ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「ベータ、ベータってば!」
「ん、んー……なんですか、姉さま」
午前6時。多くのドロイドが起床時間に設定している頃合いで、もれなく2αも同じ時間に起動していた。
「なんですかって……もう朝だよ、朝ぁーっ!」
「それは分かってますよ……少し待ってください」
「もー、最近ベータってば、なんだか起動遅くない? もうすぐ中間得票発表だし、気を抜いたらシェルディさんに顔向けできなくなっちゃうよ!」
「だからって、焦りすぎです。ワタシも、ほら。バッテリーもフル充電できていますし、セルフチェックも万全――」
「むぅ……」
ここ最近の姉妹は、どこかギスついていることが多くなっていた。前までは朝に強かったはずの2βが、やけにスリープからの復帰が遅いのが、2αも気になるほどだった。
ふくれっ面で妹をジトリと見続ける2α。その視線に耐えかねて起き上がるなり、2βはため息をつく。
「わかりましたよ。起きました。さあ、今日の仕事をしましょう」
「……ベータ、なんかずっと不機嫌じゃない?」
「別に。先の通り、ワタシは正常です。交響機を一緒に目指さなければならないのですから、しっかりしないといけませんし」
「そ、そういう話じゃ……いやそういう話ではあるけど……ああっ、もうーっ!」
なんとなく、という言葉では片付かないような、絶妙に押しも引きも通らない態度。そんな妹の微妙な態度に、2αはモヤついた思考をメモリに逼迫させざるを得なくなった。地団駄を踏むも、2βは再度ため息で返して見せる。
彼女の気持ちを察するよりも前に、この遠のいた距離をどう眺めればよいのか。そそくさと部屋を出て、姉を背に現場へと向かう2β。
今の2αには、いくら頭を抱えてもわからなかった。
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2βが部屋を出たまさしくその頃。ハイロン重工のスタッフ――姉妹たちのチームメンバーが一同を介して、モニターと睨み合いを続けていた。その画面にはHY-2姉妹と、多数の数値とグラデーションがかったグラフたちがせわしなく動いているのが見える。
「HY-2βのBP負荷、起動時で概ね60~70前後。最近ずっとこの調子でなかなか下がりませんね」
スタッフの1人が心配混じりに状況を読み取ると、オーティマは顎に手を当てながら表情を変えずに質問する。
「2αのほうは」
「そちらについても数値に揺らぎがあります。感情マトリクスもあまり良い色相ではありません」
さらに悪い話に、オーティマの眉は僅かに落ちる。ブループリントの揺らぎは、係数が50を超えたあたりから不定性――つまり「心苦しさ」が顔に出やすくなる。
ここ最近、特にアプリコットの舞台以後のドロイド姉妹の様子は、そんな顔が何をしてなくても漏れていることに、プロデューサーである彼が気づかないはずもなかった。
「主任、今日のタスクですがどうしましょうか? 午前はグリーティングイベント、昼にはメンテの後にCMボイスの収録、そして夜にはオンラインでのレースゲーム配信もあるんですよ?」
「それは分かっている、が……この数値の動きはあまり芳しいものに見えないだろ。無理をさせすぎると壊れかねない」
「し、しかしオーティマ主任! これ以上気を使いすぎるのはリソース的に厳しいですよ。最初の得票数発表がまもなくですし、社の方針としても、今手を抜くわけには――」
「それは、あの社長が実際に言ったことか?」
「い、いえ……で、ですが主任」
メンバーの不安を重ねた言葉を受けて、オフィスチェアから向き直ったオーティマは、彼の肩を叩いてみせる。
「言いたいことは分かる。だが冷静に考えてみてほしい。このドロコンというイベントは、誰のお陰で成立してると思う?
俺らスタッフ側か? 運営のオーロラ社か? 社長か? ……違うだろ」
その言葉に、メンバー一同は何も言えなくなる。
「このイベントの顔は、結局のところはドロイドだ。そうである以上、彼女らのメンタル管理は俺ら裏方の責任だ。そして、その裏方を管理するのは、Pの責任でもある」
「主任……すみません」
「心配するな。社長には俺から話をつけておくから――ん?」
ポケットに入れていたスマホをふいに手に携えたオーティマの目が僅かに丸くなった。チームメンバーも、その変化は見落とさなかった。
「どうしましたか?」
「いや、社長からのメッセージが……え?」
業務用のメッセージアプリを開き、内容を読み進めるたびにオーティマの顔は引きつり始めた。彼のことをよく知る同僚メンバーほど、それが彼にとっての〝ただ事じゃなさ〟のサインであるとすぐに察してしまう。
そして、それを理解しているメンバーの1人が、おそるおそるオーティマに声をかけた。
「主任?」
「ウソだろ……」
――ため息。鉛のように鈍重で張り詰めた空気が、オーティマを中心に漂い始める。
「みんな。ここに来て極めて間の悪いニュースだ。今日、社長が視察に来る」
「え?」
「しかも御子息と御令嬢まで引き連れてな」
「えぇぇぇ!?」
部屋にこだまする、呆れ気味の悲鳴。
「30分前に俺に直接連絡があった。もうジェットに乗ってこちらに向かってるそうだ。昼には来ると一報が」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってくださいよ!? 今ですか!?」
「ああ、今まさにだ。俺も目を疑ったよ」
オーティマがメガネを持ち上げ、目頭を押さえながらうつむく。さらには、すでに数名のメンバーが苛立ちとも諦念ともつかない悪態をこぼし始める始末。
「そんな。だってついさっきうちのドロイドの調子の悪さの話をしたばっかりじゃないですか!」
「うちの社長、一度こうと決めたら撤回しないからなぁ……」
「思いついたら即決するくせに、現場の日程調整は全部こっち任せというか、なんというか……」
「気持ちは分かるが、言ってもどうしようもないだろ」
オーティマは死にかけの魚のような冷めた目でスマホを叩くと、今ごろアップロードが終わったのだろう。音声ファイルが直後に添付されたことに彼は気づく。
「はぁ……ご丁寧にボイスメッセージもある。聞くか?」
返事はない。だが、聞かないわけにもいかないのは、誰が言わずともわかりきった話だった。
再生ボタンが押されると、重苦しい空気を嫌に刺激するごきげんな社長の浮かれた声が鳴り響いた。
『やあやあ、HY-2サポートチームのみんな、ごきげんよう! そしてかわいい姉妹ちゃんたちも聞いてくれてるかな?
いやあ、うちの息子と娘がどうしても姉妹ちゃんに会いたいって聞かなくてね。急遽日本に足を運ぶことにしたよ。
今はフライト前のラウンジでこれを記録してるが、これが届いてる頃には、今ごろ私はファーストクラスでくつろぎながら、ゆっくり映画鑑賞でも楽しんでる頃だろう。
あぁ他にも、今そっちで活躍してるドロイドたちの評判や活躍を調べたりしてるところでもある。日本の航空会社は味気なくて退屈だから、娯楽は自分で見つけていかないとな!
いずれにしても、あの演劇から盛大に人気爆発したようで何よりだよ! 開発を任せたオーティマ君の采配あっての大躍進って感じだな。任せた私も鼻高々さ!
さて、そろそろフライトの時間だ。そっちに行ったら出迎えよろしく頼むよ?
あぁっとそうだ。2機を激推ししてる我が子も来るから、息子娘たちに2機を顔合わせさせてやってくれな。実に数カ月ぶりで寂しがってたしね!』
『ハァイ、オーティマ。リーンよ! ベータちゃんは元気にしてるかしら? そっちについたらお土産もあるから、是非会わせてね!』
『そういうわけだ。それじゃあそっちで会おう。楽しみにしてるよ~?』
「「「…………」」」
「ひ、ひとまず社長は俺のほうからなんとかしておく。みんなは持ち場に戻ってくれ。そろそろ2機が来るころだ」
ドアノブに手を掛けたまま。
オーティマの気だるいその声までを聞いたところで気づく。
自分があまりにも足をすくませていたことに。