ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「うえぇぇ~~~!! どうしよどうしよどうしよ!!」
「姉さま、どうしたのですか!? もしかして機体トラブルですか?」
6月1日午前、つくばインテリジェンスアリーナ。ラボエリアから楽屋エリアまで、オープニングステージの準備で人もドロイドも慌ただしく行き交っていた。開会まで残り30分を切ったその時、HY-2姉妹は土壇場で思わぬ足止めを食っていた。
「ベータぁ~~~っ、ボク不安がいっぱいだよぉ~~!!!」
「えっ、ふ、不安……!?」
2βへ飛びつくようにして、ディスプレイに泣き顔のエモーティコンを映しながら抱きつく2α。あれほど本番へ向けて自信満々だったはずなのに、今の彼女はまるで甘えたがりの駄々っ子のように2βへすがりついている。そのあまりの変わりように、さすがの2βも困惑を隠せなかった。
「姉さま、本当にどうしたのですか。昨日までずっと強気だったじゃないですか」
「やだやだやだぁっ! だって、だって、ほかのドロイドさんたちみんなボクよりすごい装備だし、かっこよかったりかわいかったりで強そうで、だからだからっ!」
「何を言ってるんですか……アルファ姉さまだって十分かわいいですよ。それはワタシが保証します! 今さら怖気づいたって、姉さまが一番張り切ってたんですから、前に出なきゃダメでしょう!」
「うぅ、でも……でもぉっ!」
2αは泣き声混じりに首を振り、2βの胸のシリコンパーツへ顔を埋めてわめき続ける。楽屋の騒がしさに声は半ばかき消されているものの、なかなか落ち着かない。2βもすっかり困り果てていた。
「あの子、直前であんなに怯えて大丈夫かな」
「まあまあ、ああいう緊張、デビューの時を思い出すなぁ」
「気を取られず集中、集中……」
準備を進める周囲のドロイドやプロデューサーたちの間からも、2αの駄々を見て小さな声が漏れ始める。「ほら姉さま、しっかりしてください!」と励ましながらも、2β自身の声にも焦りがにじみ始めていた。
そんな姉妹のもとへ、1人の男が気にかけるように近づいてくる。彼女たちの管理と教育を担うプロデューサー――ハイロン重工ロボティクス部門の技術主任、アウサドロ・オーティマだ。
「なんだ、2β、2α。ちょっと目を離した隙にどうしたんだ?」
「あっ、プロデューサー。ちょっと、プロデューサーからもアルファ姉さまに言ってあげてください。土壇場になって舞台に出られないって言い出して大変だったんです」
「う゛え゛ぇ゛ぇ゛~~~~っ、プロデューサーさぁ~~ん!!!」
「これまた大変だな……」
山括弧を逆さに並べたような目を表示し、じたばたと騒ぎながらオーティマにも不安を訴える2α。だがそんな様子にも慣れているのだろう。オーティマは膝をついてしゃがみ込み、彼女の頭を撫でながらやさしく声をかけた。
「ほら、2α。顔を上げてごらん」
「んぅえっ……ひぐっ……」
「よしよし。本番前で急に怖くなったんだな。大丈夫、大丈夫……」
「ぷっ、プロデューサーさぁん……っ」
椅子に腰掛けた2βの膝へ体重を預けたまま、今度はオーティマの胸板にまで前のめりに寄りかかる2α。彼女はこうなると、とにかく何かに顔を埋めたがる癖があるらしい。数年かけて彼女たちを開発し、育ててきたオーティマは、その扱いをよく知っている。事実、頭を撫でられるたび、2αの泣き声は少しずつすすり声へと変わっていった。
「君が不安になるのも、ここまで2βと一緒に頑張って、ドロコン出場を目指してきたからこそだろう? 本当は、ずっと楽しみだったはずだ。2αだってそうじゃないか」
「うん……でも、でもねボク、やっぱり怖くって。舞台で転んだりしないかな、とか。他の子にぶつかったりとか、歌を間違えたりとか。サーボモーターがおかしくなったりしないかなぁ……?」
「だから大丈夫だ。入念に準備も練習も重ねてきたし、機体のパフォーマンスだってチーム全員で調整してきた。そう簡単に変なトラブルにはならない」
「そうなの?」
「ああ。2βもチームメンバーも、皆そう言ってるんだから間違いない。君がいつも通りに歌って踊れば、絶対に大丈夫だ」
「うぅ……プロデューサーさんがそう言うなら……」
少しずつ落ち着きを取り戻してきたのか、2αはそろそろと立ち上がり、顔をこする仕草を見せる。ドロイドなので本当に涙を流しているわけではない。だが、こういう細かな仕草が自然と出ること自体、彼女が十分にステージへ立つべき力を持っている証でもあった。
「君自身のブループリントを信じなさい。そこに刻まれた努力は、決して裏切らないからな」
「そうですよ姉さま! 特にこの1週間は、今まででいちばん時間をかけてリハーサルを詰めたじゃないですか」
「うん、うん……そうだね。えへへ、ごめんね。ちょっと取り乱しちゃった! でも、2人のおかげでちょっと元気出たよ。うん。いっぱい自信が出てきた!」
「おっ、2α復活だな。その意気だぞ!」
いったん火がつけば、現金なものだった。2αはがしりと床を踏みしめ、誂えた衣装パーツを手早く装備すると、大きく胸を張った。さっきまでの弱気はどこへやら、自信に満ちたエネルギッシュなドロイドへ見事に戻っている。
「プロデューサーさんもありがとね! ボク、ちゃんと頑張って踊ってくるよ! ね、ベータっ!」
「ええ。頑張りましょう、姉さま」
開会式5分前。意気揚々と両手を振り上げる2αに、2βも横からガッツポーズで「その意気です!」と応える。ほかのドロイドたちへも元気よく挨拶を交わす2機は、もうすっかり準備万端だった。
そんな後ろ姿を微笑ましく見送りながら、オーティマは、これから始まる一大イベントへ静かに期待を寄せていた。
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午前10時のつくばインテリジェンスアリーナは、薄暗い光だけが淡く視界を照らす空間になっていた。円形に配置された観客席はすべて埋まり、見渡す限り人、人、人。そんな巨大な人の波のなか、もっとも条件の良いアリーナ席に座るのは、当日を迎えて浮かれ気分全開のアオイと、人混みに少し酔って元気のないミユだった。
「ミっちゃんミっちゃん! あと5分で開演だよ。始まったら立って見たほうが良いよ!」
「うっ……始まったら立つから大丈夫だよ、アオイ。ていうか、こんなに人で埋まってるとは思わなかったわ……」
「そりゃそうだよ、4万5千席が全部満席なんだもん。熱気がもうスゴイったらスゴイよね~」
「ははは、アオイもその熱気まとっててアツいよね。さすがアオイって感じ」
ミユはペットボトルを片手にひと口水を飲み、開演までのわずかな時間に落ち着こうとする。だが、ライブ会場の熱気は想像以上で、どうにも気が休まらない。こういう感情を揺さぶるイベントへ自分から進んで行くタイプではない彼女にとって、口にこそ出さないが、それなりのストレスではあるのだろう。
だがアオイはそんなこともどこ吹く風で、今か今かとステージに視線を釘付けにしていた。表情はまるで、大好きなおもちゃを前にした子供そのものだ。
「……あっ!」
そして、その膨れ上がり続けていた感情は、開演ブザーが鳴った瞬間、静まり返るかたちで頂点へ達した。
円筒型の大型スクリーンとホログラフが、暗闇のなかに浮かび上がる。きらびやかで抽象的な未来演出の上へ、荘重なアナウンスが重なった。
「ドロイド。それは、ときめきや喜び、楽しさといった――この時代では得難い想いの数々を、ただ一直線に表現する存在」
「ドロイドがいるから、人は安心してこの世界で生きられる。本物の心を宿したロボットたちは、どのようにしてこの世界を語るのか」
「今宵。科学技術とサブカルチャーが重なり合うこのつくばの地で、新たな光と音が、皆さんの心を結んでいく」
「第5回、ドロイド・コンチェルト――――開幕」
煌々と弾けるフラッシュ。まばゆいレーザー光。華やかな電子音楽。スポットライトがセンターステージを照らし出し、総勢35体のドロイドたちが一斉に舞い踊る。アームで持ち上げられたプラットフォームステージに立つ者、中央でひらりと衣装をはためかせる者。各社各人が威信をかけて送り出した機体たちが、全力の笑顔で観客を迎えていた。
「みんなー! 今日はオープニングライブに来てくれてありがとうーー!!」
センターを飾るのは、鮮やかな緑のラインとホログラフィックな衣装が印象的なドロイドだ。ひときわ目立つ位置に立つその機体へ向けて、アオイは顔を真っ赤にしながらサイリウムを振り上げ、大騒ぎしていた。
「わっ、わああああああああ!!!!!! シェルディちゃんあれ新衣装!? 新衣装だよねあれ!? すごっ、すごいすごい!! シェルディちゃん!! シェルディちゃーーーーっっっ!!!!!」
「す、すごい盛り上がり。えっと、アオイ、アオイはこのライブって……アオイ?」
「シェルディちゃーーー!!! さいこ~~~~~!!!!」
「ダメだ、全然聞いてない……」
普段ならこんな大声を出すことなどまずないアオイだが、この場では完全に別人だった。アップテンポな音楽に合わせてサイリウムを振り回し、リズミカルに掛け声を飛ばしている。ミユはどう反応すればいいのか分からず、とりあえずドロイドたちの見せる歌とダンスに目を向けるしかなかった。
「よしっ、ここからはボクたちのシーンだ……! ベータ、次のパート、前に出るよ!」
「う、うん。よし、今!」
観客席が熱狂に包まれる一方、ステージ上ではHY-2姉妹が自分たちの出番を前にタイミングを計っていた。2αはさっきまでの緊張をまだ少し引きずっていたものの、最初のサビを越えたあたりからはだいぶ落ち着きを取り戻し、自然体でダンスに乗れていた。
リハーサル通りに動けば大丈夫。無理に観客を喜ばせようとしなくても、自分たちが楽しく踊れば、その熱は自然と伝わる。これまで学んできたことを、次の一歩でようやく体に馴染ませたのだ。
ステージ裏のスタッフエリアでは、各ドロイドのプロデューサーたちがモニターを見守っている。もちろんオーティマたちのチームも例外ではない。
「HY-2両機、共にバイタル異常ありません」
「ブループリント負荷係数、いずれも20から30の間で安定。許容値範囲です」
「よし、そのまま様子を見続けてくれ。直前は少し心配だったが……大丈夫だ。2人ならできる」
一歩、また一歩。声を上げ、下げ、言葉をメロディに乗せる。
この瞬間のために積み重ねてきたものすべてを、音と光と空気に変えて放つ。
自分たちのアピールタイムを全力で駆け抜ける白い姉妹機は、ほかの出場ドロイドたちに負けず劣らずの輝きを振りまいていた。
こうしてドロコンのオープニングライブは、その後のドロイドたちの自己紹介や機能アピールも含め、とにかく大盛況のまま幕を開け、そしてあっという間に終わっていく。歌い踊ったのはたった1曲。けれど、その6分間の濃密さは、単なるロボットが推論で動いているだけ、などという言葉では到底片づけられない。
それほどの熱気が集まるイベント――それが、ドロイド・コンチェルトなのだ。