夜の帳が静かに、けれど確実に剥がれ落ちようとする薄明の頃。
見滝原の片隅に打ち捨てられた廃工場跡地。錆びついた鉄骨と割れたガラスが冷たい月光を弾くその場所で、ほむらちゃんは足を止めた。
(……廃工場。そうか、あの『ハコの魔女』を狩るつもりなんだね)
彼女の魂と一つになった俺には、言葉を介さずともその意思が伝わってくる。テレビの画面の中に閉じこもる、虚飾に満ちたあの魔女。それが今のほむらちゃんにとって、最初の一歩にふさわしい獲物だというのなら、俺に異論なんてあるはずがない。
「いいよ、ほむらちゃん。君が望むなら……俺も、君の隣で戦うから」
俺は彼女の左腕、聖遺物である盾の奥底から、自らの存在を「法」として定義し始めた。魂を練り上げ、渇望をカタチにする。異世界の神が遺した、真なる魔を顕現させるための言葉を紡ぐ。
『Yetzirah──時よ止まれ、お前は美しい』
詠唱と共に、盾の歯車が狂ったように回転し、溢れ出した漆黒の魔力が俺の輪郭を現実世界へと叩き出した。
光が収まり、鉄錆の匂いの中に俺は着地する。
けれど、何かがおかしかった。
見上げるほむらちゃんの視線が、驚愕に凍りついている。
「な……っ、何、なの……? あなた……」
「……え? ああ、形成すると身体も魂もほむらちゃんに引っ張られるのかな。なんか、ずいぶん視線が低くなった気はしたけど」
俺は自分の手を見た。小さく、細い、子供のような手。
慌てて近くの割れた窓ガラスに自分の姿を映し出し、俺は絶句した。
そこには、漆黒の髪をなびかせ、鋭くもどこか幼さを残した紫の瞳を持つ――暁美ほむらと瓜二つの容姿をした「少年」が立っていた。
「……マジか。俺、こんなにほむらちゃんそっくりになってるのか?」
随神相――主神の魂の一部として顕現する者の宿命か。俺が「暁美まどか」と名乗り、彼女の魂と混ざり合った結果、俺の姿は彼女の最も深い自己愛と執着を反映した姿へと変貌してしまったらしい。
「ほー……。なるほどね。これなら『暁美』を名乗っても違和感ないな」
呆然と立ち尽くすほむらちゃんの横で、俺は自分の新しい身体の感覚を確かめるように拳を握った。
エイヴィヒカイトの形成位階。魔法少女という魔人と化した今の彼女が「親」であるならば、その魂の一部から生まれた俺もまた、使い魔や魔女を蹂躙するには十分すぎるほどの「暴力」を宿している。
「……そんな顔で見ないでよ、ほむらちゃん。俺は俺だよ。見た目が君に似ちゃったのは、それだけ俺たちの魂が深く繋がった証拠だってことでさ」
俺は不敵に笑い、廃工場の奥に潜む魔女の気配を睨みつけた。
「さあ、行こう。俺たちの最初の『今宵の
ポカーンと口を開けていたほむらちゃんが、ようやく我に返ったように、けれど少しだけ気まずそうに視線を逸らして盾を構えた。
瓜二つの容姿をした二人の「暁美」。
その異様な光景は、これからこの宇宙が辿る「未知の変革」を象徴しているかのようだった。
◇◇◇
薄暗い廃工場の奥底から、電子的なノイズと、何十台ものブラウン管モニターが放つ青白い光が漏れ出していた。
俺は自分によく似た……けれど、今は俺よりもずっと背が高い「本体」の横を歩きながら、その魔女の性質を淡々と説いた。形成位階に至った俺の言葉は、思念となって彼女の脳裏に直接染み込んでいく。
「ハコの魔女……。性質は『憧憬』。筋金入りのひきこもり魔女だ。あいつは自分の憧れをすべてガラスの中に閉じ込める。閉じ込められた者は心の内まで簡単に見透かされてしまうけど……まあ、考えるより先に殴り倒せば問題ない、そんな相手だよ」
ほむらちゃんは、俺のその「予習」を黙って聞き届けていた。彼女の左腕にある盾が、微かに共鳴するように震える。
「……生粋のひきこもり。移動するにも手下の使い魔に運んでもらわないといけないなんて、皮肉なものね」
彼女の冷ややかな視線の先で、無数の使い魔たちが、祭壇のような巨大な箱を担いで蠢いていた。箱の中には、この世の美しさを模した歪な映像が延々と流れ続けている。
「外の世界への憧憬……。分かりやすすぎるくらいだ。魔法少女になる前、あの子は何らかの理由で部屋に閉じこもっていたのかもしれない。外の世界に行きたくて、自由に歩きたくて契約したのかもしれない。なのに、最後には自分だけの狭い箱の中に閉じこもる怪物に成り果てた……」
俺は、自分の小さな拳をじっと見つめた。
魔法少女と魔女。希望が反転して絶望になる、そのあまりにも残酷な表裏一体のシステム。
「魔女っていうのは、本当に魔法少女の心の闇がそのまま具現化したような存在なんだな」
「そうね。……感傷に浸る時間は、もう終わったわ」
ほむらちゃんが盾を構え、その内部から自動拳銃を「形成」の魔力と共に取り出した。漆黒の粒子が、現代兵器に未知の術式の輝きを付与していく。
「彼女の憧憬ごと、この箱を粉砕する。……行くわよ、まどか」
「ああ。覇道神の初陣だ。派手にやろうか、ほむらちゃん!」
俺が、影を蹴って地を這うように加速する。
ハコの魔女が放つ電子の叫びを切り裂き、俺たちは絶望の残骸を喰らうための、最初の一撃を繰り出した。
この宇宙の理が崩れ始める音が、廃工場の静寂の中に確かに響き渡った。
今の俺は、暁美ほむらという少女の魂の一部。彼女という主神に付き従う、
俺の戦闘ステータスは、彼女がこれまで積み上げてきた因果の量に直結している。身体が彼女そっくりの子供の姿になったのも、俺という存在が彼女の深層意識に強く依存している証拠だろう。
ならば、俺が宿るこの聖遺物から出力される「法」もまた、彼女の最も得意とする領域をなぞる。
「時よ止まれ、おまえは美しい――」
その一節を唇に乗せた瞬間、世界の色彩が反転し、すべての動きが停止した。
廃工場の湿った空気も、魔女が放つノイズも、砕け散ったガラスの破片さえもが、中空で静止する。
(創造……? いや、まだそこまでじゃないな)
これは、ほむらちゃんが本来持っている「時間操作」の魔法を、エイヴィヒカイトの術式を通じて純粋な魔術エネルギーとして出力しているに過ぎない。
周りを止めているのではない。停滞した刹那の中を、俺だけが「永遠」に近い速度で加速しているだけだ。
俺は逆手に握った軍用ナイフを翻し、静止した使い魔たちの間を縫うように駆け抜けた。
閃光。
鋼の刃が、ブラウン管の頭を持つ怪異たちを、なます切りにする。三枚おろしにする。抵抗すら許されない、一方的な蹂躙。
時間停止が解除された瞬間、使い魔たちが一斉に火花を散らして霧散した。
「……ッ!?」
隣で銃を構えていたほむらちゃんが、目を見開いて絶句している。
いや、彼女が驚いたのは俺の速度だけじゃない。彼女が放った「最初の一発」が、廃工場の壁を、魔女を担いでいた祭壇ごと、対戦車ライフルでも撃ち込んだかのような爆圧で吹き飛ばしたからだ。
「……何よ、この威力。ただのベレッタのはずなのに」
煙を吹く銃口を凝視し、ほむらちゃんが呆然と呟く。
無理もない。俺という魂を取り込み、エイヴィヒカイトの『形成』位階に達した彼女の武装は、もはや単なる現代兵器ではない。一発一発の弾丸に、俺たちが積み上げた魂の熱量が乗っている。
拳銃の弾が、戦車の装甲すら貫く神の礫へと変貌していた。
「おかしいな。観測者であるはずの俺が最前線でナイフを振り回して、永遠の刹那を求めているはずのほむらちゃんが、移動要塞並みの火力で後方支援してるなんて」
俺は、返り血(のようなノイズの残滓)をナイフで払いながら、苦笑いして彼女を振り返った。
「……あなた、銃は使わないの?」
「いや……しょうがないだろ。俺、人生で一度も本物の銃なんて撃ったことないし。多分、持たせてもらっても当たらないよ」
だから俺は軍用ナイフを選んだ。
いくら魔人になったとはいえ、素手でブラウン管やガラスを殴るのは、生理的な躊躇いが勝ってしまう。刃物を通じた感触の方が、まだ「戦っている」実感が持てるから。
「それにさ、こうして前で俺が暴れてる方が、ほむらちゃんは安心してトリガーを引けるでしょ?」
「……相変わらず、勝手なことばかり」
彼女はそう言い捨てたが、その瞳には先ほどまでの絶望感はなく、代わりに「相棒」への微かな信頼が宿っていた。
「行くわよ、まどか。一気に核を叩き潰すわ」
「了解。俺が道を切り開く。ほむらちゃんは、そのデタラメな火力でトドメを刺して!」
瓜二つの姿をした二人の死神が、ハコの魔女が作り出した偽りの日常を、内側から徹底的に蹂躙し始めた。
『……見サセテ……見サセテ……!』
廃工場の闇に、数え切れないほどのブラウン管テレビが青白く発光し、電子の叫びを上げる。
ハコの魔女の性質――「心を見透かす」呪いの波動。
それは、犠牲者の最も柔らかい記憶や、隠したい絶望を画面に映し出し、精神を内側から崩壊させる卑劣な罠だった。
しかし――。
(パキッ……ピキキキキッ!!)
魔女のモニターが、俺とほむらちゃんの心根を映し出そうとした、その刹那。
そこに流れ込んだのは、一人の少女の未熟な闇などという次元を遥かに超えた「濁流」だった。
世界そのものを己の色で塗り替え、愛する一人のために神の理さえ踏みにじろうとする、暁美ほむらの宇宙規模の執着。
そして、高次元から飛来し、その狂気じみた覇道を丸ごと肯定して抱きとめる、俺という観測者の規格外な魂の質量。
ちっぽけなガラスの器で、この二人分の「神の魂」を受け止めきれるはずもなかった。
「あら。他人の心を覗こうとするなんて、本当に見境のない引きこもりね」
ほむらちゃんが冷ややかに言い放つのと同時だった。
結界内のブラウン管テレビが、凄まじい爆縮音を立てて次々と内側から自壊を始める。魔女の能力は、俺たちの魂の圧に触れただけで、出力限界を超えてオーバーヒートを起こしたのだ。
「キャァァァァァッ!!?」
心を見透かすどころか、逆に二人の魂の奔流に当てられた魔女の本体が、恐怖に震えて後退りする。
「さあ、可哀想な引きこもりのお姫様。あなたのその悲劇も、インキュベーターの作った下らないシステムも、私たちが全部終わらせてあげる」
ほむらちゃんが俺の背中にそっと手を添えた。
その掌からは、かつてないほどの確かな熱と、共犯者への全幅の信頼が伝わってくる。
「行くわよ、まどか。貴方と私の……いえ、神の摂理を以て、あのガラスのハコを真っ向から叩き割るわよ!」
「ああ……任せてよ、ほむらちゃん!」
新しい力を手に入れ、どこか誇らしげに、少女らしい高揚感を滲ませる彼女。そんな彼女を「ちょっと年相応に可愛いな」なんて思いながら、俺はもう一度、体感時間を極限まで加速させた。
世界が灰色に沈む。
俺は一瞬で魔女の懐へと踏み込み、手にしたコンバットナイフを次々と投擲した。
形成された刃は停滞した空気を切り裂き、魔女の核であるハコへと正確に突き刺さる。
時間の流れが戻った瞬間、魔女は無数のナイフに貫かれ、まるで
「終わりよ」
背後に控えていたほむらちゃんが、両手で構えたベレッタの引き金を引く。
放たれたのは、もはや弾丸ではない。紫色の雷光を纏った、因果の塊。
凄まじい衝撃波が廃工場を震わせ、魔女の胴体は一撃で跡形もなく消し飛ばされた。
結界がガラスの割れるような音を立てて崩壊し、元の廃工場の冷たい空気が戻ってくる。
魔女がいた場所には、コロン、と乾いた音を立てて、一個のグリーフシードが転がっていた。
「初陣、完勝だね。ほむらちゃん」
「ええ……。そうね」
銃を収める彼女の口端が、微かに、本当に微かに上がっていた。
それは、長い長い孤独な戦いの中で、彼女がようやく手にした「勝利」の味だったのかもしれない。
魔女が消え去った静寂の中、ほむらちゃんはごく自然な、吸い付くような手つきで足元のグリーフシードを拾い上げた。慣れた動作でそれを盾の虚数空間へと格納する。
「……ああ、ごめんなさい。癖になっていて」
「いや、いいよ。何百回と繰り返してきた君にとっては、それはもう呼吸と同じくらい当たり前のことなんだもの」
俺は苦笑いしながら、形成していたナイフを霧散させた。
エイヴィヒカイトは魂を燃料とする。だが、何十、何百という時間軸を渡り歩き、天文学的な因果をその身に凝縮させた今のほむらちゃんの魂は、もはや永久機関に近い。
消費を上回る熱量をその執念から産み出し続けている彼女にとって、そしてその軍勢の一部である俺にとって、一介の魔女を倒す程度の消耗など、大海の一滴にも満たないのだ。
「……さて。初陣の次は、戦略会議といこうか」
俺は廃工場の錆びついた手すりに腰を下ろした。
「ハコの魔女と戦って思い出したんだけど。さやかちゃんのことだ……。彼女を絶望させない一番の方法は、魔法少女にさせないことだ。でも、あの真っ直ぐすぎる正義感と上条君への想いがある限り、契約を止めるのは至難の業だよね。たとえキュゥべえを追い払っても、彼女は自ら奇跡を求めてしまう」
ほむらちゃんは、さやかの名を聞いた瞬間、僅かに眉をひそめた。過去のループで何度も衝突し、最後には魔女化するか、あるいは無理心中を迫られた記憶が、彼女の心を硬くさせている。
「……あの子は、私の言葉なんて聞きやしないわ」
「だろうね。じゃあ、もう一人の難問――マミさんはどうする? 彼女と協力できれば戦力としては申し分ないけど……。ほむらちゃん、マミさんのこと苦手でしょ? あの『みんな死ぬしかないじゃない』事件のトラウマ、まだ引きずってるみたいだし」
図星だったのか、ほむらちゃんは露骨に視線を逸らした。
巴マミ。孤高で完璧な先輩魔法少女。だがその実、精神的な脆さを抱え、真実を知れば真っ先に壊れてしまう危うさを持っている。
「協力は必要……。でも、彼女の寂しさを埋める方法なんて、私にはわからないわ。私は……あの子以外を愛せるほど、器用じゃないもの」
「だよねぇ。じゃあさ、こういうのはどうかな」
俺はわざとらしく指を立て、彼女の紫の瞳を覗き込んだ。
「俺が、ぼっちのマミさんを甘やかしてケアする担当を引き受けるよ。お喋り相手になったり、お茶のお供をしたり……。精神的な支柱を俺が肩代わりすれば、彼女が暴走するリスクも減るでしょ?」
「……あなたが?」
ほむらちゃんの瞳の奥に、スッと鋭く、冷ややかな「焔」が灯った。
沈黙。
夜の冷気よりも遥かに鋭い殺気が、一瞬だけ俺の首筋を撫でた。
ほむらちゃんは一歩、俺との距離を詰めると、俺の胸ぐらを掴んで自分の方へと引き寄せた。
「……冗談でも、そんなこと言わないで」
彼女の顔が、至近距離に迫る。
紫の瞳には、独占欲という名の暗い情念が渦巻いていた。
「巴マミへの対策は、別の方法を考えるわ。……あなたの魂を、他の誰かに触れさせるなんて、そんなこと許すはずがないでしょう? たとえ戦術的に正しくても、私の心がそれを拒絶するわ」
「あはは……。ごめんごめん、ちょっと揶揄いすぎたかな」
俺は降参するように両手を上げた。
でも、その独占欲こそが、彼女を『覇道神』へと押し上げる純度の高い燃料なのだと、俺は再確認して嬉しくなる。
「わかったよ。俺は君の傍を離れない。……でも、マミさんを壊さずに味方につける道は、二人で探そう。救いたいのは、まどかだけじゃないんだろ?」
「…………。ええ。あの子が悲しまない世界には、彼女たちの笑顔も……必要なんでしょうね。癪だけど」
彼女は俺を解放し、不機嫌そうに髪を払いながら歩き出した。
独りでは壊すしかなかった関係も、今の二人なら、きっと別の結末を見つけ出せる。
夜明けの光が、見滝原の空を白く染め始めていた。
俺たちの、残酷で優しい叛逆の物語は、まだ始まったばかりだ。
いやでも、マミさんと仲良くしたかったけど、ほむらちゃんにダメって言われちゃったのは少し惜しかったなぁ。
そんなことを考えていたら、ほむらちゃんの周囲の空気が、冗談抜きで絶対零度まで急降下した。
「……あなた、今、何を考えたのかしら?」
「えっ、いや……」
「巴マミの、あの不必要なまでに発育した『たわわ』な胸部装甲でも思い出したの?」
底冷えするような声。彼女は俺の頬を両手でガシッと挟み込むと、無理やり自分の方だけを向かせた。紫の瞳の奥には、ドロリとした漆黒の独占欲が渦巻いている。
「絶対に、許さないわよ」
「ほ、ほむらちゃん……?」
「私にだって……私にだって、最低限はあるわよ!」
悲鳴に近い叫びと共に、彼女は俺の頭を強引に引き寄せ、自分の胸元へと力一杯抱きしめた。
鼻先をくすぐる彼女の清潔な香り。確かにそこにある、控えめながらも確かな彼女の鼓動。
(いや、ある……あるのはわかったから! わかったから落ち着いてほむらちゃん! というか君、そんなキャラだったっけ!?)
俺の困惑を余所に、彼女はさらに力を込めて俺を「埋没」させようとする。どうやら俺という共犯者を得て、彼女の秘めていたヤンデレ気質と乙女なコンプレックスが、エイヴィヒカイトの術式で増幅されてしまったらしい。
だが、そんな甘酸っぱくも命懸けな抱擁は、不意に飛来した「殺気」によって打ち砕かれた。
「――あら。誰が『ぼっち』ですって?」
夜の廃工場に、鈴を転がすような、けれど氷の針を孕んだ凛烈な声が響き渡る。
俺を抱きしめていたほむらちゃんの身体が、一瞬で戦闘態勢の硬度へと変わった。
カチャリ、という硬質な音が四方八方から重なる。
廃工場のキャットウォークの上、月光を背負って現れたのは、見事な縦ロールの金髪を揺らし、優雅にマスケット銃を構えた魔法少女――巴マミその人だった。
「……巴マミ」
ほむらちゃんが俺を背中に隠すようにして立ち上がり、冷徹な視線で上方を射抜く。
「ふふ、初対面の相手に対して、随分な言い草ね。偵察に来てみれば、私のいないところでそんな失礼な噂話に花を咲かせているなんて……教育が必要かしら?」
マミさんの微笑みは完璧だった。けれど、その背後に展開された数十本のマスケット銃の銃口は、明らかに「今の言葉、聞き捨てならないわ」と雄弁に語っている。
(なんでだよ……。なんでこのタイミングで、一番聞かれたくないワードを聞かれちゃうかな!)
よりにもよって、彼女が最も気にしている「
冷徹な覇道神(候補)の暁美ほむら。
その魂の一部であり、彼女と瓜二つの姿をした謎の少年。
そして、プライドを傷つけられて少々「おこ」な現役最強の魔法少女。
見滝原の廃工場は、初陣早々に最悪の修羅場ルートへと突入してしまった。
俺はほむらちゃんの背後で、冷や汗が止まらないのを自覚しながら、なんとかこの場を収める言葉を探し始めた。