その刹那に愛を──   作:星乃 望夢

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第八話

 

「……魔術師、ね。具体的に、それはどのような力なのかしら?」

 

マミさんの問いは当然のものだった。魔法少女という概念しか知らない彼女にとって、隣の街から来たという「双子の兄」が語る異能の正体は、好奇心と警戒の対象でしかない。

 

俺はカップを置き、少しだけ真剣な表情を作って、エイヴィヒカイト――『永劫破壊』の初心者向けの設定を語り始めた。

 

「俺が扱うのは、かつてのドイツ……ナチス政権下で決戦兵器として研究されていた超人計画の末に完成した、『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』という魔術式です」

 

「ナチス……? そんな昔の遺物が、今も? それが今の話とどう繋がるの?」

 

マミさんの眉が僅かに寄る。

 

「ええ。これは人間の魂を媒介にして、己の肉体と存在を神話の領域へ引き上げる術式です。魂を燃料にするという点では魔法少女と似ていますが、決定的な違いはその『蓄積』にある」

 

俺は、自分の手元に微かな漆黒の魔力を漂わせた。

 

「この術式の使い手は、取り込んだ魂の数だけ『霊的装甲』を常に展開しています。生半可な攻撃は届きません。これを突破するには、最低でも核兵器クラスの火力が一点に集中する必要がある」

 

「か、核兵器……? 冗談でしょう……?」

 

「冗談じゃありません。生身で音速を軽快に突破し、致命傷を受けても即座に再生する。基本的には不死身に近い。……そして残酷なのは、この力には絶対的な『位階』が存在することです。魂の総量が上回る上の階級の者には、下の者は逆立ちしても勝てない。喧嘩にさえならない絶望的な差があるんです」

 

俺が語る『エイヴィヒカイト初心者編』の内容に、マミさんの顔から余裕が消えていった。

 

彼女がこれまで戦ってきた魔女や魔法少女の概念とは、あまりにもスケールが違いすぎる。

 

「そんな恐ろしい力を、貴方は……。ソウルジェムも持たずに?」

 

「俺は、その『器』として最適化された特異体質でして。……だから俺は、妹が戦う隣で、文字通り彼女の盾となり矛となることができるんです」

 

俺がそう言い切ると、ほむらちゃんが少しだけ居心地悪そうに、けれど俺の言葉を否定せずに紅茶を飲み干した。彼女自身、この術式の恐ろしさと、それを取り込んだ自分が今どれほどの「怪物」に変貌しつつあるかを自覚しているのだろう。

 

「……信じられないけれど。今日の貴方たちの戦いぶりを見れば、その言葉に嘘がないことくらいは分かるわ」

 

マミさんは溜息をつき、俺たちを見つめた。

 

「でも、魂を燃料にするなんて……。貴方、そのために人を襲ったりはしていないわよね?」

 

「ご安心を。俺たちの燃料は、そこらに溢れている『魔女』や、その『使い魔』たちの魂で十分事足ります。……むしろ、インキュベーターのシステムよりもずっと効率的に彼らを処理できる自信がありますよ」

 

俺は不敵に笑ってみせた。

 

ナチスの魔術式、魂の徴収、核兵器並みの防壁。

 

出鱈目のような話だが、今の俺とほむらちゃんにとっては紛れもない真実だ。

 

マミさんはまだ完全に納得したわけではなさそうだったが、少なくとも俺たちが「自分たちの手に負えない、けれど協力的な何か」であることを認めざるを得ないようだった。

 

「……いいわ。今の話、キュゥべえには内密にしておいてあげる。あの子、貴方みたいなイレギュラーを見つけたら、どんな反応をするか分からないもの」

 

「助かります、マミさん」

 

俺は心の中で小さく舌を出した。

 

キュゥべえにはもう既に宣戦布告済みだけど、それをマミさんに教える必要はない。

 

こうして、俺たちは最強の魔法少女を「味方」ではなく、まずは「中立の協力者」として繋ぎ止めることに成功した。

 

お茶会の空気は、再びコンビニスイーツの甘い香りに包まれていった。

 

「……それじゃあ、貴方たちは」

 

マミさんがティーカップを握る手に、微かな力がこもる。その瞳に宿ったのは、純粋な、けれど魔法少女という過酷な世界に身を置く者ゆえの、避けがたい「疑念」だった。

 

「今まで、どれだけの……何人の魂を、その身に取り込んできたのかしら?」

 

(……ああ、やっぱりそこだよな)

 

魂を燃料とする術式。そう説明した以上、彼女がその「犠牲」の数を知りたがるのは当然だ。魔法少女の常識に照らせば、強大な力には相応の凄惨な対価が支払われているはずなのだから。

 

俺が、角の立たないように言葉を選んで答えようとした、その時だった。

 

「私とまどかは、自分たちの魂の総量だけで事足りているわ」

 

隣に座るほむらちゃんが、俺の言葉を遮るように、鋭く冷ややかな声で言い放った。

 

「有象無象の雑多な魂なんて、私たちにとっては広大な海に砂糖一粒を落とすよりも薄い出力に等しいもの。私たちの純粋な因果に、そんな混ざり物は必要ない。……理解したかしら、巴マミ?」

 

ほむらちゃんはカップを置き、まっすぐにマミさんを見据えた。その紫の瞳には、一切の揺らぎも、疚しさもない。

 

魂で繋がっている俺にはわかる。彼女の言葉は、紛れもない正解だ。

 

俺が以前彼女にレクチャーした通り、何百回というループによって練り上げられた彼女の魂と、上位次元の観測者である俺の魂。この二つが重なり合ったことで発生している因果の熱量は、そこらの魔法少女を何人束ねても届かないほどに膨れ上がっている。

 

だから、彼女の言う通り「外から取り込む必要がない」のは事実なのだが――。

 

(……にしても、ほむらちゃん。ちょっとトゲが強すぎない?)

 

まるで「あんたたちのちっぽけな魂なんて興味ないわ」とでも言わんばかりの物言いに、俺は冷や汗を拭った。

 

「……そう。貴方たちのその存在そのものが、既にあらゆる理を凌駕しているということなのね」

 

マミさんは一瞬、その威圧感に気圧されたように目を見開いたが、やがて静かに息を吐いて納得したように頷いた。彼女の目には、俺たちが「人を襲うような化け物」ではないという確信と、それ以上に底知れない「何か」への畏怖が混ざり合っていた。

 

「……よかったわ。もし貴方たちが、私の守るこの街で無実の人の魂を奪っているのだとしたら……私は、貴方たちと戦わなければならなかったから」

 

「ふん……。無用な心配ね」

 

ほむらちゃんはそっぽを向いて、冷めた紅茶に口をつけた。

 

一応、最悪の衝突は避けられた。マミさんも納得してくれたようだ。

 

けれど、あまりにも血生臭い話を持ち込んでしまったせいで、せっかくのお茶会の雰囲気は台無しだった。

 

(……紅茶、すごく美味しいんだけどな。それがまた、余計に虚しいよ)

 

俺はフォークでコンビニケーキの端っこを掬い、口に運んだ。

 

神の理と、少女の孤独。

 

そんな重たいものが同居するこのリビングで、甘いホイップクリームの味だけが、場違いなほどに浮いていた。

 

不意に、窓ガラスをコツコツと叩く音が響いた。

 

「やあ。随分と物騒な話をしているね」

 

カーテンの隙間から、あの白い獣――キュゥべえが、音もなくベランダに姿を現した。感情の欠落した赤い瞳が、室内でティーカップを囲む三人……いや、二人と一柱を見渡している。

 

(……おう、キュゥべえ。まさかお前に、死ぬほど礼を言いたくなる機会がやって来るとは思わなかったよ)

 

俺は心の中で、全力でこの「詐欺師」を歓迎した。

 

マミさんとの間に流れていた、あの息の詰まるような重苦しい沈黙。それをぶち壊してくれたのが、よりにもよってこの宇宙で最も忌々しい観測者だというのだから、運命というのは皮肉なものだ。

 

「キュゥべえ……」

 

マミさんが僅かに身を柔らかくするが、ほむらちゃんに至っては、もはや隠そうともしない殺意を全身から立ち昇らせ、ティーカップを砕かんばかりの力で握りしめていた。

 

『エントロピーを凌駕し、宇宙の熱力学法則を上書きする未知の魔術……。暁美まどか、君が先ほど話していた「エイヴィヒカイト」について、もう少し詳しく聞かせてもらえないかな? 契約なしで魂を燃料に換えるそのシステムは、僕たちにとっても非常に興味深いんだ』

 

キュゥべえは平坦なテレパシーを室内に響かせ、尻尾をゆらりと揺らした。あいつの演算回路は今、俺がマミさんに語った「ナチスの魔術式」という出鱈目な情報を必死に解析し、自分たちのエネルギー回収効率に組み込もうと躍起になっているはずだ。

 

「悪いね、キュゥべえ」

 

俺はわざとらしく、冷めた紅茶を最後の一口まで飲み干し、不敵な笑みを浮かべて白い獣を睨んだ。

 

「さっきも言った通り、これは『禁則事項』だ。お前がどれだけ首を傾げたところで、これ以上俺から喋れることは何もないよ」

 

『わけがわからないよ。情報の共有は宇宙全体の利益に繋がるはずなのに……。君はなぜ、それほどまでに僕たちを拒絶するんだい?』

 

「理由を知りたいか? ……教えないよ。それも含めて禁則事項だよ」

 

俺がそう言い放つと、ほむらちゃんが「当然よ」と言わんばかりに冷ややかに鼻を鳴らした。

 

気まずかったお茶会は、共通の敵……あるいは「異物」であるキュゥべえの登場によって、奇妙な結束感へと塗り替えられていく。

 

最強の魔法少女と、覇道神の萌芽。

 

そして、その因果を操る「兄」を自称する観測者。

 

「巴マミ。この子の言う通り、今の話はあいつには喋らない方がいいわ。……宇宙の法則なんて、私たちの知ったことじゃないもの」

 

「……え、ええ、そうね。少し……。少しだけ、あの子の言い分に疑問を感じたところだから」

 

マミさんはキュゥべえを見つめ、どこか確信めいたものをその胸に宿し始めたようだった。

 

俺はほむらちゃんと視線を合わせ、小さく頷いた。

 

インキュベーターの企みを、内側から少しずつ、確実に蝕んでいく。

 

この不穏なお茶会もまた、神を殺し、世界を塗り替えるための「叛逆」の一幕に過ぎなかった。

 

お茶会の和やかな空気は、その一言で完全に瓦解した。

 

「実はね、マミ。見滝原中学校で、素晴らしい魔法少女の素質を持った子たちを見つけ出したんだ。――鹿目まどかと、美樹さやか。特に鹿目まどかの才能は、これまでの記録をすべて塗り替えるほどだよ」

 

無機質な白い獣が、こともなげに告げる。

 

その瞬間、俺の魂の奥底で、かつてないほどの激しい『駆動音』が鳴り響いた。

 

(……っ!?)

 

隣に座るほむらちゃんの魂が、剥き出しの殺意となって爆発しようとしていた。彼女にとって、まどかの名は聖域であり、彼女を狙うキュゥべえの言葉は、存在そのものを否定する宣戦布告に他ならない。

 

エイヴィヒカイトの位階が、彼女の怒りに呼応して一気に跳ね上がる。盾の歯車が、目に見えない次元でキュゥべえを磨り潰さんと唸りを上げた。

 

「……ッ」

 

彼女が立ち上がるよりも早く、俺はテーブルの下で彼女の手を掴んだ。

 

ただ握るのではない。指と指を絡ませ、掌の熱が直に伝わるほどの強引な『恋人繋ぎ』で、彼女の細い手をぎゅっと、壊れそうなほど強く握りしめた。

 

『抑えて、ほむらちゃん! 気持ちは痛いほどわかる。でも、今ここでこいつを殺しても、代わりの端末が来るだけだ……!』

 

俺は必死に魂通信を送り、彼女の意識をこちらへ繋ぎ止める。

 

握りしめた彼女の指先は、怒りと恐怖、そしてやり場のない激情で小刻みに震えていた。俺はさらに力を込め、彼女の孤独な魂を俺の存在で包み込むように念じる。

 

突然指を深く絡められ、俺の必死の制止を受けたほむらちゃんは、ビクッと肩を震わせた。

 

殺意に染まりかけていた紫の瞳が、驚きと、そして微かな朱色を帯びて横の俺を睨む。繋がれた手から伝わる俺の体温と『お願いだから我慢して』という懇願に毒気を抜かれたのか、彼女から立ち昇っていた魔人のオーラが、シュルシュルと音を立てて引っ込んでいった。

 

『大丈夫だ。まどかは俺たちが守る。絶対に、あいつの思い通りにはさせないから。今はまだ……耐えて』

 

「……っ、ふぅ……」

 

ほむらちゃんが、漏れそうになった呼気を辛うじて飲み込む。

 

俺の掌から伝わる体温が、暴走しかけていた彼女の覇道を、かろうじて「静かなる決意」へと押し戻した。

 

「鹿目さんと、美樹さんが……?」

 

マミさんが、驚きと――そして少しの喜びが混ざったような声を出す。自分と同じ運命を歩むかもしれない少女たちの出現。孤独だった彼女にとって、それは救いのように聞こえたのかもしれない。

 

「そうだよ、マミ。彼女たちが契約してくれれば、君の負担も減るし、この街の平和はより確実なものになるだろうね」

 

キュゥべえは平然と「営業」を続ける。

 

俺はほむらちゃんの震える手を握ったまま、正面に座る白い悪魔と、何も知らない聖女のやり取りを、ただ静かに聞き届けるしかなかった。

 

(……笑っていられるのも今のうちだぞ、インキュベーター)

 

俺は魂の奥底で、ほむらちゃんと共有している「漆黒の焔」を静かに燃やした。

 

ターゲットが示された。ならば、俺たちのやるべきことは決まっている。

 

キュゥべえに狙われた少女たちを、魔法少女という呪いから救い出す。

 

そのために、俺たちはこの「双子の兄妹」という仮面を被ったまま、運命の濁流へと真っ向から飛び込んでいく。

 

握り合った手の熱だけが、この狂った世界で唯一の真実だと信じて。

 

 

 

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