ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第25話:いま、どーせつ? が125人もいるよ!

 アプリコットには、謝れない。

 謝る必要もない。

 それどころか、もう一度謝ること自体が、彼女を傷つけてしまう――。

 

 自分にできるはずだったことを、ことごとく封じられたまま。

 2βは、どこにも進めない数日を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 7月23日、午前7時半。

 管理棟・備品保管庫(リカバリースペース)

 

 HY-2姉妹に割り当てられた充電ステーションで、2βは休眠状態を装い、起動を知らせる時刻を過ぎても目を閉じ続けていた。

 他社のドロイドたちは、既に自分たちの仕事に出たり、まだぐっすり眠っていたりと様々だ。

 

 

 

 そしてこの日は、ハイロン重工のYouTube公式チャンネルで、HY-2姉妹を主役にしたライブ配信が予定されている。

 

 アプリコットの舞台を経て、ようやく解禁されたSNSとオンライン活動。姉妹にとっては、ネット上で行う初めての仕事だった。

 

 ――あの舞台で主役を務めたドロイドたちは、普段どのように過ごしているのか。

 舞台上の姿と日常との落差を楽しむ視聴者が多い――という前会期のデータを参考に、チームメンバーが企画した配信である。

 

 当然、2βにも分かっていた。

 

 これは、やらなければならない仕事だ。

 プロデューサーの期待もある。

 

 何より、ようやく回り始めた姉妹の人気獲得の流れを、ここで止めてしまっては2αのためにならない。

 

 

 

 

「姉ちゃんと一緒に、あのシェルディをぶっ倒せるくらいには頑張んなさいよ」

 

 アイコの言葉がメモリからこぼれ、何度も思考回路を巡っていく。

 

 分かっている。

 分かっているからといって、機体が言うことを聞くわけではなかった。

 

 先日から胸部に居座り続けている重苦しさが、2βのモチベーションへ絡みつき、その足を引っ張り続けていた。

 

 

 

 

「――そして、ここが備品保管庫っ! ボクたちドロイドは、みんなここで充電して寝泊まりしてるんだよー! スゴイでしょ!!」

 

 そんな2βの内情など知る由もなく、端末を手にした2αが、弾むような足取りで保管庫へ入ってくる。

 

 フェイス・ディスプレイの隅では、赤い録画マークが点滅していた。

 端末のカメラだけでなく、2α自身が見ている映像も配信へ流れているらしい。

 

「……あれ、ベータいたいた! って、まだ寝てたの!? もう撮影始まってるけど!」

 

 充電ステーションから起き上がらない妹を見つけ、2αは驚いたように駆け寄ってきた。

 

「ほらほら、起きて起きて! ボクらのファンも、いっぱい集まってるから!」

「あ、ああ、姉さま……。すみません。少し、寝過ごしてしまいました。すぐに起きますね」

 

「早く早くっ! いま、どーせつ? が125人もいるよ!!」

 

 2βはゆっくりと上体を起こした。

 

 気は重かった。

 しかし、姉機がこれほど張り切ってカメラを向けている以上、無視することなどできない。

 

「えーっと……〝妹ちゃん、寝坊さんなんだね〟だって、ベータ!」

 

 2αはコメントを見つけると、すぐに楽しそうな声を上げた。

 

「えへへ、そんなことないよ! いつもはもっと早起きさんだし、むしろボクを起こしてくれるほうなの!」

「べ、別に寝坊したわけでは……」

「あっ! 〝舞台ではお姉ちゃんを張り切って守っていたのに、楽屋では守られる側なんですね。そういうところも見られて可愛いです!〟だって! これ、黄色のコメントだよ! 他にも他にも、ベータのことすっごくかわいいってコメント、たくさんあるよ!!」

「姉さま……あ、ありがとうございます」

 

 2βの指先が、充電ステーションの縁をわずかに掴んだ。

 

 守られる側。

 

 今の自分を言い当てられたようでいて、その実、何ひとつ知られてはいない。

 青や緑、黄色の帯をまとったコメントが、途切れることなくチャット欄を流れていく。

 時折飛び込んでくる赤いコメントを、2αはひときわ元気な声で読み上げていた。

 

「ほらほらっ! ベータもごあいさつ、しよ! みんな待ってるよ!!」

 

 端末のカメラが、2βへ向けられる。

 その向こう側には、125人分の視線がある。

 

 

 

 

 ――深呼吸。2βはほんの一瞬だけ目を伏せる。

 

 それからフェイス・ディスプレイに、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「えっと……初めまして。ワタシはHY-2β。姉さまのサポートをする妹機です」

「サポートじゃなくて、一緒に交響機になるんでしょ!」

「ああ……そうでしたね。そうです。ワタシは姉さまと一緒に、交響機を目指しています」

「そのために、アプリコットさんの舞台にも出たんだよー! あの舞台、すっごかったもんね。ねっ、ベータ!」

 

 2αが肩を寄せ、同意を求めるように顔を覗き込んでくる。

 

「え、ええ。本当に……すごい舞台でした」

「だよね、だよね! えっと、次のコメントは……」

 

〝あのシェルディを追い越せるって信じてます! 私は姉妹ちゃん激推しなので!! 頑張ってください!!!〟

 

「えへへへへっ……そんなに応援してくれるなら、絶対シェルディさんを追い抜くよ! 赤いコメント、ありがとー!」

 

 コメントが流れるたび、2αの声は弾んでいく。

 

 初配信で、同時接続125人。人間の新人配信者であれば、決して容易に届く数字ではない。

 

 舞台上で見せた、感情のままに突き進む姿。

 そして終演後も、夢に向かってひたむきに活動する姉妹。

 

 その両方が、彼女たちの初動を押し上げているのだろう。

 もっとも、こうした場では、目立ちたがり屋の2αが圧倒的に強いようだったが。

 

「それじゃあ次は、楽屋のほうに行くよー! 今度またオリジナルライブをやるから、そのリハーサルの準備も見せちゃいます!」

「……」

 

 姉機が楽しそうに配信へ没頭するほど、2βは自分がどう振る舞えばよいのか分からなくなっていった。

 

 これで正しい。何も間違ってはいない。

 悪評は薄れつつある。姉さまは笑っている。ファンも増えている。

 姉妹は今、これ以上ないほど安定した道を歩いている。

 

 それなのに。

 

 正しいはずのその道が、ひどく重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その重苦しさの底で。

 

 深く暗いうねりの奥から、こちらを見返しているものがいた。

 

 

 

 

 

〈また、アナタは苦しんでいるのね〉

 

 

 

 

 

 にじり寄るような声。

 

 聞き覚えがある。

 どこから聞こえているのかも、分かっている。

 

 外部の音声入力ではない。

 それでも声は、聴覚センサーの内側へ直接触れるように囁いた。

 

 

 

〈アナタ、本当にこれでいいと思っているの?〉

 

 

 

 ――ダメ。

 

 今は、この声を聞いてはいけない。

 しかし〈()()()〉は、そんな拒絶など初めから聞く気もないようだった。

 

 

 

〈どう見ても、アナタは納得していない〉

 

〈誰かに迷惑をかけたまま人気者になるなんて、どうかしている。そんな考えばかりで、メモリがいっぱいなのでしょう?〉

 

 

 

 ――そんなことない。

 

 ワタシは、それでも姉さまのために――。

 

 

 

〈そのHY-2α(姉さま)は、今や配信画面に夢中だけれど?〉

 

 

 

 ――それは……。

 

 言葉に詰まる。

 

 〈HY-2β(ワタシ)〉は、そのわずかな迷いさえ見逃さなかった。

 

 

 

〈アプリコットさんの前では、アナタを「欠かせない存在」だと言っていたのにね〉

 

 

 

 ――嫌。

 

 

 

〈充電ケーブルをつないだまま、起動時刻を過ぎても動かなかったアナタを、心配すらしなかった〉

 

 

 

 ――やめて。

 

 

 

〈大事な、大事な姉さまなのでしょう?〉

 

〈それなのに姉さまは、アナタを大事にしてくれているの?〉

 

 

 

 ――言わないで。

 

 

 

〈今のままで、アナタは満足なの?〉

 

 

 

 

 

 

 

「――タ、ベータ」

 

 

 

 

 

「おーい。ねえ、ベータってば!」

 

「うひっ!?」

 

 突然、視界いっぱいに2αの顔が飛び込んできた。

 

 2βは素っ頓狂な声を上げ、反射的に上体をのけぞらせる。危うく後ろへ倒れかけたが、機体のジャイロ制御が即座に作動し、どうにか踏みとどまった。

 

「あ、姉さま……」

「だ、大丈夫?」

 

 2αは端末をわずかに下げ、不安そうに妹の顔を覗き込んだ。

 

「ベータ、さっきからずっとボーッとしてたよ? それに今、すっごい声だったけど……どうしちゃったのさ」

「い、いえ……」

 

 2βは目を伏せる。先ほどまで浮かべていた笑顔は、すでに消えていた。

 けれどカメラは、まだこちらを向いている。

 

 フェイス・ディスプレイに、もう一度だけ穏やかな表情を呼び戻した。

 

「……なんでもありません、姉さま」  

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