「んなラノベみたいな…」〜マネやるつもりが演者になりました(By the way バ美肉)〜 作:リッスンブラック
今のところの目標は、ひとまず初配信まで持っていくことです。
スマホの電子音声越しに、彼女の涙ながらの嘆きが耳を突き刺した。
『やっぱり、私なんかには、無理だったんです…』
「私なんかって…そんなこと言わないでくださいよ!」
『マネージャーさんは、優しい人です…こんな私を励まして、支えようとしてくれました…』
『だから…本当に、ごめんなさい…!』
「は、早辞さん…」
ど、どうすれば、どうすればいい!?
俺はどうすればいいんだ!?
お、落ち着け…と、とにかく、彼女の話を聞かなければ。
「ほ、本気なんですか?本当に、辞めてしまうおつもりなんですか?」
『わかっちゃったんです。津代 栞に相応しいのは、マネージャーさん――守屋さんなんだって』
「それは…前にも、言ったじゃないですか。俺は早辞さん以外の栞は考えられないって!」
『あなたにそう言ってもらえて、私、すごく、すごく嬉しかったんです。でも…』
柔らかな彼女の声からは、これまでの俺の行いを本心から喜び、嬉しく思ってくれていたのがよく伝わってきた。
…でも、なぜだろうか。
今の俺には、その言葉が別の意味に聞こえる気がしてならないんだ。
『あなたに言われたからこそ、その期待が、苦しく感じてしまって…』
だってほら、今だってそう聞こえた。
他ならぬ俺が
「俺の熱意は…早辞さんにとっては、迷惑だったということですね」
『ち、違います!?そんなことはありません…!』
あぁ…わかった。わかってしまったよ。
俺が何をしでかしてしまったのかを。
クソッ、何が無理強いはしないだよ。
これじゃまるで同罪、いや或いはよっぽどタチが悪い。
余計なことをばかりしておいて、あまつさえ個人のエゴを押し付けるとか…終わってんな、俺。
『守屋さんは悪くないんです。本当に、私の心が弱かっただけで…』
それは本当に違う。
あなただけが責任を感じる必要は無いんだ。
「いいえ。違いますよ。早辞さんはそう仰いますが、俺に非があったのは、紛れもない事実ですから…ですので、申し訳ごさいませんでした!」
深々と頭を下げる。
謝って済む問題ではない。
そもそも、電話越しである以上、頭を下げたって意味はない。
そう頭では理解しているのに、下げずにはいられなかった。
「俺はあなたに押し付けてしまった。その上で、必要なメンタルケアすらできなかった。謝罪以外の選択は、有り得ない」
『…私、私も…!何も言わなかったから。口に出す勇気がっ、無かったからっ!』
「違います。違いますよ。それでも俺は、気付かなければならなかったんです」
マネージャーとして。
「そう、ですね…早辞さん、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
『な、んで…すか…?』
「世界が、作り物のように見えたことが、ありますか?」
『現実感…消失症*1のこと、でしょうか…?』
「えっ?」
そんな名前付いてんの???
『…ちがい、ましたか』
「あ、いや、その…合ってますよ。正解です」
その現実感消失症とやらと、俺の言いたいことは多分同じだから。うん。
厳密にはちょっと違うんだろうが、今は置いておく。
「最初の方に話しましたよね。俺がこの事務所に来た経緯」
『…はい。社長さんに誘われた、そう仰られてましたよね』
「まさしくその通りです」
「前職は、給料は良かったんですが、やり甲斐に欠けていまして。一念発起でここに来てから、驚いたんです」
『驚いた、ですか?』
あぁ、そうだ。俺は本当に、驚いたんだ。
「早辞さんも思ったことはありませんか?この会社、上下の距離感薄くないかって」
『それは…はい、思いました』
「ですよね」
やっぱ普通最初はそう思うよな。
俺だけがおかしい訳じゃなくてよかったわ。
「社畜の下に届いた誘い。受け入れて転職してみれば、待っていたのは現代社会じゃ有り得なそうな会社でした。内容は社長に暴言を吐く社員が複数いる会社です。……どこのギャグ漫画だよって思いますよね」
『ふ、ふふ。確かに、面白いですね』
「実態はそう見せかけたブラックとかでした、とかなら辻褄が合うんでしょうけど、別にそうでもないですからね。毎日楽しいですよ、前職と違って」
鼻で笑うくらいには現実感が薄かった。
一時期、結構真面目にラノベの主人公にでもなったような感覚でいたこともあったしな。
じゃあワンチャン超能力使えるようになったりして…なんてアホな考えには流石にならなかったが。
「俺は読書が好きです。有名から無名、男から女、老人から新人まで、そんな作者達が綴った物語が大好きです」
「だから、今…尚更ですね。目が覚めた気分ですよ」
ここは現実なんだって。
お話の中とは違うのだと、わからせられた。
今思えば、俺は、無意識にこの第二の生を歩むという数奇な経験に、何度も読み込んだあの無数の物語を重ねてしまっていたんだろう。
この世界が俺を主役とした物語の舞台だとすれば、最終的にはなんだかんだ運命が味方してくれる筈だ。
それこそ、俺が好んで読んでいたネット小説のエピソードのように。
「だから大丈夫。最後にはきっと上手くいく」
そんな風に楽観視して過ごしていた節もあったんだろう。
…けど、ここは紛れもなく現実。機械仕掛けの神なんかいないんだ。
「俺はマネージャーです。夢現に囚われるのではなく、あなたを一番に気にかけ、支えなければならなかった」
『…守屋さん』
今更気づいたって、遅いがね。
大失態だよ、全く。マネージャー失格と言われても文句は言えない。
「すみません、今からお伺いしてもよろしいでしょうか?」
『……はい。お待ちしてます』
「ありがとうございます」
通話を切り、デスクから立ち上がった。
周囲を見回さずとも、室内の目が全て俺に向けられていることくらいわかっている。
「賢祐」
「社長…」
「達司でいい。んで、行くんだな?」
「そうだよ。ここで行かなきゃ、自分で自分を許せなくなる」
「そうか。…わかった。話を付けてこい。あぁそうそう、ついでに言っといてくれや」
演者以外の仕事でも、歓迎するぞってな。
「っ!あぁ…あぁ!絶対、絶対伝えてくる!」
「頼んだぜ、親友」
「おう!」
ニカっと笑った達司に見送られ、微笑みを浮かべた同僚達に背中を押され、事務所を走り出る。
「クソが革靴走りづらすぎる!」
あとスーツもいちいち変なとこ張るのがうぜぇ!
ブチ切れながらも、全力ダッシュで駅へと向かい、ちょうど停車していた列車に飛び乗った。
車内で息を整えているうちに、列車は定刻通りに発車。モーター音を響かせ目的地に向かい始める。
ガタンゴトンと進む電車の中で俺は思った。近いうちに免許取ろうと*2
やがて目的の駅に到着、ICカードで改札をパパっと抜け出し、再び革靴にキレながらの全力ダッシュ。
早辞さんの住むアパートが見えて来た頃には息が苦しくなっていたが、根性で捩じ伏せ走り続けた。
「はぁはぁ…ふっ、ハァァ…!」
走っているからか、そこまでかからずアパートに着いた。
彼女の部屋は二階にある為、これまた息を荒らげながら階段を駆け上がり、部屋番号を確かめインターホンを押す。
「お、お待たせっゲホッ!しまし…しましだぁっ!」
「お、お待ちしておりました」
尚、早辞さんにはドン引きされた*3
リビングに通され、座布団腰を下ろして向かい合う。
「まず、突然お邪魔してしまい申し訳ありません」
「元はと言えば、私のせいですから」
下げられる頭、その表情は悔恨に歪んでいる。
「頭を上げてください」
彼女の瞳を正視した。
目をそらさず、真っ直ぐに。
「思うところは、多々あると思います。俺もそうです」
「はい…」
「ちなみになんですが、俺、風を切ったからか多少頭が冷えたんですよ」
「…えっ?」
「風、冷たかったですよ。茹で上がった頭によく効きました」
「あっ、え…?」
早辞さんが目に見えて困惑している。
が、敢えて無視して言葉を紡ぐ。
「事務所出た直後はですね、そもそも革靴痛すぎて外の寒さとか感じてる余裕もなかったんですよ。スーツも変に突っ張りますしね」
「痛いし、走りにくいしでブチ切れてたんですけど、飛び乗った電車で息整えてたら」
小さく口を開けて、ぽかんとした表情を晒す早辞さん。
そろそろかと思い、話を終わりに持っていく。
「冷静に、なれたんですよ」
「れい、せい」
「はい」
多分だけど、俺も、早辞さんも、どっちも話し合いするには頭が固くなりすぎてたろうからな。
そういう意味でも、冷静になれたのはデカかった。
「俺、もう否定しませんよ。あなたの選択を」
「……」
「負い目とか、罪悪感とか、そんなもん関係ねぇって全部ぶん投げた上で、あなたが心の底から納得して選んだことなら、ね」
その果てに、彼女が津代 栞を選んでくれなかったとしても、俺はそれを受け入れる。
「おっと、忘れるとこでした」
「…守屋さん?」
「あぁいえ、社長からの伝言がありましてね」
「伝言、ですか」
「はい。「演者以外の仕事でも、歓迎する」っていうやつなんですが」
「っ――それって…!」
彼女が思わずといった様子で顔を上げ、次の瞬間には驚いたように口に手を当てた。
きっと無意識だったのだろう。
けど、まぁ。
これまでずっと俯きがちだったことに比べたら、そりゃあこっちの方がずっといいと思う。
「ま、そういうことでしょうね」
「それに、悪いことばかりでもないですから。幸いにも…」
代役は、あなたのおかげで見つかってますからね?
「ぁ……」
「選ぶのは、あなたです。
目を閉じる。
あとは、彼女が決めることだ。
俺は何も口を挟まない。今度こそ。
……なんかいい感じの言い回しにしたのはいいものの、ぶっちゃけこれまたかなり卑怯なやり方なんだよなぁ。
時間も与えず、強引に決断を迫っているようなもんだしさ。
これこそ新興事務所闇深案件。とっ突かれたら敗訴不可避じゃんね。
彼女には非常に、ひっじょーうにっ!申し訳ないが、もうこれに関しては受け入れてもらう他ない。
なにせうちはお金も無ければ時間も無い。
割と真面目に社長の人生がかかってすらいる。
ゆえに1期生のデビューは失敗できない。絶対に成功させなければならない。
だから、ごめんなさい…俺はあなたを待ってあげられない。
「夢を共に叶えるパートナー」とは程遠い、所詮"ただの卑怯な大人”にすぎない俺には。
「守屋さん」
「……っ」
頬に触れる暖かさに、目を開ける。
開かれる視界。そこに映る彼女は…微笑んでいた。
「まず、ありがとうございます。こんなに迷惑をかけてしまった私に、まだ手を差し伸べて下さったこと、本当に嬉しかったです」
頬から、熱が離れていく。
「でも、やっぱりごめんなさい。できそうにないです」
申し訳なさそうに、それでいて清々しそうに、彼女はそう言う。
「そうですか…そうですか。はい、わかりました」
その澄み切った瞳に、情けないことにまだ未練が湧く。
戒めに強く歯を噛み締め、ゆっくりと頷いた。
「ご苦労様でした」
この話は、もうこれで終わり。
これからも仲間でいられるか否かは、これからの彼女次第だろう。
けど、ひとつ確かなことがある。
…それは、本日をもって、彼女が
――さようなら。俺の初めての担当さん
「も、守屋さん?」
「え?」
律花さんの驚いたような声。
顔を上げてみれば、そこには彼女の頭を撫でる自分の手が。
「っと、すみません」
「い、いえ」
慌てて離し、まじまじと手を見つめる。
今、撫でてたよな…
無意識に?無意識に女性の頭を?
「ご不快になられたのでしたら、大変申し訳ございません」
「不快だなんて、そんな…むしろ、暖かくて心地よかったです」
「そうで、すか」
……なるほど。俺も伊達に人生二週目じゃないってことね。
どれだけエンジョイしたところで、精神のオッサン化は避けられないらしい。
そういや、中学校入るまでだったっけか、近所の子と鬼ごっこで遊んでたの。
あの空き地ももう家ばっかになっちゃったからなぁ。
どこか哀愁の漂う、感慨深い気持ちに浸る。
「あの、守屋さん」
「ど、どうしました?」
はっ!?やべ、意識飛んでた…
律花さんの震えた声は、ノスタルジックな気持ちを吹き飛ばし、俺の意識を現実へと呼び戻した。
てか飛びすぎだろ俺の意識よ。
前世の幼少期まで戻ってんじゃねぇか。
「ふふ」
「…すみません」
「いいえ。大丈夫ですから」
ころころと笑う律花さん。
そんな彼女の笑顔にほっとする俺。
「守屋さん」
やがて、彼女が咳払いとともに、その表情を改めた。
「
「お願い、ですか」
「聞いてくださいますか?」
力強く頷く。
「なんなりと」
もう、彼女の声は、震えていなかった。
「津代 栞を、よろしくお願いします」
……ついに言われてしまったか、という気持ちが胸に広がった。
でも、まぁ。不思議と悪い気はしない。
あんだけ力強い目で見られちゃあ、そりゃね?
「はい。お任せ下さい」
次回いきなり初配信まで飛ばすか、それとも一話挟むべきか悩んでます。