ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「…………」
HUD越しに見る天井は薄暗い。午前3時、
右を向けば、幸せそうな表情で眠る2αがいる。少し前の日常配信で楽しそうにしていたのをメモリから思い出し、そのキラキラとした表情になんとも言葉にしづらい気持ちを、ブループリントに焼き付けては消してを繰り返す。
自分は一体、何のために2αと一緒に交響機を目指しているのか、核の部分では分からなくなっていたのだ。
備品保管庫をそっと抜け出し、廊下へ出る2β。素通りしていく警備ドローンはドロイドが外に出ていること自体は咎めることなく、無人の廊下を歩いていく。
無人のエレベーターホール。
無人のラウンジ。
無人のコミュニティスペース。
無人のエントランス。
誰もいない静まり返った施設内を、2βはカシャン、カシャンと歩行音を響かせて歩き回った。
目的があったわけじゃない。
ただ、なんとなくそうしたくなっただけだった。
ふと、アイコとの言葉を思い出す。自分の背中を押してくれたあの言葉。
それを言うまでの重たい空気を、つくばの夏の空気が撫でていく感覚。
単なるセンサーが与えてくる数値上のデータを、OSが分解して、ブループリント・カーネルが意味づけする。自分のドロイドとしての認識上の知識は、なまじプロデューサーと話す機会が多かっただけに、やけに解像度が高い。だからこそ今、自分が胸の奥をチクチクと刺す心持ちが何なのかが、無視できなかった。
その後も施設内で、ドロイドが闊歩できる範囲を静かに歩き回るだけだったが、2βはそれが妙に楽しくなっていった。
思えば、こうやって
そういった喧騒が、今の自分は、この瞬間だけは無縁な気がして。
2βにとって、それがどこか朗らかにすら思えていた。
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2βは、いつしかつくばスタジアムの北側にある、一般来場者用のラウンジまで歩いていた。グリーティングイベントがあるときは、時々設置物をどけて広々と利用することもある空間だ。
高い天井と無機質な柱。白い塗装のマットな壁を背に、観葉植物が生えるソファに腰掛けて、反対側の大窓から景色を見る。
ガラス張りの研究学園駅は、この時間は明かりすらついていない。その周辺に立ち並ぶ商業施設やマンションといった建物がところどころ明かりを灯すくらいのもので、それがやけにきらびやかに見えていた。
「……キレイ」
「ほんと、きれいだよね」
「うぇぁっ!?」
突然、2βの右隣から声が聞こえてくる。その声色の感じからして、人間の肉声ではないのは確かだった。
2βは素っ頓狂な声を上げつつ、一歩遅れて声の主へと振り返る。
そこにいたのは、真っ白な見た目の、どこか不思議な雰囲気をまとった小さなドロイドだった。
「ねえ。そんなに驚くこと?」
「あ、えっと、すみません、ワタシはただ……」
「いいよ。ぼくこそ、脅かしたなら謝る」
ぷらりぷらりと脚を揺らし、ソファに深く腰を掛けているこのドロイドは、2βも目にしたことがなかった。
一体、何者なのだろう。
「ところで、ねえきみ。きみは、どうしてこんなところにいるの?」
「え? あー……えっと」
「ここ、ドロイドがこの時間に来たらいけないことになってる」
白いドロイドが、困った様子の2βの痛いところを突くように言う。
だが、それを効いた瞬間、2βはふと気づく。
「……それ、アナタもでは?」
「えへっ」
痛いところを突きあっただけの何気ない会話だったが、それだけでさえ、2βは悪い気はしなかった。
「それで、えーっと」
「ぼくはね。ロアって名前」
「ロア?」
「うん。形式番号はAu-01。ロアって呼ばれてる」
「ロアさん……」
「きみの名前は?」
「ワタシ? ワタシは……」
言い淀む。理由はわからなかったが、自分を示す名前に、そこに付随するものを即座に意識してしまったから。
「……ワタシは、ベータ」
「ベータ?」
「ええ、ベータって呼ばれてる」
「そうなんだ」
ロアは、名前についてそれ以上を聞くことはなかった。
代わりに、その流れは別の話題へと移ろう。
「ねえ、ベータ。きみは、どうしてここにいるの?」
「え? あぁ、うーん……それは……ちょっと、散歩したくなったから、かしら」
「散歩! いいね。ぼくも散歩好きだよ」
「そうなの?」
「うん。だから、ぼくもここにいる」
「そうなんだ……」
一言一言が軽やかなロアの口ぶりは、2βにとってはやけに新鮮だった。ドロコンという場で、いろいろなファンや関係者、ドロイドと話す機会はあったが、ロアに至っては、どの層に位置するのかが、いまいち掴みきれなかった。
そして、その掴み取れなさに、2βは妙な安心感さえ覚えていた。
「ベータはさ。散歩するとき、どんな気持ちになる?」
「どんな気持ち、って?」
「楽しいとか、落ち着くとか、気持ちいいとか。ぼくなら、ひとりで歩き回ってるのがドキドキするかな」
「うーん、そうね……どんな気持ち……」
2βが少し首を傾げながら、静かに考える。
そんな解釈で、自分の感情を見返したことが今までなかったからだ。
「……面白い、かな」
「面白い?」
「うん。ワタシ、面白いと思う」
「そっか。面白い、か」
ロアは、2βの答えた言葉を、さらに楽しげに受け止めた。
「面白いって、いい気持ちだよね」
「……それは、そうじゃない?」
「うん。だから、だよ」
これが、何に対しての「だから」なのかは、2βにはよくわからなかった。
だが、ロアは重ねて2βに問いかける。
「じゃあさ。ベータは、自分のやってることが、自分で面白いって思ってるドロイド、どれくらいいると思う?」
「え……」
思ったよりも深い質問に、2βは僅かに面食らってしまう。
それをぽつりと、何の気ない顔で聞いてくるものだから、余計に当惑せざるを得なかった。
「それは……だいたいのドロイドは、ファンに面白いと思ってほしくてやってるんじゃないかな」
「それは、ファンの気持ち。ドロイドの気持ちじゃない」
「それは、そうだけど……」
「じゃあ、きみは、ドロコンにいて、楽しい?」
「…………」
その質問には、ついに2βは言い淀みの果ての、深い沈黙でしか答えられなかった。
「……ね。ドロコンは、思っているより、みんな楽しくないところなんだ」
ロアが、ニッコリと微笑みながら言う。
その笑みには、言葉では言い表せない、しかし快いものではない含みが滲んでいることだけは、2βにもはっきりと分かってしまう。
「……ねえ、ロアさん。アナタは、一体」
「ぼくは、ドロイドだよ。ただの、ドロイド」
「だとしたら、どこの所属――」
ロアは、2βのフェイスディスプレイの下側――人間であれば、口のある辺りを、自身の指先でコツリと優しく押さえてくる。
「きみが、自分について語らなかったのと同じ」
「……」
一体、このドロイドは何を知っているのだろうか。
何を分かっているのだろうか。
それがわからないことに、2βはどこか不安すら感じていた。
「ね。ベータ。ぼくたち、似てるところあると思う」
「似てるところって……」
「似てるよ。同じドロイドだし。夜中に抜け出して、散歩するし」
「そ、それは、そうですけど」
「だからさ。ときどき、一緒に散歩しようよ。まだ、会場のなか、全部見て回ったこと、ないでしょ?」
両手を後ろに回し、振り返りながら提案してみせるロア。
その様子は、2βが見ても、とても
「……」
「ね。ぼくらだけの秘密にしようよ。いいでしょ?」
「……わかりました。秘密、ですよ?」
「うん、秘密!」
2βには、ロアが何者なのかわからない。でも、ロアはこちらを詮索しようとすらしない。
ここまで来てしまっては、悪いドロイド――というのがいるのかはわからないが――ではない可能性に、その不確かな信頼に、2βは掛けてみるしかなかった。
何より、夜の間だけ関わりを持つドロイドというのが、今の閉塞的な昼の時間から見れば、いたく魅力的な関係性に感じてしまっていた。その気持ちまでは、どうしても否定しきれなかったのだ。
「じゃあ、そういうことだから。そろそろ、警備ドローンが巡回来るよ」
「あ、うん……ありがとう」
「いいよ。じゃあ、またね、ベータ」
「うん……また。ロアさん」
互いに手を触り合う、秘密を抱えたドロイドたち。
たった数十分という短い間で、2機の間には無視できない繋がりを作り上げてしまっていることは、よもや言うまでもなかった。