ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「ただいま戻りました」
「おっ、来たか来たか! よう戻ってきたな井野川!」
横浜・ミゴール本社の入居するビジネスビル、その19階。エレベーターを降り、オフィスへと足を踏み入れるやいなや、待ち構えていた児崎社長が大股でふたりのもとへ歩み寄ってきた。
フロアを見渡せば、普段なら殺風景なオフィスの壁には、いつ用意したのか『登録者100万人達成!』と大書された横断幕まで掲げられている。社員たちもどことなく浮き足立ち、デスクのあちこちからルディアへ向けて拍手が飛んできた。
何より井野川が面食らったのは、児崎本人だった。
数ヶ月前まで、ルディアのことをカンカラだのポンコツロボだのと呼び、3日でまともな看板娘に仕上げろと自分を怒鳴りつけていた男と、本当に同一人物なのか疑いたくなるほど上機嫌だった。
「いやあ井野川! お前は流石だよ、まったく!」
「え、ええ。それは、俺はその……滅相もありません」
「責任を持ってこのプロジェクトを引き受けてくれると踏んだ私の目に、狂いはなかったということだな!!」
「全てはルディアが自分から成し遂げたことですから……」
「おお、そうなのか!」
児崎は感心したように何度も頷いた――そこは、そんな素直に納得するんだ、と井野川は内語で静かに綴る。
てっきり「いやいや、会社の方針があってこそだ」くらいは返ってくるものと思っていた井野川は、少しだけ拍子抜けする。
児崎はそのまま井野川の横を通り過ぎると、後ろに立っていたルディアを正面から見た。
「ルディア、だったな!」
「むっ」
「いやあ、本当大したもんだ! 本当に大したもんだぞ! 登録者100万人だって? ウチの公式チャンネルなんぞ、もう何年やってもその10分の1にも届かんのに、お前と来たら、あっという間に追い越しやがったんだからな!」
「……ふ、ふふん。当然であろう。なんたって余は――」
嬉しい。褒められていること自体は、間違いなく嬉しい。
ルディアは腰に手を当てて、鼻を鳴らしながら胸を張ってポーズを決め込もうとする。
「しかもあの舞台! 私も全部見たぞ! その衣装でバシッと出てきてなあ、なんだっけ……『ドーテツ』だったか『テーテツ』だったか……」
「……〝
「そうそう、それだ! いいじゃないか、実に分かりやすい! 見た瞬間に覚えられる! こういうのでいいんだよ、こういうので!」
「…………」
――決め台詞に食い気味でまくし立てて喜ぶ児崎に、ルディアは若干テンポを崩される。
「いやあ、最初はどうなることかと思ったがな! やっぱり我が社がドロコン参入を決断したのは正解だった! 私も最初から、コイツには何か光るものはあると思っていたんだよ!」
「…………」
井野川が、そっと目を閉じた。
――ほら来た。
車の中でルディアに散々言って聞かせた通りの展開が、ものの数十秒でやってきた。
「その、社長。大変申し上げにくいことではあるのですが」
「ん? どうした、要件ははっきり言いたまえよ?」
「あ、はい。その、一応……この軍服キャラを形にしたのも、作り上げた雰囲気も、そして最終的にそれをここまで自分のものにしたのも、ルディアですからね」
「なんだ、そんな話か! 当然分かっとるとも! だから褒めてるんじゃないか!」
「……本当に分かってますかね」
井野川はぼそりと、浮かれた社長本人に聞こえないくらいの程度でつぶやく。
だが、嫌に地獄耳な社長というのも面倒なもので。
「聞こえとるぞ」
「えぁっ、い、いや……すみません」
児崎はむっと眉を寄せて井野川を押さえつけつつも、それ以上は触れることはなかった。あとに残ったのは冷や汗を流す井野川だったが、その代わりにもう一度、児崎はルディアへ向き直り、少しだけ声の調子を落とす。
「……まあ、なんだ。冗談抜きでな」
「ん……」
児崎がルディアへ歩み寄り、ニンマリと満足げに笑いながら見下ろしてくる。
照明のLEDの光を背後に据えた児崎の影を、ルディアは全身に落とされる。
「お前は本当によくやった。ルディア」
「…………」
児崎が顔を寄せてくる。至近距離で観察され、ルディアは息を呑む。
「ふぅん。最初に比べれば、随分いい顔をするようになったじゃないか」
思いのほか真っ直ぐな言葉だった。ルディアは一瞬だけ目を丸くする。だが、距離が異様に近い。ここまで距離感がじっとりしている社長だとは、どうもルディアも予想外だったのだろう。キュ、キュ、と小さくサーボが小刻みにこわばるのを、他でもないルディアが一番に気づく。
「なんだ、そんなに緊張することはないんだぞ? 純粋に私は称賛しとるだけじゃないか。社長直々の称賛だぞ?」
「あ、ああ……も、もちろん感謝しておる。余を作り上げ、プロデュースしてくれた……会社に!」
キャラこそ崩さなくとも、どこか苦しげに感謝の言葉を綴るルディア。
ルディアのキャラ付けと状況がチグハグな、実にアンバランスに硬い返答に思える空気だが、それに気づいてか気づかずか。
児崎はどこかまだ調子のよさそうに離れては、両手を広げて盛大に喜びに舞いながら、ルディアが実際に成し遂げたことに話を戻していく。
「まあ、そういうわけだからだな! 今日は会社として盛大に祝ってやろうという話だ! 何せ100万人だからな、100万人! これを景気よく祝わんで何を祝う!」
「……ふふん。良かろう! ミゴールの臣民たちよ、存分に余の偉業を讃えるがよい!」
「おお、その調子だ! それだよそれ! それが今ウケてるんだろ!?」
「社長、そういう言い方すると急に台無しになりますよ……」
井野川が額を押さえる。
その横で、ルディアは少しだけ可笑しそうに笑っていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「……さて、と。一通りルディアの様子は分かってよかったよ、井野川」
「いえ。その……あの子について色々とご満足いただけたなら、何よりです」
それからしばらくして。
ルディアを一時的にオフィスへ残し、井野川は児崎に連れられるまま、「作戦会議」と称した打ち合わせへ駆り出されていた。
「もちろんだ、もちろん。ただのカンカラじゃないってことは、よう分かったよ」
「はい」
「だからこそ、私は次のステージを考えねばならんと思ってる」
「はぁ」
「君は考えているか? あのルディアを、次はどの舞台で活躍させるか。どうやって、今以上の人気を獲得させるかをな」
「えーと……」
井野川は言葉に詰まった。
というより――そんな話なら、なおさらこの場にはルディア本人を同席させるべきじゃないのか。
そう思ったが、とても口を挟める空気ではなかった。
「あのドロイドには、我が社の看板としての役割がある。そのために私財まで注ぎ込んで、わざわざドロコンに出場させたんだ。単なる一発屋で終わってもらっては困る。分かるか、井野川?」
「も、もちろんです」
「なら、あの軍服キャラをもっと大きく活用できる、次の出番を考えろ。どこぞのYouTuberとコラボするなり、また舞台に立たせるなり。そういえば、今はゲーム配信なんかも再度流行りつつあるんだろう?」
「ええ、まあ……昔ほどじゃないと聞きますが」
「だとしてもだ。方法はいくらでもある。ただし――」
児崎が、ぴたりと井野川を見る。
「見てる連中から『飽きられる』ことだけは避けろよ」
「……はい」
井野川は気圧されながらも、児崎の視線を避けるように思考を巡らせた。
「ほら。何か良い案は出たか? 聞かせてくれ」
「えっと……じゃあ、もう一度、あんな感じの舞台に――」
「馬鹿か」
「……」
「今の御時世、同じようなコンテンツを何度も擦って人気を維持できるほど甘いと思ってるのか?」
「…………」
――ああ。このパターンか、と井野川は内心で静かに肩を落とした。
児崎はいつもこうだった。
戦略会議として開かれる社内会議の多くは、結局のところ彼のワンマンで進行する。一応、社員には意見を求める。皆もそれぞれ案を出す。
だが最終的には、児崎が頭の中ですでに決めている答えを誰が最初に言い当てるかという、出来の悪いエスパーゲームになるのだ。
そして、このゲームは外し続けるほど児崎の機嫌が悪くなる。
今日はまだ上機嫌なぶん、多少のバッファはある。
だが無限ではない。
井野川の額に、じわりと汗が滲んだ。
「じゃ、じゃあ……配信活動を、もっと頑張るとか」
「ほうほう。どんなふうに頑張る?」
――手応えが良い。
少なくとも、児崎の考えている方向は配信らしい。
「その……ルディアのキャラ設定に沿った、ストーリー仕立てのシリーズ作品を出したりとか……」
「おい井野川~~~~」
児崎の目が細くなる。
「もうちょっと頭を捻って考えてくれんか~~~~? それ、さっきの舞台と何が違うんだぁ~~~~???」
「っ……」
――外した。
少なくとも、この方向ではない。
「すみません……。じゃあ、そうですね……ゲーム」
「ん? なんて言った?」
「ゲーム配信、とか……」
ほとんど、児崎が少し前に口にした言葉をそのまま返しただけだった。
それが提案と呼べるものなのかはさておき、今は仕方がない。
井野川は、会話の中にばら撒かれたヒントを一つずつ拾い上げるように、必死で出口を探していた。
「ふむ。ゲーム配信な」
児崎が顎に手を当てる。
「ゲームと言っても色々あるが、どういうものがアレには合うと思う? ホラーゲームやら鬱ゲーやら、びっくり系ってのも最近の配信者はようやってるよなぁ」
「そ、そうですね……。感情を揺さぶるというか、ルディアのキャラに合う方向のものというか……そういうソシャゲ、とかですかね……」
「なんだぁ~~~?」
また、目が細くなる。
「せっかくアレ自身にキャラが立っとるのに、他社のキャラクターへ注目が行くようなもんをやらせるのか~~~? ふぅぅぅん~~~~??? ほぉぉ~~~~????」
「…………」
間違えるたびに飛んでくる、この鬱陶しい間延びした睨み。
井野川の胸中にも、次第に苛立ちが溜まり始めていた。
だが、ここは我慢だ。
自分を殺して、児崎の発言をもう一度辿る。
――ホラー。
――びっくり系。
――感情が出るもの。
「……す、すみません。俺、うまくまとめきれてませんでしたね」
「ん?」
「その……ホラーゲームとか。そういうやつですよね」
児崎の眉がわずかに上がる。
「ルディアが立ち向かいやすいっていうか……その、リアクションが派手に出やすい感じの」
「ナイスビンゴ!!!!!!」
「っ」
児崎が満面の笑みを浮かべ、そのまま椅子に座る井野川の背後へ回り込んだ。
「なんだ、最初から分かっているなら、もったいぶらずに提案すればよかっただろ?」
「え、ええ……すみません」
「アレを間近で管理してる君なら、分かってたこと、だろ?」
「……はい」
児崎は満足そうに何度も頷く。
「実は私もな、ルディアのキャラにはホラーゲームみたいな、プレイヤーのリアクションが派手に出るコンテンツが合うと思ってたんだよ! いやはや、君の目から見てもそうだってんなら、これはもうやるしかないだろう!」
「は、はい……」
児崎が会議室のホロプロジェクターを起動する。
空中にいくつものゲームタイトルが並んだ。
大手の話題作からインディー作品まで、どうやら児崎自身が目をつけていたものらしい。
「私もなんだかんだ、YouTubeのゲーム配信は好きでね。学生時代はよく見てたもんだよ。今じゃもうあまり見かけなくなったが、一昔前までは、人間がガワを被って過激な配信をするってのも多かった」
「はい……」
「ああ、もちろん。うちの備品が壊れるようなことは絶対させんぞ? 筐体だけで数百万も掛かってるんだ。当然だ」
「ええ。それは、もちろん」
児崎はそう前置きしたうえで、口角を上げる。
「……それはそれとしてだ」
嫌な予感がした。
「アレは極めてリアクションが良い」
「…………」
「私がさっき褒めたときだって、妙にビクビクしてただろ? あのキャラになる前なんか、もっと何に対してもビクビクしてたじゃないか」
「……ええ」
「だからな。ずっと考えてたんだよ」
児崎は、心底楽しそうに言った。
「――『あれ、これあのドロイドにホラゲーやらせたら面白いんじゃないか?』ってな」
「…………」
こういうときに限って、妙に頭が回る。井野川は、それが余計に苦しかった。
最初から答えがあるなら、最初からそう言え。
そんな気持ちが半分。
人が本気で怯えるところを見て「面白い」と思いつき、それを商売へ落とし込むあたり、性格の悪さが天元突破していて気持ち悪い。
そんな思いが、もう半分。
なんとか表情には出さないよう努めながらも、井野川はこの空気を強く不快に感じていた。経営者というものは、得てしてこういう性格の悪さまで要求されるものなのだろうか。
そんな、半ば諦観じみた考えさえ浮かぶ。
「ともかく、そういうわけでな。井野川」
児崎が、浮かんでいるゲームタイトルの一覧を指差した。
「次のプロジェクトは、アレにホラーゲームをやらせて、リアクションを取る配信だ」
「……はい」
「君には、この中から1本選んでもらう。それをアレにプレイさせろ。そして配信する」
「…………はい」
そこで児崎は、何か大事なことを思い出したように指を立てた。
「ああ、それともちろん、このことは本人には言うなよ?」
「…………え」
「えじゃないだろ。ふざけてるのか? 何のために、この会議から外したと思ってるんだ! 先に知ってたら、面白いリアクションが取れんだろうが!」
「…………」
井野川は、一気に気が重くなった。まさか、この会議にルディアを呼ばない理由が、そんなことだったとは。
このまま、本当にルディアへそんなものをやらせていいのだろうか。
あのキャラクターを獲得する前。ルディアは、とにかく何事に対しても不安そうな表情を向けることが多かった。その理由の多くが、会社から期待されていることへの重圧だったのだとしたら。
その彼女へ、今度は「怖がること」を期待する。しかも、そのことを本人には伏せたまま。
きっと、過酷なものになる。
――いやしかし。今のルディアなら。
すっかり強くなった今の彼女なら、もしかすると案外うまくやれるのかもしれない。そんな淡い期待も、ないわけではなかった。
それでもやはり、不安なものは不安だった。
「はっはっはっは!」
隣では、児崎が実に楽しそうに笑っている。
井野川はそんな社長を横目に見たあと、もう何も言えず、放心したまま天井を仰いだ。