ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第4話:カリシアロマスの女神さま

「なんというか、あっという間だった……」

「ホント、あっという間の6分間だったね~、ミユ!」

 

 オープニングライブがひとまず終わるのと同時に、ゲートも解放されたのだろう。会場周辺には、ライブを見終えた参加者だけでなく、初日から乗り込んできた来場者たちの姿もすでに溢れていた。

 

 大学キャンパスのようでもあり、つくばらしい研究都市の空気も漂う広大な敷地。そのあちこちに建てられた施設のあいだを歩いているのは、すっかり体力を持っていかれたミユと、まだまだこれからだとでも言いたげにはしゃぎ回るアオイだ。

 

 もう1日が終わったような密度だが、まだ時刻は午前11時を少し回ったところに過ぎない。

 

「あんたほんとバイタリティ高すぎ……ってか、いつの間にそんな大量にグッズを?」

「物販が近くにあったから。どれか1つあげよっか? 缶バッジだけど」

「いや、全部ライブで一番目立ってた子じゃん。……アオイの推しなんだろうけど」

「そう! この子はシェルディちゃんだよ!」

「シェルディ?」

 

 アオイは買ったばかりのグッズをミユの目の前へ突き出し、得意げに胸を張る。水を得た魚とはまさにこのことで、このドロイドについて語らせれば彼女の右に出る者はいない。

 

「正式型番はCLX-01P。カナダの医療機器メーカー、カリシアロマスの女神さま!」

「女神って、そんな大仰な。ドロイドでしょ?」

「甘いなぁミっちゃんは。シェルディは交響機(シンフォニア)なんだよ?」

「しんふぉにあ?」

「そ、シンフォニア。このドロコンでいちばん人気を勝ち取ったドロイドに与えられる、栄誉ある称号!」

「そんなにすごいんだ」

 

 ミユが少し他人事じみた加減で感嘆する。

 

「すごいなんてもんじゃないよ? その会期で本当に愛されたドロイドが勝ち取るものなんだから。並大抵じゃないの! しかもシェルディちゃんは、その称号をドロコン始まって以来、過去4会期ぜんぶ取ってるんだよ。もうレジェンドもレジェンドなの!!」

「へぇ。って、いや待ってよ。わかんなくない? たしかにそのシェルディって子がすごいのはわかったけどさ、そもそも人気ってどうやって決めるのよ。投票でもするの?」

「うん。その方法ってのが、ほら、これ」

 

 アオイはおもむろにスマートフォンを取り出し、画面を開く。端末のアプリを操作して見せたのは、「Aurora」とラベルの付いた、〝A〟の意匠が特徴的なアプリだった。トップ画面には、さっきのライブ映像のクリップがすでに並んでいる。ミユも同じようにアプリを開き、アオイの真似をしてユーザーページを表示させた。

 

「ほらここ。チケット使う時、Aurora IDの登録が必要だったでしょ?」

「ああこれ、身分証で認証が必要だったりして面倒だったやつ。っていうか、ライブ見るだけでこんな認証やらされんの、もうやっちゃった後だけどちょっと怖いんだけど」

「大丈夫だよ。Ruaシステムっていう、運営元のオーロラ財団が使ってる仕組みがあって、ドロイドの頭と同じ構造で個人情報が最小限に管理されてるから」

「……ドロイドは絶対安全だから?」

「少なくとも公式にはそう言ってるね」

 

 アオイはまたもや得意げな顔をする。彼女の言う「安全」がどこまで本当に担保されているのか、ミユは少しだけ引っかかったが、今ここで突っ込んでも仕方ないと判断して、一度飲み込んだ。

 

「まあ、ともかく。その認証に紐づいた情報で投票の整合性が取られるから、不正投票も防げるってわけ」

「ふーん」

 

 そこでミユのテンションは、いつもの一歩引いた調子へ戻る。が、アオイのほうはといえば、この前提知識を共有できたのが嬉しいのか、にやりと笑いながら顔を寄せてきた。

 

「ってなわけでぇ……ミっちゃんはどの子に投票する?」

「えっ? いやウチは別に――」

「投票は1日1回できるんだから、やれる時にやったほうがオトクだよ? ちなみにAuroraアプリから、今やってるドロイドたちのイベントとかライブもチェックできるし見られるし、おすすめ!」

「あんたドロコンの回し者?」

「フフン、ただのこじらせオタクでーす」

 

 オタク全開モードのアオイが面倒なのは、幼馴染としてミユもよく知っている。しかもこうなった時の彼女は、ちょっとやそっとでは止まらない。ぐいぐい迫ってくる態度に対して、「そ、そう。……まあ、考えとくよ」と濁してやり過ごすのが、ミユにできる精一杯だった。

 

 そんな半ば一方的な会話の途中、ミユは少し離れたところに妙な人だかりができているのに気づく。話題を変えれば、少しはこの圧から逃げられるかもしれない――そんな打算も込めて、ミユはそちらを指さした。

 

「ん、向こうのほう騒がしいけど、何かあったのかな。ずっと列みたいに続いてる。アオイ、あれってなんかのイベントだったりする? ねぇアオイ、って……あれ? アオイ?」

 

 ――隣にいたはずのアオイがいない。

 

 ほんの一瞬、目を離しただけだったのに。ミユが慌てて辺りを見回すと、さっき見えた人だかりの中へ紛れ込み、周囲と一緒になって大騒ぎしているのがすぐに見つかった。

 

「わあああああ!! シェルディちゃん! シェルディちゃんこっちこっち!!! ライブすごかったよーーー!!!」

「ちょっとアオイ!?」

 

 あまりの急展開に慌てて駆け寄るミユ。人混みを押しのけて近づいてみれば、仮設の柵の向こう側を、ドロイドたちが整然と行進しているのが見えた。アオイが狂ったように興奮している理由も、これで一目瞭然だった。

 

「来てくれたみんな、今回もこんなにたくさん応援してくれてありがとう。――ありがとう、ええ、君も応援ありがとう。――もちろんよ。今日から飽きさせないイベントが目白押しだから、楽しみにしててね。ありがとう!」

 

 行進の中央を、一切の迷いなく、ただ堂々と歩いていくシェルディ。ほかのドロイドたちと同じように(アーム)は振っているが、その立ち居振る舞いにはまぎれもなくレジェンドの風格があった。物怖じはしない。かといって観客へ過度に近寄りもしない。絶妙な一線を守りながら、それでも確かに全員を魅了していく。その姿を見れば、彼女がなぜこれほど推されるのか、説明抜きでも分かる気がした。

 

 そんなシェルディが、アオイの立つあたりまで来た時だった。ふと、その視線がこちらへ向いた――ように、アオイには見えた。

 

「……えっ、待って待って待って」

「アオイ、ちょっと落ち着い――」

「ねえミユ、見た? 今見たよね? シェルディちゃん私を見たの! 見てウィンクした! ねえやばいやばいやばいって、死ぬっ、死んじゃうっ……」

「そ、そんなのわかんないでしょ。こんなに人いるんだから――」

「分かるよ。だってシェルディちゃんファンクラブの会員番号1番だから」

 

 半ば放心しかけているアオイへ冷静なツッコミを入れようとした矢先、会員証を誇らしげに突きつけられ、ミユは軽く気圧された。それ以上はもう何も言わない。

 

 もちろん、本当にシェルディがアオイにウィンクしたかどうかなど、確かめようがない。だが、アオイにとってはそんなことはどうでもよかった。

 「シェルディが自分にウィンクした」

 その感覚だけで、十分すぎるのだ。理由としては、それだけで足りる。

 

 そして、そんな形でオタクたちの心を容赦なく揺さぶっていくシェルディの、少し後方。今期初出場のドロイドたちの列が近づいてくる。その中に、あの2機――HY-2姉妹の姿もあった。

 

「はいはーい! ボクはHY-2α! ハイロン重工から来た、未来の交響機だよー!! みんな、応援よろしくねー!!」

「ちょっと姉さま、先に進みすぎです。新星組はもっと後ろのほうですよ……」

「だいじょーぶ、へーきだよベータ! ギリギリまで前に出ていっぱい注目を浴びなきゃ! ほら、ベータもアピールして!」

「ううっ……えっと、よろしくお願いします。同じく、HY-2βです……」

 

 2機、とりわけ2αは、ほかのドロイドたちのアピール行動にかぶせたり、最初に決められていた列の流れを乱したりしながら、ずんずん前へ出ていっている。ライブがうまくいったせいか、明らかに浮かれ気味だ。

 そんな姉の後ろで、2βは焦りながら追いかけるのがやっとだった。なんとか止めようとしているのに、2αはまるで聞く耳を持たない。

 

「えへへ、ありがとう、ありがとうー!! ――そう! ボクとベータ、2機で1機のツインドロイド、スゴイでしょ? ――うん、そう! ベータはボクの妹機だよー! とってもしっかりものでね、最高の妹なんだ!」

「アルファ姉さま……っ! ちょっと、本当に一度引き返して――危ない!!」

「え? なあにベータ? ……うわぁっ!!!」

 

 ――ドン、ガシャン、ガチャッ!

 

 重い衝突音と、金属と樹脂のぶつかる音が行列に響く。2αは列を乱しすぎたせいで、ほかのドロイドにぶつかってしまったらしい。尻もちをついた2αの横で、2βは戦慄した表情を浮かべる。

 

 単なる軽い接触事故なら、まだ笑って流せたかもしれない。

 だが、問題は――ぶつかった相手だった。

 

「ちょ、ウソでしょ……」

「ん、パレードで事故った?」

「あ、あああああのドロイド、シェルディちゃんになんてことをッッッ!!!!」

 

 周囲の観客もすでに騒然としている。アオイもその瞬間を目撃していたのだろう。予想外の事態に目を見開き、ミユもつられてその場面へ意識を向ける。

 

「あたたたた……てへへ、転んじゃった」

「ね、ね、ねねね姉さま…………」

「んぇ、えっと、ベータ? どうした、の……って……えっ」

 

 2αと同じようにバランスを崩し、その場に座り込んでいたドロイドが、すっと立ち上がる。

 

 そこにいたのは――シェルディだった。

 しかも衣装パーツの一部には、はっきり分かる傷まで入っている。

 

「そ、そんな――」

 

 思った以上にまずい相手へ傷をつけてしまった。そう理解した瞬間、2αは完全に固まった。この状況で即座に動けるほどの余裕など、さすがに残っていない。

 

「ね、姉さま! どうするんですかっ、相手はあのシェルディですよ!」

「ねえ、貴方たち」

「ひっ」

 

 起きてしまったことは覆らない。あまりにも相手が悪すぎる。レジェンド相手の不躾な事故をどうにか取り繕おうと、2βが耳打ちしかける。だが、それより早くシェルディが口を開いたせいで、2機は黙るしかなくなってしまった。

 

 その数秒の沈黙を、先に破ったのは――2αのほうだった。

 

「あ、あの、ごめんなさい、ボク、ボクはその! まさかシェルディさんだとは思ってなくてっ。その、ちょっと列をズレて動いちゃったから、えっと……その……」

 

 完全に腰が抜けているのか、サーボモーターにうまく力が入らない。2αはへたり込んだまま、必死に頭を下げるしかない。頭の中では、ほとんど「終わった……」の一色だった。

 

 だが、そんな絶体絶命の2機へ向けて、シェルディが続けた言葉は、予想していたものとはまるで違っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「貴方たち、どこにも破損は無かったかしら?」

「え?」

 

 そう言って、細くしなやかな人工筋肉をまとった(マニピュレータ)を、シェルディは静かに差し出す。そこに苛立ちも、怒りも、不満もない。ただただ心配そうな顔だけがあった。

 

 2αはその手をおそるおそる取って、立ち上がる。

 

「あ、あの」

「気にしなくて良いわ。私は大丈夫」

「で、でもその傷……その、えっと」

「新星のドロイドに破損がないことのほうが、何より大事だもの。それに、飾りがちょっと掠っただけ」

「うぅ」

 

 完全に萎縮しきった2αとは対照的に、シェルディはまるで「こういう事故もあるものよ」と言わんばかりの余裕で接していた。

 

「頑張るのは良いことだけれど、しっかり応援される子になりたいなら、周りにも目を配れるようになると良いわよ」

「は、はい……」

「それじゃあ頑張ってね、未来の交響機候補さん」

 

「…………」

 

 シェルディは呆然と立つ2αへやさしく微笑みかけると、そのまま再び列へ戻っていく。最初と変わらない身振り手振りで観客を上品に沸かせ続けるその姿は、まさに圧倒的だった。

 

 そんな神対応を目の当たりにした2αは、しばらく2βの声にも反応できず、別の意味で行進を止めてしまう。

 

「えっと、アオイ?」

「か、かかかかかかっこいい~~~~……!!! なに、なにあの対応っ! 『それじゃあ頑張ってね、未来の交響機さん』――はぁぁーーー、尊……」

 

 その頃アオイは、ほかのシェルディ推しのオタクたちと一緒に、予想外のファンサを浴びた恍惚のまま、両手を合わせて天を仰いでいた。感謝の念を送る以外、もはや何もできないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワールドニュースイブニング、2035年6月1日放送。実在しないコメンテーターが、テレビ画面の中で淡々とニュースを読み上げていた。

 

「さて、次のニュースです。ドロイド・コンチェルト、つくばにてついに開幕です」

 

 そのシンプルな一言を合図に、映像はVTRへ切り替わる。開会式のオープニングライブが大いに盛り上がった瞬間、その後に行われたパレード、ドロイドたちによるグリーティングの様子――そうした断片が手際よく繋ぎ合わされ、電波に乗って全国へ流れていく。

 

「きょう、いよいよ開会を迎えたロボットコンベンション、ドロイド・コンチェルト。開会式で行われたライブでは、4万5千人の観客の前に、たくさんのドロイドたちが華やかに登場しました。その後は、ドロイドたちとの至近距離での触れ合いも!」

 

 映像には、ドロイドたちが練り歩くパレードの様子が映る。先頭を歩くシェルディと、その後方で騒いでいる2αの姿まで、しっかり収められていた。

 

「すでに多くの観客で賑わうこの一大イベントですが、どうやら早くも事件が起きている様子――パレードでは、先頭を歩くドロイドに、白い双子のドロイドがまさかのタックル?!」

 

 画面には、シェルディへ悪気なくぶつかって転ぶ2αと、その横で慌てる2βの姿が映し出される。そこに、自動生成らしい大げさな演出テロップが重なった。

 

「この件について、現場に居合わせた観客は――」

 

「ああ、見てたよ。白いドロイドが突然転んで、シェルディにぶつかったんだ」

「新人ほどテンション上がって舞い上がるところがあるから」

「事故ったドロイドへのシェルディ対応がすごく神だったのは印象深いですね」

 

 インタビューに答える観客たちの顔も声も、モザイクや加工で特定できないよう処理されている。

 

「どうやら、ドロイドのパレード中、タックルではなく、転んだ拍子に接触する事故が起きたようです。しかも、その相手というのが、カナダの医療機器メーカー・カリシアロマスのドロイド、〝シェルディ〟」

 

 映像はさらに、過去のドロコンで活躍するシェルディのアーカイブ映像へと切り替わる。

 

「シェルディは、過去4回開催されたすべてのドロコンで、最も人気の高かったドロイドに贈られる称号、〝交響機(シンフォニア)〟を獲得しているレジェンド。そんな伝説級のドロイドに、思い切りぶつかったのは――」

 

『はいはーい! ボクはHY-2α! ハイロン重工から来た、未来の交響機だよー!! みんな、応援よろしくねー!!』

 

「アメリカの自動車メーカー、ハイロン重工のツインドロイド、〝HY-2α〟と〝HY-2β〟。スポーツカー分野で信頼される企業のドロイドということですが、随分と列を乱しながら歩いている模様。果たして彼女たちは一体――」

 

 続いて画面には、SNSのスクリーンショットがいくつも並んだ。アカウント名は伏せられ、発言だけが見えるようになっている。

 

『推してる子の前にいきなり割り込んできた双子ドロイドきっっっっつ・・・』

『後ろにいるお付きの子、保護者っぽいのに全然止められてなくて草』

『シェルディにぶつかっといてすぐに謝らないとか印象最悪すぎ、終わったな』

『あれで交響機になりたいとかドロコン舐めてるよね。Pも無能そう』

『シェルディちゃん心広すぎやんてか新人に甘すぎへん?思っきり壊される勢いだったぞアレ』

 

「ネットでは、どうやら否定的な意見が多く見られるようです。この件について、ドロコン関係者は――」

 

 映像が切り替わる。今度は、ドロコン会場に設けられた運営ビルを、ぼかしをかけた抽象的な画として挿入。その上に、運営関係者のコメントらしき文章がテロップで表示され、読み上げられていく。

 

『こういったことが起きるのも、ドロイドたちの自由なアピール活動の一環だと考えています』

『今後、彼女たちがどのように観客から推されていくのか。それこそが、ドロイド・コンチェルトの醍醐味ではないかと思います』

 

「ドロコンは、まだ開催されたばかり。今後の盛り上がりの変化に期待が寄せられますね――――」

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