ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「ふあぁ、みんなおはよー」
「ああ、おはよう2α」
「おはようございます」
「おはようさん」
2αが入室すると、さっきまでの重めかしい空気は一瞬で後ろに追いやられた。いつも通りの顔ぶれが、いつものように挨拶をして、彼女を迎える。
だが、その〝いつも通り〟が少し欠けていることには、さすがの2αもチームメンバーも無視はできなかったようだ。
「……あれ? ベータは?」
2αが素朴に問いかけたタイミングは、奇しくも同じ問いをオーティマが2αに投げようとしたのとほぼ同刻だった。
「ん? 一緒に来たわけじゃないのか?」
「ううん。起きてすぐ先に行っちゃったから、もうここにいるかなって……」
ふたりの認識が食い違う。それを聞いたメンバーの1人が端末を開き、ドロイドの追跡アプリを叩く。
「ちょっと調べてみますね。うーん……?」
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自らのサーボに妙な気だるさが絡みつく感覚。2βは逃げ出すように施設の外へと飛び出していた。だが、管理棟を飛び出したところで、行く宛なんてない。少し遠くの広場には来場者たちが楽しそうに行き交い、他社のドロイドたちが彼らと楽しそうに言葉を交わしている。
少し羨ましくも思えたが、数時間もすれば自分も同じ仕事をしなければならないと思うと、余計にサーボが重くなる。
自分に同じようにできる気がしない――そんな不安が、
「……戻らないと」
そうつぶやいたところで、来場者の一行が2βを引き止めた。
「あっ、HY-2β! ベータちゃん!」
「うぇぇっ!!!」
思わず2βは振り返る。そこに集っていたのは、どこか浮かれ気味のどこにでもいるような若者たちだ。
「ホントだ! あれ、でもお姉さんいないね?」
「ねえもしよかったら、わたしと写真撮ってもらえる?」
「ベータちゃん、ねえ、アルファちゃんと一緒じゃないのー?」
「あれ? ハイロン重工のグリイベって、確か9時からじゃなかった? なんでここに……」
「ごっ、ごめんなさい……ま、まだ準備中なので……ごめんなさいぃっ!!」
2βは文字通り、グルグルと目を回しながら、急に耳目を集めたことに半ばパニックになってしまう。もう何度もグリーティングイベントにも出たし、ライブでも出たはずなのに、どういうわけかこの場では平静な処理ができなかった。
「あっ、待って待って!!」
「せめて1枚、1枚だけでもっ!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっっ!!」
大慌てで駆け出して引き返す2β。後ろから響く、カシャッというシャッター音を最後に、彼らの声は聞こえなくなっていった。
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「はぁ、びっくりした……」
胸をなでおろす場所として唯一見つけたのは、エントランスゲートそば、ラウンジの裏手の自販機コーナーだった。グリーティングイベントが盛り上がっている間、意外にもここに人が寄り付く様子はなく、2βが身を潜めるには穴場でもあった。
だが、そこまで思って気づく。
〝そもそもなんで逃げ出してるのか〟と。
それに気づいた頃には、一気に後悔の念が全身にしみていく。
今すぐ姉さまたちのところに戻らなくては――そう思っても動けずしゃがみ込んだところで、2βはふと強く視線を感じた。
「あれ? もしかしてベータちゃん?」
「ひっ」
「やっぱりベータちゃんだ!」
2βが見上げると、そこには金髪の若い白人女性が立っていた。身なりからして大学生くらいだろうか――ストレージに保持した記憶と照合。一瞬遅れて、彼女が何者なのかを思い出した。
「ほらアタシよアタシ、リーンよ! 社長の娘の! まさか直々に推しドロちゃんがお出迎えしてくれるなんて!!」
「あっ、え、いや、あの……」
「……って、何をそんなにビクビクしてるのよ? っていうか、どうして1機だけなの? ここ敷地外ギリギリだけど、あんまりひとりで歩いてると運営に怒られるよ?」
「うっ、そ、それは……」
――ありえない。どうしてハイロンの社長令嬢がこんなところに?
焦点距離を合わせる。絞りを開き、視界を整えると、リーンの後ろには少し根暗そうな少年と、大柄なアロハシャツの明るそうな男性が立っていた。それがハイロン重工のCEO、リチャード・ロイスターだと気づくまで、そう時間はかからなかった。
「どうしたんだリーン、早速ドロイドとおしゃべりかい?」
「ああ、お父様! なんか、ベータちゃんが迎えに来てくれたみたい!」
「おや? そうだったのか! まさかうちのドロイドがそんなサービスをしてくれるとは、こりゃありがたいな。ハッハッハ!!」
「オヤジ、ドロイドが1機で会場を出歩くのはルール違反だよ……」
「それもそうだったな!」
大口を開けて笑ってみせるリチャードに、キャップのつばをつまんでため息交じりにツッコむハワード。妙にデコボコテンションの一家が絡んできたものだから、2βは思わず思考がビジー状態になってしまう。
「――さて、HY-2β。どうして君はこんなところにいるのかな?」
「…………」
「どうした? 話せない事情でもあるのか?」
「い、いえ……その」
「もーお、ベータちゃんってばいつも硬すぎだって、ばっ!」
腕組状態で問うてくるリチャードの声は軽々しいが、内容のせいで歯切れが悪い2β。だが、その後ろからまとわりつくように肩に手を寄せて来たのは、リーンだった。
「お~、相変わらずここのシリコン材はモッチモチだねぇ」
「うひっ! や、やめてくださ……っ」
「良いじゃない良いじゃない。これもチムメンの整備が行き届いてる証拠なんだから!」
2βは数ヶ月前、ドロコン開催前の本国でのことを思い出す。頻繁に身を寄せてくるばかりか、
そして続いて思い出す。リーンは自分を推してくれているとしても、その距離感は自分でもどう処理すればいいのかわからないままだったことを。
「ちょっと姉ちゃん、流石に公衆の面前でそういうのみっともないって……」
「えー? でも自社製品じゃん? 推しを独り占めできるビッグチャンスなんだし、ちょっといいでしょ~?」
「やれやれ。うちの子どもたちと来たら。はいはいそこまで。ひとまずベータをチームのところに連れ帰ろう。リーン、ベータの胸から手を離しなさい」
「ちぇー……」
「…………」
父親にも止められて、ようやくもっちりとした2βから手を離す。リーンの不満そうな顔を横目、2βはまた少し疲れた顔を滲ませていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「あ、帰ってきた! おかえりベータ、みんな心配してたけど、どこに――え!!!」
「し、社長!!」
「やあやあ諸君! ご苦労だねぇ!」
意気揚々と最初に入室したのは、リチャード社長だった。続いて入ってくる子どもたち。テンションの高い社長一家に、社員もドロイドも等しく似た反応を見せる。
「ロイスター社長……ひ、昼頃到着ではなかったんですか」
「いやあ! フライトはともかく、日本についてからは思ったよりも早く着いちゃってね。つくばエクスプレスも、昔来た時よりずいぶん本数が増えたもんだね!」
「ドロコンつくば会場、想像より何倍も広くてステキだわ!」
「参加してるドロイドも前より増えてるし、規模は大きくなる一方。相変わらずすごいイベントだよね」
ガッハッハ、と大笑い。リチャードは顔をひきつらせるオーティマの背中をパシパシと叩きながら「まあでも早々と来た分、姉妹ちゃんと過ごす時間も長くなるんだ。嬉しい限りだよ!」と言ってのける。その破天荒さ加減にさらにオーティマは肩を落としてしまう。
しかしその横では元気な挨拶が飛び出す。
「お久しぶりです社長さん!!」
「おうおう、久しぶりだねアルファ。ほれ、息子と娘を連れてきたぞ!」
「わわ!! ハワードくんにリーンちゃん!! お久しぶりだよ!!」
「ハァイ、アルファちゃん!」
「や、やあ……」
2αのほうはと言えば、大人たちの絶妙な距離感に大して意識を向けることなく、無邪気な笑顔を見せながら、リーンにギュッとハグをする。ハワードにも続いてやろうとするが、意外にも少し距離を取られ気味だった。
「……ハワードくん?」
「もうハウィってば、ドロイドにすらそんな奥手なんだから、彼女の1人もできないんだぞ~?」
「う、うるせーバカアネ――んぐっ」
「えへへ、ハワードくんにもこうするね!!」
「あ、ああ、あああ……っ!!」
中学生という多感な時期の少年だからか、はたまた自社のドロイドを前にしているからか。
姉であるリーンに転がされた挙句、2αから抱きしめられて火が吹くほどに赤面するハワード。
へなへなと崩れる彼に、2αは「ハワードくんはハグされるといつもこうなっちゃうんだよね」と、少し困惑気味に首を傾げていた。
閑話休題。そんな彼らを横目に、リチャードはオホンと咳払いして、オーティマへ向き直る。
「さてさて。それはともかくだ。姉妹ちゃんは片割れだけじゃ成り立たない。そうだろ?」
「え、ええ……もしかして2βを探してくれていたんですか」
「ああ。ちょうど会場エントランス付近を歩いててね。警備員やドローンに見つかってると厄介だったよ」
「ありがとうございます」
リチャードの背にひっついていた2βが、背中を押されて前へ出る。「ごめんなさい」の一言を言おうとしたが、この時の2βにはどうしてか、その言葉を生成しても発話には至れなかった。
一瞬で消費期限の切れる余白を上書きするように、リチャードが続けて話を進めた。
「で、そういえばそろそろグリーティングの時間だろう。準備のほうは順調かい?」
「まあ……そうですね。言っても写真会なので、衣装チェックをする程度ではありますが」
「だと思って! お土産持ってきたのよ!」
間を割るように畳み掛けるリーン。両手で持っていたブリーフケースを掲げながら、彼女はひたすら鼻息を荒くしていた。