ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第5話:交響機は遠く輝いて

 午後、楽屋エリア。

 

 この日ひとまずの仕事を終えたドロイドたちは、それぞれ装備の整理に追われていた。ドレスアップパーツを収納ケースへしまう者、夜の部に備えて各部の状態を点検する者、機体パフォーマンスが万全かどうか細かく確認する者――。出場企業や個人チームの人間たちも交え、これからさらに忙しくなっていくドロコンに向けた準備が進められている。

 

 そんな中、午前中に盛大なアクシデントを起こしたドロイドが2機。

 

「姉さま、だから言ったではありませんか。どんどん前に出すぎだ、と」

「だってだってだって……ライブでの声援もすごかったし、観客さんの声とか聞いたら落ち着いてられなくって」

「今期からの新人ドロイドが、そんないきなり注目をもらえるわけないでしょう!」

「でも注目は集まったよ?」

「それこそ悪評かもしれないじゃないですか……もうっ」

 

 楽屋の席に腰掛けた2αは、左右へ伸びる頭部アンテナパーツを2βに調整してもらっていた。ジョイント部でなめらかに揺れるハの字のそれは、ツインテールのようにも見える彼女の印象的なトレードマークだ。

 

 だが、それを手で整える2βの顔つきは硬い。あまりにも楽観的な姉の態度に、先が思いやられてならないのだろう。

 

「でもびっくりだったなぁ。まさかシェルディさんにぶつかっちゃうなんて」

「もうやめてくださいよ。ワタシ、すごく怖かったんですから」

「そりゃあ! ボクだって怖かったよ。傷もつけちゃったし。でも、ちょっとうれしくもあったなって」

「……というと?」

 

 問い返され、2αは得意げなエモーティコンを顔面に浮かべた。

 

「だって、あの伝説の交響機(シンフォニア)に手を差し出されたんだもん! カッコよかったなぁって」

「……そうですね。そこはたしかに。ワタシ、きっともうドロコンに出られないんじゃないかって思いましたけど」

「やっぱり格が違うんだねって! ともすれば、ボクらももっと格を高めないとね! そして絶対シェルディさんを超えて、交響機になっちゃうの!」

「…………2β、ちょっと」

「それでねー、そうなったらあの4連覇の伝説の次の星として、シェルディさんみたいにみんなの希望になるの! 絶対うまくいくって確信があるんだよね~」

 

「へぇ、何がうまくいくんですって?」

 

「そりゃあ、ボクが交響機になって、シェルディさんよりもずっと人気のドロイドに――……え?」

 

 さっきまで調子よく話していた2αが、そこでようやく横を見る。

 そこに座っていたのは、たった今その名を口にしていた相手――シェルディその機体(ひと)だった。

 

「びえ゛ぇ゛っ!? しぇ、シェルディ、さ……」

 

「あら、この子たちお知り合いさん?」

「違う。さっきちょっとアクシデントがあっただけ」

「あぁ! パレードの時の」

 

 シェルディの後ろで、彼女の内部メンテナンスを行っていた女性がやわらかく相槌を打つ。年相応の優美さがありながら、どこか親しみやすい雰囲気もある。その作業ぶりからして、シェルディのプロデューサーなのだろう。

 

「あっ、えっと……」

「さっきはごめんねぇ。うちのシェルディが怪我をさせてなきゃいいんだけど」

「ガーラ、よして。逆よ逆」

「あら……」

「あ、い、いえ……むしろその時はアルファ姉さまに優しく手を伸ばしてくれて、ありがとうございました」

 

 2βが襟を正してかしこまり、緊張しながら頭を下げる。僅かばかりに狼狽えた様子も隠しきれていない。

 

「いいのいいの! 何事もなくてよかったわぁ。あなたたちニュービーさんよね? ブランドを見る限り、ハイロンさんの……」

「はい。ワタシはHY-2β、そしてこちらは姉さまのHY-2αです」

「あらあらご丁寧に! アタシはシェルディのプロデューサー、カリシアロマス広報部長のガーラ・ホーンハウスよ~」

 

 完全にフリーズしてしまった2αに代わり、2βが礼儀正しく自己紹介を返す。空気は一瞬、和やかになりかけた。

 だが、その温度を一気に冷やしたのは、眉間にシリコンの皺を寄せたまま黙っているシェルディの沈黙だった。

 

「オホン。ガーラ、仕事に集中して」

「あら。シェルディ、どうしたのよ? やけに不機嫌じゃない」

「ふんっ」

 

 ホーンハウスは、いつもの新星ドロイド相手の態度とは違うものを感じ取ったのだろう。訝しげにシェルディを覗き込む。

 一方で2βは、原因がさっきの姉の発言にあると察したらしい。慌てて弁明を重ねた。

 

「えっとその……違うんです、シェルディさん。姉さまは、その、覚悟について語っていただけで!」

「ええ、ええ。分かってますよ。貴方たちがどういう“覚悟”でドロイド・コンチェルトに挑み、交響機になろうとしているのかというのは」

 

 ――空気が、凍る。

 パレードの時とは違う。明らかに、刺すような圧がある。能天気な2αでさえ唾を飲み込むほどの、ぴりついた緊張。まさに一触即発と言ってよかった。

 

 楽屋全体の空気まで張りつめていく。他のドロイドたちも、この険悪な状況にひそひそと囁き合っているのを2機は検知していたが、そんなものに意識を向ける余裕はもう残っていない。

 

「あ、えっと、ごめんなさい」

「何が?」

「あいや、さっきのパレードのこととか……」

「ああ、あれ? 別に気にしてなんかないわ」

 

 なんとか声を絞り出した2αが謝る。シェルディはそれを雑に流した。

 その返答に、2αは一瞬だけ安堵する。だが――

 

「そ、そっか……」

「ええ。所詮は図に乗った初期不良品の浮かれたパフォーマンスで、オープニング用の衣装に傷が入った程度のこと。アレはもう使わないし、そんなことでいちいち喚いてもつまらないでしょう?」

「……なっ」

 

 安堵した隙を正確に殴りつけるような、露骨な売り言葉だった。2αの表情がむっと強張る。

 その無鉄砲さをよく知る2βは、すぐさま「姉さま、ダメです。相手はシェルディさんですよ、抑えて!」と制し、自分が前に出た。

 

「……初期不良品とはどういうことですか」

「初期不良品は初期不良品よ。もっとバグのないマシなセンサーを積んだほうが良いんじゃないかしらね。全方位レーダーとかカメラとか」

「アルファ姉さまもワタシも、機体に使っているパーツは全部自社開発の一流品です。ふざけたことを言わないでください」

「あら。じゃあ機体のせいじゃないと。それじゃあ、バグってるのはブループリントのほうかしらね?」

 

「………!!!」

 

 2βは2αを庇うように前へ出る。だが、シェルディは一歩も引かない。

 レジェンドからあからさまな嫌悪をぶつけられた以上、もはや衝突は避けられそうになかった。

 

「ひ、ひどいよっ……そこまで言わなくたって……」

「……いくら4回連続で交響機になったドロイドだからって、言って良いことと悪いことがあります。CLX-01P、今すぐ発言を撤回してください」

「ふんっ。貴方も貴方。庇い方が甘い」

「はっ――――」

「そうやって雑な庇い方をするようじゃ、貴方のお姉さんはたった1ヶ月足らずでブループリントが焼き切れるか、運営送りになるか。上手くいっても、せいぜいそこそこの位置で収まるでしょうね」

「ワタシが姉さまを守るのが、雑なものですか!」

「……その考え方が雑だと気付けないなら、どうしようもないわ」

 

「え、えーっと……そ、そうね! ちょっと詳しいスキャニングはラボエリアでしようと思うんだけど、シェルディ、構わない?」

「ええ、そうしましょう。これ以上傷がついては困りますからね」

 

 ホーンハウスが出した助け舟に、シェルディはそのまま乗るかたちで席を立つ。言いたいことだけ言って去ろうとするその背へ向かって、出入口近くまで来たところで、2αが立ち上がった。

 

「待ってよ、シェルディさん」

「……何?」

「シェルディさんは、ずっと交響機だったのに、そんなひどいこと言って、恥ずかしくないの? みんなに優しいシェルディさんは、ドロイドには優しくないって言うの!?」

「……」

 

 しばしの沈黙。

 その沈黙も、2αの「答えてよ、ねえ!」という叫びで破られる。

 

「HY-2α、HY-2β……と言ったかしら。貴方たちは、何のために交響機を目指しているの?」

「そ、そりゃあ、交響機になって、みんなの希望に、誰かの安心になるに決まってるでしょ。シェルディさんみたいにさ!」

「…………そう。やっぱり、その程度の理解でわたしを超えようとしてるわけね。それも、ちょっとブループリントを否定されたくらいで、顔面のモニタをノイズまみれにしちゃってさ」

「べ、別に傷ついてなんかないし……」

 

 シェルディは、嘲るようにわずかに口元を吊り上げた。

 

「まあ、貴方が傷ついてるかどうかなんてどうでもいいこと。そうねぇ……じゃあ、こうしようかしら」

「……?」

「特別に、貴方たちと勝負してあげる」

 

 その一言に、HY-2姉妹だけでなく、周囲のドロイドたちまでもざわついた。

 誰も予想していなかった展開だった。2αはそれだけで気圧され、言葉を失う。

 

「しょ、勝負って……」

「8月と10月。会期中に2度ある得票総数の発表で、1度でもわたしに追いつけたら――貴方たちの覚悟は認めてあげる。もちろん、最終的にわたしを抜いて交響機になっても構わないわ」

「ちょ、ちょっとシェルディ? 突然そんな提案をしたら、社長は――」

「それをなんとかするのがガーラの仕事でしょ。……ともかく、特別ハンデとして、わたしのすぐ下の順位に一瞬でも立つ、というので構わない」

「で、でもそれって、もし達成できなかったら」

「へぇ。よりリスクを取るのが好きなんだ。まぁ交響機を目指すんだから当然よね?」

「ち、違っ」

 

 2αの萎縮を見て、シェルディはなおさら踏み込んでくる。

 その圧は圧倒的で、周囲の新星ドロイドたちですら「これが自分じゃなくてよかった」と内心で胸を撫で下ろすほどだった。

 

「じゃあ、そうねぇ。貴方たちがもしわたしの条件を達成できなかったら……即刻、運営送りってのはどうかしら」

「えっ」

「うちの会社を通して、貴方たちの会社に約束させるわ。『おたくのドロイドちゃんが交響機になれなかったら、会社ごと自分から辞退して』……って。それくらいの命は掛けるべきよね?」

「そ、そんな勝手すぎるよ!」

「そうかしら? でも悪い条件じゃないでしょう?」

「だって、そ、そんなの――」

「“無理”とは言わせないわ。そこまでわたしの立場を求める気があるのなら、覚悟を決めなさい」

「……」

 

「ね、姉さま、大丈夫なのですか。どうするつもりですか……」

「べ、ベータ……っ」

 

 シェルディは不敵な態度を崩さない。ホーンハウスは突然の決闘宣言に完全にうろたえ、すぐさま本社へ連絡を入れ始めた。

 その様子を見て、2βの焦りはさらに強くなる。電話の内容は聞こえない。だが、ホーンハウスが会社を通して動こうとしている、その事実だけで十分だった。

 絶体絶命。下手をすればドロコン辞退すらあり得る。2機には、視界の光がいやに眩んで見えた。

 

 ――それでも。

 それでも2αは、ここで諦めたくなかった。

 

 怖じ気づく2βの(マニピュレータ)をぎゅっと握り、2αはシェルディを睨み返して、声を張る。

 

「……分かった。要するに、シェルディさんを超えるくらい人気になればいいって、そういうことだよね?」

「できるものならね」

「できるもん、できるもんできるもん! 絶対に、ぜーーったいにボクらは交響機の名前をもらうんだから! そのためにドロイド・コンチェルトに出たんだからっ!!!」

 

 唇を噛み、膝を震わせながらも、2αはなんとか自分を奮い立たせる。

 

「……そう。じゃあ、せめてブループリントが焼き切れないくらいの頑張りは、お客さんに見せられるようにね」

 

 それだけ言い残し、シェルディは呆れ半分の気配を背中ににじませたまま楽屋を出ていった。ホーンハウスもそのあとを追う。

 

 見送った瞬間、張りつめていた糸が切れたのか、HY-2姉妹はその場へぺたりと座り込んでしまった。

 

「……」

「……」

「ね、姉さま……」

「や、や、やっちゃった……」

「うん……」

「どうしよう」

「どうって、わかんないですよ、姉さま」

「で、でももうあんなこと言っちゃったし……」

 

「おーい、2α、2β! メンテナンスの準備が整ったから、ラボエリアに来てくれ……って、どうしたんだ?」

 

 そこへ、さっきまでの大騒動など知る由もないオーティマが、シェルディと入れ違うように入ってくる。

 楽屋全体が妙な緊張を抱えていることだけは察したらしく、彼はただ怪訝そうに首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ラボエリアへ向かう廊下で、ホーンハウスは本社との通話を切ると、すぐ不安そうな顔でシェルディへ問いかけた。

 

「シェルディ、なんであの子たちにあそこまで言うのよ? パレードの時は優しく接してあげてたじゃない?」

「ガーラには関係ないわ。ただね、わたしはムカつくのよ。半端な覚悟で交響機になるなんて言われるのが」

「そんなの、あなたの立場なら他のドロイドからも言われ慣れてるでしょう? どうしてあの子たちにはそこまで……」

「何? わたしはわたしで会社のために動いてる。これで今年も交響機になれるなら、それでいいでしょ」

「だとしても、あれは明らかに言い過ぎよ。運営送りにするだなんて……」

 

 シェルディの強気な態度は、ホーンハウス相手にも変わらない。

 だが、会社のためだと言いながら、その会社の名を使って他のドロイドを排除するような言い方をしたことは、さすがのホーンハウスにも看過しがたかったらしい。

 

「もちろん、あなたのあの発言は“ドロイドが勝手を言ってるだけ”って扱いで、それ自体はルール上不問になるし、会社にそんな力はないわ」

「……」

 

「ねぇ、シェルディ。あなたは何が目的なの? あの子たちに、何を感じたの?」

「…………いずれ、話すわ」

「そう……」

 

 どうにも機嫌の悪いままのシェルディに、ホーンハウスはそれ以上どう声をかければいいのか分からなくなる。あとはただ、廊下に2つの足音だけが響いた。

 

 それ以降、会話が弾むことはなかった。

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