ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第12話:悩み多きドロイドたち

 演出制作室を出たHY-2姉妹は、廊下に出るやいなや、そろってすっかり腑抜けてしまった。アプリコットの圧迫面接は、ただ覚悟を問われるだけのものではなかった。自分たちの奥底に沈んでいた〝何か〟まで、無理やり表へ引きずり出されてしまうような――そんな恐怖すら伴う、重たい時間だったのだ。

 

「こ、怖かったぁ~~~、ベータぁぁ~~~」

「よしよし、良いんですよ姉さま……よく頑張りましたね」

 

 自分の妹を庇おうとして、結果としてその先で腹をくくるに至った2αは、いつものように妹の胸へ顔を預け、もごもごと甘えていた。2βは相変わらず落ち着きのない姉の頭を優しく撫で、目を細めながらそっと抱き寄せる。

 

 その2機の少し前を歩くアイコとピクストも、勇気と無謀の境界線を反復横跳びし続けているような姉妹の在り方に、どこか感心したような気配を滲ませていた。

 

「おやおや。アプリコットにいろいろぶちまけちゃったもんねぇ」

「ふわぁ~……もうどっちがお姉さんなんだろねぇ~」

「アルファ姉さまはアルファ姉さまですから」

 

 姉を撫でながら、2βは静かに言う。その顔のディスプレイには、部屋へ入る前よりもずっと自信のある表情(エモーティコン)が浮かんでいた。

 

「しっかし、あんなふうに優しく笑うアプリコット、久しぶりに見たよ。普段は脚本書いては消して、また書いては消して、たまにイラついてるとこくらいしか見ないし」

「そ、そうなんですか?」

「ん。そだよ。見てのとおり、自分のこだわりのためなら自損すら辞さない子だから」

「それがアプリンのすごいとこだし、だめなとこだよねぇ~……むきゅー」

 

 ピクストは自分の柔らかな頬のシリコンを揉みながら、ふわふわとした調子で言う。アプリコットのことをある程度知っているらしい2機から見ても、今日の彼女はやはり少し特別だったのだろう。その落差に、2βはほんの少し驚いた。

 

「なんていうかねぇ。見かけによらず優しいんだ、アイツは。最初は冷たいとか、とっつきにくいとか言われがちだけど」

「ふわぁ~……そのせいで、面白い脚本書くのに、役者が集まんないんだよねぇ~」

「アタイらが色々回って声かけたりしてんのも、そういう理由があったりすんのさ」

「なるほど……」

 

 アイコとピクストは互いに頷き合いながら、アプリコットの人となりについて語られていく。ある程度合点がいったのか、姉妹もその事情に頷いてもいた。

 

「実際、ついていくので必死でしたね……」

「最初に笑われちゃったときは、ボクちょっとどうしたらいいかわかんなかったもん」

「まあ、そういうヤツだからね。だからまぁ、悪いヤツじゃないんだ」

 

 アイコは、ニヒヒ、と口を閉じたまま笑った。おそらくは、さっきの姉妹とアプリコットのやり取りでも思い返しているのだろう。

 

 しばらく廊下を歩いているうち、ふと引っかかったことがあったのか、各々の会話がひと段落したところで2βがアイコに問いかける。

 

「そういえばアイコさん。今回の舞台の脚本って、アプリコットさんが書いてるんですよね?」

「うん。それどころか、舞台企画そのものがアイツの発案だよ。それがどうかしたの?」

「いえ。ただ……ボクら以外に役者のドロイドさんもいなかったですし、どうなるのかなって」

 

 実際、アプリコットが言っていたとおり、この演劇企画はまだ何も仕上がっていない。脚本さえ、いまだ捻り出している途中らしい。それなら役者が揃っていないこと自体は理解できる。

 

 だが一方で、自分たちが抜擢されてから本格的に脚本が進むというのも、少し妙な話に思えた。2βは、そのあたりに残る違和感が気になったのだろう。

 

「ああ……まぁ、脚本がまだ固まりきってないってのもあるけど、ああいうタイプだからねぇ。役者に合わせて話を全部作り変えるのも、よくあるのさ」

「前回のドロコンのとき、すごかったよねぇ~……完成ギリギリで、脚本データ全部消しちゃってさぁ~」

「あったあった! いやあ、あの時はスゴかったなぁ」

 

 それに対してアイコたちは、特に温度を変えることもなく、さらりと思い出話へ移っていく。古参組特有の、妙に軽い情報の出し方と言えるかもしれない。

 

「いやね。アイツが直々に抜擢した役者がいたんだけどさ。そいつ、会社都合でドロコンを辞退しちゃって。運営送りになったんだよね」

「それで、その穴埋めのドロイドのために、アプリンは脚本、ぜーんぶ書き換えちゃったの~。すごいよねぇ~~」

「もう何回、内部バッテリーをヘタらせたか……今さら数えるのも億劫なくらいストイックなヤツなんだよ。アプリコットって」

「そうなんですか……」

 

「運営送り……?」

 

 撫でられてすっかり落ち着きを取り戻した2αが、2βの手を握りながら聞き返す。

 

 〝運営送り〟――確か、シェルディとの楽屋での一幕のときにも聞いた単語だ。その意味まではよくわからなかったが、良い意味ではないことだけはなんとなく察していた。恐る恐る尋ねる2αに、アイコとピクストはわずかに表情を曇らせる。

 

「んー……まぁ、ざっくり言えば、失格になったドロイドの行き着く先ってとこかしらね」

「オーナーも、会社も、プロデューサーも、みーんな離れちゃうの~」

「ここの運営ってオーロラ財団でしょ? あそこの管轄になったが最後、もう二度と日の目は見られない。交響機どころか、表立った活動もできなくなるのさ」

 

 その言葉に、2αの顔色が変わる。

 

「そ、そんな……! じゃ、じゃあ、ボクらがもしシェルディさんに勝てなかったら――」

 

 咄嗟に、2βが2αへ身を寄せた。

 

「そんなことはワタシがさせませんよ、姉さま!」

「べ、ベータぁぁぁ~~~」

 

「うおっ、ほんと姉妹愛がスゴいんね……」

「ラブラブさんだねぇ~。もきゅもきゅだねぇ~」

 

 またしても妹に甘える2αの姿を見て、アイコは若干困惑気味に肩をすくめる。ピクストのほうはあまり気にしていない様子だが、2機の向け合う愛情の強さを、少し面白がっている節があった。

 

 ――そんな2αの甘えっぷりをよそに、2βの胸には別の引っかかりが残っていた。

 アイコとピクスト、そしてアプリコット。彼女たちは、いったいどこに所属しているのか。

 

 見かけないのだ。会社の気配も、プロデューサーの存在感も、三者のまわりからはほとんど感じられない。そもそも、オープニングライブの場で彼女たちを見た記憶すらない。

 

 そこまで考えて、2βは問いかけかける。

 

「……アイコさんたちって」

「うん? なあに?」

「……」

 

「いえ。やっぱりなんでもないです」

 

 言葉として口に出すのが、どこか憚られてしまい、結局飲み込んでしまう。あとに残ったのは、ぎこちない「すみません」だけだった。

 幸い、2βが何を聞きかけたのかを深読みする者は、この場にはいない。

 

「そ? まあ頑張んなさいな。アタイらも応援してるし」

「だよだよ~。ピクストもおーえんしてるよぉ~……ふきゅ~」

「あぅ!」

 

 だからこそだろう。2βだけがうっすら気づいた違和感を誰も拾わないまま、アイコは2βを、ピクストは2αの背中をぽんと叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろんです。

読み味をなるべく保ったまま、重複・言い回しの引っかかり・視点の滑り・細かなテンポを整えて、自然に読める形へ校正しました。

 

校正版

 

「そうか……なるほどな、演劇ライブか」

「そうなんです。それも、主演を務めることになって」

「なに、主演?! そ、それはまた……どういう流れでそんな大抜擢に」

「話すと色々と長くなるんです、プロデューサー」

 

 夜半、ラボエリアでは姉妹のメンテナンスが行われていた。機器とケーブルに接続された2βは、昼に起きた一連の出来事を説明している。診察台の縁に腰掛けた2αは、オーティマの私物のゲーム機とにらめっこしながら、忙しなくコントローラーを操作していた。

 

「そ、そうか。つまり、ドロイドだけで企画から立ち上げたイベントが、その演劇というわけだな」

「うん。アプリコットっていう子が、ぜんぶ考えてるみたいでね。話をしたら、そのまま契約になっちゃったの」

「まあ、ドロイド同士の契約なら……いや、これは野暮か」

「うん?」

「いや、なんでもない。ともかく、おめでとう。舞台演劇でイメージを塗り替えられれば、大きな転機になるはずだ」

 

 ゲームに集中しながらも、話はしっかり聞いていたのだろう。2αが、視線を画面から外さないまま口を挟む。

 

「でも、本当にうまくいくかどうかは、まだ分からないですよ」

「ベータ、そんなに後ろ向きにならなくても大丈夫だよ!」

「後ろ向きというわけでは……ただ、どうしてそこまで自信満々なのかと」

「だって、ボクにはベータがいるもん」

 

 ポーズボタンを押し、少しだけ2βのほうへ顔を向ける2α。あまりにも自然で、あまりにも直球な言葉だったせいか、2βは一瞬だけ言葉に詰まる。それからわずかに顔をしかめ、不機嫌そうなエモーティコンを浮かべた。

 

「……姉さまのバカ」

「なんで!?」

 

 理由は分からない。それでも、本気で怒っているわけではないことは理解できたらしく、2αは首をかしげつつ、再びポーズボタンを解除した。

 

「まあ、良いじゃないか。やれることから一つずつやっていくしかない。ドロコンはそういう場だ」

「うん!」

「……そうですね」

 

 2機のやり取りを微笑ましそうに見守りながらも、オーティマの手は止まらない。

 

「しかし……プロモーションは少しやりづらくなったな。チームでもYouTubeやX、インスタなど、SNS運用の案はいくつか出ていたが……どれも基礎イメージを立て直さない限り、根本的な解決にはならないという結論だった。そんなタイミングで演劇というのは――いい起爆剤になるかもしれん」

「そういえば、ネットでの活動はあまりしていませんでしたね。やったほうがいいのかな、とは思っていましたが……」

 

 オーティマは、少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。

 

「ああ……まあ、ネットはな。その……まずはイベント内での露出を優先したかったんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。特に今のお前たちは、何もしなくても観客が勝手に広めてくれる立場にある。人気が出れば出るほど、な。だから優先度は高くなかった」

「なるほど……」

 

 実際、ドロコン期間外でも、インターネット上で活動するドロイドは珍しくない。かつて人間が空想のガワを被り、〝VTuber〟と呼ばれて推されていた位置に、ドロイドも食い込むようになって久しい。姉妹がやり合っているあのシェルディの人気に至っては、ドロコン以上にネットでの配信活動が主戦場となっている。そのことを考えれば、むしろやらない選択は非合理的にも思えた。

 

 しかし、時代は2035年。SNSをはじめとしたネット空間は、この何十年ものあいだ、何も変わっていない。些細なミスひとつで袋叩きに遭い、その後の人生にまで影を落とすような暴力が渦巻くのが日常の世界。そんなものがもはや当たり前すぎて、誰も手を付けられない。

 

 そんな魔境に、会社のためだの人気獲得のためだのと言い張って、自分の手で育てたドロイドを放り込む――その判断を、オーティマはどうしても下せなかった。それに耐えられるほどの〝メンタル強機〟であれば、そもそもこんな遠回りは必要ないはずだからだ。

 

 だからこそ、その理由を、本心を――彼は誤魔化すほかなかった。

 

「ほら、2β。メンテナンスは終わりだ。……2α、そろそろゲームはやめなさい」

「え~、あとちょっと! いま8-3やってるから!」

 

 診察台から軽やかに降りる2β。対して2αは、まだ画面に釘付けだ。

 

「今日は設備点検でラボエリアが早く閉まる。あと5分で終わらなければ没収だぞ」

「そ、そんな! 待ってよ、すぐ終わらせるってば!」

「そう言って、この前も低電力モードになるまで充電を忘れていただろう。ダメだ」

「わ! 待って待って、せめてポーズだけ――あっ」

 

 ――横スクロールで進む赤い配管工が、ゴール直前で落下する。

 

「うぅぅ……死んじゃったぁ……」

「姉さま……ほんと、姉さまったら」

 

 膝から崩れ落ちる2α。そのマイペースさに、2βは呆れ半分、心配半分で頭を撫でていた。

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