ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第13話:我が名のもとにひれ伏すがいい!

 観客で賑わうドロコン会場――その西ホールでは、この日も多くのドロイドたちが〝グリーティング〟に励んでいた。近い距離でファンと触れ合えるこの催しは、初日のパレードに匹敵するほどの熱気を生み、ホール全体を歓声で満たしている。

 

「フューリアちゃん! ぼ、ぼくずっとファンでした!」

「す、すごい……あのアイリーが目の前に……」

「あ、握手してもらっちゃった……も、もう手を洗えないよ」

 

 来場者たちは、それぞれの〝推しドロ〟との時間に夢中になっていた。カメラを向け、声を上げ、手を伸ばす。嬉しさに震える者もいれば、緊張で硬直している者もいる。悲喜こもごもの嬌声が各所で弾けるなか――不意に、人だかりの流れが変わった。

 

 誰かが号令をかけたわけでもない。にもかかわらず、人波がすうっと左右に割れていく。まるで湖面が一筋に裂けるように、自然と通り道が生まれた。

 

「待って待って待って!」

「あ、あれルディア様じゃない?」

「わっ、ホントだルディア様だ!」

「すごい……間近で見るとやっぱカッコいいなぁ……」

「ルディア様~~~!!」

 

 それまで他のドロイドたちへ向けられていた視線が、歓声とフラッシュの波とともに、一点へ吸い寄せられていく。

 

「我が名はルディア。軍服の機皇姫、紅鉄のルディアだ。人類よ、我が名のもとにひれ伏すがいい!」

 

 高らかな名乗りと同時に、ルディアは腰の軍剣を抜き、すらりとひと振りして、その切っ先を床へ向けた。たったそれだけの所作で、周囲の熱量が一段跳ね上がる。

 

 今やルディアは、あの日からわずか数日で目に見えて人気を伸ばしつつあった。それもただ注目されているというだけではない。

 観客たちはすでに、彼女のキャラクターごと熱狂の対象にし始めている。

 

 そんなルディアの前へ、ひとりの青年が恐る恐る進み出てきた。

 少し気弱そうな、いかにもオタク然とした若者だ。リュックにはルディアの缶バッジがいくつも提げられている。

 

「ルディア様! そ、その!」

「なんだね、貴様は」

「その……YouTubeでの初配信のときから、ずっと応援してました。あの、どうか――1枚、一緒に写真いいでしょうか!?」

 

 青年は震える手でスマートフォンを差し出した。

 おどおどした物腰ではあるが、それ以上に、推しが目前にいるという現実に感情が追いついていないのだろう。

 

「――つまり、余と相並び立ちたいだと? ほう、面白いではないか」

「お、お願いします……」

 

 ルディアは一瞬だけ考え込むような間を置いて――

 

「戯け者が!」

「えっ……」

「か弱き人類風情が、余を誰と思い要求を突きつけている? 余は神聖機械皇国の皇女、紅鉄のルディアであるぞ」

 

 ぴしゃりと大仰に言い放つ。

 表情も声音も厳しく、知らない者が見ればファンを突き放したようにすら映るだろう。

 

 だが、それもまた彼女の〝軍服の機皇姫〟というキャラの一部だった。

 

「え、えっと……」

 

 しゅんと肩を落としかけた青年の前へ、ルディアは不意にカシカシと距離を詰める。

 

「しかし、高貴なる余の前で勇気を振り絞って写像を求めるその心意気――余は決して嫌いではないぞ」

「……っ!!!!」

 

 顔が近い。

 青年の心拍数は、目に見えて跳ね上がった。

 

 柔らかなシリコンの肌。樹脂カバーに覆われたカメラアイ。不敵に吊り上がる口元。

 そのすべてが、ゼロ距離で押し寄せてくる。

 

「フフン……気に入った。貴様のその勇気に免じて、このルディアの権威の前に平伏するならば――特別に許可してやろう」

「そ、それって……写真いいんですか?!」

「なんだ。欲しくはないのか?」

「あ、ありがとうございます……っ!!」

 

 青年は半ば悲鳴のような裏声を漏らしながら、セルフィーモードにした端末を構えた。

 

「ぽ、ぽぽポーズいいですか……ッ!」

「良かろう。余と同じポーズが良いか?」

「お願いします!!!!!」

 

「キャーーー!!!」

「クール過ぎるってルディア様!」

「その剣こっちに向けて!!」

「わっ、わわわ私も写真いいですか!!!」

「俺も! お願いします!!」

 

 カシャリ、カシャリ。

 数枚ほど撮り終えたころには、青年は余韻だけで立っているような状態になっていた。

 

 その周囲では、次は自分だとばかりにファンたちがスマートフォンを掲げ、声を張り、少しでも近づこうと手を伸ばしている。

 

「全く。世話の焼ける人類どもだ。余がこの世を支配した暁には、しっかりと配下として鍛え上げてやろうぞ」

 

 ルディアはそんな熱狂の渦へ向かっても不敵に笑い、軽く手を振ってみせた。

 

 そのとき、彼女のHUDにコール通知が灯る。視界の端へ浮かんだ名前は、井野川だった。

 

「ん。しばし待たれよ。皇国大隊本部より通達が入ったのでな、少し席を外させてもらう。続きは、余にひれ伏した者に優先的にしてやろう」

 

 名残惜しそうなファンたちの声を背に、ルディアは人混みを割ってスタッフエリアへ引っ込んだ。観客の視線が届かない位置まで来てから、通話を繋ぐ。

 

〈ルディア、今大丈夫か?〉

「……ど、どしたのユキオ? まだグリーティング終わってないよ?」

〈ああ、すまん。忙しかったか〉

「ううん。大丈夫。ちょっと抜けたところ。ユキオこそ大丈夫なの? なんだか元気がなさそうだけど……」

 

 返ってきた井野川の声は、やはり少し疲れていた。

 

〈いや、大したことじゃないよ。俺は俺の仕事をやってるだけだ。社長のことなら気にするな。むしろ今のルディアの売れ感を認めてくれてるだけありがたいよ……〉

「うん。そっか……それならいいんだけど」

 

 ルディアは、その〝大丈夫〟にどこか煮え切らないものを感じた。けれど、それ以上踏み込んでも井野川は話さないだろう――そんな気もして、いったん口をつぐむ。

 

 そのわずかな沈黙の隙を埋めるように、井野川は本題へ入った。

 

〈それで、別にそんなことを言いにわざわざ連絡を入れたんじゃない。ルディア、今のお前はもっと大きな場で活躍できると、俺は思ってる〉

「大きな場……?」

〈そうだ。ちょっと興味深い企画が、ドロコン公式イベントのひとつで上がってるのを見かけたんだ〉

「そうなんだ。それってどんなの? 私でも大丈夫かな」

〈むしろ、お前に適任の話だ〉

 

 井野川の声に、少しだけ熱が宿る。

 

〈今の俺達は、ぶっちゃけミゴールの中でもふたりきりだ。社長はあんなのだし、俺も会社で味方はいない。他のエントリーはチームワークがしっかりしてるし、イベント投資も前向きだ〉

「うん」

〈対してルディアは、グリーティングかオンラインの歌配信が主立っている。もちろんこれも軌道には乗ってるし、悪いことじゃない。けど、やはりそれだけでは『我が社の社運』とやらを託しきれないって……〉

「つまり、ユキオは何を言いたいの?」

〈いま詳細をお前のストレージに送った。その演劇ライブだ。どうやら役者不足らしくてな。聞くに、ドロイドだけで脚本も制作も上演もやるらしい〉

 

 HUD上にファイル受信の通知が浮かぶ。視線を合わせて開くと、そこには企画チラシの画像と、裏面に記載されたキャスト募集要項のPDFが表示された。

 

「〝機械少女は人類再生の夢を見るか〟――なんだか、ちょっとむずかしそう」

〈それのボスキャラ枠が、どうやらまだ見つからないらしくてな。強そうで、クールで、パワーがある子が望ましいらしい〉

「つまり、紅鉄のルディアで、この舞台に出てほしいってこと?」

〈ああ、具体的に言うとそうだ。上演自体はつくばインテリジェンスアリーナ――つまり、あの超大舞台で行われる。ルディアの〝カッコいい〟が、もっと多くの観客を魅了するチャンスだと思ってる〉

 

 そこまで聞いて、ルディアはふっと顔を曇らせた。

 

「うーん……」

〈どうした? 乗り気じゃないのか?〉

「そうじゃない。そうじゃないのユキオ。提案は嬉しいよ? だけど……私、あそこでオープニングライブでも腰が抜けちゃったし、うまくいくかわかんなくて……」

 

 思い出すのは、ドロコン開催初日のこと。窓の向こうに見えた、あまりにも大きなドーム。あの空間に呑まれ、まともに踊ることも歌うこともできず、ひとり赤っ恥をかいた瞬間。その記憶が(メインプロセッサ)で再生されるたび、今の自分に冷水を浴びせられるように機体が震える。

 

〈大丈夫だルディア。お前ならできる〉

「うぅぅ……でも、でも……」

〈既にお前は〝軍服の機皇姫〟として、あのへっぴり腰だった頃から大きく変わった。そのキャラはお前自身でモノにしたんだ。だから大丈夫だ。俺を信じろ〉

 

 井野川は、ひとつひとつ言葉を重ねていく。まるで隣で見ているかのように、ルディアが引っかかる場所をきちんとわかっている声だった。

 

 その熱を受け、ルディアはしばらく黙り込む。

 

〈もし興味があるなら、アリーナ地下2階の演出制作室ってところに行くといい。そこで総責任者のアプリコットっていうドロイドに見てもらうんだ〉

「で、でもそんな大舞台なら、他にもエントリーしてるドロイドだっているんじゃ……」

〈もしそうだとしたら、いまだにキャストが決まってないなんて変じゃないか。まあ、ものは試しと思って、な?>

 

 そのとき、通話の向こうで誰かの怒鳴り声が割り込んだ。井野川の背後で、児崎がまた何か喚いているらしい。

 

〈っと、社長が戻ってきた。すまん。そういうことだから、続きは会場に戻ったらな!〉

「あっ、ユキオ、ちょっと待ってユキオ! ……切れちゃった」

 

 通話は一方的に終了した。だが今のルディアにとっては、それ自体はもう些細なことだった。

 

 彼女はHUDに表示されたPDFを開き直し、じっと見つめる。

 中央に描かれたラフイラストを眺め、スタッフ一覧へ目を走らせ、募集要項の文言を追いながら、小さく呟いた。

 

「演劇ライブ、かぁ……」

 

 不安はある。

 けれど、それと同じくらい、心のどこかが引っ張られているのも確かだった。

 

 ルディアは1機(ひとり)、静かに息を呑んだ。

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