ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第2話:ドロイド推しの女子高生

「ドロコン、ねぇ」

「あぁ、このお祭り。アオイが行きたがってたわねぇ」

「だなぁ。しかし、ロボットの女の子かぁ。そんなに良いもんかねぇ」

 

 テレビニュースの音声を環境音に、窓から朝日が柔らかく差し込むリビングでは、ある女子高生の一家がそれぞれ朝の支度を進めていた。電子新聞を片手にコーヒーをひと口すする父親は、テレビに映る華やかなドロイドたちを、どこか一歩引いた調子で眺めている。

 

「一昨年は、そのためにイギリスに行くんだって聞かなかったものねぇ」

「このご時世に海外旅行は厳しいしな。今年は高い金を払わずに済みそうだ」

「会場で迷子になっても、今回は大丈夫そうね」

「あったなぁそんなこと。あれはアオイが6歳の頃だったか」

 

 そんな父の言葉に半ば同調するように、母親は2年前の騒ぎを思い出していた。中学生だったアオイが「どうしても行くんだ」と聞く耳を持たず、泣く泣く高い旅費を払ってロンドンへ送り出したことは、この一家では今でも事あるごとに蒸し返される話題だ。

 

 両親の軽口を横目に、弟のアキラは黙々とトーストを頬張っている。そんなのどかな時間がしばらく流れたところで、ようやくアオイが2階からふらふらと降りてきた。いかにも眠そうな顔つきだ。

 

「んぁ~、おはようお母さん」

「あら、アオイおはよう」

「おいおいアオイ、寝癖がひどいぞ」

「え? あ~~……すぐなおす……ふあぁ~」

 

 明らかな寝不足を思わせる大あくびをしながら、アオイは洗面台へ向かう。父のひねりのない茶化しをふにゃふにゃと受け流しつつ、身だしなみを整えに行った。

 

「旦那様、朝食のご用意が完了しました! 次の指示はありますでしょうか?」

「おう、ありがと。ひとまず待機でいいぞ」

「おぉ、了解しました。ではワタクシ〝ディディ〟は待機モードに移行いたします」

 

 キッチンの奥に控えていた人型ロボットが、車輪を転がして父の前にトーストと目玉焼きを丁寧に置く。妙に軽妙な応答が特徴的だが、家族はすっかり慣れているのか、特に誰も気に留めない。礼を言われたディディはすぐに引き下がり、物言わず次の指示を待ち始めた。

 

「しかしなぁ、かわいいロボットならウチにもいるんだし、わざわざ別のロボットを見に行かなくてもいいだろうに」

「もーお父さん、ドロイドとロボットは違うんだってば。ロボットは命令があって初めて考えるけど、ドロイドは自分で考えて会話するんだって」

「似たようなもんじゃないか。世間だってまとめてロボットって言ってるだろ?」

「ニュースでも〝ロボットの祭典〟って言ってたしね」

「ディディだって、お前が小さい頃はよく話し相手になってくれてただろ?」

「それは小さかった頃の話だし、ニュースはAI生成だから適当だし……」

 

 説明がうまく通らない空気に、アオイは少しだけ言いよどむ。トーンダウンせざるを得ない娘とは対照的に、父は相変わらず明るい調子だ。

 

「なんならウチのは料理だってお手の物だ。朝の負担が減ったって母さんも喜んでるだろ?」

「まあ、型落ち中古で融通は利かないし、指示は飛ぶし、結局私が動くことも多いけどね」

「奥様、ワタクシをお呼びでしょうか。ご指示をどうぞ」

「いいのディディ、呼んでないわ。……おまけに勝手に呼ばれたって勘違いするし。なんとかならないかしらねぇ」

「まだ動くんだし、買い替えは壊れてからでいいだろう。ま、次に買うとしたらアオイの好きなドロイドちゃんでも良さそうだけどな! ハッハッハ」

「はぁ……なんでも良いわもう」

 

 アオイは、自分がドロイド好きであることを軽く扱われているような気がして、少しだけむっとした。強く言い返せば必死に見えるし、かといって正しい違いを講釈するような空気でもない。軽く受け流すのが、せいぜい彼女にできることだった。

 

「それはそうと、そんなにのんびりしてて大丈夫?」

「え?」

「もう7時半よ」

「……げっ、7時半っ!?」

 

 アオイは慌ててスマートフォンを確認する。表示は7時25分。多少盛って言われていたとしても、彼女にとっては十分に予定外の時間だった。

 

「待って待ってヤバい、バス遅刻するじゃん! なんで起こしてくれなかったの!!」

「アキラも私も、何度も起こしたのよ?」

「そ、そんなっ! ちゃんとアラームもセットしたし、ちゃんとしたはずなのに……」

「姉ちゃん、そもそも遅くまで騒ぎすぎ」

「まったく……好きなものに一生懸命なのはいいけど、そういうところはちゃんとしなさいね。ドロイドドロイドって、友達とずっと話してたんでしょ」

「そうだぞ。就職したらそれでは済まないからな、ハッハッハ!」

「もぉーー!!」

 

 アオイは大慌てで制服に着替え、身だしなみを整えると、そのまま玄関へ飛び出した。学校までの距離が近い弟ならともかく、姉のアオイはそうもいかない。

 

「朝ごはんごめん!」と叫びながら駆けていく娘を、母は引き留めようとしたが、時すでに遅い。テーブルにぽつんと残された弁当箱を見て、母はやれやれとため息をついた。

 

「……あの子、お弁当もいいのかしら」

「まあ、あいつらしいといえばらしいじゃないか。もったいないからアキラ、お前が持っていきなさい」

「ん。食べていいの?」

「忘れたほうが悪い」

「そっか。じゃ、遠慮なく」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「はぁ~~~~~っ!!! 間に合った~~~~~!!」

「おっと、おはようアオイ。今日はずいぶん危なかったねぇ」

「ぜぇ、ぜぇっ、はっ……ミっちゃんおはよう、ギリギリセーフだったよ!」

 

 バス停にはすでにバスが待機していた。その列へ猛ダッシュで飛び込むように駆け込んできたアオイに、同じ学校へ通う友人のミユが手を挙げる。息を切らしながらどうにか一息つこうとするアオイを見ても、ミユは特に驚いた様子を見せない。身なりと顔色を見れば、遅刻しかけた理由くらい簡単に察せたからだろう。

 

「アオイ、また遅くまでゲームしてたでしょ」

「え? や、し、してないよ?」

「絶対ウソ。だって目の下にクマできてる」

「ん゛ぇ゛っ、まじ?」

「マジ。鏡みなよ。相当グロッキーだよ、アオイ」

 

 ミユが目元を覗き込むように顔を近づけると、アオイは少しだけたじろいだ。2人にとってはいつものやり取りだが、今日のアオイには少し事情があった。

 

「でも、違うんだって。昨夜は別にゲームばっかしてたわけじゃないの!」

「ちょっとはしてたんだ」

「そりゃその、ちょっとはそうだけど……って違うよ! どっちかっていうと、ゲームよりずっと大事な理由!」

「ほーう? となるとアレですか。いまニュースで頻繁に流れてるアレ?」

「そそ、ドロコン!」

 

 得意げに名前を出したアオイを見て、ミユは「ほーん」と少し興味を失ったような顔で姿勢を戻す。アオイの好きなものを、どこか遠い趣味として見ている彼女にとって、その名前が出た時点で話の流れはだいたい読めてしまうのだ。

 

「ほら、ドロコンってついにここ、つくばでやるじゃん」

「そうね。まあ愚問だと思うけど、行くつもりでしょ?」

「うん。その予定を3時くらいまでディスコで友達と詰めてた」

「あぁ、そういうこと……」

 

 ミユは小さく肩を落とした。ドロコンの話になると、ここまで自分を削ってでも走るアオイの熱量には、やはりついていけそうにない。

 

「しっかし、相変わらずアオイのドロイド狂いには驚かされるわ。何がそんなにいいんだか」

「ドロイドにはね、ロマンがあるんだよ。ロマンがね……」

「ロマン、ねぇ。じゃああの運転手ロボにもロマンがあるの?」

「げ、うちのお父さんみたいなこと言ってる」

「いや知らんし」

 

 ミユが指さした先には、いかにもそれと分かる制服姿のロボットがいた。ハンドルを握り、忙しなくレバーを操作している。

 

「ロボットとドロイドは全くの別物。ロボットは産業AIを積んでて、自分から目的を持っては動かない。んで、ドロイドは――」

「〝自分で考えて行動する、人間と同じ心を持ってるの〟……でしょ。もうこれ何万回聞いたかね」

 

 説明を始めた瞬間、ミユに先回りされる。それだけ、この話題は何度も繰り返されてきたのだろう。

 

「あの運転手みたいなロボットに積んでる産業AIは、マルチモーダルLLMを中心にサブシステムが連なって動いてるの。目的地とルールを渡されたら、最短で安全にやるだけ。賢そうに見えても、価値観は増えない」

「マルチモー、何?」

「要は、目的を渡されたら上手にこなす道具ってだけなのよ」

 

 今朝のこともあってか、アオイはいつも以上に饒舌だった。ミユはこうなった時、話半分に流す技術をすでに身につけている。

 

「会話だけ聞くと人間みたいに見えるけど、あれは学習したルールの範囲で、与えられた目的を達成してるだけ。見えたものを障害物だと判断して、一番安全な動きを選ぶ。それだけなの」

「へー……」

「でもドロイドは全然違う。ドロイドの〝Aurora(オーロラ)アーキテクチャ〟って設計思想は、人間と同じように育てて成長させるシステムなの」

「ロボットもそうじゃないの?」

「だーかーら、ロボットはそんな作り方しないんだってば!」

 

 ミユに知識を披露できるのが楽しいのか、アオイはどこか嬉しそうですらある。だが、ミユの理解があまり前進していない気配を感じたのか、少し語気が強くなった。

 

「人間と同じように育てるから、そこに1つの人格ができるの。作られた人格はセンサーから受けた情報を〝経験〟として蓄積する。だから、感情――つまり()()宿()()()()()()()ってことになるわけ。その人格から来るドロイド固有の信念とか思想のことは〝ブループリント〟って呼ばれたりするね」

「なるほどねぇ……いや、なるほどじゃないわ。全然わからん」

「要は、作り方の段階から人間に近いって覚えとけばいいよ」

 

 どれだけ詳しく説明されても、結局腑に落ちていないミユの顔には、不安の色が混じっていた。

 

「なんかアレね。今さらだけど、よく考えたら怖くなってきたわ」

「えっ、なんで!?」

「いやだって、アオイの言ってることって整理すると、人間みたいなAIの入ったロボットを作ってるってことでしょ? ほら、昔の映画とかでもあったじゃない。そういうのが暴走して大変なことになるってやつ。ウチ、審判の日を乗り越えられる自信ないよ?」

「なにその変な想像」

 

 ミユの想像の飛び方に、アオイは思わず吹き出す。だが、その問い自体には真面目に答えた。

 

「でも、ドロイドは別に悪いことはしないよ?」

「人間だって悪いことするじゃん。人間と同じ〝心〟を持ってるドロイドが、なんで悪いことをしないって言い切れるのさ?」

「いや、まあ……それはその……」

 

 普段ならドロイドのこととなると得意げなアオイだが、この点については少し弱いらしい。思ったよりもしっかり言い返せず、トーンが落ちる。その様子に、ミユは無自覚に少しだけ優位な気分になる。

 

「少なくとも、ドロコンのドロイドたちで、ミっちゃんが想像するみたいな危険なことは絶対起きないよ」

「それもいまいち信用できないんだけど……まあ、ドロイドオタクのアオイが言うんなら間違いない……んかなぁ」

「もちろんドロコン以外なら、ドロイドが何か事件を起こしたとかはあるよ? AIニュースにもなるし。でも法律的には、あくまで育てた人の責任になる。法的にはロボットとの区別がつかないからさ」

「じゃあやっぱり、犯罪者が変な作り方をしたら――」

「それはそこらのロボットだって同じことだし、今さらじゃない?」

「アオイもそこは一緒くたにするんだ……」

 

 感情に素直なアオイが、押され気味の場面では思ったより理屈を立ててくる。そのことにミユは少し感心した。妙に引っかかるところはあるが、社会的にそう整理されているのなら、それ以上深追いする理由も薄い。

 

「現実問題の話ね。それに、ドロコン以外だとドロイドってそう頻繁に見るものでもないし」

「そうなの?」

「うん。人の心と同じ構造だから、それが活きる場所で使われることが多いよ」

「例えば?」

「精神科とか、カウンセラーとか、介護とか、重大犯罪の捜査とか、あとは……ちょっといかがわしい店とか」

 

 淡々と説明するアオイだったが、最後の例のときだけは少し恥ずかしそうに言う。だがミユは特に気に留めることもなく、その重苦しい業種の並びにげんなり顔で返した。

 

「たしかに大変そうだ……人間でもしんどい業種ばっかじゃん」

「でしょ。使われる場所も限られてるわけだし、そんな身近なところでミっちゃんが怖がるようなことは到底起きないよ」

「じゃあ、ウチが抵抗軍に入る未来にはならないってこと?」

「ミっちゃん、SF映画見てるのになんでドロイドとロボットの違いがわからないの?」

「いや、ウチ基本恋愛映画しか見んし」

 

 少し呆れ顔になるアオイだったが、そのままバスは高校前に停車する。多くの生徒に混じって下車したところで、アオイは冗談よりも大事な話を切り出した。まるでそのタイミングを待っていたかのように、声が少し上ずる。

 

「ともかく、実際にドロイドと触れ合ってみれば変わると思うよ!」

「うーん。そうかなぁ」

「ロボットとは全然違うから! 私みたいにハマるってわけじゃなくてもいいからさ、せめて開会式だけでもどうかなって。これまで海外ばっかりで、ここでやっと日本誘致なんだよ!? こんな機会、もう絶対ないと思うよ!!」

 

 アオイの声が裏返る。好きなものを共有したくなるオタク心理と感情の渦が、言動として漏れ出ている。

 

「そ、そこまで言うなら……まあ、アオイの好きなものを変に理解しないままなのも悪いし」

「お、来てくれるの!? ほんと!? ありがとう!!」

「アオイが好きなもの追いかけてる時、すんげえ生き生きしてるからな。それ見せてくれるんならいいよ」

「えへへ~、褒めてもチケットしか出ないよ~~~」

「え、チケット?」

 

 ミユが疑問形で返した瞬間から、アオイは秒でスマートフォンの画面を開く。その目的は単純なもので、専用アプリからチケットを見せつけてみせた。

 

「そ。開会式のオープニングライブのアリーナ席チケット! これで倍率50倍の予約を徹夜で粘って買った甲斐があった……そのためだけに、開会式はオタ友とは行かないって言っちゃったし……ウッウッ」

「……それ、ウチがもし断ってたらどうするつもりだったの」

「え、考えたくない。やめて」

「すげー真顔」

 

 靴箱で履き替えを済ませると、2人はそれぞれの教室へ向かう。親友同士といえど、クラス替えの影響まではどうにもならない。もっとも、本人たちはそれを大して気にもしていなかった。

 

 端末に送られてきたチケット情報のQRコードを確認しながら、ミユはアオイの誘いに半ば強引に乗せられたような感覚をまだ少し拭えずにいた。

 

「ともかく、当日楽しみにしてるね。遅刻厳禁、絶対来てよね!」

「お、おう……」

 

 とはいえ、悪い気はしない。親友との久しぶりの小旅行だと思えば、それだけでも十分楽しそうだ。むしろアオイの好きなものを、もう少し知る良い機会かもしれない――そんなことを考えながら、ミユは小さく呟いた。

 

「やれやれ。昔から変わんないな、アオイは」

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