ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
演出制作室。その扉を叩くという行為は、ルディアにとって想像以上に勇気の要るものだった。ノックしようとして持ち上げた手を、途中で引っ込める。
今度こそ、ともう一度構える。だが、やはり届かない。そんな逡巡を何度も繰り返しているうちに、気づけば十五分ほどが過ぎていた。
「……」
息を吐きたくなる。もちろん、ドロイドである以上、本当にため息をこぼすわけではない。けれど、胸部ユニットの奥に重たく沈んだ感覚は、たしかに「ため息をつきたい」と呼ぶにふさわしいものだった。
演劇ライブ。悪役の空席。
自分に向いているかもしれない、というユキオの言葉。
そこまで分かっていても、最後の一歩が出ない。
「やっぱり、私には……」
そう呟きかけた、その時だった。
「ん? あれ~? どうしたのキミ? うちんとこになんか用?」
「――う゛えぇっ!?!?」
突然、真後ろから声を掛けられ、ルディアは文字どおり飛び上がりそうになった。慌てて振り返れば、そこに立っていたのは見覚えのあるドロイド――アイコだった。しかも彼女は、最初から距離感という概念を持ち合わせていないかのように、ぐいっと顔を寄せてくる。
「んー。道に迷ってここに来た、ってわけじゃないよね?」
「あ、あの……アプリコットさんって、こちらに、お、おられますでしょうか……?」
「おやぁ? アプリコットに用があったのね。通りで……ふぅん?」
アイコの視線が、何かを確かめるようにルディアの全身をなぞる。軍服衣装、装飾、武装。とりわけ、衣装ユニットの仕立てに目が留まったのだろう。彼女は口元を緩めながら言った。
「キミ、けっこーイイ衣装ユニット着けてんじゃん? 裁縫の仕立てもいいし。
「……あの」
「うん。随分とクールじゃんね」
ずい、ともう一歩近づかれる。ルディアは思わず身を引いた。
「え、えっと……そんな、まじまじ見られると……は、恥ずかしいです……」
「何言ってんのよ。キミもドロイドでしょ? 見られて今さら恥ずかしいも何もないじゃない!」
「うぅ……」
正論だった。いや、正論ではある。
だが、納得できることと平気でいられることは別だった。
「んでキミ。名前は?」
「えっ……ル、ルディア、です」
「そ。ルディアね。入りな。アプリコットに会わせたげる」
「えぁっ!? え、ちょっと、まだ
しかし、アイコは待たない。ルディアの返答を最後まで聞くことなく、演出制作室の扉を開き、そのまま手を引いて中へ踏み込んでいく。
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演出制作室に足を踏み入れた瞬間、ルディアはその空気に圧倒された。
――広い。
想像していた以上に広い。しかも、ただ広いだけではない。奥の別室からは、悲鳴に近い叫び声と、容赦のない指導の声が響いてきて、空間全体が張り詰めている。
そこでようやく、ルディアは「ここは本当に現場なのだ」と思い知らされた。
「ふあぁ、アイコおかえりだよぉ~」
緊張感とは別の方向から、のんびりとした声が飛んでくる。丸椅子に寝そべるようにして転がってきたのはピクストだった。片手にタブレット、もう片手にスタイラスペン。どうやら絵でも描いていたらしい。
「おう、戻ったよ。どう? 双子ちゃんはいい感じにトレーニング進んでる?」
「うん~。アプリンがちょうど一区切りつけたとこだよぉ~。んーと、その子は?」
「あぁ。ちょっと気になる子だったんで拉致った。つっても、ドア前に立ってたんだけどね」
「そ~なんだ。ようこそ~、アプリンのすみかへ~……ふらぁ~ん」
「え、えっと……どうも……」
歓迎されているのか、流されているのか、よく分からない。ルディアがその曖昧さに戸惑っていると、さらに奥の別室から、今度は見覚えのある2機が現れた。
「ひぃっ、ひぃ~~っ……はぁっ……な、なんなのこれっ……き、キツすぎだよぉ……」
「か、カタナって……こんなに重いんです、か……」
HY-2姉妹だった。しかも、見るからに満身創痍である。片や、刀剣の鞘のようなものを杖代わりにしている2α。片や、壁伝いに息を切らしながら刀を引きずる2β。その後ろからは、不機嫌そうな表情を隠そうともしないアプリコットが姿を現した。
「……えっ、アルファちゃんに、ベータちゃん? ど、どうしてここに……」
疲労困憊なのか、姉妹はルディアには気づいてる様子はない。だが、思わぬ場での思わぬ再会に、ルディアは驚きを隠せなかった。
もちろん声を掛けてみようとも考えたが、どうにもそのような空気でもない。アプリコットの苛立った表情がその何よりの証拠だ。ルディアは可能な限り気配を見せないように押し黙る。
「まったく。ちょっと期待を寄せてみた僕を、がっかりさせないでくれよ。もっと感情を刃に込めて振れ。サーボを荷重に慣らせ」
「む、無理だってばっ……これ、本番でも使うの……?」
「本番は、こんなカタナの重みなど比にならない脚本に挑むことになるんだぞ。このくらいでへこたれていては、シェルディはおろか、大事な妹すら守れないだろうね」
「うぅっ……」
そのやり取りを見ただけで、ルディアの背筋に冷たいものが走る。
――私、本当にここに来てしまってよかったんだろうか。
つかの間の休息として、アイコがHY-2姉妹にエネルギーオイルを差し入れる。姉妹は礼儀正しく頭を下げ、それを受け取っていた。どうやらこの場では、アイコとピクストが後輩たちの面倒を見る立場に回っているらしい。その様子を横目で見ながら、ルディアは逡巡した。
今なら声を掛けられるかもしれない。いや、でも怖い。けれど、ここまで来て引き返すのも違う気がする。
――行くしかない。
「あ、あの」
「おや。誰だね、彼女は?」
声を掛けた瞬間、鋭い視線がルディアを貫いた。アプリコットの目だ。たったそれだけで、ルディアは自分の声量が半分になったのを自覚する。
アイコが助け舟を出す。
「あぁ。さっきドア前で、なんかずっとモジモジしてたドロイドだよ。アプリコットに用があるみたいだけど?」
「ほーう。こんなにも忙しい上、演技のエにすら入ってないキャスト見習いの育成が重なって、気が狂いそうな中で……僕に会おうとするなんて度胸があるじゃあないか」
「ま、パッと見だと悪い感じじゃないかもよ?」
「悪いかどうかを判断するのは、責任者のこの僕だ」
アプリコットが一歩近づく。ルディアは一歩下がる。
「で。君は何者だね? 僕は見ての通り多忙の身でね。活動名、所属、目的を30秒で教えてもらおう」
「あっ、えっと……ルディア、です。ミゴール・リペアメンツ所属で……その、キャストが決まってないって聞いたので、立候補で来ました……!」
「ほう、なるほど。つまりは僕の演劇に興味がある、と」
「その、チラシを見て……Pが配役に空きがあるって……その、悪役の枠が空いてると……」
「へぇ~。あのチラシ、意外とばら撒いて効果あんだね。良かったじゃん、アプリコット?」
「さぁどうだかね。少なくとも、僕の脚本についてこれることが最低条件だ。これ以上、ひよっこの面倒は見ていられ――」
「――ちょっと待て。HY-2αはどこだ?」
アプリコットがふと姉妹のいた方を見た。けれど、先ほどまでソファでオイルを吸っていたはずの2αの姿が見当たらない。
次の瞬間には、彼女はもうルディアの目の前にいた。
「ルディアさんっ!? ルディアさんなの!?」
「ちょっ、アルファ姉さま……!」
2βが止めるより早く、2αは一気に距離を詰める。さっきまで満身創痍だったとは思えない勢いだ。
「ホントにルディアさんだ?! わぁ……すっごく久しぶりだね!!」
「えっ、あっ……う、うん。久しぶり、です……」
「すっごい! この衣装パーツってどこで用意したの!? この武器ってホンモノ!? すごいっ、カッコいい~~!!」
「え、えっと……」
「おい、HY-2α! いまは僕が面談中――」
アプリコットの制止も届かない。2αのマシンガントークは止まりそうになかった。
結局、見かねた2βとアプリコットが、ほぼ同時に2αの頭部アンテナを掴んで、ルディアから引き剥がす。
「姉さま!」
「HY-2α!!」
「あたたたたっ! 待って待ってっ、アンテナは引っ張っちゃダメだってば! ノイズが、ノイズがすごいから……うぎゃああ~~~~っ!!」
張り詰めていたはずの場の空気が、一瞬でぐしゃりと崩れた。