その刹那に愛を──   作:星乃 望夢

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第九話

 

「……あー、すみませんが、マミさん」

 

期待に目を輝かせようとしていたマミさんの言葉を遮るように、俺はわざとらしく軽く手を挙げて、その場の空気を冷静な方へと引き戻した。

 

「魔法少女の仲間が増えるかもしれない、って喜んでいるところに水を差すようで悪いんですけど。少し……『一般常識』の話をしてもいいですか?」

 

マミさんはカップを口元へ運ぼうとした動きを止め、怪訝そうに俺を見つめる。

 

「ええ……。何かしら?」

 

「まず、どんな願い事でも叶うからといって、多感な中学生の女の子に、あの魔女だの使い魔だのといった化け物連中と殺し合いをさせるのは……兄貴分としては、普通に命の危険が危なすぎると思うんです。あんなの、まともな大人の判断なら絶対に止めますよ」

 

俺はチラリと、無表情を装っているキュゥべえに冷ややかな視線を送った。

 

「それに……これは魔法少女界隈の『現実』の話ですけど。魔法少女がこの街に三人、四人と増えたら、当然、倒せる魔女の数は限られているわけですから、グリーフシードの取り分が減って困るんじゃないですか?」

 

マミさんの表情が、図星を突かれたように僅かに強張る。

 

「基本、魔法少女っていうのは……よほど手に負えない、どちゃくそ強い魔女でも現れない限り、徒党を組まないものだって記憶してるんですけど。どうでしょう、マミさん。新しく仲間を増やすっていうのは、その子の人生を奪うだけでなく、マミさん自身の『生存権』を削ることにもなりかねない……そうは思いませんか?」

 

俺が淡々と理屈を並べ立てると、隣で俺の手を握っていたほむらちゃんの力が、少しだけ和らいだ。俺が彼女の代わりに、彼女が最も伝えたかった「残酷な正論」を、マミさんのプライドを傷つけない程度の温度で代弁したからだ。

 

「……それは、そうね。貴方の言う通りだわ」

 

マミさんは力なく、けれど納得したように溜息をついた。

 

「魔法少女になることは、決してキラキラした夢物語じゃない。……私も、心のどこかでは分かっていたはずなのに。寂しさのあまり、あの子たちを……自分たちの側に引き込もうとしていたのかもしれないわ」

 

「マミさん。孤独を埋めるために誰かを同じ地獄に引きずり込むのは、優しさじゃないですよ」

 

俺は重ねて、諭すように言葉を添えた。

 

「本当にあの子たちのことを思うなら、あの子たちが『普通の中学生』として笑っていられる日常を、外側から守ってあげる……。それが、先にこの道を選んだマミさんの、本当の役割なんじゃないでしょうか」

 

マミさんはしばらく黙って自分の手元を見つめていたが、やがて顔を上げ、吹っ切れたような、けれど少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。

 

「……そうね。私、少し舞い上がっていたみたい。教えてくれてありがとう、暁美まどか君。貴方は本当に……不思議な人ね」

 

「ただの、妹思いなだけの兄貴ですよ」

 

俺はそう言って笑い飛ばした。

 

背後で、キュゥべえが「わけがわからないよ。非合理だね」とでも言いたげに尾を揺らしているのを感じたが、無視だ。

 

最悪の「営業活動」を、まずはマミさん自身の良心に訴えることで食い止めた。

 

ほむらちゃんの手をぎゅっと握り直すと、彼女もまた、小さく握り返してくれた。

 

見滝原の夜は更けていく。

 

物語の歯車は、俺たちが投げ込んだ「常識」という名の楔によって、少しずつ、けれど決定的にその軌道を狂わせ始めていた。

 

「それに、代わりと言ったらあれですけれど……」

 

俺はわざとらしく、自分とほむらちゃんを交互に指差しながら、おどけた調子で言葉を続けた。

 

「なんとマミさんの目の前に、グリーフシードなんて必要なくて、魔女を一方的にぶっ倒せる人間兵器が二人も! 今まさにお茶会パーティーに入りたそうにしていまーす。今なら期間限定、お買い得セール中ですよ、奥さん?」

 

マミさんは、俺のあまりにも軽薄なセールストークに、思わずといった様子で目を丸くした。

 

「ふふ、人間兵器だなんて……。でも、確かに貴方たちが協力してくれるなら、戦力としてはこれ以上ないほど心強いわね。特売品にしては、少し贅沢すぎる気もするけれど」

 

「ははっ、いいんですよ。俺たちは『身内』にはとことん甘い質ですから」

 

俺が調子に乗ってそう言い切った、その瞬間だった。

 

「…………」

 

無言。

 

隣に座るほむらちゃんから、声にならない、けれど絶対零度の殺気が噴き出した。

 

「ッ、いったぁああああっ!!?」

 

俺の右手に、凄まじい激痛が走った。

 

いつの間にか、ほむらちゃんが俺の指の間に数発のベレッタ用・九ミリパラベラム弾を挟み込み、そのまま万力のような力でぎゅーっと握りしめていた。

 

「ま、待っ、ほむらちゃん! 指の間に弾丸(たま)挟んで握るのは、学生のやる『鉛筆挟み』より数倍えぐいってばぁああ!!」

 

「……誰が、特売品ですって?」

 

彼女の瞳は笑っていなかった。むしろ、深い闇が渦巻いていた。

 

俺のふざけた態度が、彼女の「覇道神(候補)」としてのプライドに触れたのか、あるいは単に恥ずかしかったのか。

 

「……私の価値を勝手に決めるな、と言っているの。それに、誰が『奥さん』よ。……そんなにその指が不要なら、今ここでこの弾丸を物理的に『叩き込んで』あげましょうか?」

 

「ごめんなさい! 撤回します! 俺たちは最高級の、時空を超えるオーダーメイド品です!! だから、その……弾丸を抜いてぇえ!!」

 

(痛いから! 砕ける! 俺の形成した指の骨が砕けちゃうから、ほむらちゃん!!)

 

(少しは黙っていなさい、このバカお兄ちゃん)

 

(あっ、今お兄ちゃんって認めた!? 痛い痛い、さらに力強くしないで!!)

 

俺が必死に悶絶する姿を見て、マミさんはとうとう我慢できなくなったように、クスクスと声を上げて笑い出した。

 

「ふふっ……あはは、もう、おかしくて……っ」

 

そして、ティーカップを両手で優しく包み込むように持ち直すと、ひどく穏やかな、温かい声で告げた。

 

「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて。私の『お茶会パーティー』に、二人を特別枠で招待させてもらおうかしら」

 

それは、孤独だった見滝原のベテラン魔法少女が、俺たちという規格外の存在を正式に『仲間』として受け入れた瞬間だった。

 

魔法少女同士の縄張り争いでもなく、インキュベーターの用意した残酷なシステムの上でもない、純粋な共闘と信頼の約束。

 

「やれやれ。君たちの行動は本当に非合理的だ。インキュベーターの論理では、到底理解に苦しむよ」

 

完全に蚊帳の外に置かれ、空気扱いされていたキュゥべえが、テーブルの端で呆れ果てたようにそう言い残す。赤い瞳で俺たちをジロリと見つめた後、今日この場での勧誘は不可能だと完全に悟ったのだろう。パタリと尻尾を揺らし、バルコニーの開いた窓から外へとスッと姿を消していった。

 

白い悪魔も退散し、マミさんのメンタルケアも無事に(俺の物理的な痛みを伴いつつ)完了した。

 

大成功じゃないか。

 

俺は心の中でガッツポーズを決め、テーブルの下で弾丸の拷問を受けている右手をそっと引き抜こうとした。

 

(……あれ?)

 

抜けない。

 

「ほ、ほむらちゃん? もうマミさんも笑ってくれたし、キュゥべえも帰ったし、そろそろ手を……」

 

「…………」

 

横に座るほむらちゃんは、俺の指の間に挟んでいた弾丸をいつの間にか盾の中に回収していた。しかし、その手は俺の右手をしっかりと『恋人繋ぎ』でホールドしたまま、全く離そうとしないのだ。

 

見れば、彼女はぷいっとそっぽを向いてツンとしているものの、その白い耳の裏から頬にかけて、ほんのりと可愛らしい朱色が差していた。

 

「……これからも、勝手なことばかり言ったら、またこうするから」

 

声だけは魔人らしく凄みを効かせているつもりなのだろうが、強がりなのは明白だった。だって、絡められた指先から伝わってくるのは万力の痛みなんかじゃなく、女の子の柔らかくて温かい体温と、ほんの少しの独占欲だけだったのだから。

 

「はいはい。肝に銘じておきますよ、ほむらちゃん」

 

俺はあえて口には出さず魂通信だけでそう返事をして、繋がれた手に少しだけ握り返す力を込めた。ほむらちゃんの肩がビクッと跳ねたけれど、やはり手は振り払われなかった。

 

マミさんの淹れた紅茶の香りが漂うリビング。

 

俺たちはついに、インキュベーターの理を出し抜くための、最高に頼もしくて温かい『第一歩』を踏み出したのだった。

 

見滝原の夜は更け、窓の外には静謐な月明かりが広がっていた。

 

本来なら、一戦交えて決裂するか、あるいは事務的な協力関係を結んで解散するはずだった巴マミとの邂逅。

 

それがどういうわけか、事態は誰もが予想だにしなかった方向へと転がっていた。

 

えー、まさかの急展開である。

 

廃工場での徹夜の魔女退治から、マミさんの部屋での早朝お茶会を経て。

 

すっかり打ち解け(?)て孤独の毒気が抜けた結果、なんとそのまま初日から「お泊り会」へと雪崩れ込むことになってしまったのだ。

 

「疲れたでしょう? 学校まではまだ時間があるし、少し休んでいって」

 

マミさんが微笑みながら、ふかふかのクッションが並ぶリビングを解放してくれたのはありがたいのだけれど。

 

「ほら、二人とも。着替えはないだろうから、私の少し大きめの服を貸すわ……って、あら?」

 

マミさんがクローゼットからルームウェアを抱えて戻ってくると、そこには既にすっかり寛ぎモードに入った俺たちの姿があった。

 

「魔術のちょっとした応用ですよ、マミ先輩。俺たちは魂のイメージで武装してるんで、服装のチェンジなんて自由自在、パジャマだろうが何でもござれですから」

 

俺はソファの上であぐらをかきながら、ドヤ顔で言い放った。

 

隣に座るほむらちゃんは、いつもの魔法少女の衣装から、少しゆったりとした清潔感のある薄紫色のルームウェアへと一瞬でお着替えを済ませている。

 

対する俺も、物々しい黒円卓の軍服から、動きやすさ重視のシンプルなスウェットの上下(当然、男物)へと姿を変えていた。手ぶらで来ても安心である。

 

「ま、魔術って……そんな一瞬のお着替えみたいなことにも使えるのね……」

 

「ええ。インキュベーターの魔法より、よっぽど融通が利くわ」

 

ポカンとするマミさんに、ほむらちゃんが少し誇らしげに胸を張る。

 

「いやー、それにしても……」

 

俺は出されたクッションを抱え込みながら、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてマミさんを見上げた。

 

「まさか出会った初日に、見滝原の先輩魔法少女の甘い匂いのするお部屋で、パジャマパーティーが開かれるとは思いませんでしたよ。……でも、マミさーん?」

 

「え? な、なに……?」

 

「お忘れかもしれませんけど、ここ、ひとりだけ『男子』が混ざってまーす」

 

俺がわざとらしくひらひらと手を挙げて自己申告すると、マミさんの動きがピタリと止まった。

 

「……あ」

 

見滝原のベテラン魔法少女の顔が、みるみるうちに林檎のように赤く染まっていく。

 

背格好も顔もほむらちゃんと瓜二つだから完全に油断していたのだろうが、中身はれっきとした男(しかも精神年齢は彼女たちよりずっと上)であり、服装もちゃんと男物である。

 

いくら子供の姿とはいえ、年頃の女の子の部屋に男子がパジャマ姿であぐらをかいて寛いでいるという事実に、彼女は今更ながら気づいてしまったのだ。

 

「そ、そうよね! あなた、男の子だものね!? ひゃあぁっ、ご、ごめんなさい、私ったらすっかり暁美さんの双子だってことで油断して……っ!」

 

抱えていたルームウェアで真っ赤な顔を隠し、わたわたとパニックに陥るマミさん。

 

「ちょっと、まどか。あなたわざと巴マミをからかってるでしょ。本当にデリカシーがないわよ、少しは自重しなさい」

 

バシッ! と隣からほむらちゃんの容赦ないツッコミ(クッションによる物理打撃)が俺の後頭部に飛んできた。

怒っている口調だが、その実、少しばかり面白がっているような、あるいはマミさんばかり構う俺への微かなヤキモチが混ざっているような、絶妙な響きだった。

 

真っ赤になって慌てふためくマミさんをよそに、俺の隣に座っていたほむらちゃんが、ふいっと不機嫌そうに俺のスウェットの袖を引っ張った。

 

「……寝るなら、私の隣で寝なさいよ」

 

声のトーンは相変わらず低めだけれど、その手つきは有無を言わさないほど強引だ。ズルズルと引き寄せられ、俺はほむらちゃんのパーソナルスペース――というか、肩が触れ合うほど密着する距離にきっちりと収められてしまった。

 

(まあ、確かに……マミ先輩の隣で寝ろなんて言われたら、色々と発育が良すぎて男子としてはドギマギして寝るに寝られないからな。その点、ほむらちゃんの隣なら安心というか、不思議と落ち着くし)

 

俺がそんな失礼極まりない(そして口に出せば間違いなく肘鉄が飛んでくる命知らずな)感想を内心で抱きながら大人しく引き寄せられていると、ほむらちゃんは満足げに小さく鼻を鳴らし、俺の腕をホールドするようにして目を閉じた。

 

「ち、ちょっと、暁美さん……? いくら双子とはいえ、年頃の男女がそんなにくっついて寝るなんて……」

 

パニックから少し立ち直ったマミさんが、オロオロと頬を染めながら声をかけてくる。見滝原の風紀を守る先輩としては、見過ごせない光景だったらしい。

 

「……私たちは魂で繋がっている一蓮托生。これくらい、普通よ。おやすみなさい、巴マミ」

 

しかし、ほむらちゃんはピシャリと完全にシャットアウトの構えだ。

 

目を開けようともしないが、むしろ「このバカは私のものだから手出し無用よ」と言わんばかりの強烈な独占欲が、その小さな背中からビシビシと伝わってくる。

 

「えええ……? ふ、普通なの……?」

 

すっかり常識のゲシュタルト崩壊を起こし、一人で戸惑い続けるマミさんの声をBGMに。

 

(……大丈夫だよ、ほむらちゃん)

 

瞳を閉じたままの彼女の精神の奥底へ、俺は『魂通信』を通して静かに、けれど絶対に揺るがない熱を込めて語りかけた。

 

(たとえこの世界が滅んでも。もし、あのふざけた『ワルプルギスの夜』に勝てなくても。……万が一、また最悪の魔法少女として、まどかが『円環の理』の世界を創り上げてしまったとしても)

 

俺の言葉が響くたび、腕の中にいるほむらちゃんの細い肩が、微かに、本当に微かに震えるのが分かった。彼女がたった一人で抱え続けてきた、途方もない恐怖と孤独。それを丸ごと包み込むように、俺は誓いを立てる。

 

(永劫回帰の那由他の果てまでも。これから先、何度時間を繰り返すことになっても……俺は。暁美まどかは、暁美ほむらと、いつまでも一緒に居続けるから)

 

物理的な声には出さない、魂の深淵でのみ交わされる、絶対の共犯関係の証明。

 

言葉を伝え終えると同時に、俺は「仲の良い双子」という表向きの建前をフル活用して、腕の中にいる彼女の小さな身体を、正面からぎゅっと強く抱きしめた。

 

一瞬、ビクッと身体を強張らせたほむらちゃんだったが、すぐに抗うのをやめた。俺の胸元に顔を埋めるようにして、その温もりへと静かに身を委ねてくれる。盾を握る彼女の指先が、俺のスウェットの背中を、縋るようにきゅっと掴み返してくるのが分かった。

 

そのあまりにも不器用で愛おしい反応に内心で微笑みながら、俺はゴロンと完全に横になった。

 

「それじゃ、おやすみなさーい、マミさーん」

 

「えっ!? ちょっ、ほんとにそのまま寝ちゃうの!? いくら双子だからって、そんなに密着して寝るなんてやっぱり……ああっ、もう! 風邪引かないように毛布かけるから、ちょっと退きなさい!」

 

すっかり常識のキャパシティを超えて真っ赤になりながらも、なんだかんだで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる見滝原の先輩の、慌ただしくも温かい声を子守唄にして。

 

俺たちは深く穏やかな眠りへと落ちていくのだった。

 

 

 

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