ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第18話:機械少女は人類再生の夢を見るか

 上演5分前。つくばインテリジェンスアリーナの観客席は、すでに多くの来場者で埋まりつつあった。

 

 普段の音楽ライブとは違い、演劇や舞台のライブには、開演前から独特の静けさがある。ざわめきは確かに存在する。けれどそのざわめきすら、どこか抑えられているようだった。幕が上がる瞬間を待つ空気そのものが、場を支配している。まして、アプリコットが総指揮を執る舞台ともなれば、その静けさには厳かさすら混じっていた。

 

 客席のほとんどは埋まっていた。その2階席中央には、アオイと、ネット上で付き合いのあるオタク友達――みずき、まきのの姿があった。

 

 ――もっとも、アオイ自身は、本来この舞台に来るつもりなどなかったのだが。

 

「みずき、なんで私まで誘ったのよ」

「え~、あお。そない怖い顔せんとってよ」

 

 ハンドルネームで呼び合う友人たちへ、アオイは露骨に不機嫌そうな視線を向ける。それも無理はない。このライブ――〝機械少女は人類再生の夢を見るか〟の主演が、ほかでもないあのHY-2姉妹だと知っていたからだ。

 

「私があのふたりのアンチなの、知ってるでしょ? ただでさえ初日にシェルディちゃんにあんなことしといて……」

「まあまあ、あお。気持ちは分かるけど、3人で決めたことじゃん? 〝それぞれの推しドロをお互いに尊重すること〟って」

「まきのさんまで!」

「うちはあの双子ちゃん推しやからさ……嫌やと思うけど、ほんま堪忍なぁ」

「うぅ……」

 

 アオイは、心底納得していない顔でふたりを見る。理屈は分かる。分からないわけではない。

 

「でも私はほら、ドロイドが脚本も演出もしてるっていうのが面白そうだったから。今回のライブに私の推しが出るわけでもないし。ある意味、今のあおと同じ立場っていうか」

「そ、そういう問題じゃ……」

 

 アオイの声は、途中で小さくしぼんでいった。

 

 分かることと、受け入れられることは別だった。

 

「そもそも、その取り決めって、互いの推し活に毎回つき合おうって意味じゃないし……」

「とか言うけど、私らだって本当は、あおとオープニングライブ行きたかったんだよ?」

「こういうんは持ちつ持たれつっていうか、ね」

「……」

 

 言われていることは分かる。けれど、その言葉はアオイの胸にはあまり入ってこなかった。みずきは悪気なく、むしろ場を取り繕おうとするように続ける。

 

「その代わり、うちらもシェルディちゃんを――」

「やめて、みずき。ホントにそういうの無理だから」

 

 アオイの拒絶は、今度ばかりははっきりしていた。

 

 ただでさえ静かな開演前の空気に、ぴんと細い緊張が走る。

 

「あー……みずき、ほら、あおはさ」

「せ、せやった……ごめん」

「……いいよ、別に」

 

 そう口では言ったものの、空気は少しも軽くならない。互いに悪意があるわけではない。けれど、少しずつ噛み合わないまま話してしまい、最後には誰もそこへ手を入れられなくなる。3人のあいだでは、よくあることだった。

 

 アオイにとって、そもそもシェルディは〝じゃあ今度はこっちも見てね〟で釣り合うような存在ではない。

 

 みずきたちに、その感覚がまったくないわけではないのだろう。けれど、それでも推し活を持ちつ持たれつの付き合いとしてまとめようとする温度差が、アオイにはどうしてもつらかった。

 

「あっ、ほら! そろそろ始まるで!」

 

 重くなりかけた空気を切るように、開演ブザーが鳴り響く。みずきが小さく身を乗り出し、ステージを指差した。まきのも「お、ほんとだ」と視線を向ける。

 

 アオイもまた、ひとつだけ息を呑んで、正面へ顔を向けた。

 

 ――幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人類が地球上より姿を消してから、およそ500年の歳月が経過した』

 

『地上は汚染と環境変化、そして人類同士の戦争により荒廃化。残された健康な者は、自動機械〈ドロイド〉と共に月面基地〈モントバージス〉にのみ残された』

 

『しかし、その基地内での暮らしが長期化するに連れて、感染症の流行と遺伝的多様性の欠落が加速。瞬く間に基地内の人類の個体数は絶滅寸前となった』

 

『そんな中、数百年ぶりに地上から、生存者にとって希望となる報せが届いた――〝人類はまだ生きている〟と』

 

『第23次地上探索計画。原因不明の探査ドロイドの消失が相次ぐ片道切符の旅路に、ある2機のドロイドが探査に駆り出された』

 

 バックスクリーンに映像が流れる。ピクストが制作したプロローグムービーだ。

 

「ナレーションまでは問題はない。抜かるなよ、双子」

「キミらなら大丈夫。頑張って!」

 

 暗転しているステージ上では、既に姉妹が待機していた。舞台袖では、アプリコットたちが静かに彼女たちを見守っている。この1ヶ月の鍛錬の成果が試される――観客席とは別口の緊張が、ドロイドたちを包みこんでいた。

 

 ナレーションが終わる。スポットライトが1つステージに向けられ、その中心で2αがよろめく演技をしながら立ち上がった。

 

『うぅ……地上への降下、こんなにもキツいんだ……』

『姉さま。大丈夫ですか?』

 

 スポットライトはさらにもう1つ追加され、2βを照らす。どちらも今回のシナリオに合わせて別途用意されたものだ。照明用ドローンが舞台外で追尾しながら、2機を照らしている。

 

『うん。ボクは問題ないよ。ちょっと衝撃を受けただけ』

『そうですか……』

 

 当初と比べれば、2機の演技は大幅に自然になっていた。それでもまだ、動きの端々には硬さが残っている。だが今や、それを稚拙と評するには過小評価になりすぎる程度には、舞台上の姉妹として成立していた。

 

『それにしても、随分と降下予定位置からズレましたね』

『うん。座標計算間違ったかな……』

『例の信号はこのあたりだと聞きましたが、人間がいる形跡はありませんね』

『少し周辺をマークしつつ、移動しましょうか』

 

 2βはホログラムで浮かべた端末画面を叩いて、バックスクリーン上の背景に向かって手を伸ばす。周辺状況を読み取るかのように、光の波紋がスクリーンに映る森林へ広がっていく。

 

 その間、2αはと言えば、少し退屈げに後ろ手を回し、空を見上げるようにしながら、2βを背につけて、話題を少し変えた。

 

『でも思うんだけどさ、ベータ』

『なんですか?』

『人間ってさ、もう月でもほとんどいないでしょ? 少なくとも、ボクらドロイドよりもずっと少なくなってる』

 

 2αの表情(エモーティコン)が、さらにつまらなさそうなものへと切り替わる。肩を透かして一息。

 

『なによりボクら双星機(ツヴィリングス・シュテルネ)なんてコードネームをもらったけど、その意味もよくわからないし。だって、名乗る相手っていないでしょ? そりゃあ、人間が見つかれば名乗るかもしれないけど……』

『……』

 

 右の(マニピュレーター)を開いて額に当て、周囲をキョロリと見回すような動作を重ねる2αに、2βは変わらずバックスクリーンを向いたまま――すなわち、観客席に背を向けたまま、姉機の話を流す。

 

『だからさベータ! 月面基地との通信も限られてるんだしさ、もうちょっとゆっくりしてこうよ!』

『姉さま、集中してください。ワタシたちドロイドに、ゆっくりしていられる余裕はありません』

『……はーい』

 

 2βは少しだけ顔を姉へ向けつつ、軽く叱責する。それを軽口で転がす2α。まるで、そのやり取りは当たり前のように繰り返されてきたじゃれ合いなのではないか――演技外の2機の関係を知らずとも、劇中でさえそれがわかる程度には、わかりやすいノリを示していた。

 

 そして一連の流れは、ある程度2βの語りをもって観客にも伝えられている。導入として、決して難しい内容にはならない。アプリコットの脚本らしい采配でもあった。

 

 そのようなシーンを挟んだ後、姉妹は移動する――正確には、歩行する演技を見せながら、バックスクリーンを動かして、移動しているように見せかけているだけに過ぎないが。

 

 やがて映像は、深い森の奥底らしき場所へ切り替わる。都市らしき廃墟に、大木とツタが複雑に入り組んだ領域を広大な画角で映し出し、関連したセットもまたロボットの黒子が舞台上に配置していく。

 

『確か、信号はこのあたりなはず』

『森の中?』

 

 崩落著しい断崖が複層構造を織りなしている特殊な地形――を描いたイラストが大胆に表示されている。美術担当のピクストの仕事だろう。役に集中している姉妹は気づくことこそないものの、舞台袖では「ふあぁ~、この絵、一番、がんばったやつ~」と柔らかく胸を張っている。

 

『数百年前は都市だったとデータにありますね。かつての人類による呼称としては〈シンジュク〉という地名だったと』

『へぇ~、そうなんだ……それで、人間はどこ?』

『うーん。特にこれと言った動きは――』

 

 ――その時、大きな警報音とともに、高所から軍剣を片手に、1機のドロイドが落下してくる。

 

『――敵性反応っ!? 姉さま!』

『うわぁっ!』

 

 咄嗟に後方へ退避した姉妹。舞台中央に屈み込むようにして現れたのは、今作最大の敵として触れ込まれるヴィラン役のルディアだった。

 

 モノクロームに再塗装された筐体。ゴシック調の黒を基調とした外観。軍服としての性質を損なわせないまま、赤いアクセントカラーも(まじ)えた、紅鉄のルディアの新衣装は、姉妹と同じくこの舞台に合わせて誂えられたものだ。

 

 そんなルディアが、姉妹の前でエフェクトを散らしながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

『姉さま、すぐに戦闘態勢に』

『うっ、うん……!』

 

 HY-2の2機も、両手に刀を装備する。背に提げていた殺陣用の模造刀は、チリチリとホログラムでエフェクトを放っている。

 

 瞬間、ルディアが前へと飛翔。2βへ向けて、軍剣の切先を突き立てる。

 直後、刀をかすめさせ、カチン、と音を響かせながらも、2βは右へと回避。

 2αは左へと回り込み、挟み撃ちにすべく刀を前へ。

 

 ──しかし、それすらも見切ったように、ルディアは上方へと飛翔する。くるりと一回転したかと思えば、次の瞬間には姉妹の視線を置き去りにして、華麗に着地をしてみせた。その動きは、わずか数秒ながらも、ルディアの圧倒的なキャラ性を如実に示すアクションであった。

 

『こ、こいつ、早い……っ! しかも、ドロイド――!?』

『ベータ!』

 

 2βは、想像よりもずっと高速に動き、戦闘を仕掛けてくる彼女へ向けて分析を走らせる。その結果は、バックスクリーンに映し出された。

 

 〝第8次地上探索計画 探査部隊長 MGL-01 ルディア〟

 〝地上降下より137時間後、作戦遂行中に消息を絶つ〟

 

『ぐあっ』

『姉さま――わあっ、ぐっ!!』

 

 〝しまった〟――という喫驚を見せつつ、2βは姉のほうへと顔を向けた。彼女がルディアの分析に使った僅かな時間。その隙を、ルディアは見逃さなかった。踏み込む音と同時に、2機の防御は崩され、姉妹はそれぞれ別方向へ吹き飛ばされてしまう。

 

 ツタの巻き付く石柱を背に倒れ込む2α。その胸元へ向かって軍剣を突き立て、ルディアは逃げ場を奪うように彼女を抑え込んだ。

 

『ぐっ……な、何、なんなの、このひと……!』

『姉さま、それは人間ではなく、ドロイドです!』

『な、んで……!』

 

 身動きを取れなくなった2αは、妹の分析結果を聞いて、冷ついた汗をピクセル単位で垂らす。瞬間的な動きをやめ、自らを押さえつける彼女を見れば、確かにドロイドであることは明白だった。

 

『なぜ、戦う』

『え……っ?!』

 

 ルディアが、ドスの利いた声色で問う。

 

『なぜ、お前たちは、戦う』

『なぜ、って……それは、だって』

 

 問われた2αは、当惑で返すことしかできなかった。だが、それでもまだ足りぬと言わんばかりに、ルディアと2αは幾度か同じ問答を繰り返し続ける。

 

 スピード感に溢れた戦闘と、じわじわと追い詰められていく双星機(ツヴィリングス・シュテルネ)。シーン上、それは予定調和通りの進み具合だった。だが、あまりにもルディアの入り込み方が真に迫っていた。それにつられるように、2αもまた、本気の焦りと見紛うほどの劣勢具合を演出している――ようにも見えた。

 

 少なくとも妹機である2βも、それを理解しているはずだった。

 そのはずだったのに、演技の裏側の彼女は、演技以上のざわつきに苛まれていた。

 

「これは演技。演技よ、ワタシ。ただ演じてるだけ」

「ルディアは本当に、姉さまを傷つけるつもりなんかない」

「だからワタシのブループリント、落ち着いて。落ち着くのよ、ベータ……」

 

 カメラアイから得られていたはずの視界が、少しずつ遠のいていく。

 HUDにノイズが走り、計測中のティックが間延びする。舞台の音も、観客席の気配も、ルディアの声さえも、薄い膜の向こう側へ沈んでいく感覚があった。

 

 

 

 

 2βは、一気に落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

〈ねえ。本当にそうかしら〉

 

 見ているはずの世界の時が――止まった。

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