その刹那に愛を──   作:星乃 望夢

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第七話

 

廃工場の張り詰めた静寂の中、火花が散るような視線の応酬が始まった。

 

ほむらちゃんは瞬時に俺の前に割って入ると、俺を庇うように片腕を広げ、氷のような冷徹さで言い放った。

 

「……あなたには関係ないわ、巴マミ。私たちの邪魔をしないで」

 

その声には、単なる初対面の相手への警戒を超えた、深い拒絶が混じっていた。

 

俺は彼女の背後で、あちゃぁ、と額に手をやって天を仰ぐ。無理もない。ほむらちゃんにとって、マミさんは「頼りになる先輩」であると同時に、真実を知れば絶望に狂い、仲間を手にかけかねない「爆弾」のような存在なのだ。過去のループで刻まれたトラウマが、彼女を極限まで硬化させている。

 

対するマミさんは、優雅に構えたマスケット銃の銃口を僅かに下げ、困惑と驚きを隠せない様子で俺たちを見つめていた。その視線は、ほむらちゃんと俺の間を何度も激しく往復する。

 

「……双子? いいえ、それにしては……」

 

彼女の困惑も当然だ。

 

今の俺とほむらちゃんは、背格好も同じ、顔立ちも同じ。声に至っては、喉の妖精さんが微かに演じ分けている程度で、初見の人間からすれば同一人物の性別違いか、完璧なドッペルゲンガーにしか見えないだろう。

 

唯一の明確な違いは、その装いだ。

 

いつものシックな魔法少女服を纏った、漆黒の戦乙女たる暁美ほむら。

 

それに対し、俺はエイヴィヒカイトの形成によって、黒円卓の騎士を彷彿とさせる漆黒の軍服を身に纏っている。あとは髪の毛が短髪であるからそこでも見分けは出来るだろう。

 

「巴マミ。貴方に警告しておくわ。私たちは、貴方の知る『魔法少女のルール』では動いていない。これ以上踏み込むつもりなら、容赦はしないわよ」

 

ほむらちゃんの盾が、威嚇するようにカチリと音を立てた。

 

マミさんはその異常な魔力反応に眉をひそめつつも、やはり寂しがり屋な性か、あるいは正義感ゆえか、銃を収めようとはしない。

 

「そんなに殺気立たなくてもいいじゃない。私はただ、見慣れない魔力反応と……何より、私の悪口を言っていた不躾な子たちの顔を拝みに来ただけよ」

 

マミさんの視線が、ほむらちゃんの肩越しに俺を射抜く。

 

優雅な微笑みの裏にある「ぼっち」発言への根深い怒りを感じて、俺は冷や汗を拭った。

 

(やばいな……。ほむらちゃんは警戒心MAXだし、マミさんはプライドを刺激されて引く気配がない。これは放っておくと、魔女を倒す前に魔法少女同士の殺し合いが始まっちゃう!)

 

俺はほむらちゃんの影からそっと顔を出し、修羅場を回避するための言葉を選び始めた。

 

最強の魔法少女と、覇道神の萌芽。

 

この二人の邂逅は、見滝原の運命をこれまでとは全く違う、未知の混沌へと引きずり込んでいく。

 

(……くっ、ごめんなさいマミさん! 今はこうするしかないんだ!)

 

俺は内心で、静止した彫像のように美しい金髪の魔法少女に深く詫びた。そして、魂の奥底にある『理』を聖遺物を通じて解き放つ。

 

「時よ止まれ、君は誰よりも美しいから――」

 

俺がそう紡いだ瞬間、世界から一切の色彩と振動が失われた。

 

廃工場の湿った空気も、キャットウォークから降り注ぐ月光も、そして巴マミが放とうとしていた鋭い殺気さえもが、灰色の静寂の中に完全に固定される。

 

この『絶対停止空間』で動けるのは、俺が認めた存在、あるいは同質の権能を持つ者のみ。俺が明確に認めた存在か、あるいは同種の時間操作能力を持つ者のみ。つまり、そのどちらの条件も完璧に満たしているほむらちゃんは完全にフリーであり、マミさんだけが石像のように縫い止められたのだ。ほむらちゃんだけが、この凍りついた世界で自由を許される存在なんだ。

 

「でかしたわ、まどか!」

 

好機と見たほむらちゃんが、盾から新たな武装を取り出しながらマミさんへと駆け出そうとする。俺は咄嗟に、後ろから彼女の細い腰に腕を回してその動きを封じた。

 

「ちょ、離しなさいまどか! 今のうちに彼女を無力化して――」

 

「ストップ、ねぇ待って! Wait、待ってよほむらちゃん! 話し合おう、作戦会議をしようよぉ!」

 

「離して! 彼女は危険よ、真実を知れば何を仕掛けてくるか……っ」

 

暴れるほむらちゃんを必死に抑え込みながら、俺は懸命に説得を試みる。

 

「いや、まさか聞かれてるとは思わなくて『ぼっち』呼ばわりしたこっちが百パーセント悪いんだから! まずは普通に謝って許してもらおうよ。マミさんだって鬼じゃないんだからさ!」

 

「そんなこと言って……!」

 

不意に、ほむらちゃんの抵抗が止まった。だが、背中に伝わってくる彼女の体温が、みるみるうちに沸騰しそうなほど熱くなっていく。彼女は凍りついたマミさんをジロリと睨みつけると、地を這うような低い声で言った。

 

「どうせ……この時間停止空間で、あの巴マミの無駄な『駄肉』を、自分の思うままに弄びたいだけでしょう!?」

 

「なっ……!? 時間停止物の鉄板ネタだけど、なんでそんなマニアックな俗説を知ってるのさ、ほむらちゃん!?」

 

「うるさい! 男なんてみんなそうなのよ!」

 

「そ、それに、おっぱいパフパフならさっきほむらちゃんが俺にさせてくれたばっかりでしょっ――ぐふぉおッ!!?」

 

強烈な衝撃が、俺のみぞおちを貫いた。

 

ほむらちゃんの容赦ない肘鉄が、肺の空気を力ずくで押し出す。

 

「ひ、肘鉄……!? ナンデ……!?」

 

「う、うるさいわね! ヘンタイ! エッチ! スケベ!!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶほむらちゃん。

 

さっきまでクールな覇道神(候補)だったはずの彼女はどこへ行ったのか。

 

俺は悶絶しながら、灰色の世界で天を仰いだ。

 

理不尽だ。

 

俺はただ、血を見ない解決策を模索しただけなのに。

 

「……わかった。わかったから、一回落ち着こう。ね?」

 

俺は腹を押さえながら、なんとか彼女をなだめる。

 

マミさんは停止したまま、俺たちの痴話喧嘩(?)をその瞳に映すことすらできない。

 

このまま時間が動き出せば、俺たちは再び、最強の魔法少女の銃口に晒されることになるのだ。

 

俺たちの『叛逆』は、思わぬ方向で最大の危機を迎えていた。

 

灰色の、色彩を失った静止空間。

 

俺は肘鉄を喰らった腹を押さえ、脂汗を流しながらも、この「絶対停止」というチートな時間を使って必死の交渉を続けた。

 

「と、とりあえずさ、誠心誠意謝ってさ……。お茶とかお菓子に誘ったら、マミさん許してくれそうじゃない? どうかな、ほむらちゃん」

 

俺の問いかけに、ほむらちゃんは不機嫌そうに唇を尖らせ、静止したマミさんの姿を忌々しげに睨みつける。

 

「……彼女は、見かけによらず情に脆いわ。特に、孤独を埋めてくれるような誘いには、驚くほど無防備になる。……戦術的な『餌』としてなら、成功率は8割を超えると見積もるわ」

 

「8割! いけるじゃん! 流石は元・後輩、マミさんの性格を熟知してるね!」

 

俺がパアァと表情を明るくしたのも束の間、彼女の視線がスッと険しくなった。

 

「……ただし。巴マミがあなたに興味を持って、そのまま自宅に連れ込んで、二人きりでティータイムなんてことになったら……。私はその瞬間、この世界を『停滞』の理で塗りつぶして、彼女ごと永遠に封印するから。いいわね?」

 

「独占欲が覇道神レベルだよぉ! わかった、わかったから、三人でお茶しようね!?」

 

俺は必死になだめつつ、少しでも彼女の機嫌を直そうと、心の中に浮かんだ「正直な感想」を付け加えた。……それが、さらなる火に油を注ぐことになるとも知らずに。

 

「あ、ちなみに言っておくけどね、ほむらちゃん。確かに男子はマミさんの『たわわ』なのも好きだけど……。俺は、ほむらちゃんのその、控えめで慎ましいお胸も、すごく好――」

 

ガチャンッ!!

 

不吉な金属音が響いた。

 

ほむらちゃんが、どこから取り出したのかもわからないベレッタのセーフティを、音速を超えて解除した音だ。

 

「……何を。何を言おうとしたのかしら。……慎ましい? 控えめ? それは、巴マミと比べて『劣っている』という意味かしら? それとも、憐れんでいるの?」

 

「ちょ、違うっ! 褒めてるんだよ! 俺はほむらちゃんのその絶妙なラインが一番好きだってッ――」

 

「死になさい、ヘンタイ。二度とまどかの顔が見られないように、そのスケベな脳細胞を物理的に消去してあげるわ!!」

 

「ヤメテ! 待って! 撃たないでッ!! ここは時間停止中なんだから、弾丸が空中で止まって俺に刺さるまでの時間が、俺にとっての死刑宣告(カウントダウン)になっちゃうからぁああ!!?」

 

俺が必死に逃げ回る中、ほむらちゃんは顔を真っ赤に染め上げ、銃口から紫色の魔力をバチバチと溢れさせていた。

 

「慎ましい? 控えめ? ……もういいわ。この宇宙の理を書き換えて、全人類の平均値を私以下にしてやるわよ!!」

 

「覇道の使い方が間違ってるよほむらちゃん!!」

 

灰色の世界で繰り広げられる、神にあるまじき痴話喧嘩。

 

停止した巴マミの前で、俺は自分の「正直すぎる口」を心底呪った。

 

どうやらマミさんと仲直りする前に、俺の魂の方が「永劫破壊」されそうだった。

 

灰色の静寂が解け、世界の色彩が鮮やかに蘇る。

 

俺は時間の流れが戻るその刹那に合わせ、喉が張り裂けんばかりの声で、武装を構えたままの巴マミへと叫んだ。

 

「待ってマミさん! 俺はほむらの魂の双子のお兄ちゃん、暁美まどかです! 失礼なこと言って本当にごめんなさい! ケーキ奢るから、それで許してくださいッ!!」

 

唐突な、あまりにも堂々とした自己紹介と謝罪。

 

空中に展開されていた数十本のマスケット銃が、困惑したように僅かに揺れた。

 

「……え、お兄、ちゃん?」

 

マミさんの毒気が、文字通り一瞬で抜けていく。彼女の視線は、俺の顔とほむらちゃんの顔を何度も往復し、その完璧な「瓜二つ」の造形に、戦う理由を見失ったようだった。

 

『……あなた、よくもまあそんな出鱈目を』

 

脳内に、ほむらちゃんのギロリとした視線と共に「魂通信」が突き刺さる。

 

『出鱈目じゃないよ? 形成で君の随神相になって背格好は同じになったけど、中身の年齢は俺の方が君やマミさんの倍は生きてる「お兄さん」なのは事実でしょ? ここは俺に任せて』

 

俺が念話でそう返すと、彼女は「……勝手にしなさい」と、癪に障るが反論できないといった様子で視線を逸らした。

 

そんな修羅場の数分後。

 

俺たちは、見滝原にあるマミさんの自宅マンション……その、魔法少女たちが集う聖域とも言えるリビングで、お茶会の席についていた。

 

「ふふ、ごめんなさいね。でも、暁美さんの双子のお兄さんだなんて……今までキュゥべえからも聞いたことがなかったから、つい気になっちゃって」

 

マミさんは、先ほどまでの殺気が嘘のように優雅な手つきでお茶を淹れている。

 

「双子」「お兄ちゃん」というワードが、彼女の根深い孤独に、驚くほど劇的な「癒やし」の特効薬として効いてしまったらしい。

 

「いえ、俺たち……ちょっと訳ありで、ずっと離れて暮らしてたんです。これからは俺がほむらと一緒に、この街でお世話になると思います」

 

俺は黒円卓の軍服の襟を正しながら、精一杯の「誠実な兄」を演じた。隣では、ほむらちゃんが「どの口が言うのよ……」と言わんばかりの死んだ魚のような目で俺を見つめている。

 

「それで……約束のケーキなんですけど」

 

俺は申し訳なさそうに、道中のコンビニで「拝借(後でちゃんとお金は置いてきた)」してきた、デザートコーナーのプラスチック容器に入ったショートケーキをテーブルに並べた。

 

「こんな時間に開いてるお店がなくて、コンビニの奴くらいしか用意できなかったんですけど……マミさん、これで許してくれますか?」

 

「……あら」

 

マミさんは、コンビニスイーツの素朴なパッケージを眺め、ふっと柔らかく微笑んだ。

 

「いいのよ。誰かと一緒にお茶を囲めるなら、それだけで最高のご馳走だわ。……それに、コンビニのスイーツも、最近は馬鹿にできない美味しさなのよ?」

 

「……。巴マミ、貴方は本当にお人好しね」

 

ほむらちゃんが、呆れたように、けれど僅かに肩の力を抜いて呟く。

 

覇道神の萌芽と、孤独なベテラン魔法少女。

 

本来なら血を流して終わるはずだった邂逅は、一個のコンビニケーキと、俺の「嘘から出た誠」によって、奇妙で穏やかなティータイムへと姿を変えていた。

 

マミさんのマンションのリビングに、ティーカップが皿と触れ合う小さな音が響いた。コンビニのショートケーキを一口食べ、彼女が浮かべた柔らかな微笑み。和やかな空気が漂い始めたのも束の間、彼女はカップを置き、核心を突くような鋭い視線を俺に向けた。

 

「……暁美さんのお兄さん。改めて伺うけれど、貴方は魔法少女の事情をどこまで知っているのかしら?」

 

(……おっと。やっぱり、そこは避けて通れないか)

 

穏やかな声だが、その瞳の奥にはベテラン魔法少女としての冷徹な観察眼が光っている。

 

俺は背筋を伸ばし、慎重に言葉を選んだ。ここで「魔法少女の正体はゾンビで、最後は絶望して魔女になるんだよ」なんて真実をゲロった瞬間、この部屋は「もうみんな死ぬしかないじゃない!」という絶望の戦場に早変わりしてしまう。

 

俺は、魔法少女にとっての「常識」の範囲内に留めた知識を開示することにした。

 

「……そうですね。キュゥべえと契約し、願いを叶えてもらう代わりに魔女と戦う義務を負うこと。そして、戦うほどにソウルジェムが穢れていき、その浄化には魔女を倒した際に手に入るグリーフシードが必要だということ。……それくらいは、妹から聞いて把握しています」

 

「……そう。そこまで知っていて、彼女が戦うことを許しているのね」

 

マミさんの表情が、少しだけ悲しげに曇った。彼女にとって、この過酷な運命を「知っている肉親」がいるというのは、羨ましくもあり、同時に残酷なことだと感じたのかもしれない。

 

すかさず、俺は自分の立ち位置についても付け加えた。今の俺は、ほむらちゃんの魂と分かちがたく繋がった存在なのだから。

 

「あ、ちなみに。ほむらちゃんは魔法少女ですけど、俺はちょっと特殊でして。……いわば彼女の使い魔のような存在であり、独自の術式を扱う『魔術師』のようなものだと思ってください」

 

「魔術師……?」

 

マミさんが怪訝そうに眉をひそめる。無理もない。インキュベーターのシステム外に存在する魔法の使い手なんて、この世界の理では説明がつかない。

 

「ええ。だから俺も彼女と一緒に戦います。……彼女を一人で戦わせるような無責任な兄じゃありませんから」

 

俺がそう言って隣のほむらちゃんに視線を送ると、彼女はまたもや「……勝手なことばかり言って」という顔をして紅茶を啜った。けれど、その指先が僅かに震えているのを、マミさんは見逃さなかったようだ。

 

「ふふ、心強いわね。暁美さん、素敵なパートナー……いえ、お兄さんがいて羨ましいわ」

 

「……別に。私は一人でも構わないわ」

 

ぶっきらぼうに応じるほむらちゃんだが、その言葉には先ほどのような鋭いトゲはなかった。

 

俺という「嘘」を介したことで、ほむらちゃんとマミさんの間に、本来のループではあり得なかった奇妙な「縁」が結ばれようとしていた。

 

絶望の真実を伏せたまま、まずはこの孤独な先輩魔法少女の心を解きほぐす。

 

俺たちの綱渡りのようなお茶会は、波乱を孕みながらも続いていった。

 

 

 

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