判断の先に、取り返しのつかない破滅が自分を待っている。そんな、論理を無視した得体の知れない予感。
かつて父デキンから投げかけられた問いが、ギレンの脳裏に浮かぶ。
―― お前の勘は……よく当たる。お前こそ、ニュータイプではないのか。 ――
(そうなのか……いや、私の進む道にその問いは無用のはずだ。
しかし、なぜここでニュータイプを使うことに、これほどまでに躊躇するのか。使うべき時は、まだ別にあるとでも言うのか……この期に及んで……)
しばらく葛藤の沈黙に悶える中、ギレンの脳裏に一筋の光明が走る。
―― 逆境こそが、己の "狂気" を覚醒させる ――
「私にはまだ、残されているものがある……。」
冷静さを取り戻し、目を見開いたギレンは、シャアに告げる。
「ニュータイプの投入は不要だ。別動艦隊の大半を失ったとは言え、私には最大の戦力、
―― まだ "君" が残っている。
シャア、君の前にいる敵は全て、君が叩け!」
―― 何!
「ですが、弾薬がもうありません!」
「武器はこのグレート・デギンから、ニュータイプが君の予想進路を割り出し、その“未来位置”に向かって武器を射出する。
困難は承知の上だが、確実に受け取ってくれ。」
ギレンは傍らで控えるララァを、横目で冷たく一瞥した。
「一回たりとも外すでないぞ」
「は、はい!」
ララァを見捨てて連邦軍に寝返るか、決断を迫られるシャア。
「ええい、運のいい男め!」
『鬼神の彗星』
ルウムの戦場は、完全な連邦軍の勝機に包まれていた。
ジオン別動艦隊は壊滅。残るは敗残兵のみ――。
だが、その歓喜の真っ只中に、一筋の不吉な紅い光が突き刺さる。
「……前方に一機! 赤いザク、赤い彗星です!」
「……何? こちら側にはいないはずだ!」
「赤い彗星と言えどもたかだが1機だ。一斉射撃で撃ち落とせ」
サラミス級巡洋艦から放たれるメガ粒子砲の弾幕が、宇宙(そら)を格子状に焼き尽くす。
だが、その光の網の目を、紅い機体は高速機動で潜り抜けていく。
「当らなければ、どうと言うことは無い!」
一方、連邦軍総旗艦アナンケ。
戦況を見守っていたレビル将軍は、当惑を隠せない。
(こんな無謀な状況でも降伏信号を出さない……。どうなっているんだ……。キャスパル、死ぬつもりなのか。)
予定されていた内応は起きない。それどころか、シャアの駆る機体は、死を恐れぬ鬼神となって連邦軍の侵攻の前に立ちはだかっていた。
傷付く赤いモビルスーツ。
シャアの視界には、機体の損害を示す赤い警告表示が重なり、埋め尽くしていく。
スラスター残量低下。装甲脱落。メインカメラの損壊。
それでも、彼の動きは止まらない。
グレート・デギンのブリッジ。巨大な戦場マップには、ジオン軍の敗北を示すワーニングサインが数多点灯している。
それを見守るキシリア・ザビが、焦燥を堪えきれずに口を開いた。
「兄上、ここはもう……撤退すべきです。
別動艦隊は全滅し、主力艦隊の救援も期待できない今となっては、これ以上の損害は国家の存続に関わります。」
マップの上では、シャアを示す一つの「赤い点」が、圧倒的な数の「青い点」に圧し潰されそうだった。
ギレンは立ち上がり、硝子越しの暗黒の宇宙を静かに見つめる。
「……いや、
この戦いは、私の勝ちだ。
―――あの男ならば、……やってくれる。
私の目に、狂いはない。」
宇宙世紀0079年、ルウム宙域。 一人の戦士の狂った執念と、一人の暴君の狂った信頼。
二つの孤高は交差し、――― "赤いコスモス" の彗星は、さらなる加速を見せていた。
『変わる潮目』
傷付きながら、ただ一機で連邦艦隊の進軍宙域に立ち塞がり、押し止め続けるシャア。
戦いの潮目は、にわかに変わろうとしていた。
連邦軍艦隊司令部。
「後方、高熱源反応多数!」
オペレーターの声が響く。
「識別完了――ジオン主力艦隊です!」
艦橋にざわめきが走る。スクリーンに映し出されたのは、猛烈な速度で接近してくる艦隊だった。
ドズル・ザビ率いるジオン主力艦隊がギレン本営の救援ではなく、連邦軍の後方に展開し、挟撃しようとしていたのであった。
参謀が叫ぶ。
「このままでは挟撃されます!」
後方待機中の連邦エースパイロット達にも緊急命令が下る。
「テネス大尉、スレッガー中尉!緊急発進要請です!」
機体に乗り込むスレッガー。
「大尉、あの赤い彗星のシャアは、本当にニュータイプなんですか?」
テネスは黙々と発進準備を続け、コックピットでヘルメットを被る。
「さあな、中尉。だが一つだけ確かなことがある。私とお前で、今ここで奴を倒せなければ――連邦に、もう望みはない。」
「悲しいけど……これ、戦争なんですね。」
「そうだ。テネス、スレッガー、出るぞ!」
発進カタパルトが唸る。
シャアは連邦軍の両エースパイロット、テネス、スレッガーと遭遇。
二人との死闘の中、シャアはテネスにニュータイプの素養を感じ取る。
「君は君の才能にまだ気づいていない。君とは分かり合えたかもしれない。だが、君はいずれ私の行く手を阻むものとなるだろう。」
「……なんだ、今の声は、どこから……この感覚は、何なんだ……」
「君が覚醒する前に、私は君を倒さなければならない。済まない。」
テネスの脳裏に、奇妙な感覚が走った。自分が撃墜される未来。
「……"時"が、見える……
ニュータイプ……、そうか、こういうことだったのか!」
シャアは、テネスの未来の位置へ引き金を引く。
テネスの機体が、宇宙に四散する。
その爆炎の中で――テネスの意志が、シャアの脳裏に届いた。
(シャア・・・・君が必ず、ニュータイプの未来を、切り開け・・・)
シャアは歯を食いしばり、声が震える。
「……分かった。……うっ……!」
その戦闘の余波の中、スレッガーは機体は半壊しながらも辛うじて離脱した。
「大尉……。仇は……私が必ず……。」
戦場の潮目は、完全に変わっていた。
シャア一機のために足止めされた連邦主力艦隊は、ドズル艦隊の包囲網に摺りつぶされていく。
赤い彗星、シャア・アズナブル。
彼一人により、戦艦五隻が撃沈。
損傷を与えた艦艇、数知れず。
連邦軍総旗艦アナンケ。
参謀が静かに告げる。
「閣下……本艦は敵に捕捉されました。」
レビルは目を閉じた。
「……分かっている。」
(キャスバル、いや、シャア・・・。君はこの "闘争" に、どう幕を引くつもりなんだ・・・。)
『コスモスの下で』
ルウム会戦の勝利は、ジオン公国全土を歓喜に包んでいた。
街路には無数の旗が掲げられ、広場には人々が溢れる。誰もが同じ名を叫んでいた。
――赤い彗星、シャア・アズナブル
だが、シャアの胸中は、祝福とは程遠かった。
「まだ……遠い。」
歓声の海の中で、シャアはただ静かにそう思っていた。
自らが背負う宿命。その道のりは、まだ始まったばかりだった。
戦勝祝典は、眩い光に満ちていた。
壇上には、ジオン公国総帥――ギレン・ザビ。
ギレンに壇上に招かれるシャア
「……シャア、私は君を信じていた。心から礼を言わせてくれ。」
ギレンはシャアに微笑みかけ、シャアの胸元に最高位の勲章を授与した。
ギレンがふと、シャアに語りかけた。
「……やはり、君とは以前どこかで会っているような気がしてならないのだが……。」
シャアは微動だにせず、穏やに答えた。
「誠に恐れ入ります、閣下。しかしながら、私の記憶には、思い当たることがございません。」
ギレンはしばしシャアを見つめた。
「そうか……。私の気のせいだろう、忘れてくれ。」
その後、シャアはギレンからニュータイプ部隊の全権を委譲されることになる。
そして、シャアの傍らには、ララァがいた。
数日後。
シャアとララァは、サイド3の一角を訪れていた。
かつての――ジオン・ズム・ダイクン邸。
門前には、小さな父の慰霊があった。
慰霊に静かに祈りを捧げる二人
ララァはふと、庭の花々に目を向けた。
「あっ、"赤いコスモス"」
シャアも視線を向ける。
幼い日の記憶が、走馬灯のように蘇る。
父の姿、母の姿。
そして――あの日の悲劇。
すべては、この場所から始まった。
シャアは静かに呟いた。
「私は、君だけでなく、全てのニュータイプを解放してみせる。
父とは違う、私自身のやり方で。
どうかそれまで待っていてほしい。」
ララァは優しく微笑む。
「ええ、いつまでも待っています」
この時、二人は、約束された未来が待っていると思っていた ―――
その二人の影の足元で―――、レイリアの植えた "赤いコスモス" が、風に揺れていた。