ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
アリーナの大きなスタジアムドームの地下には、ほかにもいくつかの施設が建造されている。ニュービーライブが開かれていた第3コンサートホールも、そのひとつだ。姉妹たちは、アイコとピクストに先導されながら、地下施設のあいだを縫う廊下をカシカシと硬質な足音を立てて進んでいた。
「アプリコットさん、ってどんなドロイドなんだろね、ベータ」
「さあ。聞いたこともありませんね……」
アイコとピクストの後ろをついていくHY-2姉妹。姉である2αは、これから会う〝アプリコット〟なる人物の想像を巡らせていた。一方の2βは、ここまで来ても具体的な情報がほとんど出てこないことに、わずかな不気味さを覚えている。
「そりゃそうさ。だって表舞台に出るタイプじゃないしね、アプリコットは」
「そだよぉ~、ピクストたちと、おんなじ~……」
「え、でもアナタたちも舞台に出るって……」
2βの疑問形の問いかけに、アイコは軽く笑いながら答える。
「あぁ、ごめんごめん。誤解を招いちゃってたね。舞台に出るって言っても、アタイは音響担当だからさ。主演でも助演でもないよ」
「ピクストはね~、美術担当なのです~~、ふぁ~」
「そうなんですか……」
「っていうかぶっちゃけ、キャストは誰も決まってないんだけどね」
「誰も!? 決まってないの!?」
「うん、そだよ。それもまぁ、色々と事情があってさ。こだわりが強いってのも難儀だよねぇ」
「えぇ……」
詳細こそわからないが、舞台そのものには上がらないことに、何らかの事情でもあるのだろうか――というかそもそも、キャストが1人も決まっていないとはどういうことなのか。そういったことが気になりすぎる2βだったが、その慎重な推論をよそに、前を歩く2機はいつもの気楽な調子で軽口を叩く。
「まあまあ、アタイらのことは別にいいじゃんね。今はもっと考えることあるっしょ?」
「うん。でも、やっぱりどんな子なのか、ボク気になるなぁ、アプリコットさんって」
「それは着いてからのお楽しみってことで」
「お楽しみ~、お楽しみ~……ふぁ~」
浮かれ気味な様子でニコニコとアイコやピクストと話している2αだったが、そこに2βがそっと近づき、耳打ちをしながら話す。その時の2βには、どうにも払拭しきれない不安が大きく滲んでいた。
「……アルファ姉さま、本当に大丈夫なんですか?」
「んぇ? 何が?」
「だって、キャストも決まってない演劇の企画って、変じゃないですか。どんな負担が待ってるかわからないんですよ!」
「んー、言われてみればそうだ……でも、アイコさんたちは決して悪いドロイドじゃないと思うんだよね……」
「な、何を根拠に……」
「うーんと。直感?」
「アルファ姉さま……」
「ん? どしたの?」
「ひあっ! い、いえなんでもありません!」
瞬間、姉妹が内緒話をこっそりとしていた様子を、アイコがふと気になったのだろう。振り返って問いかけるも、2βは慌てて誤魔化す。しかし、アイコもそれ以上には追及することはなく、歩みは続けられていく。
やがてアイコとピクストが、ある部屋の前で立ち止まった。表札には『
「着いたよ」
「えっと……こんなところ来たことないよ」
「関係者以外立入禁止って――」
「何言ってんのさ。これから関係者になるんで……しょっと!」
そのまま扉が勢いよく開かれ、2αと2βは背中を押されるようにして中へ押し込まれた。
「おーいアプリコット~。噂の有望株を2機連れてきたよ」
「きたよぉ~」
「うぁわっ!」「きゃぁっ!」
勢いに任せて入室させられたせいで、
「なんだね、アイコ。スタジオに入るときはノックくらいしたらどうだ」
「ノックしたところで、キミ全然顔出してくんないじゃない」
「僕はとても忙しいんだ。キャストが決まらず、そのせいでプロットも進まず、虫の居所が悪いというのに……ん。これは」
「その進まないプロットを進められそうな子よ」
彼女――アプリコットは振り返り、眼鏡パーツを指先で持ち上げて位置を調整した。眉間にシリコンの皺を寄せながら姉妹をまじまじと見たかと思うと、その視線はすぐアイコへ流れる。
「ふーむ。ドロイドのグループユニットか。確かに珍しい……」
「あ、えっと……ボクはHY-2αって言います」
「ワタシはHY-2βです。アルファとは姉妹機で活動しておりまして……」
丁寧な自己紹介から入る姉妹。それ自体はごく普通の名乗りに過ぎない。少しだけ改まってしまった感はあるものの、初対面の相手に対するものとして不自然ではないはずだ。だが、当のアプリコットはそれに意を介さず、顔つき、外装、立ち姿。どれも舐めるように見てくる。
そのようにしてしばらくの間、完全に穴が空きそうな勢いで姉妹を見続けるアプリコット。2αすらも少し困った様子を隠せなくなってきた頃、先に2βが耐えかねて「あの、すみません」と口走る。するとアプリコットは即座にその口に指先を当てて、発話を遮った。
「しぃぃぃ……少し静かに。ノイズを出すな」
「ん、むっ……?」
「ふむ、この脚本なら確かに……この2機なら……悪くないな……」
ぶつぶつと独り言のように言葉を漏らし、カメラアイの輪郭部が小刻みに点滅して、ひとり演算処理を進めている途上にあることが分かる。ドロイド特有のなにかを推論している途中に見せる動作だが――何を考えているのかは、2βにも分からなかった。
だが、そんなアプリコットの勝手を知ったるアイコは、HY-2姉妹にどこか浅い興味を示すアプリコットの隣にしゃがみ込み、耳打ちで補足情報を重ねてくる。
「ほらアプリコット。前に言ってた、例の女王様に挑戦した命知らずよ」
「……は?」
アプリコットがここに来て、驚いたような声を上げる。さらに舐め回すように凝視を続ける彼女に、いよいよ姉妹が耐えきれなくなった頃――。
「ぷっ……はっはははははは!」
「……え? なに? なんで笑われてるの……?」
――アプリコットは堪えきれない様子で腹を抱え、笑い転げた。まるで突然、笑いの発作に襲われたかのような大袈裟さに、姉妹は顔を見合わせて当惑するしかない。
「いやあ、拍子抜けしちゃったよ! まさか〝シェルディを初日に殴り倒したうえ喧嘩を売ったバーサーカー姉妹〟が、こんなにおしとやかな
「そ、そんなっ! ボクはシェルディさんを殴ってなんかないよ! バーサーカーって……」
「そうです! 姉さまはそんなことをしてません!」
事実無根のイメージに、2機は全力で否定を返す。その後ろでは、アイコとピクストが「噂の独り歩きって怖いね~」「だねぇ~」と、他人事みたいに笑い合っていた。
「ケンカなんかも……ただボクは、ドロコンで一番のドロイドに――
「……交響機、ね」
事情を説明しようと必死になる2αが、ようやく口にした目標。その瞬間、アプリコットの笑いは飽きたようにぴたりと止まった。今度の声は、それまでよりわずかに低い。
「それで? ただ勝ちたいってだけじゃないんだろう?」
「えっ……」
「シェルディに追いつきたい。追い越したい。だから焦ってる。そういう顔をしてる」
「それは、そうだけど……」
「しかしな。ドロコンではそう言っているドロイドなんて、実に数え切れないほどいるものだ。何も君等に限った話でもなかろう?」
「……」
背を向けかけていたアプリコットが、半歩だけ止まる。いきなり突き放すような口ぶりに切り替わるアプリコットに、2αは少し言葉をつまらせてしまった。
「まあ、なんでもいいけどさ。ドロイドの噂も七十五日って言うし、地道に頑張ればいいんじゃないかい? ニュービーライブに何度か出れば、8月後半頃にはそこそこ整ってるだろう」
「……アイコさん。アプリコットさんって、いつもあんな感じなんですか」
「さあねぇ。でも、色々頼み込んでみるといいんじゃなーい?」
「ふぇ~……誠実さ、こういうとこだと武器だよぉ~」
平坦で無難な言葉を、平坦で無難なトーンで突き返すアプリコット。2βが耳打ちするも、アイコもピクストも正面から取り合う様子を見せず、どこか傍観者めいたままだ。
そんな空気に、食い気味に割って入ったのは2αだった。
「それじゃダメなんです」
「ほー。何がダメなんだい?」
「……」
背中を向けたままのアプリコット。けれど2αは引かない。
「ボクら、シェルディさんと勝負をしてるから」
「勝負、ね」
「どうしても、8月か10月の得票公開で、シェルディさんに追いつかなきゃいけないんです」
「どうして?」
「そうじゃなきゃ、ボクらはドロコンに居られなくなるから……交響機どころじゃなくなるから。だから頑張らなきゃいけないんです」
「……なるほどね」
椅子がくるりと回り、今度は真面目な目で姉妹を捉える。
「で、そこにたまたまアイコが通りかかって、僕の企画する演劇にキャストとして出てみないかと誘われた――そういう流れか」
「はい……」
「で? そっちのお付きの青い子は?」
「えっ、ワタシ……」
「そう。他に誰がいると思ってるんだい?」
視線が2βに突き刺さる。口数の少ない妹機が気になったらしい。
「ワタシは……ワタシも同じです。ドロコンで、アルファ姉さまと一緒に交響機にならなきゃいけない、ですから」
「ふーん」
気だるげな返答に、2βの胸がきゅっと締まる。
「まあ、いいよ。僕の演劇に出してあげても」
「ホント!?」「ですか……!」
「ただし、端役じゃ困る」
アプリコットはそこで初めて、姉妹を頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように見た。
「はっきり言わせてもらうがね。僕は今、君等に深く興味を示している」
「そ、そうなんですか?」
彼女の眼鏡パーツが室内の蛍光灯の光を反射させ、視線が隠れる。アプリコットの見る目が、ここに来て大きく変わったことは、他でもないHY-2姉妹は敏感に感じ取っていた。
「双子機が2機並んで立つ。その時点で、僕の脚本にとってはもう代えの利かない画なんだ。脇に置くには惜しすぎる」
「えっ……そ、それって――」
「ああ。だから主演で出てもらう」
「しゅ、しゅしゅしゅしゅえん――!?」
いの一番に声を上げたのは2αだった。遅れて2βも、突然の大抜擢に困惑混じりの息を呑む。
だが、アプリコットは2機の反射的な喜びの反応に構わず立ち上がり、勢いよく語り始めた。カシャン、とパーツが噛み合う音が鳴る。
「僕の脚本は、普通の物語にはしたくない。極めて奥深くて濃密で、情愛と憎悪が重なり合う――重くも尊い共依存の真髄を、ドロイドで表現したいんだ」
「え、は、はい……?」
直後にアプリコットの見せた瞬間的な熱量は、姉妹の喜び以上の極まり方をした。彼女の語りは、さらにボルテージを高めていく。
「しかし! 悩み深き天才脚本家ドロイド、この僕アプリコットは、ずっと苦しんでいる! この脚本に見合うキャストが、どうにもこうにも見つからないッ!」
「アプリンまた始まったぁ~」
「こうなると長いんだよねぇ~」
アイコとピクストがケラケラ笑って見守る一方で、姉妹の困惑は増していく。だが困惑に比例して、アプリコットの語りはますます熱を帯びた。
「人間同士で描くのでさえ、誰もが顔をしかめるような――観客の心をドロドロに溶かす作品を、ドロイドで描ければどれほど美しいか」
「互いに繋がり合いたいのに、愛憎へ変わって壊れていく様がどれほど尊いか」
「舞台上で、ブループリントをえぐり切るような話を描ければ――なのに、なのに! その耽美にふさわしい主演が、長らく決まらなかったのさッ! ほああああああ!!」
勢いのまま、アプリコットは姉妹に顔を寄せる。ほとんど数センチという距離で覗き込み、肩に手を置いてぐいと引き寄せた。
「――と、脚本データを前にブループリントが崩壊寸前だった哀れで孤独な僕の前に、君等というパズルのピースが現れたのさ」
(ひっ……)
(ち、近い近い近い……っ)
2機は小さく悲鳴を上げる。
「まぁ要するに、だ。僕の美しい脚本に、双子機という最適解が現れた。話を聞く限り使える。だから使う。そういうことだ」
「えっと……」「それって……」
「つまり、君らの目的を叶えてやると言っている」
「ホント!?」
「まぁ早まるな。話は終わっていない」
自分の思いが届き、目標に近づいたように感じた2αの口を、先程2βに行ったのと同じように、指で抑えて制止した。
「だがその代わり、僕の舞台の主演を飾れ。提案やお願いじゃない。取引だよ」
「取引……取引なの? だって、主演ってそんなすぐになれるものじゃないような――」
「さっきも言った通り、この物語の主演にを飾れるドロイドは限られている。今まで気になってスカウトしたドロイドたちは、皆つまらない演技しか出来なかった子ばかりだったよ」
「……つまり、それだけ難しい、ってことだね」
「今ののっぴきならない君等なら、挑む価値は十二分にあると思うがね」
アプリコットは姉妹から離れ、襟を正す。
「75日とは言ったが、初手でイメージが壊れたドロイドが、悠長に上書きして間に合うほどドロコンは甘くない」
「う、うん……」
「だからこれは取引であり、契約だ。君らは舞台でイメージを変える。僕は君らの、その特殊な関係性を舞台の華に使う。悪い条件じゃないだろう?」
ここに来て、アプリコットは得意げに笑う。先ほどの爆笑とは違う――アーティストの矜持から来る自信の笑みだ。
「で、でもワタシたちは舞台演技など一度も――」
「ああ、そう。僕としては別にどちらでも構わないがね」
「なっ……そんな!」
「そ、それは……あ、アイコさん……!」
2αは、どん詰まりの現状を抜本的に変えるかもしれないチャンスを逃したくなくて、思わずすがるようにアイコを見る。だが、アイコとピクストは「フフン~」と鼻を鳴らし、面白がるように黙って見ているだけだった。
「……しかし、ひとつ気になったことがある」
アプリコットは顎に指を置き、考え込むように姉妹を見つめた。
「君らは互いを補完し合って交響機を目指しているんだろう。少なくとも、そういう設計思想のペアに見える」
「は、はい。そうです」
「ボクとベータは、ふたりで一機だから」
「なら、どうして妙に噛み合っていない?」
アプリコットの目が、真っ直ぐに刺さる。
「HY-2β、だったか。右の青いほう。君はさっきから、お姉さんの勢いにただついていっているように見える。なぜだ?」
「いや、それは……」
「HY-2αと、なにかあるのかい?」
妹機として、姉と一緒に交響機になりたい――その簡単な答えが、なぜか2βはすぐに出力できない。わずかな処理遅延に割り込むように、2αが一歩前へ出た。
「違うんです、アプリコットさん。ベータは、ただ引っ付いてるだけなんかじゃないです!」
「ふーん。じゃあ、どういうことだい?」
「ベータは――ベータは、ボクの手を引いてくれる、欠かせない存在なんです」
「ほう?」
「……少し、お話をさせてください」
2αは一度、息を整えた。勢いだけではない。言わなければ伝わらないと思ったのだろう。その声は、さっきまでより少しだけ真っ直ぐだった。
「ボク、
2αの声が、少しずつ震え始める。
「でも、同時に分かってたんです。ボク
ぎゅっと、2αは自分の指先を握り込む。
「……プロデューサーさんも、それをずっと心配してくれてたんだと思います。だから、ボクにこう言ってくれた。『大丈夫、お前ならいける』って。……そのうえで、もう一機ドロイドを作ってくれたんです。ボクが落ち込まないように。ボクが間違わないように。このドロコンで、迷わずてっぺんを目指せるようにって」
そう言って、2αは2βの手を取った。やわらかく、けれど迷いなく握る。
「それが、ボクとベータがペアでいる理由なんです」
「ね、姉さま……」
「だから、ベータはただ隣にいるだけなんかじゃない。ボクの手を引いてくれる、ボクにとって本当に大事な存在なんです。ボク、ベータのこと……すごく好きだし、大切に思ってます。だから、引っ付いてるだけなんて言われたら、そんなの……違うって、ちゃんと言いたくて……っ」
2αはすっかり泣きべそをかいていた。だがその涙は、気圧されたからだけではない。抱えてきたものを、今ここで雑に切り分けられたくなかったのだろう。アプリコットは、そんな2αの言葉を遮らず、静かに聞いていた。からかったり、茶化したりする気配はない。ただ、観察するように、確かめるように。
やがて2αは涙を拭い、2βのほうへ顔を向ける。
「……大丈夫だよ、ベータ。ベータが一緒に頑張ってくれるの、ボクちゃんと分かってるから。だから、アプリコットさんに協力してもらいながら、一緒に頑張ろ……!」
「契約、な」
「うん……うん、契約!」
2βは、姉に庇われる形になったことに、きょとんとしたまま切り替えきれないでいた。けれど、胸の奥には不思議な温かさが広がっていく。姉は、ここまで大きなものを抱えながら、自分と並んで立っていたのだ。
握られた手から伝わる、物理ではないぬくもりが、2βの中に残っていた迷いを少しずつ押し流していく。
「……ええ、姉さま。このチャンスは、決して逃せませんね」
「そうだよそうだよ! だから頑張ろ!」
「フム……そうか」
アプリコットは少しだけ視線を落とし、思案する。片や、この高負荷状況でもまっすぐ憧れへ手を伸ばす2α。片や、姉機の夢が折れないよう、そばで支え続ける2β。
一息置いて、アプリコットは再び口を開いた。
「やはり僕の審美眼に狂いはなかったようだ……ああ、そうだ。この温度差だよ。この噛み合いきらないまま寄り添っている感じ――それこそが、今回の脚本によく似合う」
「アプリコットさん……?」
「……ああいや。問題はない。ともかく、2機のおかげで、僕もいよいよ脚本を大きく進められそうだ」
「ボクらのおかげ!?」
「勘違いするなよ! 感謝は舞台が成功した後まで言ってやるつもりはない」
「そんなぁ~!」
さっきまでの湿っぽい空気などどこかへ飛んでいったかのように、2αの顔にはまた喜びが溢れている。「お、やるじゃん」「やったねぇ~」と、アイコとピクストも軽く声を投げた。2βもまた、この向こう見ずであっけらかんとした性格だからこそ、一緒にやっていけるのかもしれない――と、静かに姉を眺めていた。
「ともかく。契約は成立したということでいいな。もう後戻りをするつもりもないだろう?」
「もちろん! ボクら、舞台がんばります!」
「ワタシも、是非頑張らせてください……!」
「「よろしくお願いします!」」
久方ぶりに、姉妹の声が揃う。そんな2機へ、アプリコットもどこか微笑ましそうな目を向けているように見えた。
「ふふっ、言ったね。じゃあ明日またここに来なさい。右も左も分からない新人キャストに、僕が直々に演技とは何たるかを教えてやる」
「ホントですか……!」
アプリコットが人差し指を突き上げ、楔を打つ。
「ただし、甘くはない。バッテリーが切れて倒れた程度じゃ止まらないからな」
「うえぇぇっ!? で、でもバッテリー切れじゃ動け――」
「上演は7月20日。僕は一週間以内に脚本を仕上げる。しかもその合間で、ひよっこドロイドをたった一ヶ月で主演級に仕上げなくてはならない。苦労の想像は――君らにも難くないだろう?」
圧倒的にストイックな目。契約が成立した今さら、つい漏れた不安すら、些末な甘えのように思えてくる。
「あ、アプリコットさん、それって……普通のドロイドでも倒れるレベルでは……」
「こっちは遊びでやってるんじゃない。HY-2β。HY-2αもな」
「ひっ……は、はいっ」
ひと通り言い切ると、アプリコットは本格的にデスクへ向き直る。背中から伸びるゴン太のパワーチャージケーブルを見せつけるようにしながら、片手を軽く振った。
「ともかく、現状を変えたいならまた来い。僕は今日一日、過充電覚悟でケーブルを繋いだまま脚本を書かなければならない。これ以上構ってはいられない」
「……ありがとうございました」
姉妹は頭を下げて礼を言う。だが、アプリコットの耳に届いているかどうかは怪しい。複雑な感情を抱えたまま、2機はアイコたちに連れられて演出制作室を後にした。