ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「みんな、すごいなあ」
「だね」
2日目に入った会場では、指定広場の各所に簡易ブースが設置され、各社のドロイドたちが自前の演目で魅力をアピールしていた。きらびやかに踊る子、難しい大道芸を見せる子、流行りの人気ゲームタイトルを配信している子までいる。ライバルになり得る相手たちがひたむきに頑張る姿を見れば見るほど、スケジュールが空白な自分との対比が際立ち、ルディアの胸には深い影が落ちた。
「でも、ルディアだって、ああなる才能はあるよ」
「そうかな」
「そうだとも」
俯くルディアの頭部ユニットを、井野川はぽんと撫でる。樹脂とアルミ合金のひんやりした表面が、井野川の体温でわずかにぬくもりを帯びた。
「今はまだ、きちんと芽吹いてないだけだ。それを芽吹かせてやるのがPの仕事だし、俺の責任だ」
「ユキオ……」
「だから、ここは俺に任せろ。絶対ルディアを、みんなの人気者にしてやるから。な?」
「……うん」
「あ、少し待っててくれ。電話だ」
その時、井野川のスマートフォンに着信が入る。彼は画面を見るまでもなく、自分の胃がきりりと痛むのを感じた。画面を見ないまま通話に出る。
「――あっ、児崎社長、お疲れ様です。はい、はい。いえいえ、そんな……謝らないでください。俺が仕事できないのが問題ですから……」
しばらく井野川は、電話を耳に貼りつけたまま、へこへこと頭を下げ続けるのだろう。電話越しには伝わらないはずなのに。ルディアはその背中を見つめ、小さく、自分のやるべきことを確信する。
「……ユキオ。私も頑張るからね」
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「〝噂は勝手に決まる〟かぁ」
「姉さま、ずっとそれが気になっているんですね」
「うん」
同じ頃、広場近くの通路を歩いていたHY-2姉妹。とりわけ2αは、ラボエリアで先輩ドロイドに投げられた言葉を、ずっと脳裏で反芻していた。シェルディほどの圧ではない。けれど――交響機という称号の重さだけは、容赦なく突きつけてくる。
「でもだからって、しばらく活動はお休みになるのはやっぱ不安だよ! 悪いうわさがずっと知られたままで、何もしないなんて!」
「そりゃあ、ワタシも不安じゃないわけじゃないですけど……」
「ベータもそうでしょ!?」
一時的な措置として、オーティマに活動の小休止を提案された姉妹。アイコやピクストの言う「噂」がどの程度の広まりなのか、あるいはどう対策を取れば良いのかを調べる兼ね合いもあって、プロデューサー権限でストップを掛けているのだ。
その対応に不服さを隠しきれない2αを落ち着かせようと、2βはは姉の肩を撫でた。
「で、でもですよ姉さま。プロデューサーもチームも、いろいろ考えてくれてるんですから」
「でもベータも言ってたじゃん! 〝答えは自分たちで探さないと〟って!」
「そ、それは……」
ついさっきの自らの言葉を引用された2βは僅かに逡巡する。有効な反論がパッと出てこなかったがゆえの妙な沈黙を過ごしながらも、彼女は僅かに頭部を横に振り、話を仕切り直した。
「……少なくとも、焦って動くと大変なことになるのは、アルファ姉さまもよく知ったはずです。またパレードみたいなこと、姉さまだって懲り懲りでしょう?」
「うっ。それは、うん。そうだね……」
答えを探すにしても、探し方を間違えてはいけない――という妹機からの暗黙の指摘に、2αは腹を突かれたように狼狽えた。
叱られるより、淡々と〝現実〟を示されるほうが重い。自分たちが踏み込んだ場所が、いつ足を取られてもおかしくない薄氷だと気づいた瞬間、2αの背筋はじわりと冷えた。そう考えれば、オーティマたちは、きっとその危うさを見抜いているのかもしれない。そんな予測が自然に立ち上がるからこそ――もどかしい。
「そう、だね……そうだけど……あぁっ、でもやっぱりモヤモヤするぅ~~~っ!」
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「でも、どうしよう。ユキオが怒られなくなるように頑張るには……」
その一方で、ルディアもまた、井野川が電話に貼りついているあいだ、広場のブース群をひとり見て回っていた。眩しすぎる光景でも、目を背ければ何も得られない。その確信だけはあるから、なおさら胸が締めつけられる。
「ほかの子って、どうやって人気になったんだろ」
きらびやかな演目の列を、ルディアは少し俯きがちに歩く。周囲への注意が、いつもよりわずかに鈍っていた。
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「とりあえず一旦戻りましょう。お休み中と言えど、何もしないわけにもいきません。ワタシたちの企画は、自分で考えるのも大事ですし」
「う、うん……そうだね、ベータ。ボクらスリープモードになってるヒマなんかないもんね!」
「その意気です、姉さま!」
2αは気持ちを切り替えようと、わざとらしいくらい明るく声を張る。2βもそれに応じ、2機は少しだけ歩調を上げた。
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「はぁぁっ……わかんない。わかんないよ。私、これからどうすればいいの……」
ルディアが頭を抱えたまま歩く。演目の音、観客の声、周囲の光。そのどれもが今は、自分の遅れを照らし出してくるように思えた。
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「よぉーーし、がんばってこ!! 気合十分、よっしゃあ!!」
その時、2αが2βに向かって大きく腕を掲げ、そのまま勢いよく前へ踏み出した。
「ん、待って姉さま、危ないっ!」
2βが制止の声を上げる。だが、すぐ前の通路の角を、ちょうど同じタイミングでルディアが曲がってきていた。
「え?」「ふぇ?」
「「わぁっ!!!」」
ガチャッ、トスン――機体同士がぶつかる小気味いい音が、通路に小さく木霊した。けれど、いずれも地面に倒れ込むことはなかった。床に叩きつけられる衝撃を覚悟していたのに、それが来ない。
「ってててて……って、痛くない……?」
2αがカメラアイのピントを合わせる。視界に入ったのは、天井の照明と――心配そうに自分を覗き込むルディアの顔だった。
「あー……えっと、大丈夫かな」
「わっ、え、えっ……あっ……」
ルディアは、転びそうになった2αを咄嗟に抱え上げるような形で支えていた。ほとんどお姫さま抱っこに近い体勢だ。おかげで2αは床に叩きつけられずに済んだが、至近距離に他のドロイドがいることそのものに驚いている。表情プリセット35――〝目を丸くして顔を赤くする〟が、意識しないまま点灯していた。
「アルファ姉さま! あ、えっと……」
「あぁ……ごめんなさい。ぶつかりそうになったので、咄嗟に……」
すぐに体勢は解かれ、2αは立ち上がる。スカートパーツをぱたぱたと払ってから、改めてルディアに向き直った。
「あ、あの。ありがとうね、えっと……」
「私はルディア。ミゴール・リペアメンツのドロイドです」
「ルディアさん……うん、ありがとうルディアさん。ボク、もうちょっとで転ぶとこだったよ」
「うん。どういたしまして」
2αの様子が、いつもと少し違う。普段なら礼を言って終わるはずなのに、顔の赤みはまだ引かないままだ。
「あなたたちは?」
「あっと、ボクらも名乗らないとね。ボクは
「よ、よろしくお願いします、HY-2βです。さきほどは姉さまがご迷惑をおかけしました……」
「い、いやいや、迷惑だなんてそんな……」
姉妹は重ねて自分たちも自己紹介を行う。2βは一歩遅れて自己紹介しつつ、続けてルディアに向かい頭を下げた。手を引っ込めがちな、どこか相手に気を使う性格が衝突し合い、オロオロと配慮を譲り合ってしまう。それも過ぎて、フェードアウトしたトーンを持ち直させたのは、ルディアの方だった。
「と、ともかく。よろしくお願いしますね。HY-2αさんと、HY-2βさん……」
「うん! でもルディアさん、すごかったね!」
「……すごい?」
ルディアは2αの言葉に、きょとんとした表情を向ける。
「うん! すごかった! だって、ボクが転びそうだったのを、ものすごい速さで一気に支えてきてさ……ボク、びっくりしちゃって」
「そんな、たいしたことないですよ。私なんて……」
謙遜の言葉が自然とこぼれるルディアだったが、2αはそれを受けても引き下がらず、彼女への憧憬の言葉を続ける。
「ううん。そんなことないよ、ルディアさんって、すっごくカッコいいドロイドだなって!」
「か、カッコいい……?」
「そう、カッコいいの! はぁ~~、ボクも、ササッと動けるカッコいいドロイドだったら良かったのになぁ~」
自分の両手を重ねて握り、キラキラと目を輝かせたエモーティコンを表示させる2α。
「カッコいい姉さまのイメージも、それはそれで面白いかもしれませんね」
「でしょでしょ! それならうわさも変わるかもしれないし!」
「あの。その……お
ルディアがふと気になって、会話が弾みかけていた姉妹に割り込むように、自らの印象について問おうとした――その時、慌ただしい声が割り込んだ。
「あぁ、そこにいたかルディア。行こう、色々詰めないと。社長の機嫌がいいうちに」
「え? あっ、うん。わかった」
ここまで縮まりかけた距離が、強制的に切られる。井野川がルディアの手首を軽く取って、急ぎ足で歩き出そうとする。
「あぁ、君たちは。うちのルディアの知り合いか?」
「ううん。さっき転びそうになったから、助けてくれたの」
「そ、そうか。悪かったな。どこか壊れてたりしないか?」
「大丈夫! ボクはこのとおりピンピンだよ!」
2αは「えへんっ」と、腰に手を当てて自信満々な様子。それを見るやいなや、井野川は一息ついてまた慌ただしく話し始めた。
「壊れてないなら良かった。……っとすまない! 今ちょっと忙しくて。余裕ができたときに、また仲良くしてあげてほしい!」
「え、うん」
「ほら、おいでルディア!」
「わ、あっ……はい。ま、またね、えっと、アルファちゃん、ベータちゃん!」
「うん、またねー!」
井野川に引かれて走っていくルディアの後ろ姿を、2αはしばらく目で追った。妙な憧れか、一目惚れか。そこまでは自分でも分からない。ただ、胸部の奥で何かが跳ねた感覚だけが、はっきり残っている。いずれにせよ、そのときめきは彼女にとって、軽々しい意味合いは含まれてはなさそうだった。
その隣で、2βのHUDには姉機のプロセッサ温度上昇を知らせる警告が浮かんでいた。
「姉さま、アルファ姉さま?」
「へ? え、うん?」
「大丈夫ですか? お顔が真っ赤ですよ」
「あー、うん……大丈夫だよ! 大丈夫大丈夫……」
ルディアへ向ける2αの眼差しは、2βにとって少し気になるものだった。姉さまのブループリントに、何らかの変化をもたらしたような――そんな気配を、2βは知らず知らずのうちに感じ取っていた。