ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
暗転した視界の向こうに、ぼんやりと舞台が見える。現実感はない。HUDすらなく、音もなければ光もない。センサー類が感知できそうなものなんて何ひとつ見当たらないのに――そんな空間で
〈ねえ。本当にそうかしら〉
その〈声〉は、紛れもなく〈
「そうよ。だって、これは舞台の上の出来事。本当のことじゃない」
暗闇の背後から、
その声に、
〈でも、姉さまは苦しそうにしてるわ〉
「それも演技よ! だって、リハの後だって、姉さまはいつものペースに戻っていたし……」
その声は、聞きたくないことばかりを突きつけてくる。
演技中にもかかわらず、聴覚センサーが暴走している。
そう理解してしまいたいのに、
〈それも演技だとしたら?〉
「え……?」
――いや、これは、
〈あの
「どういう……」
でも、目を背けた先にさえ、
それが、とても怖かった。それを怖いと思う理由すらわからないのに。
〈そういえば、ルディアと姉さまは、最近はずっと仲良しみたいね〉
〈アナタは最近、姉さまと仲良く出来てる?〉
〈姉さまから頼られてる?〉
〈姉さまから見てもらえてる?〉
〈一緒にいてもらえてる?〉
何機も現れた
何も言い返せなかった。なぜなら、全部本当のことだったから。
姉さまとの時間が、少しずつ遠く感じられていたから。
リハの時も、演技練習の時も、ルディアと一緒だった姉さまばかり、
『――ベータは、ボクの手を引いてくれる、欠かせない存在なんです』
『ベータはただ隣にいるだけなんかじゃない。ボクの手を引いてくれる、ボクにとって本当に大事な存在なんです』
『ボク、ベータのこと……すごく好きだし、大切に思ってます』
アプリコットに突きつけた、姉さまのあの言葉たち。
姉さま。姉さまのその言葉は、どこまで本当なの?
「……」
でも、聞こえた声は1機だけじゃなかった。
〈今なら、ルディアを狙えるわよ〉
視界が戻っていく。あの舞台の上に。
つくばスタジアムの中心に。
観客が見据える演技の空間に。
姉さまを抑え込むルディアの近くに。
持っていた模造刀に、ヒビが入りそうなほどの力が入る。
〈ほら、やってしまいましょう〉
姉さま。
〈その刀はホンモノじゃなくても〉
〈ダメージは入るわ〉
姉さま、姉さま。
〈姉さまのためにもやらなきゃ〉
そう、やらなきゃ。
〈そうじゃないと、姉さまはどんどん〉
〈
〈
許さない。
そんなの許さない。
やらなきゃ。
ワタシが、ワタシが止めなきゃ。
支えなきゃ。
だって、ワタシは、
ワタシは――――
『ワタシの姉さまに――触れるなっ!』
2βは力いっぱいに刀を横に振りかぶり、ルディアの首を支えるジョイントを刎ねん勢いで前へとつんのめる。
『
「がぁぁっ!!! はぁっ! ぐっあぁ……な、なに……っ!?」
直後、2βの視界にバチバチと閃光を散らして、ホログラムが弾けた。ルディアは2βの動きを瞬間的に躱し、しゃがみこんだと思えば、顔に向けて左手をかざした。直後、2βは機体を震わせ、うめきとも叫びとも取れない上ずった声をこぼし、動けなくなる。
『い、い……EM、P……なん、で……』
もちろん、本物のEMPなどではなく、ただのギミックに過ぎない。だが、左手で2βを抑え込むように広げ、生じさせたそれは、内省によって集中力が研ぎ澄まされていた2βには、想像以上の衝撃となった。
ルディアが強く、決して対象を逃さない口ぶりで、踏み潰すように問い直す。
『余は、再度問う。なぜ、お前たちは戦う』
『がぁぁっ……』
『姉さま……! 姉さま、姉……さま……っ!』
台本上でも、演技上でも、ここの2機は決してその問いに答えられない。圧倒的な強さを見せつけたルディアを前に、既に満身創痍と化してしまった姉妹に、彼女は少し興が冷めた様子で離れる。
『……未だ答えを知らぬか』
2機に背を向け、軍帽を深く被り直したルディアは、ただ一言そう言い残して離れていく。
ワイヤーに引っ張られ、高く飛翔したルディアを睨みつけ続ける2β。
「…………」
――数秒の沈黙。そして、その沈黙を破るように、2βの後ろから聞こえてくる、姉さまの声。
『はぁ、はっ……べ、ベータ!』
2βに、腕を抑えながら2αが近づく。ボロついた機体でよろめきながら、なんとか2βに近づくとともに、少し倒れそうになったところを支えられる。
『姉さま! お怪我は――』
『う、うん。ちょっとだけ傷っちゃったけど、へっちゃら』
『……それなら』
えへへ、と笑うその表情は、いつもの2αのそれだった。2βは、簡易修理キットを腰から取り出して、一時的に傷を癒そうとする。
『でも、あのドロイドは一体?』
『わかりません。でも、ドロイドがなぜ攻撃を……?』
『仲間じゃないの……?』
『ワタシもそう思ったのですが……』
2αは、少し悲しい顔をしてみせる。それを察知した2βは、励ますように声の高さを上げつつ、立ち上がる。
『ともかく。何があったのかを調べないと。立てますか、姉さま?』
『うん。ボクは大丈夫だよ』
『識別信号は逆探知可能です。もし、先遣隊のドロイドだとするならば、なにか分かるかもしれません』
「やはり僕の読みに間違いはなかった。姉妹の拙さを、軍服が引き立てている」
舞台の上では、張り詰めた演技の空気がいまだ濃く漂っている。そんな中、舞台袖では、それを物語として生み出した張本人たるアプリコットが、感慨深そうに頷いていた。
どうやら彼女は、HY-2姉妹のポテンシャルをまだ過小評価していたらしい。ルディアがそれを引き出したとすれば、もしかすると、この2機はまだまだ使えるのではないか。そんな、創作者として彼女たちが末永く〝使える〟という可能性に、自らのブループリントを小躍りさせていたのだろう。
その高ぶりを、そばで同じように見ていたピクストが茶化すようにもたれかかってくる。
「ふわぁ。アプリン、いつもより、嬉しそう~」
「お、おい! そんな風にベタベタとくっつくな!」
「んぇ~? べつにだいじょ~ぶだよぉ」
「君が大丈夫でも、僕はそうじゃないんだ」
アプリコットは、緊張感のキの字すら持っていないピクストに呆れ気味に距離を取る。
「いいか。舞台が形をなすまでは、まだ気を抜けない。観客が引き込まれている今こそ、油断したら一瞬で壊れてしまう」
「相変わらずだねぇ~、ふへぇ」
「そういうものなんだ。僕の舞台というのは、それだけ繊細なのさ。特に、青いのは……」
「ベーちゃんのこと?」
「そうだ」
組んでいた腕を少し崩し、片手で顎を持ちながら、アプリコットはわずかに遅延の見える2βを注視する。今回のシーンで一番の熱量を保っていたのが彼女だったのは確かだ。だがアプリコットは、その熱量がどこまで演技として持続するのか、そしてどこから演技ではなくなるのかを、どこか気にしているようでもあった。
だが、そんなふうに眉へシワを寄せるアプリコットのことなどお構いなしに、ピクストはまたゆらゆらと離れていく。
「ん~、心配しすぎじゃないかなぁ。ふあぁ……」
「お前はもっと僕の下で働いている自覚を持ってくれ」
「んにゃは~」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「2α、BP負荷係数は基準値内です。MGL-01、負荷係数は30~40」
「……2βは」
「さっきのシーンで80を超えています。100を超えると少し大変かと」
「役割上のストレスでしょうか」
「わからん。けど注視だけは続けよう。感情マトリクスのほうは」
「色相パターンは先日同様、紫から赤に近いですね」
「そうか。別途ログ取りしておいてくれ。あとで使うかもしれない」
せわしなくモニターを注視し、チームメンバーとともに分析を続けるオーティマ。その後ろでは、井野川が同じように視線を追いながら、何を見ているのか理解しようと努めていた。だが……。
「井野川と言ったね」
「は、はい」
「わからないことがあれば僕に聞いてくれ」
どうやら、その落ち着きのない動きが気になって仕方がなかったのだろう。オーティマが振り返り、キョロキョロと端末を見比べている井野川に釘を差す。
「え、えーっと……」
「僕が気づかないとでも思ったか? さっきからルディアのアイコンばかり見ているのを」
「す、すみません。実は俺、何も分かってなくて……ルディアが頑張ってるのは分かるんですけど」
顔にそのまま〝でしょうね〟と書いて見せつけるように、オーティマは分かりやすくため息をついた。
「どこまで分かってる? 流石にブループリントくらいは分かるよな」
「そ、それくらいは! ルディアを育て始めた時に最初にインストールするものですよね?」
「……それだけか?」
「それ以外にもあるんですか……?」
「君のとこはどういう気持ちでドロイドを出場させようと思ったんだ」
職責上、持っていてもおかしくないはずの知識を、井野川は持っていない。その落差に、オーティマは風邪でも引きそうになる。
「ブループリントというのは、ドロイドにとっての核、あるいは心、感情の源――命そのもののようなものだ。ただインストールしたらいいだけのOSとは違う」
「い、命……」
「おっと、真に受けるなよ?」
井野川の性格は、ルディアに向けている目線から逆算すればある程度は推して知れる。単なる比喩のつもりでも、下手をすると本気で受け取りかねない。そう感じたオーティマは、少し言葉に余白を作る。
「それはただの比喩に過ぎない。けど、蓋を開けてみたら似たようなものさ。例えば、うちのHY-2姉妹は、ドロコンで一番の人気を得ることが目的だ。そのためにどうすればいいのか、あの子たちは自分で考えて動いている。この舞台に出ようと思ったのだって、その手段として手を伸ばしたからだ。目標のために努力するという考え方は、ドロイドも人間も変わらない。そのくらいは君にも分かるはずだろう」
「そりゃ……ええ、はい」
「君のルディアだって、同じように何か持っているはずだ。そして、それを支えてやるのがプロデューサー、僕たちの仕事だ。そのためには道具がいる。彼女たちの
思っていることを丁寧に、しかし少し遠回り気味に綴って見せるオーティマ。彼の指す先の端末を見ながら、井野川はおずおずと質問を投げた。
「その道具っていうのが、モニターなんですか」
「だいたいそう理解しておけばいい。BP負荷係数はストレスレベルのようなもの。感情マトリクスは、ドロイドの感情を色に落とし込んだグラフだ。他にも色々とデータはあるが、主に見るのはこの2つになる」
「これを見れば、ルディアの考えてることが分かるのか……」
「勘違いしちゃいけない」
「へ?」
さらに勘違いポイントを見つけたオーティマは、また井野川にブレーキを掛ける。
「コレで分かるのは、あの子たちが何を考えているかじゃない。あの子たちが、〝いま何を感じているのか〟の数値的結果だけだ」
「数値的……」
「実際に何を考えているのか、感じているのか、どうしたいのかは、本人たちにしかわからないってことさ」
――沈黙。
しかし井野川は、少し思案していた。数値があれば、ドロイドの状態を参考にすることはできる。でも、本当に理解することまではできない。オーティマの言葉を素直に受け止めれば、そういう理解になるだろう。
……だが、だとすれば。
井野川は、再度オーティマに聞き直す。
「じゃあ、オーティマさんは、どうしてそんなに自分のドロイドのことが分かるんですか?」
「分かる?」
「俺、ルディアのこと、まるで分かってなかったみたいな気がしてきました。でも、オーティマさんはそうじゃない。そんなにも自信に溢れて、我が子を全部分かってるかのように言えている。それって、彼女たちの心の数値以外の何を見て、そう確信してるんですか」
思ったよりも核心に踏み込んだ問いに、一瞬だけオーティマはたじろいだ。その問いに対する答えまでは、この流れの中では用意しきれていなかったのだろう。
「別に……別に、俺はあの子たちを理解してるわけじゃない。ただ、あの子たちを支えてるだけだ」
「それなら、俺だって支えてる側ですよ。なのに、俺は本当にルディアを支えられているのか、分からなくなってきたんです。お願いです。俺と、オーティマさんの差がどこにあるのか、教えてください……」
「おいおい、Pがそんなテンションでどうする?」
「で、ですが……」
すっかりしおらしくなってしまっている井野川。オーティマは、彼の質問がどこから来ているのかを少し考える。
そして、はっきりとした答えを彼へ出すのは、どこか適切ではないことも分かっていた。おそらく、彼の不安はそこにあるのではない。もっと根の深い部分に宿っているのだろう、と。
「おたくんとこは、そもそも予算も脆弱なら立場も脆弱って限界があるんじゃないか」
「え、あー……まあ、そうかもしれませんね」
「その中でやりくりしてる以上、できる範囲も限られてくるってことだろう。その中では、井野川のやっていることは、あの子にとって無駄じゃない」
「だと……良いんですけどね」
ドロイドの
だが、それでも彼の顔を見れば、今の会話がある程度、本質論を踏めたことだけは確かなようだった。
オーティマは手を差し出す。
「まあなんだ。僕らだって鬼じゃない。姉妹の2人はあんなふうに上を目指していても、会社同士までバチバチにやり合うわけでもないし。できる範囲の協力は断る理由もあまりないよ」
「え、ほ、ホントですか……!?」
「できる範囲ならな」
準備を重ねて姉妹を送り出したオーティマ。
準備とは何かすら知らないまま、ここまで来てしまった井野川。
2人のズレた立場は、交わされた握手によって、この先もほんの少しだけ重なることとなるのだった。