ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
そこから7月20日の本番当日まで、演出制作室はとにかく慌ただしく動き続けた。HY-2姉妹はルディアとともに、アプリコットの厳しい稽古に必死で食らいつきながら、舞台の上でどう振る舞うべきか、どうすれば観客の視線を演技で掴めるのかを懸命に学んでいった。
結局、アイコやピクストがあれこれ勧誘して回った甲斐もなく、HY-2姉妹とルディア以外の主要キャストが加わることはなかった。だがそのぶん、物語は無駄を削ぎ落とした、軽やかに跳ねる構成へとまとまっていく。結果としてアプリコット自身の負担も最小限に抑えられたのか、以降はキャストの育成へ比重を移していった。
そのあいだも姉妹は、物販やライブイベント、グリーティングなどの仕事をこなし続けていた。けれど、初動でマイナスに傾いた印象はなかなか拭いきれず、悶々とした思いを抱えたまま、稽古と本業を行き来する日々が続いた。
対してルディアのほうは、当初ほとんど注目されていなかった新星とは思えないほどの人気と期待を、「軍服の機皇姫」というキャラクターの器いっぱいに受け止めていた。その差を見て、2αが羨ましさを覚えることはあっても、不思議と険悪にはならない。むしろ同じ同期として、同じ舞台に立つ仲間として、自然に打ち解けていったように見えた。
そして迎えた、上演当日。
つくばインテリジェンスアリーナは観客で埋め尽くされ、舞台の幕の裏では、本格的なセットがロボットやドローンによって細かく組み上げられていた。
「ドローン43号から55号、およびロボット12号から18号。セットの初期位置とシークエンスプロセスの最終検証を実行しろ」
「命令を受理」
「検証中……」
「検証が完了しました」
「12時00分より、予定通りプロセスを開始する。改めて確認しろ」
「命令を受理」
舞台袖で、アプリコットがロボットたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしている。人間であれドロイドであれ、舞台の裏を支えるのは単純な指示を単純にこなすだけの自動化された黒子たちだ。彼らはただ黙々と、与えられた手順を忙しなく処理していた。
腕を組みながら、観客の感情の流れを絶えず頭の中で推論しているのだろう。状況を睨むアプリコットの背後で、タブレットを叩いていたアイコが軽口を飛ばす。
「おっ、アプリコットも入念だねぇ。そっちは問題なさそう?」
「アイコ。ロボットとドロイドを一緒にしてどうする」
「んもう……ジョークにマジになんないでよ」
「アイコのジョークは面白くないんだよ」
相変わらず気軽な調子のアイコと、真剣そのもののアプリコット。対比はくっきりしていた。
「そういう君こそ、音響はどうだ?」
「ぜーんぜんバッチリ。センターステージと違って、変にややこしい音響計算もしなくていいし」
「抜かるなよ。失敗は許されない」
「はーいはいっと」
アイコはタブレットに表示されたスピーカー位置の情報を軽快に確認していく。どうやらこちらも問題はないらしい。
「で、双子のほうはどうだ」
「んとね~、調子はどぉ~? アルちゃん、ベーちゃん?」
ピクストが、励まし合っているHY-2姉妹に向かって、緊張感のない口調で声をかけた。だがそんな呼びかけにも構わず、とりわけ2αは相変わらず萎縮気味だ。
「あわわわ……つ、ついに本番だよベータ……」
「お、落ち着いてください姉さま。ワタシたち、ちゃんと準備してきたんですから……」
「そ、それはそうだけど……でもっ、でも……!」
「大丈夫です。姉さまならきっと上手くいきます。ワタシもいますし!」
「うぅぅぅぅぅ~~~~!!」
そんな姉妹の不安定さを、ピクストはまるで気にした様子もなくアプリコットへ伝える。
「うん~、準備オッケーみたいだよぉ~、アプリン。ふわぁ~」
「まあ、もう心配してる場合でもないか。ルディアのほうは?」
「ワイヤー、よし。エフェクト発生器、よし……私も――いや。余も万全だ。問題ない」
そそっかしいHY-2姉妹とは対照的に、ルディアは妙に落ち着いていた。この数ヶ月で作り上げてきた「紅鉄のルディア」というキャラクターは、今やすっかり彼女の中に根づいている。必要に応じて元の自分と切り替えることも、もう難しくはなかった。
「ねぇルディアちゃん、ルディアちゃん!」
「なんだ、アルファ」
「ルディアちゃんも、緊張してる……?」
2αが、衣装パーツや小道具を確認していたルディアへ声をかける。もうすっかり打ち解けたのか、最初のような他人行儀な口調はどこへやらだ。
「緊張……いや。神聖機械皇国の皇女たる余が緊張など――ちょっとしてるかも」
「ほんと!?」
「うん。でも……ここまで頑張ってお稽古して、リハーサルもうまくいったんだもの。だから頑張ろ、アルファちゃん。……オホン。せいぜい余を楽しませてくれようぞ」
「うん……うん、そうだよね! だよね! でもやっぱスゴイなぁ。ルディアちゃん、すぐ役を切り替えられるし……ボクもちゃんとやらなきゃね」
「ハッ! 我が下僕どもの前で、威厳を捨てるなどもってのほかだからな」
「……」
ルディアの見事な切り替えに感心したのか、2αは少し気がほぐれたように嬉しそうに跳ねる。そんな姉の視線は、今やルディアへ真っすぐ向いている。
そのぶん、相対的に距離を置かれたように感じたのか、2βはじっとその様子を見つめていた。わずかに目を細めながら。
だが、その静けさが気になったのだろう。2αはふと振り返り、2βへと視線を移す。
「……ベータ?」
「な、なんでもありません」
「うん……?」
気にかけて声をかけてみても、2βはぷいと顔を背けてしまう。自分が何かしてしまったのだろうかと、2αがかすかな不安を抱いたその時――アプリコットの鋭い声が全員を呼んだ。
「おい。そろそろ始まるぞ。開始位置につけ」
「「「はいっ」」」
一斉の返事とともに、全員が持ち場へ散る。
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スタジアムの2階席に仮設されたスタッフ席には、モニターやアンテナが幾本ものケーブルにつながった観測機器が多数置かれていた。そこには〝HYLON〟の文字が刻印されていることからも、HY-2姉妹の属するハイロン重工のものであることが分かる。
当然、その中心には数名の社員――オーティマと数名のチームメンバーが立ち並んでいる。機器は自社のドロイドたちの状態をリアルタイムで表示しており、オーティマたちはそれを逐次確認していた。
「各機、初期位置に移動。HY-2α、2βのブループリント負荷係数はいずれも平均40~60を維持」
「ドロイドたちの感情マトリクスも概ね緊張の色が見えますが、想定範囲内です」
「そうか」
チームメンバーの報告に淡々と耳を傾けるオーティマ。右手を口に当て、自身も姉妹が抱いている内面について、数値から静かに分析し続けていた。
だが、そんな彼も少し気になることがあった。2機が演目上相対することとなるはずのドロイドのプロデューサーが、スタッフ席に見えないことだった。
「にしても、ルディアだったか。あのヴィラン側のドロイドにPはいないんだろうか」
「わかりません。流石にそんなことはないとは思いますが……」
「……」
「す、すみません! 遅れました……!」
「どわっ!」
オーティマが呆れ半分に首を傾げていると、後ろから大きな声で大男が走ってくるのに気づく。上演前の静まった観客席に嫌に響く、よく通った声だ。
「い、いきなり大声を出すんじゃない!」
「す、すみません……」
「もしかして君が?」
「ええ、はい。俺はルディアのプロデューサー、井野川と言います。その、ルディアは」
「もう皆幕の裏にいるよ。うちのドロイドも含めな」
井野川がヘコヘコと申し訳なさそうに頭を下げる。やたらと存在感の大きい井野川に気圧され気味のオーティマは、舞台に向けて親指を差しつつ――さらに気になることが増えたようで。
「というより、君1人なのか?」
「え? ええ、まあ。色々と事情がありまして……」
「手ぶらか? モニターは?」
「モニター……えっと、画面のことですか?」
「まさかモニターを知らないのか!? 自分のドロイドのBP計測は?」
「えーっと」
「ま、マジか……」
ここで彼が言いたい〝モニター〟とは、要するに今この場に設置されている観測機器のことだ。ドロイドの状態やブループリントの様子、感情の見え方などを知るうえで重要な基本ツールに当たるのだが、肝心の井野川はここに手ぶらでやってきていた。オーティマが疑問に思うのも、至極当然のことだった。
そして、ドロイドプロデューサーであれば常識として持っているはずのものを持っていないばかりか、その存在すらも知らずにここまでやってきた事実に、オーティマはひどく驚くほか無かった。予想よりもずっと非常識な位置にいる相手だと咄嗟に感じたことだろう。
「……はぁ」
オーティマは大きくため息をつく。一周回って苛立ちすら感じていたかもしれない。彼は近くのメンバーに問いかけた。
「しょうがない。ケイン、モニター枠は余ってるか?」
「あと2つならあります」
「ならいい。それで対応する。井野川、と言ったな」
「え、は、はい」
オーティマが呼ぶ声に、井野川は落ち着きのない返事で打ち返す。そんな彼の視線は、オーティマが指差す画面の認証ウィンドウへと流れていく。
「そこの端末からルディアのブループリントIDと機体管理PINを入れろ。こっちでモニタリングするから」
「えっと」
「自分のドロイドが何を感じてるのかも知らずにドロコンで活躍させるつもりか?」
「い、いえ……すみません、入れます」
井野川はキーボードを叩いて、ルディアの機体情報にアクセスする。彼自身、このようなことが出来るなど知らなかった。普段から人間の子供を相手にするのと同じような育て方を彼女に行っていた記憶に、彼は内心で幾許か恥じていた。
井野川がキーを入れると、画面には接続したルディアの状態が、グラフなどのステータスで詳述される状態となった。
「よし。つながったな。BP負荷係数は」
「MGL-01、ルディアのブループリント負荷係数は40~50程度、概ね姉妹と同じです」
「分かった。ほら、この画面からルディアの状態が分かるようになってる」
「す、すごい……こんなにも色々分かるんですね」
「何も知らないのか、君は」
「すみません。うちは色々と予算が下りなくて……」
井野川の発言のたびに、彼のまとうどこか重い気苦労が形をなして伝わってくる。その意味を感じ取りつつあったオーティマ他ハイロンチームの一同は、それ以上に言葉を続ける空気を見失ってしまった。
そんな彼らの空気などお構いなしに、開演ブザーはスタジアム全体にこだました。
いよいよ、上演が始まる。