俺は、彼女の左腕に備えられた円盤状の盾に、そっと額を預けた。
冷たく硬質な感触。その奥で絶え間なく砂が零れ落ち、精緻な歯車が噛み合う微かな振動が、俺の頭蓋へと直接伝わってくる。
「……頼むよ、ほむらちゃん。俺を、君の一部にしてくれ」
瞳を閉じ、己という存在の境界線を曖昧にしていく。
自分の意識、記憶、そして上位次元の観測者としての因果……そのすべてを彼女へと明け渡すイメージ。彼女が何十回、何百回と積み上げてきた漆黒の「渇望」に、俺の「彼女を救いたい」という純粋な願いを重ね合わせ、一本の糸へと紡ぎ直していく。
感覚が、溶けていく。
紫色の深い闇が、俺の意識を飲み込もうとした、まさにその瞬間だった。
(……っ!?)
突如として、予定していなかった強烈な「雑念」が、俺たちの意識の隙間へと滑り込んできた。
それは、凍てついたほむらちゃんの心象風景とは正反対の、日だまりのような温度。
どこまでも温かく、すべてを許すように優しく、そしてこの宇宙そのものよりも広大で、圧倒的な存在感。
意識の深淵。暗い海の底に差し込んだ一筋の光のように、その「誰か」の気配が俺を包み込む。
(……まどか……?)
それは、鹿目まどかだった。
けれど、俺の知る一人の少女としての彼女ではない。
数多の時間軸の果てに、すべての魔法少女の絶望を背負って概念へと昇華した、あの「円環の理」としての彼女の残照。
彼女は、そこにいた。
途方もない慈愛と、宇宙規模の孤独を抱えながら。
どこまでも悲しげに、けれど、再会を喜ぶように穏やかに。
俺とほむらちゃんが繋がろうとしたその刹那、概念となった彼女の意識が、時空の彼方から俺たちの魂に触れたのだ。
「……まどか、なの……?」
ほむらちゃんの震える声が、俺の脳裏で直接響く。
重なり合った魂を通じて、彼女もまた、その「温かな雑念」を感じ取っていた。
悲しげに笑うその光は、俺たちの無謀な「叛逆」を、静かに見守っているようでもあり……あるいは、これから始まる地獄のような変革を、案じているようでもあった。
魂の混濁の中で、俺はその温もりに身を委ねながらも、強く念じた。
(……ごめんな、まどか。俺たちは、君が自分を犠牲にして作ったこの理を……一度、ぶち壊しに行くよ。……君を、一人の女の子として連れ戻すために)
雑念は、柔らかな光となって俺たちの意識の奥底へと溶け込んでいく。
それは皮肉にも、インキュベーターの理を打ち砕く「永劫破壊」の術式を完成させるための、最後の一欠片……最も高純度な「神の祝福」となってしまった。
光が爆発する。
俺とほむらちゃんの意識が、ついに一つの「法則」へと昇華された。
俺の肉体は、魂ごとほむらちゃんの聖遺物である『盾』へと吸い込まれ、彼女の魂の深淵へとダイブした。
境界が消え、彼女の意識と俺の意識が猛烈な勢いで混濁していく。
だがその瞬間、俺は自分の見積もりの甘さを、魂が削れるような衝撃と共に痛感した。
(……あ、これ、やばい……!)
暁美ほむらが抱える、鹿目まどかへの想い。
俺はその「底値」も「上限」も、完全に舐めていた。
魂が繋がった途端、全方位から爆音のノイズで「まどかが好きだ」という叫びを直接脳内に書き込まれるような、凄まじい精神汚染が始まった。
それは愛という名の暴力であり、銀河一つを容易に飲み込むブラックホールのような渇望だ。
意識の端から端までが「まどか」という概念で塗り潰され、俺という個我の形が、彼女の巨大な情念の濁流に呑み込まれて霧散しそうになる。
「あ……が……っ!」
思考が白濁し、自分が誰なのかさえ忘却の彼方へ押し流されそうになる。
だが、その絶望的な嵐の真っ只中で、俺は「一本の細い糸」を見つけた。
それは、ほむらちゃんの心の奥底に微かに灯った、俺という『共犯者』に対する確かな情愛と信頼。
「一人にしないで」「そばにいて」という、まどかへの想いとはまた違う、俺というイレギュラーに向けられた縋るような熱量。
俺はその微かな熱を、暗い海で見つけた唯一の命綱として必死に掴み取った。
(……これだ。これがある限り……俺は俺でいられる……!)
その一点を核にして、俺はバラバラになりかけた魂の輪郭をかろうじて繋ぎ止めた。
流石は、まどかと並ぶほどの巨大な因果の糸が幾重にも絡みついた魂だ。これほどまでに重く、深く、歪な愛を一人で抱えて、彼女はあの無限の時間を彷徨っていたのか。
濁流が、ゆっくりと静まっていく。
俺という存在は、彼女の魂の欠片として、その深淵に深く、深く定着した。
「……まどか。そこに、いるのね?」
彼女の声が、俺の意識のすべてに響き渡る。
それは、孤独な少女が初めて手に入れた「自分自身の理解者」への、震えるような問いかけだった。
俺は彼女の魂の内側から、力強く、けれど優しく微笑み返した。
(ああ、ここにいるよ。……俺は、ここにいるよ)
暁美ほむらという一人の少女と、俺という観測者の魂。
二つの因果が一つに混ざり合い、宇宙の理を書き換えるための、禍々しくも美しい「神の萌芽」が、今ここに誕生した。
魂が混濁し、彼女の深淵へと溶け込んでいく中で、俺は彼女の意識の核に、この「異世界の理(ことわり)」の全容を刻み込んでいった。
「……いいかい、ほむらちゃん。この術式『永劫破壊《エイヴィヒカイト》』には、四つの位階が存在する」
俺の声は、彼女の思考そのものとなって響く。
「第一段階、活動
彼女の意識が、知識を貪るように俺の言葉を吸い込んでいく。
「だが、ここからが本番だ。第三段階、創造
俺は、彼女の魂の奥底で燻る焔を指し示した。
「一つは、自分自身がどうありたいかを願う『求道』。もう一つは、外の世界をどう変えたいかを願う『覇道』だ」
ほむらちゃんの意識が、微かに揺れた。
「……これまでの君は、そう。まどかに守られる私じゃなくて、彼女を守れる私になりたい……。それは自分自身の在り方を問う、純粋な『求道』の渇望だった。だからこそ、君は孤独なループの中で、自分だけを摩耗させ続けてきたんだ」
だが、今の彼女は違う。
俺というイレギュラーを喰らい、この残酷な宇宙そのものを敵に回すと決めた今の彼女は。
「今の君の願いは、もう自分一人の完結を求めていない。『まどかを救済の犠牲にしないための世界を創りたい』。それは外側の理を破壊し、再構築しようとする、剥き出しの『覇道』だ」
俺は確信を持って、彼女の魂の最深部を揺さぶった。
「そして第四段階、流出
沈黙が、宇宙の深淵のような静寂が、俺たちの混ざり合った魂を包み込む。
やがて、彼女の意志が、かつてないほど強固な「法則」を帯びて立ち上がった。
「……求道から、覇道へ。私が、まどかのために世界そのものを塗り替える……」
彼女の呟きは、もはや迷える少女のものではなかった。
それは、これから誕生する新たなる神の、最初の一声だった。
「ええ……いいわ。インキュベーターのまどろっこしい理屈なんて、私の渇望ですべて焼き尽くしてあげる。……私と一緒に来てくれるわね、まどか?」
俺は彼女の魂の盾として、その意志に寄り添った。
魂の深淵、静寂と情念が渦巻くその中心で、俺は彼女の意識を導くように語りかけた。
「……気づいているかい、ほむらちゃん。君は既に、この宇宙の法則を逸脱した力を手にしているんだ」
俺たちの意識を繋ぐ盾が、カチリと時を刻む。
「時間軸を巻き戻し、世界の時を止める……。それは本来、覇道神が第四段階――『流出』に至って初めて行使できるような、宇宙規模の法則操作だ。君はインキュベーターとの契約という歪な形ではあっても、既に神の御業の片鱗を自らの血肉にしている。だから……第三段階『創造』に到達するのも、そう難しくはないはずだ」
俺は彼女の魂の原風景をそっと指し示した。そこには、数え切れないほどのループの記憶が、瓦礫の山のように積み重なっている。
「ただ、問題は君の『渇望』の形だ。……何が君を突き動かしているのか。何が君の魂の芯にあるのか」
彼女の意識が、過去へと手を伸ばす。
「魔法少女になったばかりの君の原点。……マミさんとまどかに助けられ、あの眩い二人に憧れて、自分も彼女たちの隣に立ちたいと願ったあの時の想い『まどかとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守れる私になりたい』か。……それとも、まどかと二人でワルプルギスの夜を倒した時、彼女から全てを託され、『何度繰り返すことになっても必ず助ける』と誓ったあの時の呪いか」
俺は彼女の震える肩を抱くように、言葉を重ねた。
「どちらにせよ、これまでの君の力は、自分を鍛え、自分を強くする『自己強化』の域を出なかった。それは自分一人の在り方を定義する『求道』の理だ。……けれど、今の君はもう、自分一人が強くなるだけでは足りないことを知っている。まどかと共にワルプルギスに挑んでも、最後には彼女が最強の魔法少女――そして最悪の魔女になってしまう、あの絶望的な袋小路を……君は見てきた」
俺は彼女の魂の奥底で、新たに燃え上がり始めた黒い焔を見つめた。
「だからこそ、今、君が抱いている渇望は……この世界の理そのものを変えたいという、強烈な『覇道』へと変質しているはずだ。……まどかが魔法少女になる必要のない世界。あの子が犠牲にならずに済む、新しい宇宙の法則……」
俺の言葉に呼応するように、盾の歯車が狂ったような速度で回転を始める。
「もし君がこの渇望を以て『流出』に至れば……塗り替えられる法則は一つだ。この宇宙から『魔法少女』というシステムそのものを消滅させる。契約も、魔女も、絶望の連鎖も存在しない……そんな世界法則に、君の色で宇宙を塗り替えるんだ」
「……魔法少女が、いなくなる世界」
彼女の意識が、その可能性に震えた。それは、彼女がどれほど願っても辿り着けなかった、究極の救済。
「そう。インキュベーターの家畜としてではなく、ただの女の子としてまどかが笑っていられる……そんな理だ。……ほむらちゃん、君ならできる。俺という因果を取り込み、別宇宙の法則を知った今の君なら、その『創造』は既に君の指先に掛かっているんだ」
漆黒の光が、彼女の魂から溢れ出した。
それは、かつて彼女が「悪魔」と呼ばれた時に見せた輝きよりも、ずっと深く、ずっと神々しい――。
「……ええ。わかったわ、まどか。私の渇望……。この宇宙の汚れた理をすべて拭い去って、あの子がただの人間として幸せになれる、新しい夜明けを創り出す……!」
その宣言と共に、俺たちの魂が絶叫した。
位階が上がる。法則が歪む。
恐らく俺の見立てが正しくほむらちゃんの願いが渇望になるのなら、この世界法則に対する絶対的なアンチルールを強制的に展開するはずだ。
まるで自滅因子を太極展開する天魔・宿儺みたいになる、と思う。
魂の深淵で、俺たちの意識が分かちがたく溶け合っていく。その混濁した視界の中で、俺は彼女の「覇道」に伴う危険な側面を、警告として告げなければならなかった。
「……一つ、気を付けてほしい。エイヴィヒカイトという術式は、更なる魂を求める強烈な『殺人衝動』を術者に引き起こすこともあるんだ」
俺の声は、彼女の脳裏に冷たい警鐘として響く。
「けれど、ほむらちゃん……君なら、その衝動に振り回されることはないだろう。既に魔法少女として時間を操り、果てしない絶望を耐え抜いてきた君の魂は、そこらの魔人とは格が違う。ただ……」
俺は、彼女の魂の核に鎮座する『聖遺物』――あの盾を、内側から見つめた。
「聖遺物は本来、多くの人々の想念が注ぎ込まれた器だ。けれど君の盾は……君一人の、あまりにも純粋で、あまりにも重い『まどかへの想い』だけで形作られている。……道徳や倫理をかなぐり捨て、最悪の場合『まどか以外はどうなってもいい』とさえ思えてしまう君の渇望。それは、ある意味で全人類の恨みよりも遥かにヤバい想念を吸い込んだ、最凶の聖遺物になり得てしまうんだ」
彼女の意識が、否定することなく静かに揺れた。
まどかを取り戻すためなら、神の理さえ破壊し、自ら悪魔を名乗る。その凄まじい執念が燃料になるのなら、この盾がどれほど禍々しい法則を孕んでいても不思議ではない。
「もし、君の渇望が『まどかと私だけがいればいい』という極致に至れば、この世界そのものを滅ぼしかねない。……でも、今は大丈夫だと信じよう。今の君の根底には、まだまどかが愛したこの世界を守りたいという光が残っているはずだから」
俺はさらに、この宇宙の構造と彼女の「覇道」が衝突する未来を予見した。
「この宇宙には、本来『座』に座る神を定めたシステムはない。だから流出を行なっても、自滅因子――神を滅ぼすための反動は育たないはずだ。……いや、どうだろうな。円環の理という『まどかの覇道』を破壊しようとする君自身が、既にある種の自滅因子として定義されているのかもしれない」
不意に、俺の胸を言いようのない不安がよぎった。
「…………ごめん、ほむらちゃん」
俺の魂の震えが、彼女に伝わる。
「魔法少女も、魔女も存在しない、ただの女の子としてまどかが笑っていられる世界。……そんな君が創ろうとしている理想の『永遠』を保つことは、もしかしたら……物理的にも、霊的にも、いつかは限界が来るのかもしれない」
宇宙に「完成」は存在しない。
一つの理を敷けば、必ずそれに反発する闇が生まれる。それがこの残酷な世界の摂理だとしたら、彼女の覇道もまた、いつかは綻びを見せるのかもしれない。
「それでも……」
彼女の意識が、俺の不安を包み込むように、力強く跳ね返した。
「永遠なんていらないわ。私が欲しいのは、あの子が今、この瞬間に笑っていられる、ただそれだけの日常よ。……たとえそれがいつか壊れる夢だとしても、私はその時まで、この世界を私の色で守り抜くだけ」
彼女の盾が、決意を証明するようにカチリと時を刻んだ。
自滅の未来も、世界の破滅も、彼女の愛の前では些細な障害でしかない。
「……ええ。わかったわ、まどか。たとえこの道がどこに続いていても、私はもう止まらない。……あなたのその魂と一緒に、この宇宙を、あの子にふさわしい箱庭に書き換えてあげる」
俺たちは、もはや引き返すことのできない臨界点を超えた。
暁美ほむらという名の覇道神の意思が、漆黒の翼を広げ、因果の空へと舞い上がる。
その背中で、俺はただ一人の共犯者として、彼女の孤独を永遠に分かち合うことを、改めて自分に誓った。
「……まどかが今、この瞬間に笑っていられる、ただそれだけの日常、か」
魂の深淵、音も光も届かない意識の最奥で、俺は彼女の呟きを反芻するように繰り返した。その言葉は、悲しいほどに澄んでいて、同時にこの宇宙のどんな物理法則よりも重い「熱」を孕んでいた。
「不思議だな。時を停める能力を持つ者の思考というのは、どうしてこうも似通ってしまうんだろうか」
俺は、彼女の情念が渦巻く闇の中に、かつて別の宇宙で『座』を争った神々の残照を幻視した。
「……かつて、時間が止まればいいと願った者がいた。ただそこにある、何気ない、けれど最高に幸せな刹那の時間が、永遠に続けば良いと。その『永遠の刹那』を追い求めた神がいたんだよ」
彼女の意識が、その言葉に微かな共鳴を示す。
彼女が繰り返してきたループ。それは、まどかを救えなかったという結末を拒絶し、救えるはずの「現在」を何度も何度も切り取って、永遠に繰り返そうとする孤独な試行錯誤だった。
俺は、彼女の魂の芯にある、鋭く尖った「渇望」を優しく撫でるように語りかける。
「彼と永遠の刹那と同じ想いを抱いている今の君なら、ほむらちゃん。……君なら、真の意味で、あの神々に比肩する『覇道神』に至れるかもしれない」
まどかのために、すべてを止める。
まどかのために、変化を拒む。
彼女が傷つかず、彼女が消えもしない、最高の一瞬。その「刹那」という名の神殿に宇宙全体を招き入れ、彼女の笑顔を永遠の理とする。
「……停滞の宇宙、か。それは、あの子が愛した『変化していく世界』とは違うものかもしれない。けれど……」
ほむらちゃんの意識が、静かに、けれど鋼のような硬度を持って決意を告げる。
「……あの子が消えてしまう未来よりは、数千倍マシだわ。私がその刹那を永遠にしてあげられるなら……世界がどれほど澱んでも、私は構わない」
かつての神が求めた『永遠の刹那』。
それが今、暁美ほむらという少女の愛を器にして、この見滝原から再び「流出」しようとしている。
「ええ……いいわ。やってみましょう、まどか。私の渇望で、この不条理な宇宙の針を……あの子が一番幸せな瞬間に、永遠に固定してあげる」
魂の境界が消え、俺と彼女は一つの「意志」となった。
魂の深淵、静寂が支配する漆黒の領域で、俺の言葉は波紋となって彼女の意識を震わせた。
「……私以外にも、いたのね」
ほむらちゃんの思念が、微かな驚きと共に俺の魂へ伝わってくる。
それは、数え切れないほどの時間をたった一人で彷徨い、誰にも理解されないエゴだと自らを蔑んできた彼女にとって、狂気にも似た「安堵」を伴う響きだった。
「ただの日常……。あの子が笑って、私がそれを隣で見ているだけの、なんてことのない刹那。それを永遠に留めたいと願った存在が、私以外にも……神とまで呼ばれる域にいたなんて」
彼女の意識の中で、過去の記憶が走馬灯のように駆け巡る。
保健室のベッドでまどかと初めて言葉を交わした瞬間。
夕暮れの街を二人で歩き、他愛もない会話に花を咲かせた時間。
夕暮れの帰り道。ファストフード店での馬鹿話。
鹿目まどかが、巴マミが、美樹さやかが、佐倉杏子が……誰も血を流さず、誰も涙を流さず、ただあどけない笑顔で笑い合っている、ありふれた放課後。
ただ、あの子たちが笑っている。その刹那が、ずっと続いてほしかっただけ。
彼女が守りたかったのは、宇宙の平和でも、因果の清算でもない。ただ、その指の間から零れ落ちていく「幸福な一瞬」の集積だった。
「救いようがないわね。……あの子が望む未来を奪ってでも、その一瞬を固定して飼い殺そうとするなんて。……でも、不思議。それを『覇道』と呼んで、肯定してくれる者がいたというだけで……私のこの歪な渇望が、誇らしいものに思えてくる」
彼女の魂が、熱を帯びて膨れ上がっていく。
自分を責めるための「後悔」だったループの記憶が、世界を塗り替えるための「法」へと変質していく感覚。
孤独な少女の執着は、今、同じ渇望を抱いた先達の影をなぞることで、確かな「神性」を帯び始めた。
「……そう。誰に後ろ指を指されようと、まどかが悲しもうと、構わない。……私は、私を肯定する。この一瞬を愛し、永遠に停滞させることを、私の宇宙の唯一の正解にしてみせる」
彼女の意識が、俺の魂を強く抱きしめるように締め付けた。
共犯者である俺という存在を通して、彼女は初めて「独りではない」という全能感を手に入れたのだ。
彼女の盾、聖遺物から溢れ出すプレッシャーが、もはや部屋の壁を侵食し、空間そのものを彼女の「色」に変えていく。
紫の闇が黄金の粒子を孕み、停滞の法則が産声を上げる。
「行きましょう。……私の、私たちの覇道へ。あの子が二度と明日へ進めなくても……この永遠の箱庭の中で、私だけが、あの子を愛し続けてあげる」
彼女の瞳から、最後のためらいが消えた。
自分以外にも同じ地獄を愛した者がいたという事実は、暁美ほむらを史上最も美しく、そして最も苛烈な「覇道神」へと完成させてしまった。
けれども、それは大事なことを彼女に敢えて語らなかった。
永遠の刹那はその自身の渇望による流出が世界を支配したのではない。
彼と共に歩んだ魂の伴侶である黄昏の女神が座に座ったことで世界は誰もが幸せになれる新世界となった。
出来るのか、俺に。
黄昏の女神の様に、マリィの様に。
ほむらちゃんに寄り添って、魂を通わせて、その最果てに、すべてを包んで抱き締めた彼女の様なことが……。