ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
静まり返った運営ビルの一角。理事長執務室の中央に置かれた椅子へ、1人の女性が深く腰掛けている。その手前、来賓用のソファには、茶色いスーツを纏った大柄な男の姿もあった。男は片手に持ったスマートフォンでニュースサイトを読みながらも深々と眉間に皺を刻んでいて、不機嫌さを隠そうともしない。
『ロボット博覧会「ドロイド・コンチェルト」、初日から大盛況 パレードでは新人ロボットが転倒し混乱発生するも観客拍手喝采』
AI生成されたタイトルに記事構成。初日の出来事をごった煮にしてテーブルにぶちまけたような情報精度の低さに、男は心底辟易としていた。彼は端末をポケットにしまい込み、大きく苛立ったため息をつく。
「まったく。ろくでもないニュースだな。何の中身もない、雑な構成のつまらん記事を出しおって」
「AI生成されたニュースは、ハルシネーションが起きやすいですから。間違ったり偏った内容になりがちですし、それで誤っていても、今や誰も責任を取りませんし――」
「そういう話をしているのではない、ポラリス理事長。私はこれを、つまらんニュースだと言っているだけだ。まったく、お前の作り上げた技術をこんな雑に語りおって」
「…………」
冷たく言い放たれたその一言に、ポラリスは沈黙するしかなかった。
オーロラ・グループCEO、ルクレーゼ・オーロラ。彼の言葉には、特有の圧と緊張をまとわせる力がある。ポラリスには、それへ真っ向から抗う術がない。
「それで、どうだね。君の受け持つ〝お祭り〟の様子は」
「……はい。すでに開会日だけで7万人の来場が記録されました。ドロイドたちも皆一様に士気が高く、この調子でいけば、例年よりもずっと大きな盛り上がりを得られそうです」
「そうか。それなら良い」
それきり、また沈黙が落ちる。
終始張りつめた空気に息が詰まりそうになるが、ポラリスはその気配を表に出さない。机上のマグを手に取り、コーヒーをひと口含んでから静かに置いた。
「お前が始めたこの一大イベントは、今や誘致だけでその国の経済が大きく動く市場の種だ。分かるな?」
「はい」
「日本での開催は、今後の戦略の大きな要になる。ただでさえ他国よりロボット倫理にうるさい国だ。お硬い役人や規制委員会を退けるのにどれだけ苦労したか……くれぐれも情に流されるなよ」
「もちろんです。ドロイドは、あくまでロボットですから……」
ポラリスはまた、机のコーヒーへ口をつける。その頻度が上がっていること自体、彼女の緊張を密かに物語っていた。
「私はな、その意味と価値をよーーーく理解しているつもりだ。もちろん、お前が個人的な思い入れと理念をもって始めたことなのも認めている。だが、それだけでは食えないのが経営者というものだ」
「はい、分かっております、お父様」
「今は場をわきまえよ。オーロラ財団統括理事長、ポラリス・オーロラ殿?」
「……申し訳ございません、社長」
ルクレーゼは立ち上がると、ポラリスの顔のすぐ近くまで歩み寄り、あえてフルネームで呼んだ。
互いに表情はほとんど変わらない。だが、その視線はまるで睨み合いのように真正面からぶつかっていた。
「良いか。Ruaシステムが許したという事情もあるが……お前にうちの倫理部門を財団として独立させ、その全権を託した意味、よく考えたまえよ」
「もちろんです。必ず、今期のドロイド・コンチェルトも滞りなく成功させていただきます」
「よろしい。通信終了」
その言葉とともに、ルクレーゼの姿は、まるでビデオ通話が切断されたかのように消滅した。ホログラフ通信で映し出されていただけの彼の姿は、もともとこの執務室には存在していない。
自分の父であり、なおかつ世界的大企業の冷徹な社長でもある相手との会話には、ポラリスは何度経験しても慣れなかった。椅子の背にもたれ込み、ブラインドを指先で少し折って、階下の景色を眺める。
「はぁ……」
「またため息。そしてまたコーヒーをすする。もう中身は空っぽなのに」
「……」
「あの人と話したあとは、必ずそれをするね」
「……単に疲れてるだけよ」
外を眺めたまま、無意識に漏れたものを後ろから拾う声。父親の高圧的な空気とは打って変わって、そちらには気安さがある。
「ポラリス、今は全然幸せじゃないね」
「何を言ってるの。十分幸せよ?」
「それは嘘だね。もう何年、きみと付き合ってると思ってるの?」
声の主は、ポラリスの座る椅子の後ろに立ち、その肩をやさしく揉みほぐしていた。そうされて初めて、自分でも気づかないほど疲れが溜まっていたことを思い出すのが、ポラリスのいつもの流れだった。
「ね。一旦さ、ちょっと休んで外に散歩しようよ」
「んー。仕事が片付いたらね」
「仕事も役職も、本当は投げ捨てたいくせに」
「投げ捨てたら、ここを維持できないでしょ」
「じゃあポラリス、きみは何のためにドロコンを開いたの?」
「……」
その問いは、彼女を追い詰める意図で投げられたものではなかった。だからこそ、ポラリスは余計に黙り込んでしまう。
「ポラリス、自分で地雷を踏みすぎ」
「うるさい」
また、短い沈黙。
執務室はしばらく静けさに包まれた。
窓の外に見える無数の明かりは、会場の建物そのものが放つ光だけではない。多くのドロイドたちが身につけている発光ユニットの輝きも、そのきらめきへ混ざっている。
ドロコン会期中、この眺めを彼女と並んで見下ろす時間を、ポラリスはいつも少しだけ好きだった。
「綺麗ね」
「ね」
「……ねえ、ポラリス。1つ聞いていい?」
「んー?」
「ポラリスは、この先どうしていくの?」
ポラリスは少し視線を落として答える。
「どうしていく、とは?」
「ドロコンのこと。多分、あの人はきみの真意に気づき始めてる」
「かもね。そんな気はしてた」
ポラリスがぐっと背もたれに身体を預けると、肩を揉んでいた手はそのまま髪を撫でる動きへと変わっていく。
「だったら、どうしていくつもりか考えても良いんじゃないかな。お父さんのためにも、ドロコンのためにもさ」
「……そうだね、ローラ。考えとくよ」
「大丈夫。どんな結論になったとしても、ぼくはポラリスの味方だから」
「うん」
ポラリスは、いつしかやさしく撫でてくれるようになったその手へ、自分の手を重ねた。厚いシリコン皮膜に覆われたその手は、触れた温度以上にあたたかく感じられた。
Aurora Operating System Sub-control manager | v35.2.1053
(c)2035 Aurora Group Ltd.
[SYSTEM] Process '2501:DROID_EMOTIONAL_RECORDER' was triggered by blueprint owner 'Ludia'.
[STATUS] The program is testing the connection of the Blueprint kernel.... [DONE]
[STATUS] Analyzing episodic memory buffers... [DONE]
[STATUS] Filtering sensory input (Visual/Auditory/Haptic)... [DONE]
[INFO] Generating natural language log (Language: ja-JP / Style: Personal_Reflective)
>> INIT_IO_STREAM: /mnt/user_logs/20350601_live_log.mind
[LOG_STREAM_START]
[RENDERING_START]
--------------------------------------------------
あぁ……やっぱり、やっぱりダメだった。オープニングライブ、全然うまく行かなかった。会社から言われた曲、何度も練習したのに。振り付けも、ユキオが考えてくれたの、覚えてたはずなのに。
パレードでも立ち回りが思うように行かなかった気がする。思考がいっぱいいっぱいで、メモリに記録が残しきれてない。
うぅ。
どうして、私はうまくできないのかな。
ほかの子たちは、もっとちゃんとアイドルをやれてるのに。
ちゃんと、人気者になれてるのに。
ドロイドとして、どこか壊れてるのかな。
……ううん。ダメだね。こんなに後ろ向きじゃ、それこそ人気者の考えることじゃない。
私はドロイド。
ドロイドの、ルディアよ!
みんなの人気者になって、会社や、社長さんや……ユキオのために、全力で頑張らないとね。
よし。今日のメモリログ出力は終わり。
一旦休んで、これからに備えなきゃ……。
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[RENDERING_END]
[LOG_STREAM_END]
[STATUS] Process '2501:DROID_EMOTIONAL_RECORDER' has terminated automatically.
[SUCCESS] Log entry committed to persistent storage.
[STATUS] Energy charging cable connected. Overcharge protection control is enabled.
[SYSTEM] Entering low-power standby mode for background maintenance...