ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「ううっ……まだジンジンするよぉ……」
「落ち着きのない姉さまが悪いんですよ、もうっ」
「ごめんなざいぃ……」
頭部アンテナを押さえ、半泣きのエモーティコンを浮かべる2α。そんな姉の様子を横目に、2βはやや不機嫌そうに言い聞かせる。向こう見ずな2αと、それをたしなめる2β――2機のあいだでは、よくあるやり取りだった。
そんな姉妹の一幕をよそに、アプリコットはラップトップ上の台本へ細かな修正を書き込みながら、ルディアの話に耳を傾けていた。役者たちの空気感や距離感を見て、その場で即座に脚本へ反映させる。そのストイックさは、むしろこうした外から見えにくいところにこそ濃く宿っている。
「んで、用件は理解したよ、ルディア」
「は、はい……ですので、私はぜひこの舞台に登らせていただけたら、と……」
「そうだな……」
アプリコットは少しばかり思案する。高速で物事を俯瞰し、瞬時に解釈を組み替える彼女は、どうやら自分なりの結論へ辿り着いたらしい。
「たしかに君は、僕の脚本が描きたいイメージに適合している。軍服を纏ったドロイド……姉妹と戦わせる構図で考えるにしても、実に都合がいい」
「ほ、ほんとですか」
「た・だ・し。君が本当にその役をこなせるかどうかは、また別の話だよ」
アプリコットは人差し指をルディアへ向けた。それは期待を持たせすぎないための釘刺しでもあった。
ルディアはこくりと頷くが、そこで止まらず、堰を切ったように言葉を継ぐ。
「実のところ、僕の舞台は、今のドロコン出場者ではどうにもこなしきれない」
「……と、いいますと」
「いま一歩足りないんだよ。こう、ブループリントの奥底にまで刺さるような、情緒の重さを抱えたドロイドというものが!」
「お、始まったねぇ」
「ね~」
アイコとピクストは、すっかり見慣れた光景といった顔でアプリコットを眺めている。
「既に滅び去った人類文明。廃墟から廃墟へ飛び回りながら、戦場で互いを庇い合い、人類再生の鍵を探す姉妹ドロイド。そこへ真正面から立ちはだかる、謎めいたドロイドが――2機へ不敵な揺さぶりを掛ける!」
「なぜそこまでして人類を復活させたいのか!」
「なぜそこまでして、無意味な戦いに挑むのか!」
「そんな、旅路の根底そのものをぶち壊しに掛かるような言葉を、自然に叩きつけられる
「……えっと」
叫ぶように熱弁するアプリコットを前に、ルディアはまたも当惑する。しかし、その興奮はぴたりと止まり、アプリコットは改めてルディアへ向き直った。
「――というわけでだな。そんな難産で苦労している配役を、君は希望しているわけだが」
アプリコットが、じり、とルディアへ詰め寄る。
「ルディア。君は本当に、自分がその枠に入るにふさわしいと、心から頷けるのかい?」
沈黙が落ちた。
それは単なる間ではない。重い選択をどう受け止めるのか、その覚悟を問う空気そのものだった。「ただ井野川に勧められたから」――そんな借り物の理由では、とても釣り合わない。ルディアは直感的にそれを理解する。
ここで必要なのは、自分の意志だ。
「それは……はい。できます。やります……私に、やらせてください」
「その程度なら誰でも言える」
「うぅ……」
アプリコットは突き放すように言う。だが、その目はふざけていなかった。
「私は……私は、あなたの、アプリコットさんの舞台で、もっと、もっとカッコよくなりたいんです」
「ほう。カッコよく、か」
「はい。カッコよくなって、みんなにもっと、カッコいいって言われたい。言われなきゃいけないんです」
「ふーん」
ルディアは胸部へそっと手を当てる。緊張を押し切る時に出る、彼女の癖だった。
「まあ、君がどういうスタンスかは分かった。少なくとも、本気で言っているのだね?」
「は、はいっ」
「僕は〝できない〟という言葉が嫌いだよ。そこは分かっているかい?」
「……はい」
アプリコットの口元が、にたりと歪む。
「では、試してみようか。君の覚悟とやらがどこまで本物なのか――今の時点での君の〝カッコよさ〟とやらを、即興で見せてみなさい」
「い、いきなりですか」
「そう聞く程度には、覚悟が緩いと見てもいいかい?」
「はっ、い、いえ……やりますっ」
「よろしい」
HY-2姉妹の時とは、話の運びがまるで違う。自分たちのように即決ではなく、きちんと演技そのものを見ようとしている――そう思っていると、アプリコットは休んでいた姉妹へ鋭い視線を向けた。
「では双子、舞台に上がれ」
「う゛ぇっ、ボクらも!?」
「そんな、まだ台本も覚えきれてないのに――」
「習うより慣れろ。僕だって暇じゃない。配役さえ決まれば、脚本は自然と頭に入るだろうさ」
「うぅ……分かりました。いこ、ベータ」
「ええ、頑張りましょう……」
自信はない。
演技も弱い。
きちんとできる保証もない。
そんな〝ないない尽くし〟に及び腰になりながらも、2機にとってこれは目的のための試練だった。小道具の刀を握り、自分たちの衣装ユニットをぱたぱたと整え、練習用の舞台へ上がっていく。
その傍らで、自分よりはるかに威圧的な軍服衣装を纏いながら、舞台へ上がる直前まで不安げな表情を崩せずにいるルディアのほうが、かえってちぐはぐで目を引いた。
「各自、台本をHUDに表示したか」
「はいっ」
「出したよ!」
「だ、大丈夫、です……」
「では始めよう。シーンは序盤。HY-2αにルディア君が奇襲を掛けるところからだ。口調は台本どおり自然体で。――はい、スタート」
―――――――――――――――――――――――――――――――
爆発音、爆撃音、ひしめき合う機械の群れの駆動音。今回の舞台に必要なSEを、制御室からアイコが調整して鳴らしていく。コンポーザーとして参加している彼女の仕事もあって、その空気づくりは練習とは思えないほど高品質だった。
場の空気は申し分ない。あとは、ここへ立つドロイドたちがそれをどう乗りこなすか――アプリコットは折りたたみ椅子に腰を下ろしたまま、静かに観察を続けている。
『くっ……ベータ、大丈夫?』
『え、ええ……問題はないわ。ただ、このエリアに、こんなにも、は、徘徊? がいるなんて……う、迂闊だった』
脚本上では、2αと2βは人類を救うための遺伝情報を、地上の廃墟で探している場面だ。短期間で書き換えられる台本を、その場で読み取りながら演技するのは至難の業に思えたが、それでもやるしかない。
その不安定さは、そのまま演技に滲んでいた。HUDに表示された台本をたどたどしく読み上げながら、2機は懸命に役へ入り込もうとしている。
「…………」
アプリコットは、必死な姉妹に対して一切反応を示さない。その無反応こそが余計な圧となり、2機の声をわずかに震わせた。
『レーダーにも、その……映らなかったもんね。どうしよう。こんなにも囲まれてたんじゃ』
『でも、囲んでるだけで、全然襲ってこない、ですね。どういうつもり――ハッ!』
2βの棒読み。わずかに崩れる口調。〝自然体で〟という指示の解釈に迷う妹につられるように、2αの演技も揺らいでしまう。
『アルファ姉さま! 上を! 見て!』
『えっ? わー! 何!!』
直後、爆音のSE。ワイヤーで吊られたルディアが、勢いよく舞台へ降下する。
――抜刀。
軍剣の切っ先が2αの刀とぶつかり、その弾かれた勢いのまま――――2αを、設置された柱のセットへ叩きつけた。
『ほう? 余の斬撃を一瞬で見切るとはな』
『な、何っ! 誰なの!』
演技だと分かっている。だからこそ、2αに実際の損傷はない。
だが、役へ入ったルディアの樹脂製の瞳には、まさしく戦場を見通す軍人の冷徹な光が宿っていた。
『しかし――
その一言が、重い。
ドスの利いたハスキーな声とともに、ルディアは後ろ手に腕を回す。
『くぅっ! は、はなせー!』
『姉さまー!』
2βが刀を振り上げ、ルディアへ斬撃を放とうとする。
だが――その身体が止まった。
『遅い』
直後、甲高い悲鳴が舞台に響き渡る。
『きゃああああああぁぁぁ!!!』
『べ、ベータ!』
光を帯びた拳を、今度はルディアが2αへ向ける。
『こ、これは、EMP!! そんな、ドロイドが、EMPを、使うなんて……な、何なの! キミは!』
『フン。これが人類再生の切り札、〝
再充填のSEとともに、ルディアの拳が光のエフェクトを散らした。
もちろん、本当に電磁パルスが出ているわけではない。ここで見えているのは、あくまでホログラムで散らした火花でしかない。
そんなことは分かりきっていても、この時のルディアは気迫が凄まじかった。軍剣で脅しながら片腕で2αを拘束するその姿に、2αはもがき、身を守ることしかできない。
2αは演技でもがいているつもり――だったはずだ。なのに、眼の前で睨みつけてくるルディアの気迫に、いつしか本当に身震いをしていた。
『逃げて、姉さま……!』
2βは叫ぶ。妹もまた、姉と同じくその圧倒的な演技の影響を受けている側に片足を突っ込んだ。そう、彼女は瞬間的に思ってしまったのだ。
――〝アルファ姉さまが危ない〟と。
『余は問おう。なぜ貴様らは戦う』
『そ、そんなの、決まってるよ……人類の、遺伝子痕跡を見つけて、基地に持ち帰る、ために……』
『再度聞く。なぜ、貴様らは――戦う』
『なぜって、そっちこそ……ど、どうして、いない人類を滅ぼそうとするの……っ!』
『――余は、ただ問うだけだ。この地上のすべての者に。すべての意味ある者にな』
耐えられなかった。たとえ演技だとしても、2αが押さえつけられているさまを、じっとこらえて見ていられなかった。
台本にはそう動けとは書かれていない。あくまで〝HY-2β、HY-2αを庇いに行く〟としか記述がない台本だが、2βは迷わなかった。
――瞬間、2βが側面からルディアへ斬りかかった。
ルディアが2αへ意識を向けているように見える、その隙を突いた動きだ。
『べ、ベータぁ……!』
『ワ、ワタシの、大事な姉さまに……触れるっ、なぁっ!!』
だがそれすらも、ルディアはわずかに頭をずらして見切る。2βの刃は受け流され、そのまま柱へ突き立てられた。
本当に演技なら、すべてが計算の上での動きだとしたら――単なる舞台練習とは思えぬ切羽のつまり方に、アプリコットは顔色ひとつ変えず観察を続けていた。
『……貴様、面白いな』
ルディアが、不敵に笑う。
『この続きは――機が熟すまで持ち越させてもらう』
その一言とともに、2αを解放するルディア。
ワイヤーに引かれ、舞台袖の向こうへ退場していく。
『だはぁっ……な、なんなの……っ!』
『だ、大丈夫ですか、アルファ姉さま……』
『う、うん、大丈夫、ありがとう』
『……何だったの、あのドロイドは』
崩れ落ちた姉を抱き起こしながら、2機は舞台袖へ消えていったルディアの姿を見つめて、呟いた。