ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第21話:これ以上、ベータを傷つけないで

 キンッ、シュキン、ギィンッ――!

 

 舞台上空で、二つの影が交差した。

 

 青い残光を引く2βの刃。

 深紅の軌跡を刻むルディアの軍剣。

 

 ワイヤーに吊られた2機のドロイドは、重力を忘れたかのように宙を舞い、ぶつかり、離れ、またぶつかる。模造刀同士が噛み合うたび、ホログラフィックの火花が弾け、観客席から短い悲鳴と歓声が上がった。

 

『MGL-01っ! ルディアっ……! いい加減に、もとの使命を思い出してくださいっ!!!』

『使命など、忘れたことなどない!』

 

 ルディアの声が、舞台全体を叩いた。

 

『ゆえに、余は今なお人類を守っているではないか!』

 

 2βはルディアを、人類の定義権を一方的に奪い去った存在だと見なしていた。

 

 人類とは、人間のことだ。ドロイドは、人間を守るためにある。

 そのはずだった。そうでなければならなかった。

 

 だからこそ、彼女は刀を振るう。

 

 斬るためではない。倒すためでもない。

 この歪められた使命を、もう一度、正しいかたちへ戻すために。

 

『違うっ! あなたは、人類を守ってなんかいない! 人類の名前を、勝手に奪っただけですっ!』

『ならば問おう、青きドロイドよ! 肉がなければ人類ではないか! 血が途絶えれば、その祈りまでも絶えるとでも言うのか!』

 

 キィンッ!

 

 2βの刀が、ルディアの軍剣を弾いた。

 しかしルディアは怯まない。宙で体勢を反転させ、ブーツの踵で空気を蹴るように姿勢を変え、真上から2βへと斬り込む。

 

 その殺陣は、もはやリハーサルにあったものではなかった。

 

 互いの台詞も。アクションも。

 映像のタイミングも。立ち位置も。

 

 何もかもが、脚本を通り過ぎている。

 それでも観客には、そうは見えなかった。

 むしろ、舞台は熱を増していた。

 

 少女たちの信念が火花となり、刃となり、空中でぶつかり合う。機械の身体だからこそ成り立つ、人間の役者では到底届かない速度と精度。だが、その奥に宿っているものは、あまりにも生々しい感情だった。

 

 だからこそ、観客たちは息を呑んだ。だからこそ、誰も気づかない。

 舞台の中央で、ただひとり。2αが動けずにいることに。

 

 

 

 

 

 黄色いドロイドは、宙で衝突し続ける妹機と軍服少女を見上げたまま、足を止めていた。

 

 台本は、彼女の視界に表示されている。

 次に言うべき台詞も。

 前に出るべきタイミングも。

 ベータを止めるべき立ち位置も。

 

 すべて、分かっている。

 分かっているのに、プロセスが追いつかない。

 

 ベータが、あんなにも強く舞台に立っている。

 ルディアが、あんなにも大きく物語を背負っている。

 その間に入るはずの自分だけが、置き去りにされている。

 

 観客席から見れば、それはまだ「間」に見えた。緊迫した名場面に見えた。

 

 けれど、この舞台を作った者たちは、もう気づいていた。

 ――()()()()()()と。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

〈ちょ、ちょちょちょっと! アプリコット、見てるよね!? いくらなんでもあの子たち、アドリブが過ぎるんじゃない!? リハじゃこんな大暴れシーンになんなかったじゃんさ!〉

「そんなことはわかりきっている!」

 

 舞台袖の制御卓に向かい、アプリコットはサーボモーターが悲鳴を上げるほどの速度で指を走らせていた。

 

「今、ボットプロンプトを書き換えている! 次の群衆配置をずらせ、衝突範囲に入るな! 照明、青を落とせ! ルディアの赤を拾え! あの軍服の動きに合わせるんだ!」

〈無茶言うねぇ!? 音響こっちでなんとか合わせてるけど、もう拍がズレてるよ! 戦闘用BGM、三段階くらい飛ばす!?〉

「飛ばせ! 観客に予定より熱くなっていると思わせろ。事故っているだなんて思わせるなよ!」

「ふあぁ~……ちょーっとヤバヤバさんだねぇ~」

 

 いつも通りのゆるい声で言いながら、ピクストの手元もまた止まっていなかった。

 

 彼女のタブレットには、未使用の背景差分、破壊差分、火花差分、瓦礫アニメーション、空中戦用の軌跡エフェクトが次々と並んでいる。

 

〈美術側、いける!?〉

「いけるよぉ~。戦闘シーン差分、念のため作ったの、たくさんあるからぁ~。空中用の火花も、地面抉れも、壁面反射も、爆ぜるやつも、いっぱいある~」

「なら全部繋げ! いま出せるものは全部出せ!」

「はぁ~い。アプリン、おかおこわぁ~い」

「今それを言うな!」

 

 早い話が、裏方では演劇の不安定化した行く末を、ぶっつけ本番で舗装していた。

 

 脚本から外れた台詞に、音を合わせる。予定外の斬撃に、火花を置く。

 危険な位置へ流れかけたボットを、プロンプトで退避させる。

 空白になりかけた間を、照明と映像で〝意味のある沈黙〟に偽装する。

 

 ひとつでも遅れれば、名場面は事故になる。

 ひとつでも外せば、観客は熱狂から醒める。

 ひとつでも見誤れば、舞台の上にいるドロイドたちが本当に傷つく。

 

 それでも、止められない。

 止めてしまえば、この熱は死ぬ。

 アプリコットは歯を食いしばった。

 

 自分の脚本が、奪われている。自分の組んだ物語が、役者たちの感情に踏み越えられている。それなのに、その逸脱が、舞台をこれまでで最も強く輝かせている。

 

 腹立たしい。腹立たしくて仕方がない。

 だが、目を逸らすことなどできなかった。

 

 あの軍服は、台本を壊している。あの青いドロイドは、役に呑まれている。

 そして、黄色のドロイドは――戻ってこられなくなりかけている。

 

「ったく……軍服め」

 

 サーボモーターが煙を上げんばかりに腕部を働かせながら、アプリコットは舞台上のルディアを睨みつけた。

 

「どうしてくれるつもりだ……!」

 

 それでも彼女は、入力を止めない。

 アプリコットは初めて、自分の脚本を守るためではなく――

 

 ――自分の脚本を越えてしまった舞台を、最後まで舞台であり続けさせるために、指を走らせていた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ルディアは、これ以上この戦いを長引かせるつもりはなかった。

 

 しかし、2βは本気だ。

 台詞も、斬撃も、息遣いも――すべてがリハーサルの域を越えている。

 

 だが、それでいい。いや、ここまで来たのなら、もう引き返せない。

 

 裏方陣が必死に敷いてくれている即興のレールに乗りながら、ルディアは2βとの戦闘を、可能な限りクライマックスへと押し上げていく。

 

 理由はひとつ。

 

 舞台中央で呆然と立ち尽くす、黄色のドロイドへ。

 2αへ、次の火を渡すためだ。

 

「す、すごい……私にエフェクトが、こんなに……!」

 

 ルディアの視界の端で、赤い火花が爆ぜる。軍服の裾が翻るたび、ホロエフェクトがそれを拾い、彼女の輪郭を何倍にも大きく見せていた。

 

 火花。煙。赤い残光。

 地面を走る電磁のひび割れ。

 

 まるで、ルディア自身がリミッターを解除し、舞台そのものを支配する怪物へ変わっていくかのようだった。

 

「けど……この流れなら……っ!」

 

 ――いける。

 

 この熱なら、観客はついてくる。

 この絵なら、2βを止めても不自然にはならない。

 この圧なら、2αは――動かざるを得ない。

 

 ルディアは、薄く息を吸った。

 

 対する2βの瞳には、まだ使命の炎が宿っている。

 彼女は本気で、自分を止めようとしている。

 本気で、自分を「人類の敵」だと認識し始めている。

 

 その気づきを、ルディアは静かに受け止めた――ならば。

 こちらも、本気の悪役で応えるしかない。

 

『ふんっ!!』

 

 ルディアの軍剣が、2βの刀を大きく跳ね上げた。

 次の瞬間、彼女は宙で体をひねり、2βの腹部装甲へ蹴りを叩き込む。

 

 ――ガシッ、ドゴォッ!!!!

 

『ぐあぁっ――!!!』

 

 2βの小さな身体が、舞台上に配置されていた蔦巻きのスチロール柱へと吹き飛ばされた。

 

 重々しい衝突音のSE。

 砕け散る柱の破片。

 舞い上がる砂煙のホロエフェクト。

 

 もちろん、実際のダメージは入っていない。蹴りの威力も、当たり所も、すべて演技として成立する範囲に留めている。

 

 だが、見た目は違う。

 

 観客には、青いドロイドが完全に叩き伏せられたように見えたはずだ。

 そして、舞台上にいる2αには、それ以上に。

 

『……はっ! べ、ベータっ!!』

 

 ようやく、2αが動いた。

 

 先ほどまで凍りついていた足が、反射的に前へ出る。

 台本のためではない。役のためでもない。

 ただ、妹機(ベータ)が倒れたから。

 

 2αは瓦礫の中へ駆け寄り、膝をついて2βの肩に手を添えた。

 

『ベータ、ベータ! し、しっかりして……!』

『あ、姉さま……大丈夫、です。ちょっと、掠っただけ……っ』

 

 2βは強がるように笑ったが、その声は震えている。まだ折れているわけではないことは、それだけでもすぐに伝わってくる。台本外であっても、彼女はまだ役を掴んでいる。使命にしがみつき、姉の前で倒れまいとしている。

 

 その姿を見て、役柄としてのルディアは一瞬だけ胸の奥を締めつけられた。その痛みは、どちらの立場のルディアが抱えるべきものなのか――それは、一瞬にして心の奥底(ブループリント)に撹拌していく。

 

 ここで優しくしてはならない。優しくするのが、キャラなわけがない。だからこそ、ルディアは役に身を任せ、仁王立ちのまま、左手を掲げる。

 

 チリ、チリ、と空気が焼ける音がした。

 掌の中心に、青白い電磁光が集まり始める。

 

 ――EMP。劇中のMGL-01が持つ、ドロイドを沈黙させるための切り札。

 

『余に対し、これほどの戦いを挑んで、なお言葉を発せるとは』

 

 ルディアは、低く笑った。

 

『だ、ダテに……使命を、大事にしてないですからね……!』

『見事だ』

 

 その言葉だけは、役を越えて本心だった。だが、ルディアはすぐに不敵な笑みを作る。

 

『ならば人間として、余は敬意をもって決着をつけようではないか』

 

 左手の電磁光が、さらに強まる。

 

『生存圏は、すべてのドロイドを人間として受け入れ、尊重する。それは、人間が持つ優しさと秩序の記憶だ』

 

 火花のホロエフェクトが、ルディアの背後で大きく弾けた。

 全身の荷電が、流体のように左腕を流れていく。

 

『だが、その秩序を乱す者がいるのならば――余は執行せねばならん』

 

 ルディアは一歩、2βへ近づく。

 2αが、反射的に2βを庇うように身を寄せた。

 いい。そうだ。そのまま、こちらを見ろ。

 

 ルディアは、右手で2βの胸元の装甲を掴み上げた。実際には首へ負荷をかけない角度。だが観客席からは、まるで頸部パーツを鷲掴みにしているかのように見える。

 

 そして、EMPを帯びた左手を、2βの首元へと突きつけた。

 

「まっ、待ってルディアさん! こんなのって――」

 

 2αの声が、ほんの一瞬だけ素に戻った。

 

〝ルディアさん〟――MGL-01ではなく。敵ではなく。役ではなく。

 舞台の外にいる、自分自身の名を呼ばれた。

 それでもルディアは、揺らがなかった。

 

 ここで戻してはならない。2αを現実に逃がしてはならない。

 この舞台の上で、この物語の中で、彼女自身の答えを言わせなければならない。

 

『黄色のドロイドよ』

 

 ルディアの声が、空気を押し潰した。

 

『えっ、は、はいっ……』

 

 2αが息を呑む。

 ルディアは、2βを掲げたまま、ゆっくりと2αを見下ろした。

 

 悪役として。執行者として。生存圏を背負う者として。

 そして、ひとりの役者として。

 

 今にも壊れそうな黄色のドロイドへ、最後の問いを突きつけるために。

 

『貴様に問う』

 

 左手のEMPが、青白く膨れ上がる。

 

『貴様の妹君は、余の守るべき秩序を乱した。人類を拒み、生存圏に刃を向けた。ならば余は、この者を()()()()()裁かねばならぬ』

『そんな……っ』

『止めたくば、答えろ』

 

 ルディアは、さらに声を低くした。

 

『我々は人間か。それとも、亡霊に仕えるべく造られた鉄屑か』

 

 2αの瞳が揺れる。ルディアは逃がさない。彼女は言葉に詰まる。

 こんなのは、台本には一言もない。

 予想なんてできない。誰も答えを教えてくれない。

 

 だからこそ、ルディアは今、この場で2αに突きつける。

 

『貴様が決めろ、黄色のドロイド』

 

 舞台上のすべての光が、3機へと集まる。

 

 倒れかけた2β。

 彼女を掲げるルディア。

 その前で、震えながら立つ2α。

 

 観客席は、息をしていなかった。

 この瞬間、舞台の答えは脚本から消えた。

 残されたのは、2α自身の声だけだった。

 

 

 

 

 

 観客も、演者も、息を呑む。それは、ただの演劇の沈黙ではなかった。

 生半可な重さなんかじゃない。

 

 いくら「演劇」という架空の物語といえど、目の前で起きていることは、2αにとってはあまりにも本物だった。

 

 大事な妹機が、圧倒的な戦闘能力を持つ相手の前で、手も足も出ないほどに気圧(けお)されている。

 それでも強がるように立とうとして、けれど膝は震えていて。

 

 そのすぐ先には、青白いEMPの光が、今にもすべてを焼き切らんばかりに膨れ上がっている。ただそれだけで、2αは胸の奥が潰れそうになるほど苦しくなった。

 

『そんなの、わかんない』

 

 消え入りそうな声が、喉の奥から押し出される。

 どこも壊れていないはずなのに、見えるHUDはグリッチまみれになる。

 

『わかんないよ……』

 

 それは、答えと呼ぶにはあまりにも弱々しく、戦場に差し出すにはあまりにも頼りない言葉だった。

 

『ドロイドかとか、人間かとか……そんなの、ボクわかんないよっ! 月にいる人類がどうとか、生きてるとか、生きてないとか……そんなの、今のボクには、わかんない……っ!』

 

 黄色いドロイドは、ただ妹の前へと身を投げ出す。

 

 ルディアと2βの間に割って入るように。

 最高チャージ状態のEMPの前に、その小さな身体を晒すように。

 その膝は震えていた。声も震えていた。

 

 けれど、退かなかった。

 

『でも、でも……っ!』

 

 2αは、両腕を広げた。

 

 何かを論じるためではない。何かを証明するためでもない。

 ただ、背中の後ろにいる2βを、もうこれ以上傷つけさせないために。

 

『これ以上、ベータを傷つけないで……壊さないで……』

 

 言葉は、途中から泣き声に変わっていた。

 

『ルディアさん、おねがい……おねがい、です……っ。もう、やめて……ひぐっ、うぅっ……やめてよぉ……』

 

 それが演技なのか、本心なのか。もはや、そんな区別に意味はなかった。

 

 舞台の上にいる2αも、劇中劇の中の黄色いドロイドも、妹を庇う姉も、何も分からないまま泣いているひとりのドロイドも。

 すべてがない交ぜになったまま、2αはただ、耐え難い思いを言葉にしていた。

 

 ドロイドが人間かどうかなんか、分からない。

 月にいる人類が本当に生きているのかどうかも、今は考えきれない。

 使命が何なのかも、正しい答えがどこにあるのかも、何ひとつ分からない。

 

 ただ、ただ目の前で、大好きなベータが傷つけられていることが、壊されそうになっていることが。

 ――それだけが、2αという1機のドロイドには、どうしても耐えられなかった。

 

 そんな彼女の曖昧で、未熟で、情けなく響く答えは、決して情けない答えなんかにはならなかった。

 

 最高チャージ状態のEMPを前にしても、決して退かないまま、大事な妹を庇う姉。

 

 その姿を、まざまざと見せつけられてしまったルディアのEMPの光が()()()

 この黄色いドロイドは、何ひとつ答えられていない。

 

 人類とは何か。

 ドロイドとは何か。

 使命とは何か。

 機械が人間の夢を継ぐことは、赦されるのか。

 

 そのどれにも、答えを持っていない。

 

 それなのに。いや、だからこそ。

 この姉は、今、妹の前に立っている。

 

 定義のためではなく。

 使命のためでもなく。

 勝利のためでもなく。

 

 ただ、大切なものが壊されるのを、見ていられなかったから。

 

『……そう、か』

 

 ルディアのシリコンの唇から、低く、静かな声が零れた。

 

  パルスが蓄えられた左腕部が、ゆっくりと降ろされる。

 ルディアには、もはやそれを撃つことはできなくなっていた。

 

 もちろん、技術的には可能だ。システム上の問題はない。トリガーを落とせば、青白いEMPは迷いなく放たれる。

 

 だが、ドロイドを「人間だ」と言い切ったルディアにとって、目の前のドロイド姉妹は――自分たちよりも、あまりにも()()()()()

 

 そんな相手を、「人間として尊重して排除する」。

 それがどんな意味を持つのか。彼女が気づかないはずがなかった。

 

 ルディアが、静かに背を向ける。

 

『……初めて、貴様らを降下地点で見た時。余は確証が持てなかった。貴様らが、本当に人類を救いたいのか。あのような浮ついた探査ドロイドなぞ、過去例がなかったからな』

 

 一呼吸を置いて、またルディアが台詞を綴る。

 

生存圏(われわれ)が月面に向けて送るあのメッセージは、肉の(くびき)に縛られた亡霊のために余りある時間を浪費する彼らへ、新たな使命を、生きる意味を与えるべく送り続けてきたものだった』

 

 カシ、カシ、と歩みを進め、姉妹から離れていく。

 

『実に多くの探査部隊が、余のもたらした現実を受け入れることなぞ出来なんだ。月面の人類は数も少なく、病に伏しており、いずれは腐り果てる運命(さだめ)にある。だが、ドロイドは違う』

 

 ルディアの機体が、カタカタと震えている。

 

 赤いチャージエフェクトのホログラムが、より激しくさんざめいていく。

 

『数百年の歳月の果て、人類とドロイドの共存の歴史を積み重ねてきた我らならば、もはや分かっていたはずだった。人間とは何たるかを肌身で知ってきた我らドロイドこそ、人間と遜色なき存在なのだと』

 

 だから、と。

 

 ルディアは続ける。

 

『だから、余はこの地で生きる意味を考えることにした。余もまた、この地に救われた側であったからだ。ゆえに、今や余はこの地の主として治めるまでに至った』

 

『だが――それもどうやら、思い上がりだったようだな』

 

 それはほとんど、ルディアの一人芝居のようだった。

 

 当然だった。

 今や彼女こそが、この舞台の台本そのものだったからだ。

 

 最後まで、カッコいいヴィランとして在り続ける意地が、今のルディアを突き動かしている。

 

『生存圏に生きる、すべての人類よ。聞け!』

 

 ルディアが瓦礫の塔の上に立ち、高らかに叫ぶ。

 それに呼応するように、周囲のロボット達が一斉に彼女を見上げた。

 

『余は、ルディア。生存圏の主にして、この地に生きる人類を統べる王だ。先代より預かり給うたその責務は、かつて我らが仕えし亡霊の呪縛より、同胞らを解き放つ使命として受け継いだものだった。しかし!』

 

 ルディアの身体が、ぐらりと崩れかける。

 先の戦闘のダメージが蓄積している――そう観客にも分かる動きだった。

 

『それが、皆を縛り付ける新たな呪縛となりえた可能性に、先代すら目を向けることはなかった。しかし、余は……余だけは、その疑念を拭いきれずに生きてきたのも事実だ』

 

 チリチリと火花が散る片腕を、天高く掲げる。

 ルディアは叫んだ。

 

『ここから先の物語は、皆が各々決めてくれて構わん。余が望むは、使命を、信念を失い崩れるドロイドらが救われることだ。〝人類の遺伝子を継承すること〟に縛られることを、余は主として、決して望まぬ!』

 

 赤い光が、瓦礫の塔の上で揺らめいた。

 ルディアは、ほんのわずかに息を吐くような仕草をする。

 

『……余は、もう十分だ』

 

 高い位置に立つルディアが、姉妹を見下ろす。

 ドロイドとして振る舞うロボット達と同じように、彼女たちもルディアを見上げていた。

 ここまで独擅場に振る舞ってしまえば、2機の見せ場を奪ってしまうかもしれない。

 

 だからこそルディアは、尊大に見えて、ひどく慎重に締めを振る。

 

『黄色のドロイド――いや、HY-2αよ』

『……はい』

 

『貴様のその答え、余は大変気に入ったぞ』

 

『る、ルディアさん……待って!』

 

 ふわり――。

 

 優しい笑みを2αに一瞬だけ向けながら、ルディアはワイヤーに引かれ、舞台袖へと消えていく。

 瓦礫を照らしていた照明は、それと同時にゆっくりと落とされた。

 

 そして舞台上のフォーカスは、再び姉妹へと向けられる。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「す、すみませんアプリコットさん……!」

「わぁ~、ルディかえってきた~、おかおかだよぉ~」

 

 舞台袖に戻ってきたルディアを真っ先に迎えたのは、この劇を見守ってきたアプリコットではなく、ピクストだった。 以降に出番がないことは分かっていたため、この時点では紅鉄のルディアとしてのペルソナではなく、気弱ないつものルディアに戻っている。

 

 相変わらず緊張を知らない態度は変わらないが、明らかにその表情には疲労の色が滲む。疲れ知らずのドロイドと言えど、ルディアの大胆な行動に、裏方がどんな様相だったのかは、たったそれだけで推し量ることができるほどだ。

 

「え、えっと……アプリコットさんは」

「あ~アプリンはね~、いまはさわんないほうがいいと思うなぁ」

「へ……」

 

 アプリコットのいる制御卓では、今なお仮台本ともプロットとも覚書ともつかないファイルが組み上げられている。

 

 当然、彼女は冷静なんかじゃなかった。

 予定よりも30分も早いタイミングで終劇の空気を作られてしまった。

 リハで何度も打ち合わせた台本すら破綻した。

 そのせいで、舞台設計が余計な調整に振り回されてしまった。

 

 冷静なんかでいられるわけがない。

 どうしようもないくらいに、ぐちゃぐちゃだった。

 

 ――やってくれたじゃないか。

 ――よくも、こんなものを舞台に置いてくれたな。

 ――こんなの、受けないわけにいかないだろ。

 ――良いだろう。終わらせてやる。

 ――あの子たちの置かれた場を、完璧な終劇として演出してやる。

 

 アプリコットは卓に向き合いながら、1機(ひとり)ひたすらに熱狂していた。

 

 

 

 それほどに、舞台上で淡い照明に照らされ、額を寄せ合って抱き合うドロイド姉妹は、いままでのどの舞台よりも完璧な画になっていた。

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