ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「はい、ストップ」
アプリコットの一声とともに、室内照明が点いた。彼女が手を叩くジェスチャーは、演技確認が終了した合図だ。
「だはぁ……き、緊張したぁ~~!! ベータぁ、ボクすっごく緊張したよぉ……」
「ワタシだってそうです……でも姉さま、本当に頸部を締められていたような……」
先ほどまで舞台上を満たしていた緊張は、その音を合図に風船の空気のように一気に抜けていった。
舞台袖から顔を出し、そのまま姉妹のもとへ歩み寄るルディアは、さっきまでの冷酷な戦闘軍人とは打って変わって、いつもの少し気弱なルディアへ戻っている。
「ふ、ふぇっ!? あ、えっと……大丈夫ですか、アルファちゃん? もしかしてケーブルとか傷つけちゃってませんか……!?」
「あっと、うん。へーきだよルディアさん! えへへ、思いっきり柱に押し付けられちゃったけど!」
「ご、ごめんなさいっ。つ、つい熱が入っちゃったみたいで……」
申し訳なさそうに頭を下げるルディアへ、2αがむしろ興奮気味に食らいつく。
「いいんだって! どこも壊れてないし!」
「それなら、良いのですが……」
「それよりもルディアさん、カッコよかったね~! 前にボクが転びそうになったの助けてくれた時もだけど、ルディアさんはカッコいいのが似合うね!」
「そ、そうかな……えへへ、ありがとうございます」
2αが、妹に顔を向けて言う。屈託なく笑いかけられて、2βは一拍遅れて頷く。
「ね、ベータ! ルディアさん、すっごくカッコよかったよね?」
「え? あっ、そうですね……カッコよかったと思います。ワタシも思わず本気で斬り掛かってしまいました」
「あっ、あれ本気だったんですか!? セットにまだ刺さったままですよ?」
「あー……」
皆がセットの柱へと目を向ければ、2βが持っていた模造刀は、未だ柱に刺さったままだ。よほどの力を込めてぶつけたのだろう。
「ごっ、ごめんなさい……」
「ううん。当たってなかったので、大丈夫ですよ」
「ベータも気合バッチリってことだもん、すごいよ!」
「そ、そうです、かね……姉さま」
2αは、とにかく真っ直ぐだ。まっすぐに、相手の良いと思ったところを素直に褒める。それは2βもよく知る、姉の良いところだ。
だが、その視線の先に、ルディアがいる。
それを認識した瞬間、なぜか、言葉が出なくなる。続かなくなる。なぜ、刀を本気で振りかぶったのか、自分でも推論しきれない。
自分もアルファ姉さまの演技が良かったことを伝えたいのに。ルディアとも仲良くしたいとも思うのに。
2αとルディア。その2機と自分とのあいだに、見えない壁が立った気がした。
そう気づいた瞬間、2βはまた、プロセッサの温度が上がる感覚を覚えてしまった。
「はい、おしゃべりはそこまでに」
複雑な心境に呑まれていた2βの背後から、アプリコットが舞台へ上がってくる。
その目は、異様なほど丸く見開かれていた。
「ひとまず、演技確認を見せてくれて感謝するよ。お疲れ様。――まあ、姉妹のほうはいくらでも後で言えるとして……
「あっ、う……すみません、セットを壊しちゃって」
「そんなもの、後でまた用意すればいいだけだ。どうでもいい」
「は、はい……」
しゅんと落ち込む2βをよそに、アプリコットはルディアへと歩み寄っていく。
「今回、まず伝えたい相手はルディアだ」
「あ、え、はい。その……どうだったでしょうか」
「…………」
ズンズンと距離を詰めてくるアプリコットの重圧が一手に掛かってくる。ルディアは、自分がまさか何か重大な失敗でもしたのではないかと身を硬くした。
「何だ、今の演技は」
「ひっ……も、もしかしてダメだった、でしょうか……?」
「逆だ」
「え?」
「逆だと言っているんだ。何だあの熱の入りようは!」
返ってきたのは、叱責ではなく、興奮に満ちた声だった。
「なぜ僕はこんな逸材を見つけられなかったんだ……なぁ、君は何者なんだ? すごかったぞ、あの演技は! 僕が求めていたものを飛び越えてくるような、本気で全てに問いかけるキャラに仕上がっているじゃないか!」
「う、え、えっと、そんなに言われましても……」
「いや、言われるだけのことはある。君、今期からの新人ドロイドだろう? 姉妹と同期のはずの君が、それほどの演技力を隠し持っていたとは……」
「ちょっと! ボクらだって十分よくできたよ!」
遠回しに自分たちの未熟さまで刺されたと察し、2αが横から抗議する。その一方で、アプリコットをよく知るアイコとピクストは、予想外の展開に感嘆していた。
「お~、あのアプリコットがまさかのべた褒め……珍しいこともあるもんだ」
「でも、確かにすごかったよぉ~、ルディの演技~……ふわぁ」
アプリコットの賛辞はまだ止まらない。
「しかも、まだ演技の甘いHY-2の2機すら、うまく引き立たせる力まである……素のほうは面白くもなんともないのに。このギャップも気になるところだが……いや、今はいい」
「な、なんか貶されてませんか、私……」
「ともかく、君が僕の脚本に必要なドロイドであることは分かった」
「……じゃ、じゃあ、もしかして」
「ああ。ぜひ今回の舞台で
もはや直々のオファーと言ってよい答えだった。
ルディアの処理系は、その瞬間、一拍だけ空白を生み――その空白はすぐさま〝喜び〟へ塗り替えられていく。
「ウソ……ほんとに? ほんとなの?」
「す、すごい……ホントにすごいよ、ルディアさん!」
たまたま出会い頭に一幕があっただけとはいえ、印象深い相手との再会。それだけでも2αには十分に嬉しい出来事だった。
だがそれ以上に、同じ舞台の上で、さっきのような演技を受けられるかもしれないという事実が成立したことに、彼女はなおさら喜んでいた。アンテナはぶんぶん揺れ、テールケーブルは本物の尻尾のように振れている。その素直な感情が、余すところなく表へ出ていた。
「え、えへへ……やった、やったよ、ほんとに受かった、受かっちゃった……! 私、受かっちゃった!」
「やるねぇ、ルディアちゃん。ここまで即決することなんか、アプリコットはなかなかないんだよ?」
「ルディ、演技の才能あるんだぁ~、すっごいねぇ~~」
しかし、2βだけはその輪の外で肩の力を抜けずにいた。
ぴょんぴょん跳ねながらルディアの手を握る姉機へ向ける感情は、いまだ言葉にならない。
――『ボク、ベータのこと……すごく好きだし、大切に思ってます。だから、引っ付いてるだけなんて言われたら、そんなの……違うって、ちゃんと言いたくて……っ』
「……」
アプリコットからの詰問で何も言えなかったあの時、姉に庇われたときの言葉を思い返す。その時の2αの泣き顔と、ルディアに向かって笑っている顔。その温度差のせいで、2βはなぜか視界にノイズを走らせていく。
原因も分からず、たまらず2βは振り返る。
……その先に見えるのは、柱に突き刺さった刀。
樹脂と発泡スチロールでできた柱から外れないそれは、自分の知らない自分が生み出した象徴のように見えて仕方がなかった。
前を向こうが後ろを向こうが、背けることのできない現実を突きつけられているようで、2βの内側は静かに縛り付けられていく。
「アルファ姉さま……どうして、ワタシ……」
薄ら寒さを宿した2βの視線が、静かにその場で落ちていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「それで、緊急メンテナンスを受けたくなったわけだ」
「はい、プロデューサー」
オーティマのもとへ
「ふむ……。そっちはどうだ?」
「ブループリント負荷係数は60前後。やや高めですが、おおむね基準値内です」
「統合処理系のファームウェアにも異常は見られませんね」
「感情マトリクスの傾向を見ても、こちらから明確に原因を説明できるようなものは認められません」
「……だそうだよ、2β。つまり、君がどう感じているかまではこちらから断定できないし、少なくともシステム的には正常範囲内ということだ」
「そんな……だって、ワタシはあんなに、あんなにも……!」
周囲のチームメンバーも、2βの内面を計測して得られた数値やグラフを順に読み上げていく。けれど、表示される情報はいずれも正常範囲。2βが訴えている違和感を、はっきり裏付けるような異常は見つからなかった。
「あんなにも……変なんです。おかしいんです。アルファ姉さまを見てると、ワタシは……」
2βは苦しげに声を落とす。
姉の笑う顔。ひたむきに前へ進もうとする姿。
……そして、ルディアへの憧れを隠そうともしない、無垢で無鉄砲で、そそっかしいあの横顔ばかり。
2βは、感情が高ぶるとますます言葉に詰まってしまう。オーティマもそれをわかっていたのだろう。少しだけ話の角度を変えた。
「2β。例の舞台の話は進んでるのか」
「……ええ。今、ようやく脚本が固まって、本格的な練習が始まっています」
「楽しいか?」
「え?」
2βはその質問に、思わずオーティマのほうを見る。液晶のエモーティコンには、驚きとも困惑ともつかない表情プリセットが浮かんでいた。
「君は、姉さんと……2αと一緒に舞台に出られるのは、楽しいか?」
「それは……」
2βは一拍置いた。
「……はい。楽しいです。とても。でも……」
「うん?」
「楽しいって、はっきり認めると……なんだか胸の奥が、すごく熱くなる感じがするんです」
「CPUは胸部ユニットにあるからな。冷却系も確認しておくか?」
「いえ! いえ……たぶん、きっと、そういうことじゃないと思います」
「そうか」
オーティマは少し間を置き、2βの不安に必要以上に踏み込まないよう気をつけながら言葉を選ぶ。そして、自分の胸元に置かれた2βの
「2β。もしその気持ちの答えを知りたいなら……その熱が何なのかを知りたいなら、自分で考えるしかない」
「プロデューサー……」
「仕方ないんだ。今、君が抱えてるものは、技術的には正常な反応だからな。Auroraアーキテクチャの仕様ってことになる」
2βは、そのオーティマの手をぎゅっと握り返す。いつもより強い圧が返ってきたのを感じながら、オーティマは続けた。
「僕は技術主任としても、プロデューサーとしても、ここまでしか言えない。チームの皆だって、君の
オーティマが、2βの頭を撫でる。優しく笑いかける彼の顔を見ているうちに、次第に2βのブループリントに対する負荷が下がっていく。
「……でも、もしそうやって抱えてるものが2αに向いたものなら、なるべく自分の思いに従ったほうがいいとは思う」
「そう、ですかね……」
「ああ。だって、君たちは特別なツイン・ドロイドで、一緒に交響機を目指してるんだからな」
オーティマは2βの
「2αの頼れる子は君しかいない。そのことを、どうか忘れないでやってくれ」
沈黙が落ちる。2βはすぐには頷かず、オーティマから目を逸らして天井を見つめた。診察台に横たわる自分を照らす白色LEDの光が、今の彼女にはやけに眩しく感じられる。
やがて、検査機器が小さくビープ音を鳴らすのと同時に、2βへ繋がれていたケーブル類が取り外された。
「メンテナンス、終わったよ」
「ありがとうございます、プロデューサー」
「いいんだ。これも仕事だからな」
診察台からすたりと降り、いつもの衣装ユニットを軽く整える2β。少し重たい足取りのまま、出入口へ向かい、扉に手をかけた。
「2β」
「はい」
「気をつけろよ」
「……ええ」
オーティマの見守る視線に、2βは振り返らなかった。彼なりの心配がどこまで伝わっているのか、彼自身にもわからない。けれど、それ以上踏み込めないことこそが、自分の限界なのだとオーティマは知っている。だからこそ、掛ける言葉も最小限にとどめていた。
「しかし主任、本当にいいんですか。伝えなくても」
チームメンバーの1人がオーティマに問う。機器の画面のひとつには、ある範囲が赤く点滅したグラフが表示されていた。
「ああ。伝える必要はない。そのマトリクスは、自分で意味づけるべきものだ」
「しかし……〝嫉妬〟の色相は、放置していると危険かと」
「だとしても、だ。彼女たちを支えるブループリントは、そんな機械的な枠だけで測れるものじゃない」
冷えて乾いた眼差しで、オーティマは機器の表示を閉じる。その声には、何かを堪えるような硬さがあった。
「……人間の心と、同じようにな」
その背後では、「社長が聞いたらどういう顔をするか……」「リスクを承知で放置するなんて」「でも、それだけ主任には考えがあるのかも」と、彼の判断に対する複雑な声が小さく交わされる。ドロイドのプロデューサーという役割が、決して楽な仕事ではないことを、オーティマはあらためて痛感していた。
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そこから7月20日の本番当日まで、演出制作室はとにかく慌ただしく動き続けた。HY-2姉妹はルディアとともに、アプリコットの厳しい稽古に必死で食らいつきながら、舞台の上でどう振る舞うべきか、どうすれば観客の視線を演技で掴めるのかを懸命に学んでいった。
結局、アイコやピクストがあれこれ勧誘して回った甲斐もなく、HY-2姉妹とルディア以外の主要キャストが加わることはなかった。だがそのぶん、物語は無駄を削ぎ落とした、軽やかに跳ねる構成へとまとまっていく。結果としてアプリコット自身の負担も最小限に抑えられたのか、以降はキャストの育成へ比重を移していった。
そのあいだも姉妹は、物販やライブイベント、グリーティングなどの仕事をこなし続けていた。けれど、初動でマイナスに傾いた印象はなかなか拭いきれず、悶々とした思いを抱えたまま、稽古と本業を行き来する日々が続いた。
対してルディアのほうは、当初ほとんど注目されていなかった新星とは思えないほどの人気と期待を、「軍服の機皇姫」というキャラクターの器いっぱいに受け止めていた。その差を見て、2αが羨ましさを覚えることはあっても、不思議と険悪にはならない。むしろ同じ同期として、同じ舞台に立つ仲間として、自然に打ち解けていったように見えた。
そして迎えた、上演当日。
つくばインテリジェンスアリーナは観客で埋め尽くされ、舞台の幕の裏では、本格的なセットがロボットやドローンによって細かく組み上げられていた。
「ドローン43号から55号、およびロボット12号から18号。セットの初期位置とシークエンスプロセスの最終検証を実行しろ」
「命令を受理」
「検証中……」
「検証が完了しました」
「12時00分より、予定通りプロセスを開始する。改めて確認しろ」
「命令を受理」
舞台袖で、アプリコットがロボットたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしている。人間であれドロイドであれ、舞台の裏を支えるのは単純な指示を単純にこなすだけの自動化された黒子たちだ。彼らはただ黙々と、与えられた手順を忙しなく処理していた。
腕を組みながら、観客の感情の流れを絶えず頭の中で推論しているのだろう。状況を睨むアプリコットの背後で、タブレットを叩いていたアイコが軽口を飛ばす。
「おっ、アプリコットも入念だねぇ。そっちは問題なさそう?」
「アイコ。ロボットとドロイドを一緒にしてどうする」
「んもう……ジョークにマジになんないでよ」
相変わらず気軽な調子のアイコと、真剣そのもののアプリコット。対比はくっきりしていた。
「そういう君こそ、音響はどうだ?」
「ぜーんぜんバッチリ。センターステージと違って、変にややこしい音響計算もしなくていいし」
「抜かるなよ。失敗は許されない」
「はーいはいっと」
アイコはタブレットに表示されたスピーカー位置の情報を軽快に確認していく。どうやらこちらも問題はないらしい。
「で、双子のほうはどうだ」
「んとね~、調子はどぉ~? アルちゃん、ベーちゃん?」
ピクストが、励まし合っているHY-2姉妹に向かって、緊張感のない口調で声をかけた。だがそんな呼びかけにも構わず、とりわけ2αは相変わらず萎縮気味だ。
「あわわわ……つ、ついに本番だよベータ……」
「お、落ち着いてください姉さま。ワタシたち、ちゃんと準備してきたんですから……」
「そ、それはそうだけど……でもっ、でも……!」
「大丈夫です。姉さまならきっと上手くいきます。ワタシもいますし!」
「うぅぅぅぅぅ~~~~!!」
そんな姉妹の不安定さを、ピクストはまるで気にした様子もなくアプリコットへ伝える。
「うん~、準備オッケーみたいだよぉ~、アプリン。ふわぁ~」
「まあ、もう心配してる場合でもないか。ルディアのほうは?」
「ワイヤー、よし。エフェクト発生器、よし……私も――いや。余も万全だ。問題ない」
そそっかしいHY-2姉妹とは対照的に、ルディアは妙に落ち着いていた。この数ヶ月で作り上げてきた「紅鉄のルディア」というキャラクターは、今やすっかり彼女の中に根づいている。必要に応じて元の自分と切り替えることも、もう難しくはなかった。
「ねぇルディアちゃん、ルディアちゃん!」
「なんだ、アルファ」
「ルディアちゃんも、緊張してる……?」
2αが、衣装パーツや小道具を確認していたルディアへ声をかける。もうすっかり打ち解けたのか、最初のような他人行儀な口調はどこへやらだ。
「緊張……いや。神聖機械皇国の皇女たる余が緊張など――ちょっとしてるかも」
「ほんと!?」
「うん。でも……ここまで頑張ってお稽古して、リハーサルもうまくいったんだもの。だから頑張ろ、アルファちゃん。……オホン。せいぜい余を楽しませてくれようぞ」
「うん……うん、そうだよね! だよね! でもやっぱスゴイなぁ。ルディアちゃん、すぐ役を切り替えられるし……ボクもちゃんとやらなきゃね」
「ハッ! 我が下僕どもの前で、威厳を捨てるなどもってのほかだからな」
「……」
ルディアの見事な切り替えに感心したのか、2αは少し気がほぐれたように嬉しそうに跳ねる。そんな姉の視線は、今やルディアへ真っすぐ向いている。
そのぶん、相対的に距離を置かれたように感じたのか、2βはじっとその様子を見つめていた。わずかに目を細めながら。
だが、その静けさが気になったのだろう。2αはふと振り返り、2βへと視線を移す。
「……ベータ?」
「な、なんでもありません」
「うん……?」
気にかけて声をかけてみても、2βはぷいと顔を背けてしまう。自分が何かしてしまったのだろうかと、2αがかすかな不安を抱いたその時――アプリコットの鋭い声が全員を呼んだ。
「おい。そろそろ始まるぞ。開始位置につけ」
「「「はいっ」」」
一斉の返事とともに、全員が持ち場へ散る。
いよいよ、上演が始まる。