ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「ベータ、待ってよ。待ってってば!」
グリーティングイベントを終え、控室へ戻る途中だった。先を歩く2βの背中を、2αが小走りで追いかける。呼び止められた2βは、数歩進んでからようやく足を止めた。
だが、振り返った顔には、いつものような困った笑みもなければ、姉を宥めるような柔らかさもない。
「なんですか、姉さま」
「今朝からどうしてそんな調子なのさ! ボクなにか悪いことした?」
その問いに、2βはすぐには答えなかった。イベントの最中もそうだった。
笑顔は絶やさなかった。ファンへ手を振り、呼びかけには即座に応じ、求められればポーズも取ったし、むしろ普段以上だった。
だからこそ、2αはなんとなく分かっていたのだろう。あれは楽しんでいたのではない。ただ、完璧に〝こなして〟いただけだということに。
「みんなの前でも、なんだかいつもより変だったよ! 妙に張り切ってるっていうか……」
「張り切ることの何が悪いのですか?」
「いや、そうだけど……って、そうじゃなくって! ベータ、リーンさんの衣装がイヤだった、とかじゃないでしょ?」
「そんなわけがないでしょう。ワタシたちは、みんなを喜ばせるためのドロイドですよ。社長の親族の指示を聞かないという選択はないです。これも仕事ですから」
「仕事仕事って……ベータ、やっぱりおかしいよ!」
2βの
「ねえベータ。ボクら、仕事でドロコンに出てるの?」
固い顔つきの妹機に向かっていた2αの口からも、ほとんど無意識に強い言葉が
「ボクらが交響機を目指すのも仕事なの? 配信だって、歌うのだって、踊るのだって……全部、仕事だからやってるの?」
一歩、2βとの距離を詰める。
「ボクがベータの隣に立って、一緒にシェルディさんを超えようって言ったのも……それも、お仕事なの……?」
「……姉さま」
2αの声が、少しずつ震えていく。止めたい。でも止まらない。2つの相反する処理によってグルグルとしたものが、ワークメモリ上で膨れ上がっていくのを、彼女は強く感じ取っていた。
「ベータにとって、ボクって、そんなにも冷たくされるようなドロイド……だったの……?」
その瞬間。2βの視線が落ちた。
ほんの数秒だった。けれど、その沈黙は、2αにとってはあまりにも長かった。
「姉さまが、そう言うのは、姉さまの勝手でしょう」
「……えっ」
顔を上げた2βの声には、今度こそ明確な棘があった。
「姉さま。アナタはいつもそうです。ワタシがいないと、舞台でもしっかりと振る舞えない。ワタシが支えてあげないと、楽屋でいまだに泣きついてくる。涙ひとつ、プリセットで〝魅せる〟という手段をこなせないで、何が交響機ですか。なにがシェルディを超えるですか!」
「ベ、ベータ……?」
2αの顔から、血の気が引いたように表情が消える。言ってはいけないことだった。 2β自身、それを理解していないはずがない。
2αが舞台の直前に緊張することも、楽屋で自分に縋ることも、それを恥じていることも。
今までずっと、一番近くで見てきたのは2βだったから――だからこそ、一番深く刺せる場所も知っていた。
「ふざけないでください。ワタシはいままで、ずっとそうしてきたんですよ。姉さまのことが大事だから、そんな姉さまが目指すことだから! それに、ワタシがアナタを支えるために開発されたなら、ワタシは……ワタシだって!」
声が詰まる。怒りとも、悲しみともつかない何か。
そんなもやついて渦巻く何かが、ブループリントの奥で荒れていた。
2βは拳を握る。シリコンの外装がキュッと音を立てる。
「……ワタシだって、そうしたかったですよ」
何を、なんて考えたくなかった。曖昧な定義がいくつも推論処理によぎる。
泣くことを。甘えることを。
怖いと言うことを。
誰かに支えてもらうことを。
あるいはただ、姉と同じように、何も考えず「楽しい」と言うことを。
2β自身にも、自分がどれを指して、そんなことを言っているのか分からなかった。
「ごめんなさい。少し、ラボエリアにいます」
「おい、2β――」
そう言って、2βは背を向ける。近くで成り行きを見ていたオーティマが呼び止めるも、2βは振り返らない。
「プロデューサー。次は製品のCMボイス収録ですよね。衣装ユニットの換装準備とBPチェックをお願いします」
「あ、ああ……」
「姉さまも。まもなく中間得票発表なのですから、休んでいる時間はありません。行きますよ」
あまりに平坦な業務連絡だった。つい数秒前まで、姉に向かって声を荒らげていたとは思えないほどに。だから、オーティマはそれ以上、何も言えなかった。
2βは、そのまま廊下の向こうへ歩いていく。足取りは一定で、姿勢も崩れていない。
まるで、何事もなかったかのように。
「ベータ……うっ、うぅ……っ!」
背後で、2αの泣き声がした。
2βの足が、一瞬だけ止まりかける。
しかし、彼女は一切振り返ることはなかった。
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2035年7月24日。ミゴール・リペアメンツ公式YouTubeチャンネルにて配信されたゲーム実況――
『【初ホラー】機械皇国皇女が『Doggy in the Playground: Chapter 1』に挑む!【登録者100万人記念 】』
その数時間後には、ある場面だけを抜き出したショート動画が、凄まじい勢いで再生数を伸ばしていた。
「フム。余ともあろうものが、この程度のことで恐るるはずもないだろう! まさかとは思うが~……百万の軍勢と相成った、今の余を慕う下僕どもも、斯様な遊戯ごときで泣き言を上げるような者もおるまいなァ?」
画面右下では、真紅の軍装に身を包んだルディアが、いつものように胸を張っている。軍帽のつばに指を掛け、いかにも余裕たっぷりといった様子で笑っていた。
その姿は間違いなくクロマキーによる切り抜きだったが、風貌が風貌だけに、令和になって十数年。今やコンテンツとしては死に絶え気味のバーチャルライバーのフォーマットと例えられてもおかしくない。
「では、早速始めていくとしようではないか。……ふん、ほう? なるほどな。預けた人間の子が相次ぎ失踪する子供向けの娯楽施設、というわけか。ドギー・ドッグス、というのがこの施設のマスコットなのだな。余の皇国にも、これほど愛くるしい象徴がいたならどれほど良かったか……」
ゲーム画面には、丸々とした垂れ耳の犬を模したマスコットが映っている。
子供向け施設らしく、壁も床も原色を多用したけばけばしいほど明るい配色だ。
――大量のコメントが流れる中、オレンジスパチャが飛ぶ。
『一番のマスコットがなんか言ってて草』
「余はマスコットではない。神聖機械皇国第一皇女のルディアであるぞ。余はこやつのような愛くるしい広告塔にはならぬ! 気品と矜持が違うのだよ、矜持がな!」
コメント欄に「草」が並ぶ。ルディアはそれを一瞥して鼻を鳴らし、再びゲームへ視線を戻した。最近、コメントの軽々しさを感じることも多かったが、登録者100万人の世界ともなれば、こうもなろうか――と、ルディアは表情を変えずに納得してみせる。
「エントランスは特に何もないな。お、ボイスメッセージがあるのか。フム」
再生された音声は、施設利用者へ向けた当たり障りのない案内だった。
「こっちは……なにも無しか」
受付カウンター。閉ざされたスタッフルーム。
誰もいないキッズスペース。
探索を進めても、しばらく何も起きない。ルディアの警戒心も、少しずつ薄れていった。
「意外と大したことはないようだな。ホラーゲームとやらは初めてだが……何というか、拍子抜けだな! 余が地球を攻め進んだ最初の戦争のほうが恐怖と悲鳴ばかりであったのだがな……もちろん、余ではなく、降伏した人類軍の嘆きであったのは言うまでもなかろう!」
自信満々に言い切る。
その直後だった。
「ふう、ここまで何もないとつまらぬ。しかもここは行き止まり――ヘギョッッッッ!?!?!? ワ!!!??」
振り返った瞬間、物陰から巨大なドギー・ドッグスが飛び出した。
「アッ、エ何、何待ッがっ、あああっあ あぁ、エ」
ルディアの全身が椅子の上で跳ねる。画面内のクロマキーが一瞬大きく揺れ、軍帽が傾いた。
「まてまてまてまて少し待ていきなりそんな飛び出してくることあるか振り返って影からイヌが飛び出してくるなど聞いてなっいやあっ、ああああああああ!!!!!!!」
皇女口調は、一瞬で消えた。
マウスカーソルが激しく暴れ、主人公は壁へぶつかる。ドギーは容赦なく距離を詰めてくる。
――コメントの流速が明らかに増している。
『思った以上に取り乱してるやん』
『ワロタwwwwwwwwwwwwwwwww』
『なんでよりによってドギプレでドヤったんだこの皇女』
『これを待ってた』
『草草草草草草草』
『ドロイドの悲鳴甲高すぎておもろいwwwww』
『こんなん神回も神回やん』
「まってまってここどこなんでこんな追いかけっこあちがうこっちじゃないこっち行き止まりああああああああああああ、あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!! あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
逃げ道を見失った主人公が、ドギーに追い詰められる。
画面いっぱいに、歪んだ犬の顔が迫る。
暗転。無慈悲なゲームオーバー音。
――いくつものスーパーチャットが飛ぶ。
『大丈夫ですか!! これスピーカーの修理代です!!!』
『このシーン普通にコワイのわかりすぎる。良いもの見せてもらいました』
『頑張れ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
『とりあえず取り乱し記念赤スパ』
赤、橙、黄。画面上部が、次々と色付きのメッセージで埋まっていく。
だがルディア本人は、それを見る余裕すらなかった。
「いっ、ううううううぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅ…………。し、しんだ、ではないか……なんで、なんでっ、あんな、いきなり……」
すっかり肩を縮こませ、傾いた軍帽にも気づかない。
ほんの数分前まで「神聖機械皇国第一皇女」を名乗っていた威厳は、跡形もなかった。
「ぅぅぅぅぅぅぅっ…………あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………」
嗚咽とも排熱音ともつかない声を漏らすルディアの横で、コメント欄だけが、なおも猛烈な速度で流れ続けていた。