ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】   作:SOYA-001

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第2章:軍服少女と演劇編
第7話:「これまで」じゃなく「これから」よ


「姉さま、そう落ち込んでられないですよ……気をしっかり保たないと」

「うぅ、だけど、だけど……ボクやっぱり怖いよぉ……!」

「分かりました、分かりましたから……ほら、よしよし」

 

 あのパレードの事故からまる1日が経過した6月2日。ラボエリアのメンテナンスブースで、HY-2姉妹は定時チェックを受けていた。その最中も、2αはまだ、昨日の空気を体から剥がせずにいる。

 

 ――――〝じゃあ、せめてブループリントが焼ききれないくらいの頑張りは、お客さんに見せられるようにね。〟

 

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

 シェルディの大胆不敵な見下しに怖じ気立つ2αは、先んじてメンテナンスを終えた2βの胸部パーツへまたもグリグリと顔を押し付けている。 2αは、先に検査を終えた2βの胸部パーツに額を押しつける。怖くなると、決まってこうする癖がある。検査機器を確認していたオーティマは、ため息をつくでもなく、ひとつ淡々と言った。

 

「……起きたことは起きたことだ。だが、まだ何も終わってない」

「そ、そんなっ。プロデューサーさんまで!」

「終わってないからこそです。負けたら、ワタシたちは――」

「まぁまぁ。2人とも、深呼吸だ」

 

 少し宥め方を間違えただろうか、とオーティマは目を逸らして機器に再度向き直る。確かに、シェルディのあの言葉をドロイド目線で受け取るならば、こうなるのも無理はない。オーティマは慎重に言葉を選ぶ。

 

(まったく。人間のタレントにはできないムーブだよなぁ……芸能人がそんなことをしたら、下手をすればパワハラで芸能キャリアが水の泡だ)

 

 ――そんな内心での戦略分析の果てに出た印象を、2機に気取られないように静かに思う。ここで実務的〝正解〟を言うのは簡単だが、そういう話ではない。今の2αにそれを飲ませようとしても、余計に揺れるだけだ。

 

「とりあえず、2機(ふたり)だけの問題にしない。できることはこちらでも対策するから」

「ぷろでゅーざぁ~~~ざぁ~~~ん!!!」

 

 

 

 

 そのとき、ブースの入口から、軽い調子の声が飛んできた。

 

「おやおや~。このブース、なんだか騒がしいねぇ」

「そんなに騒がしいと、また注目集めちゃうよぉ~」

 

 2αも2βも同時に顔を上げる。そこに立っていたのは、どこか古参の空気をまとった2機のドロイドだった。片方は派手な装飾、もう片方は柔らかい身振り。どちらも、場の温度に慣れている。

 

「えっと……どなたですか?」

「ん? あ、自己紹介いるよね。アタイはアイコ。こっちはピクスト」

「ピクストはピクストだよぉ~」

 

 2αの声が、急に小さくなる。落ち込んだまま浮かれるのではなく、息をのむような〝現実の驚き〟に変わる。

 

「アイコさん……ピクストさん……」

 

 2αは診察台から降りる。ケーブルに引っかけないよう、いつもより慎重に一歩ずつ近づいて――それでも手が震えそうになるのを押さえて、差し出された手を握った。

 

「……すみません。来てくれて、ありがとうございます」

「うんうん、思ったより礼儀いいじゃん。そういうの、嫌いじゃないよ」

「ピクストもねぇ~、こういうの好きだよぉ~」

 

 横で見ていた2βが、オーティマに小声で言う。

 

「あのドロイドたちは?」

「あぁ、確か第1回ドロコンからいたはずの古参だ」

「そうなんですか」

「ああ。確か今期ドロコンの公式メインビジュアルと楽曲提供を担当してると聞いてる。初のドロイドアートワーカーとしてな」

「そ、そんなすごいドロイドだったんですね……」

「しかし、今期の出場リストにはいなかったはずだが――」

 

 カチャカチャと(マニピュレータ)を叩く音。音の主はアイコだ。

 

「はいはい、そこまで。照れるからやめて~」

「ありがとねぇ。でも今日は別に、褒められに来たんじゃないんだよ」

 

 アイコが、にやりと笑う。

 

「キミらね、もう噂になってる」

「……うわさ?」

 

 2βが固くなる。2αのほうは、顔のディスプレイが一瞬だけノイズをかすめた。

 

「〝あのシェルディに、正面から噛みついた新人〟ってね」

「そ~だよぉ。みんな言ってるよぉ~」

 

 2αは、反射で笑って返そうとして――できなかった。

 

「それでさ。アタイ、見に来た。どんな子があの〝女王様〟と勝負するって言い出したのか」

「……」

 

 2βが一歩前に出る。

 

「……偵察、ということですか」

「うん。でも勘違いしないでほしいんだけど、悪意ってほどじゃない。興味。あと――ちょっと心配」

「ふぁ~。燃え方、早いと、壊れるのも早いからねぇ」

 

 〝壊れる〟。その単語だけで、2αの肩が小さく跳ねた。アイコは続ける。口調は軽いのに、言葉は軽くない。

 

「で、噂の中には、こういうのもある。〝交響機を舐めてる〟とか、〝空回りしてる〟とか」

「……」

 

 2βの手が、ぎゅっと握られる。拳が震える。

 

「それは……誰が言っているんです」

「さぁ? 観客か、ドロイドか、そこらのプロデューサーか。全部だよ、たぶん」

 

 2αが、かすれた声で言った。

 

「……ボク、変なふうに見えてる?」

「見えてる、っていうか。見せちゃってる、かな」

「……」

 

 2βが即座に割って入る。

 

「アルファ姉さまは……そんなつもりじゃありません。昨日の件も――」

「分かってる。だから言いに来たんだよ」

 

 アイコは、少しだけ真面目な目になる。

 

「ここから先、キミらが〝何者になるか〟は、噂じゃ決まらない。キミらが決める。でも、噂は勝手に走る。だから――走らせ方だけは覚えときな」

 

 ピクストが、ふわりと手を振る。

 

「がんばってねぇ。ピクスト、応援はしてるよぉ~」

「……ありがとうございます」

 

 2αは、ようやく声を出せた。浮かれて跳ねるのではなく、怖さと一緒に飲み込んだ返事だった。アイコとピクストは、来たときと同じ軽さで去っていく。残ったブースに、さっきより少し重い沈黙だけが落ちた。

 

 オーティマが、機器の表示を見ながら言う。張り詰めた空気に、彼なりに掛けてやれる言葉を探したのだろう。

 

「彼女らの言っていることは、間違ってはない」

「……うん。でも、どうすれば? うわさって、どうやって走らせればいいのかな」

「それは……」

 

 オーティマは言葉をつまらせる。実のところ、彼もそれ以上に対策が思いつくわけではなかったようだ。

 

「……すまん。私も何か、抜本的な解決法が思いつけば良かったんだが……」

「そんなぁ、プロデューサーさん!」

 

 少々申し訳なさそうに目を逸らしたオーティマにすがるように、2αは眉のマークをハの字にして訴えかける。

 

「姉さま。プロデューサーに甘えすぎです!」

「だ、だってベータ! ボク、ボク……」

「実際に舞台に立つのはワタシたちです。プロデューサーじゃない。だから、答えは自分たちで探さないとですよ」

「うぅ……」

 

 不服そうな表情(エモーティコン)のまま振り返る2αに、腰に手を当てて覗き込んだ2βが、少し声色を強めて窘めた。ふたりにそれぞれ挟まれてしまった2αは、トーンダウンせざるを得なかった。

 

 そんな、ぐすぐすと俯いて固まってしまっている2αに向かって、オーティマが彼女の頭を撫でながら、再度口を開いた。

 

「……ともかく、噂はもう走った。なら、走る前提で整えるしかない。もちろん、さっきも言った通り、私たちも可能な限りサポートはする。だから、あまり落ち込まないでくれ」

「プロデューサーさん……」

「2βも、ありがとうな」

「はい、プロデューサー」

 

 姉妹を抱き寄せ、カシカシと頭を撫でそやすオーティマ。人工的に生み出された存在と言えど、彼女たちのブループリントが不安定になりやすいことは、彼自身よく知っていた。だからこそ、彼女たちのメンターとして、誰よりもしっかりしなければならない――オーティマは彼女たちを撫でるたびに、己の置かれた職責を噛み締める。

 

「……」

 

 2βは、右隣で弱ったままの泣き虫な姉機に視線をやる。彼女の泣き顔を見るうちに、やけにむず痒い不安が身体(シャーシ)をざわつかせていることを、HUDの表示にない感覚として、2βは感じ取っていた。

 

 その意味までは、いまだ彼女は言葉にできない。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「おい、どうなってんだ! 井野川、お前はアイツの管理責任者だろうが!」

「も、申し訳ございません……」

「キャラ付けも決まってない、まともな企画も考えてない……開会式の映像も見たぞ。なんだあの演出は!」

「すみません。本当にすみません……」

 

 PCに映されたライブ映像には、1機のドロイドが映っている。オープニングライブのワンシーンだが、どうにもへっぴり腰な印象が拭えない。映像はループ再生に設定されており、繰り返されるたびに児崎の苛立ちは増幅していく。

 

「井野川。お前、分かってんのか? うちが今、どれだけこのプロジェクトに社運を掛けてるのか」

「もっ、もちろんです、児崎社長。重々承知しております……!」

「せっかくお前を一気に課長クラスまで引き上げてやるつもりだったのに。これじゃ白紙だな」

「そんな……お願いします、もう一度……もう一度チャンスをください!」

 

 室内に怒号が響く。会場に新設されたホテルの客室は防音対策が施されているはずなのに、児崎のドスの利いた声は、部屋が静まり返ってもなお耳に残った。詰められている井野川(いのかわ)は、深々と頭を下げて平謝りするしかなかった。

 

「初動では準備が間に合いませんでしたが、ルディアは必ず活躍します! 1週間――1週間お時間をいただければ」

「3日だ」

「は……は、はい。3日、お時間をいただければ!」

 

 再度深く頭を下げる井野川。反論は不可能だった。

 

「その代わり、分かってんだろうな。もし3日であのカンカラを、まともな看板娘に仕上げられなかったら……」

「や、やらせていただきます」

「よろしい。なら、さっさとこの話をあのポンコツロボに伝えてこい」

 

 もう何度目かの辞儀をして、井野川は客室のドアを開けて廊下へ出た。ドアが完全に閉じたのを確認した直後、彼は大きく息を吸い――一気に吐く。強烈なため息を吐き、右を向くと、自身の担当のドロイドが不安げに壁にもたれて待ちぼうけていた。

 

「…………」

「……待ってたのか、ルディア。事務所には来ないほうがいい。ここは俺がなんとかするから」

「ううん。大丈夫。ごめんね、ユキオ。私、なにもできなくて」

「いいんだ。むしろ、Pを任されてるのに仕事をきちんと振れなくて……すまない」

「……」

 

 ルディアは目を伏せ、疲れた井野川を気遣う。怒号の内容まで聞き取っていないことを井野川は祈っていたが、ルディアはなにも言わない。重くなる沈黙を振り払うように、井野川は視線を逸らして提案した。

 

「……ちょっと、散歩でも出かけるか?」

「うん。見学したい」

 

 お互いの視線が合わない。それでも、ルディアは彼の提案には頷いた。

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