ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第22話:ワタシたちの活躍の先に

 舞台『機械少女は人類再生の夢を見るか』の公演が終わり、空がすっかり茜色に染まりはじめていた。夕日に照らされたつくばスタジアムから、観客たちが次々と退場していく。

 

 それでも場内に残っていた熱気は、まだ冷めきっていない。ライブの余韻、舞台の興奮、拍手の名残。そうしたものが、人波のざわめきに混じって、いつまでも漂っているようだった。

 

「今回の舞台、めっちゃ面白かったやんなぁ!」

 

 みずきが、興奮を隠しきれない声で言った。

 

「だねえ。あんなド派手なバトル演出、普通の舞台演技じゃなかなか出せないよね」

 

 隣を歩くまきのも、感心したように頷く。

 

「しかも、あのベータちゃんがルディアちゃんに見せた動き! それに、あの頑張り屋さんのアルファちゃんが、妹を守るために泣いて庇うシーンかて――」

 

「最高すぎだったね!」

「やったわぁ!」

 

 二人は顔を見合わせ、声を弾ませる。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 けれど、アオイだけは違っていた。

 

 ただ、オタ友の〝推し活〟に付き合ってあげただけ。

 少なくとも、アオイはそういう立場で、今日の舞台を観に来たつもりだった。

 

 だからこそ、目の前ではしゃぎながら感想を言い合う二人の姿が、ひどく遠く感じられた。

 

 いや、遠く感じるのは今だけではない。

 こういう気配は、ずっと前から胸の奥につっかえていたのかもしれない。

 

「でなぁ、ルディアちゃんも最後すごかったよなぁ。EMPチャージしすぎたぶんを、そのまま自分の命運のために使うたみたいな示唆とか、展開オシャレすぎて……うち、ルディアちゃんも推しになりそうやわ~」

「みずきは本当にいろんな子を好きになるねえ」

「え~? でも本命は姉妹ちゃんやで? やっぱ姉妹愛の深さにはかなわへんよ!」

「それで言うなら、あのシナリオをドロイドが書いて、演出までしてるっていうのがね」

 

「すごいよねぇ……」

「ほんまになぁ……」

 

 まばらに散っていく観客の切れ間で、みずきとまきのは、何度も声を揃えながら感想を言い合っている。

 

 アオイは、その少し後ろを歩いていた。

 

 

 

 

 

「なぁ、あお。あおはどうやった?」

 

 みずきが、ふいに振り返る。

 

「……どう、って?」

「その、あおの推しは出てへんかったけど……楽しんでくれたかなぁ、って」

「あー……うん」

「ほんま?」

「ちょっとだけ、ね。お話は良かったと思う」

 

 〝お話は良かった〟――まるでその言葉だけを、ダブルクオーテーションで囲むような言い方だった。

 それでも、アオイにとっては、今出せる最大限の感想のつもりだった。

 

「でも」

 

 その逆接が口をついて出た瞬間、みずきの表情がかすかに強張った。

 

「でも、やっぱり少しチグハグというか。ドロイド姉妹の感情ありきで舞台が組まれてる感じはしたかも。そこは、ちょっと違和感があった」

「あお……? まあ、そういう見方もあるかもしれへんけど……」

「それに、ラストシーンも微妙に尺が足りてない感じがしたし。実際、公演予定より30分くらい早く終わったよね。あのへんも、やっぱり変だなって思った」

「それは、でも、アルファちゃんもベータちゃんもちゃんと活躍しとったし!」

 

 みずきの声には、わずかに焦りが混じっていた。

 

 けれどアオイは、止まれなかった。

 栓をしていた瓶から水が噴き出すように、今日の公演についての〝感想〟が、次々とこぼれていく。

 

「活躍するのは、舞台上では当たり前のことだよ。そのうえでチグハグさを取りきれてないなら、それは演者の問題だと思う」

「ドロイド・コンチェルトは、数あるドロイドの中で1位、交響機(シンフォニア)を目指すためにみんな頑張ってる場なの。だから、ただのロボットじゃないことくらいは分かってるよね?」

「だったら、こういうのはただ頑張るだけで終わる話じゃない。あの姉妹はまだそれが分かってないと――

 

「あお、ストップ」

 

 まきのが静かに割って入った。

 

「そ、そない言わんでも……」

「……あっ」

 

 制止されて、アオイはようやく自分の声が強くなっていたことに気づいた。

 

 みずきの目が、うっすら潤んでいる。

 それを見た瞬間、自分の言葉が相手に何をしたのか、遅れて突き返されてくる。

 

「ねえ、あお。それって今言うこと? 今、劇が終わって楽しかったねって言い合ってる中で、その熱量の批評、誰も求めてないと思うんだけど」

「……ごめん」

「はぁ……あお。前も言ったけど、みんなで決めたでしょ。友達の推しを傷つけるようなことは言わない。お互いに尊重する。そういう話、忘れてないよね?」

 

「……忘れてないよ」

 

 アオイは俯いたまま、小さく答えた。

 声が、少し震えていた。

 

「じゃあ、発言には気をつけてほしい。こういうことで何度も喧嘩になるの、取り持つ側も疲れるんだから」

 

 まきのは、みずきを庇うように一歩前へ出る。

 その声には怒りというより、疲労が滲んでいた。

 

 その気だるそうな響きが、アオイにはひどく居心地悪く感じられた。

 まるで、自分だけがまた面倒を起こしたみたいだった。

 

「ごめん」

 

 謝罪の言葉だけが、反射的に口から出た。

 

 けれど、何に謝ったのかは分からなかった。

 みずきを傷つけたことに。

 場の空気を壊したことに。

 友達の推しを否定したことに。

 それとも、今日の舞台を心から楽しめなかったことに。

 

 分からない。

 分からないのに、口だけはまだ動いてしまう。

 

「……ごめん。でも、もう無理」

 

 それは、謝罪の続きではなかった。

 もう謝って済ませることができないところまで来てしまった、という声だった。

 

「無理って何さ、ちょっと」

「やめて!!!」

 

 気づいたときには、アオイはまきのの手を押し返していた。

 

 二人が息を呑む。

 

 アオイは、二人の顔を見られなかった。

 目をそらしたまま、けれど言葉だけは止まらなかった。

 

「ほんと、そういうの……無理だから」

 

 この流れで謝るのは、初めてではなかった。

 みずきやまきのが言う、〝互いの推しを尊重し合う〟という約束。

 その約束を守るたびに、アオイはいつも、自分の中の何かを飲み込んできた。

 

 でも、その約束は。

 

 一体何度、アオイの推しを尊重してくれたのだろう。

 

「なんで、人の好きをいちいち尊重しないといけないの」

 

 声が震える。

 

「なんで、好きな人の気持ちばかり大事にしないといけないの」

 

 喉の奥が熱くなる。

 

「それなら、私がシェルディちゃんを大事に思ってる気持ちも、大事にしてよ」

 

 みずきが、怯えたようにアオイを見る。

 

「あの姉妹を嫌いな私の気持ちも、尊重してよ……」

 

「あ、あお……」

 

 みずきの声が揺れた。まきのは何かを言おうとして、けれど言葉を見つけられずに黙り込む。

 

 夕暮れのスタジアム前で、三人の間にあった熱は、いつの間にかすっかり冷えていた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「っぷはっ、おいしい~っ!」

 

 午後7時過ぎ。大舞台の閉幕から、しばらく経ったころ。

 

 先んじてシステムチェックを終えた2αは、冷えたエネルギーオイルをストローで吸入しながら、空いていたメンテナンス台に腰掛けていた。

 他の舞台メンバーに加え、プロデューサーたちも一堂に会し、ラボエリアには、さながら打ち上げ会場のような空気が漂っている。

 

「ふふっ。姉さまったら、本当にそれ好きですよね」

「うん、エネルギーオイル大好き! 特にがんばったあとに飲むやつはね!」

 

 複数のケーブルで繋がれたままの2βが、微笑ましそうに姉機を見つめて言う。エネルギーオイルとは言うものの、単なるドロイド用のパーツ潤滑液に過ぎない代物だ。だが、そんなものでも2αにとっては特にお気に入りの嗜好品らしく、度々口にしては喜ぶ姿を見せるのだ。

 楽しげな2αを見る2βもまた、劇中で見せた白熱ぶりはどこへやら、今の彼女はすっかり、いつもの落ち着いた彼女に戻っていた。

 

「ちょ、ちょっと! プロデューサー、そこはくすぐったいです」

「もうちょっとだからガマンしててくれな、2β。触覚センサー、ファームウェア異常なし、と……」

「なんてことはないですよ、プロデューサー。セルフチェックにも問題はありませんし……」

「念には念を、だよ。Pが後ろについてやれない仕事だったし。僕は心配だから」

「で、でもそのパーツは……んぁっ、ひゃうっ!」

「おい、2β。頼むから変な声を出さないでくれ」

 

 基本素体(シャーシ)に異常がないかを確認するオーティマ。各部のシリコンパーツを指先で〝触診〟されるのは、2βにとって少しばかり恥ずかしいものだった。

 

 何より、皆がいる場所で細かい検査を受けることに、いくらか抵抗があるのだろう。

 

「そんなに具合がわるいの?」

 

 2αは妹が気になったのか、オーティマに近づいて、モニターを覗き込みながら問いかける。

 

「ん、そうじゃないが、ちょっとな。演技とはいえ派手なダメージ演出だったから、細かいチェックはやっておいて損はない」

「あんなに勢いよく吹っ飛んじゃったもんね……ボク、どうしたらいいかわかんなかったよ」

「ご、ごめんなさい。そこまで本気で戦うつもりはなかったんです」

 

 同じく、すぐとなりの診察台から聞こえてくる声。2αが少し振り返ると、オーティマの見様見真似で井野川にシステムチェックを受けてもらっているルディアが、どこかバツが悪そうな様子だ。

 その態度からして、姉妹の演技に歪な余白が生まれるのを恐れ、率先してアドリブで動いたルディアだからこそ、その責任をひときわ強く感じているのだろう。

 

「しかし、姉さまは舞台が終わったあとのほうが、勢いはすごかったですからね」

「うぐっ……そ、それはだって! あんな演技をルディアちゃんが見せたから……」

「す、すみません」

 

 自分の名が出るたびに、申し訳なさそうに頭を下げるルディア。

 

 舞台衣装から換装(おきがえ)して、今はいつもの軍服少女ドロイドに戻っている。だというのに、素の気弱な態度でしゅんとするものだから、間近で見ていた井野川は思わずフォローを入れた。

 

「そういうルディアもすごかったぞ。衣装も似合っていたし、役柄もしっかりこなしていた」

「ユキオ、そんな、なんですか突然……」

「素直に一段と輝いていたし、カッコよかった。あんなにも舞台の上で気迫を見せてくれて、Pとして俺も誇りに思うよ」

「カッコ……もう、ユキオは褒めすぎです!」

「……おお、この色相は〝照れてる〟って色か!」

「い、いちいち言わないでくださいっ!」

 

 未だに褒められ慣れていないのか、ルディアはすっかり有頂天だった。

 オーティマから教えてもらった感情マトリクスの読み方をもって、嬉しそうに彼女の気持ちを汲み取る井野川。そんな彼に頭を撫でられるたび、ルディアもぽわぽわと浮かれた様子を隠しきれていない。

 

「平和なもんさねぇ」

「そだねぇ~」

 

 各々がゆったりとした空気の中、和気あいあいと過ごしている。その様子を、ラボエリアの自動ドアに背を預けながら、一歩引いた場所で眺めていたのはアイコだった。

 舞台が終わったあとの、少し気の抜けたざわめき。誰かの笑い声。ケーブルの抜き差しされる音。端末にチェックが入る軽い電子音。冷却ファンの低い唸り。

 

 そうしたものが混ざり合って、今だけは、すべてが無事に終わったような顔をしていた。

 

「しっかし、本当によくまとめたよなぁ、アイツ」

「ん~ん、そだねぇ~」

 

 ピクストが、半分眠たそうに頷く。

 

「終盤の台本は完全に逸脱。展開はぶっちぎりのアドリブ。しかも観客の上を飛び回ってドンパチしちゃうなんて……演出として成功してなきゃ、いよいよアタイらの裏方キャリアも終わりだったかもしんないねぇ」

 

 アイコは軽く笑ってみせたが、その声には、まだ少しだけ冷めない緊張が残っていた。成功したから笑い話になる。成功したから、こうして冗談めかして言える。

 

 しかしそれは、たったひとつ処理が遅れて、一歩間違えていれば――観客の記憶に残ったあの名場面は、取り返しのつかない事故として記録されていたかもしれないものでもあった。

 

「そだねぇ……ぜんぶ、アプリンががんばったからだよぉ……ふわぁ」

「ああ、全くだよピクスト。アタイら、また助けられたのかもな」

 

 アイコはそう言って、ちらりとメンテナンスルームの奥へ目を向ける。けれど、そこにアプリコットの姿はなかった。

 その会話が耳に入ったのだろう。2βが、ふと思い出したように顔を上げた。

 

「そういえば、アプリコットさんってどちらに?」

「んー、今はお休み中じゃない? あん時相当キてたからねぇ。タスク処理のエグさ」

「でもでも~、アプリンがオーバーヒートするの、アプリンあるあるなんだよね~」

 

 ピクストはいつもの調子で、ふにゃりと笑う。

 

 その言い方はあまりにも軽く、どこか日常の延長のようだった。けれど2βには、その軽さがかえって引っかかった。今日の舞台で起きていたことは、本当に冗談で済ませていいものだったのだろうか。

 

 ――そんなやり取りを聞きながら、オーティマは最後の確認項目に目を通し、手元の端末にチェックを入れた。

 

「よし、メンテナンスとシステムチェックは終わり。目立った異常はなし」

「ありがとうございます、プロデューサー」

「構わんさ。Pとして仕事をしただけだ」

 

 診察台から降り立った2βは、軽く手足の感覚を確かめる。

 駆動に問題はない。触覚センサーも安定している。セルフチェックにも異常はない。オーティマの言う通り、目立った異常は何も感じられなかった。

 

 ラボエリアには、まだ穏やかな空気が流れていた。

 姉さまは満足そうにエネルギーオイルを吸入していて、ルディアは井野川に褒められて照れている。アイコとピクストも、いつもの調子で舞台裏の苦労を笑い飛ばしている。

 

 無事に終わった。

 誰も壊れていない。

 今日の舞台は、成功した。

 

「……」

 

 それでも2βは、胸の内(ブループリント)に残った小さな突っかかりを、どうしても拭いきれなかった。

 

 平和で締めくくられていく1日の中で。

 ただ1機(ひとり)、その平和が、何か大事なものを見落としているような気がしていた。

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