ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第1章:ドロコン開幕編
第1話:ボクらは大舞台の上で


 

 

 

 

 

 

 

〝言葉で壊れた関係性は、結局言葉でしか乗り越えられない。

    その言葉を発明した人類を、僕はどこまでも信じたいと思う。〟

 

 ―――― 哲学者 レヴリー・ダウンライト(1982 - 2017)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブループリント負荷係数、平均30~40を維持」

「感情マトリクスの観測状態、心理鼓動、色相ともに異常なし」

「メンタルモデル・ダイアグラムの体感経路も既定値をクリア。安定しています」

 

 人間の声。チームメンバーの声。検査機器がビープ音を鳴らす音。HUDに表示されるログが流れ、チチチ、と電子音が重なる。

 

 それらの音と、オフラインカメラの映像に重なるインターフェース情報を、2機のドロイドが静かに眺めていた。

 

「機体サーボおよびジャイロシステムに問題なし。BPカーネルとOSの相互性チェック完了」

「五感I/O(アイ・オー)ファームウェアの最終チェック終了。2α、HUDに表示されるマーカーを確認してください」

「はーいっ! こっちを見ればいいよね?」

 

 HY-2α(ハイ・ツーアルファ)は、HUDのカーソルを四隅のマーカーへ移動させる――ちょうど、人間が眼球を動かすのと同じ要領で。

 

「上出来です。続いて2βもどうぞ」

「はい。ええと……こうですね」

 

 右隣では、HY-2β(ハイ・ツーベータ)が同じようにキャリブレーションを行っている。妹機である彼女の声色は、姉機の2αとは対照的に、どこか不安を含んでいた。

 

「2α、2βともに視覚カーソルのキャリブレート完了。メインカメラのメンテナンスモードを終了、初期化します」

 

「うえぇっ、やっと見えた!」

「おはよう、2α、2β。調子はどうだ?」

「バッチリだよ、ねベータ!」「ええ、ワタシも問題はありません」

 

 2機のカメラが回復する。視界にまず飛び込んできたのはラボエリアの自社ブースだった。

 

 忙しげに駆け回るチームメンバーの奥、緑のメッシュが入ったワイシャツの男――プロデューサーのオーティマが立っている。タブレットを片手に指示を出していた彼は、2機の視線に気づくと、顔を向けて軽く手を上げた。

 

「ねぇでもさ、プロデューサーさん。このチェックって、そんなに大事なの?」

「大事も何も、これを毎度しておかないと、何か起きたときに原因が分からなくなるだろう?」

「そうだけど……だってこれ、リハだよ? そこまで入念にしなくても……」

「抜かりがないことが、君たちを守ることにもつながる。とても大事なことだよ」

 

 2αの素朴な問いにも、オーティマは落ち着いた口調で答える。その距離感は、父と娘のようですらあった。

 

 それを受けて、2βは姉に向き直る。

 

「アルファ姉さま。むしろリハだからこそ、チームの皆さんはしっかり準備してくれているんです」

「ベータまで! でも……うぅ……まあ、そう……だよね」

「ドロイドはメンテナンスが命だからな。特に交響機(シンフォニア)を目指すドロイドなら尚更だ」

「交響機!」

 

 その言葉に、2αの声が弾む。

 

 その瞬間――オーティマの背後、ブースの出入り口に現れた一体のドロイドを、2αの(カメラ)が捉えた。

 

「――あっ、噂をすれば……シェルディさんだ! シェルディさーん! って、おわぁっ!」

 

 思わず駆け出そうとした2αを、機器に接続されたパワーチャージケーブル(しっぽ)が引き止める。勢いそのままに前のめりになり、ガタン、と音を立てて転倒した。

 

「おごげっ……」

 

 その小さなアクシデントには目もくれず、シェルディは廊下を歩いていく。ただそれだけのこと。だが、その場に残る空気は明らかに違っていた。

 

 厳かで、高貴で、揺るがない存在感。初出場の新星ドロイドとは比べるまでもない、圧倒的な格の差。

 

「まだケーブルを抜いてないからな……大丈夫か?」

「うぅ……ってててて。でへへ、思いっきり転んじゃった」

「姉さま……気をつけてください。もしも姉さまに何かあったら、ワタシは……」

「ごめんごめん」

 

 2βは(マニピュレータ)を差し出し、姉を立ち上がらせる。

 

「ほら、お顔に床のホコリが付いています」

「わっ、ちょ……ベータ、近いって!」

「じっとしててください」

 

 その仕草は、姉妹の関係性を雄弁に語っていた。オーティマにとっては、それもまた見慣れた光景だった。

 

 やがて彼はスマートウォッチを確認し、出入り口を指し示す。

 

「衣装パーツ装備OK、ホロエフェクト動作OK……よし。 もう準備は整った。2機(ふたり)とも、舞台袖へ急げ」

 

「うん! ね、行こベータ!」

「はい。行きましょう、姉さま」

 

 2αに引かれるように、2βも小走りで後を追う。

 

 いよいよ、リハーサルが始まる。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ワールドニュースモーニング、2035年5月24日放送。実在しないコメンテーターが、テレビ画面の中で淡々とニュースを読み上げていた。

 

「──さて、次のニュースです。いよいよ、あのイベントの開催が1週間後に迫ってまいりました」

 

 画面が切り替わる。コメンテーターが言葉を止めると、一拍おいてVTRへ移行した。実際に会場を撮影した映像の上に、自動生成されたテロップが重ねられていく。VTR内では、合成された女性音声が詳細を伝えていた。

 

「ロボット技術コンベンション〝ドロイド・コンチェルト〟。2年に1度、半年をかけて開催されるこの祭典ですが、今年の開催国はなんと日本。筑波研究学園都市の広大な敷地に造成されたエリアで行われます」

 

 次に流れたのは、過去会期の映像だ。デトロイト、ミュンヘン、深セン、ロンドン――各地で活躍したドロイドたちの、ライブステージ上で披露されるきらびやかなパフォーマンスの様子や、会場の管理区画で準備が進む様子が映し出される。個性豊かな機体たちが並ぶ、美しく華やかな映像が数秒流れたのち、ナレーションはさらに続いた。

 

「2025年のトロントでの初開催以降、今期で5回目を迎えるロボットの祭典、ドロイド・コンチェルト――通称〝ドロコン〟。会場ではすでに、開会式へ向けた準備が着々と進められています。イベントの主役とも言えるロボットたちも、ラボエリアで意気揚々の面持ちです」

 

 映像は今期ドロコンの開催地へ。インタビュー担当者が、会場内で準備中のドロイドたちへ次々とマイクを向ける。そのうちの1機がカメラに映されると、画面には「出場するドロイドたちは――」という太めのゴシック体テロップが挿入された。

 

「今の状態はどんな感じですか?」

 

「はい、もうバッチリ万全完璧です! この日のために、数年間準備してきましたから。チューニングだって問題ないです……って、ちょっと! 予備バッテリーが充電できてないじゃないっ!」

「私? そうさねぇ。まぁ、なんだかんだ前回もリスナーの皆に支えてもらえたし、今回も同じようにやれたら万々歳かねぇ。おまえら、応援頼むぜ!」

「ちょっと姉さま……」

「はいはーい! もう楽しみでしょうがないって感じだよ~! みんな、ドロコンで会えるの楽しみにしてるよ~~~!!」

 

 映像は再び切り替わり、今度はイベント運営チームへのインタビュー映像へ移る。しかし、ネームプレートや顔は画面外に外されたり、ぼかしを重ねられたりしていて、誰の発言なのかは判然としない。

 

「ドロコンは、出場するドロイドさんたちと、その管理や教育を担う出場チーム、プロデューサーたちが一丸となって盛り上げる、とても楽しいイベントです。彼女たちは見ての通り人型ロボットではありますが、出場企業や個人が、それぞれにチューニングして育て上げた大切な1体1体ですから。参加している皆さんの熱量は、本当に高いですね」

 

 担当者はそこで区切らず、さらに続けた。

 

「ドロイドたちは、多くの観客の希望になれるアイドルを目指して、どこまでもひたむきです。そういう姿に、人は心を動かされる。芸能やエンタメとしての〝推し活〟は、今やドロイドが主役を飾る時代です。ドロコンは、そんな現代において、共感や感動といった心を最も安全に、そして安心して委ねられるイベントの1つだと思います」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「アルファ姉さま、まだここにいたんですか」

「あっ、ベータ。うん、ちょっとね」

 

 つくばインテリジェンスアリーナ。それは、ドロイド・コンチェルト開催の中心地にして、彼女たちが最初に自らを飾る大舞台だった。

 

 広々とした会場に設えられたライブステージの中央で、2αはつい先ほどまで行われていたリハーサルの余韻に浸っていた。5月の夜風が、シリコンの皮膚をやさしく撫でていく。

 

「皆さん、もう楽屋に戻りましたよ。プロデューサーも、早く姉さまの状態チェックをしたいと」

「分かってるって! すぐ戻るよ! ……もうちょっとしたら!」

「もう、また姉さまはそう言って……」

「だって、さっきのリハすごかったんだもん! お客さんのいない本番って感じでさ! ベータもびっくりだったでしょ?」

「……まあ、それは否定しませんけども」

 

 2βは、まだ戻ってこない姉を探してステージへ来たのだろう。登壇するなり2αを見つけ、慣れたやり取りを交わし始める。誰もいないライブ会場には、両機(ふたり)の自動合成された音声(こえ)がよく響いた。

 

「だからもうちょっとだけ、ね? いいでしょ?」

「メンテナンスもしないと本番に障りますよ。本番で失敗したら、今みたいな余韻に浸ってもいられなくなります」

「むっ! ボク、そんなドジじゃないもん! それに失敗もしないし……って、おわっ!」

 

 何もないはずの舞台の上で、2αがあやうく転びかける。目の前に2βが立っていなければ、きっと盛大に床と接吻した挙げ句、あざとい表情(エモーティコン)を映す顔面(フェイス・ディスプレイ)にひびを入れていたことだろう。これも今日だけで2度目になる。

 

「姉さま! ……はぁ、言わんこっちゃありませんね。ほら」

「えへへ、ありがと」

 

 そんなそそっかしい姉機を、文字どおり支える妹機。2βに寄りかかった体勢から身体を起こすと、2αは半歩離れ、彼女を背にして空を見上げた。

 

「でもさ、ベータ。ボク、やっぱ思うんだ」

「何をですか?」

「ベータとここに立てるの、嬉しいって」

「い、いきなりなんですか」

 

 開いた会場の丸屋根からは、淡い星空と満月の光が覗いている。そこへステージの常夜灯が重なり、2αの輪郭はどこか曖昧に滲んで見えた。その2αもまた、機体の発光ユニットで2βを淡く照らしている。そんな空気のなか、不意に距離を詰めてきた2αのひとことに、2βは恥じらうように顔をそらした。

 

「いや、ボク、ホントに嬉しいんだよ! ベータとツインで、ホントに交響機(シンフォニア)になれるかもーって思うとさ」

「一緒に」

「うん。一緒に!」

 

 2αの声は跳ねるように元気なままだが、対して2βの声色は物静かなほうだ。

 

「だって、さっきのリハでも見たでしょ? シェルディさん、やっぱりエフェクトの出し方も、立ち振る舞いも、位置取りも、声の上げ方もぜんぶすごいんだって。ボクも、ああなれれば、きっとみんなに喜んでもらえるドロイドになれるのかなって。そういうのに、ベータと一緒になれたらって……」

「……」

「ベータ?」

 

 両手を広げ、感情そのままに思いを告げる2α。けれど、それに返ってきたのは短い沈黙だけだった。向こう見ずでいちいち大味な「姉さま」といえど、さすがにここまで意味深な間を見落とすほど、彼女は鈍くはなかったようだ。

 

 自分の言葉に何か引っかかるものがあったのだろうか――そんなふうに言いたげに、2αは首を傾げる。

 

 2βは「いえ、なんでもありません」といったんは否定したものの、胸の内にはやはり小さなざわめきが残っていた。だから次に続く言葉は、疑問の形を取って頭の奥からこぼれ出る。

 

「……アルファ姉さま」

「んぇ? なあに?」

「姉さまはもし、ワタシが――」

 

〈2α、2β! どこにいるんだ?〉

「わぁっ! プロデューサーさんっ!?」

 

 その瞬間、2機の内蔵インカムに着信が入り、自動で通話が接続された。若い男の、どこか切羽詰まった声だった。能天気にステージ上で過ごしていた2αは、その強い語調に一瞬たじろぐ。

 

「すみません、プロデューサー。まだ姉さまはアリーナにいます」

〈もうラボの閉館が近いんだ。リハは終わったんだから戻ってきなさい!〉

「わ、わかってるよプロデューサーさん、もうちょっとしたら――」

〈十分で戻らなかったらゲームはお預けだぞ〉

「うげげっ……! えっと、ベータの言う通り、ちゃんとメンテナンスしないと本番危ないよね! すぐ戻る!!」

「アルファ姉さま……」

 

 現金な姉は、アンテナとテールケーブルを揺らしながらステージを駆け下りていく。その後ろ姿を、2βは少しさみしげに見つめ、それから静かに後を追った。

 

 さっき、少し聞いてみたかったことがあった。

 けれど、やはり聞かなくてよかったのかもしれない。ただひたむきに頑張っている2αに、無意味に水を差すだけだったかもしれない――。

 

 そんなことを考えながら、2βは無粋な問いをそっと胸の奥へ飲み込んだ。

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