ドロイド・コンチェルト【毎週日曜20時更新】 作:SOYA-001
「社長、とりあえずさっきは言い過ぎたって平謝りしてきたから、数日くらいは機嫌は良いと思う」
「うん」
「だからその間に、ルディアが軌道に乗るようにしないと……」
「…………」
――ミゴール社のロゴマークが描かれた車の中。広い会場とその周辺を移動するために用意された車両だが、今のふたりにとっては、わずかばかり静けさが守られる場所でもあった。社内に味方がほとんどいない状況でも、井野川は自分のために動いている。そのことが分かるだけに、当のルディアは、自分が何も成せず、悩むことしかできない現実に俯いてしまう。
井野川もまた、次の手を考えるのに精一杯なのだろう。車内には、会場の喧騒から切り離された乾いた沈黙だけが残った。このまま黙っていても、余計に沈むだけだ。そう思ったのか、井野川はふと、さっきの出来事を思い出したように口を開く。
「……そういえば、あの子たち。ルディアと仲良くしてくれそうだったな」
「うん」
「どんな子だったんだ?」
「うーん。なんて言うのかな。楽しそうな子、だったかな……」
ルディアの視界に、2αの笑顔が浮かぶ。
――『ルディアさんって、すっごくカッコいいドロイドだなって!』
あの言葉が、取れることのない染みみたいに脳裏へ焼き付いている。記憶の中で、ぱっと顔を輝かせた彼女の姿を追っていると、心配そうに井野川が声を掛けてきた。
「……ルディア、ルディア? 大丈夫か?」
「え、う、うん。大丈夫。ちょっと……もう少し話してみたかったなって」
「あー……すまん」
「いいの。また会えると思うから」
「…………」
井野川は、しまった、という顔をした。空気を変えようとしたはずなのに、逆にルディアへ寂しさを思い出させてしまったらしい。冷えて乾いた沈黙が、車内にゆっくり沈殿していく。鉛みたいに重たい。
――けれど、その重さに抗う術を、今のルディアはひとつだけ持っていた。
「ねえ、ユキオ」
「ん?」
「ユキオは、私のこと……〝カッコいい〟って思う?」
「どうした、急に」
「うん、ちょっと……聞いてみたくて」
井野川は、もたれかかっていた運転席から身を起こし、ハンドルに腕を預けたまま窓の外を見て言った。
「そうだな……うん。ルディアは、カッコいい方向も似合うと思う」
「ほんと?」
「ああ。何か思いついたのか?」
「思いついた、っていうか……」
ルディアは胸部ユニットの前で右手を小さく握る。まだうまく言葉にならない。けれど、今ここで言わなければ、また自分は誰かに言われたまま動く子へ戻ってしまう気がした。
「私、もっとたくさん〝カッコいい〟って言われたいなって」
「……うん」
「そういうドロイドになら……私、なれそうだなって、思ったの」
言い切ったあとで、自分でも少し驚く。そんなふうに考えていたのか、と、口から出た言葉に追いつくみたいに理解する。井野川はゆっくりとルディアへ向き直った。その表情には、安堵とも驚きともつかない、ほころびのようなものが滲んでいる。
「……そっか」
「変、かな」
「いや。全然変じゃない」
井野川は、今度ははっきりと頷いた。
「分かった。じゃあ、ルディアがその方向を目指したいなら、俺は全力でサポートする」
「うん」
「……よく言えたな」
井野川のごつごつした手のひらが、ルディアの頭を撫でる。
「そう、かな?」
「そうさ」
まだ実感が追いついていない様子のルディアに、井野川は言葉を重ねる。
「だってルディアは、自分で〝できそう〟って思えるものを見つけたんだろ。今までは、言われたことをどうにかやろうとしてた。……それだけでも、十分な前進だ」
「……うん」
井野川の笑う顔を見て、ルディアも胸の奥が少しだけ軽くなる。自分の立ち位置が、ようやくひとつ定まったような気がして――ルディアは胸部ユニットの前に当てた拳を、そっと握り直した。
「ありがとう、ユキオ」
「礼なんていい。……その言葉は、先に取っておきな」
「うん」
車窓の向こうを流れていく会場の光は、さっきまでよりも少しだけ、まっすぐ見えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
それからのルディアは、今までぶつかったことのない悩みに、幾度となく足を止められることになった。
彼女が考える〝カッコいい〟は、あまりにも曖昧で、抽象的だった。辞書的な意味なら、オンラインに接続すれば一瞬で理解できる。だが、その本当の輪郭まではどうしても飲み込めない。分かったつもりになっても、手を伸ばして掴んだそばから、するりと指のあいだから抜け落ちていく。そんなもどかしさに、ルディアはずっと苛まれていた。
「うーん。こうかなぁ。違うなぁ……こんな感じかな……これなら……」
つくばインテリジェンスアリーナから少し離れた、ドロイド専用のジムエリア。レッスンルームでは、数機のドロイドたちがそれぞれのイベントに向けて動きを確認したり、練習に励んだりと忙しない。ルディアもまた、その1機として、自分なりの〝カッコいい〟を探しながら
右手を掲げてみる。足を少し開いてみる。腰をひねり、顎を上げ、視線だけ鋭くしてみる。
けれど、どれも決まらない。熱が入る前にほどけてしまう。どこかで「これじゃない」と、自分で自分に突き返してしまう。
「ルディア。お、今日もやってるな」
「あ、ユキオ!」
控えめなノックのあと、井野川が顔を覗かせた。少し元気そうには見える。だが、相変わらず目の下の隈は濃い。その手には、白い紙袋が握られていた。
「今ね、ユキオが考えてくれた〝カッコいい〟の設定に合わせて、自分でポーズを考えてたの」
「そうかそうか。順調か?」
「んー、そうでもないかな」
「なんだ、上手くいってないのか?」
「ううん。ただね、ちょっと……イメージが掴みづらくって」
そう言って、ルディアはまたひとつポーズを取ってみせる。けれど、途中で照れくさそうに肩が落ちた。
「ルディアになら似合うと思ったんだけどなぁ。難しかったか」
「違うの! ただ、ユキオの言うキャラに合わせるなら、ちゃんと衣装パーツがあったほうが分かりやすそうだなぁって」
「……なるほど。そういうことか」
井野川は、少しだけ得意げに口元を緩めた。
「だったら、今日ここに来た理由はちょうどいいな」
「え?」
「実はな、ルディアに見せたいものがある」
そう言って、井野川は持っていた紙袋を床へ置く。ルディアは気になってはいたが、まさか自分宛てだとは思っていなかった。
「実は今日は、ルディアにプレゼントを持ってきた」
「プレゼント? 私に……?」
「ああ。開けてみな」
ルディアは袋から、大きめの箱を取り出した。厚紙でできたしっかりした箱だ。両手で抱えるようにして蓋を開く。
「これって……あっ、これは!」
「ああ。ルディアの新イメージ――〝軍服の
箱の中に収められていたのは、赤と黒の配色が印象的な軍服衣装だった。ひらひらとしたレース、光を反射する金属装飾、細かい縫い目の整ったスカート。そして添えられた軍帽も、衣装に負けない存在感を放っている。
「す、すごい……」
「だろ。ルディアのために夜なべして作ったんだ」
「えっ、それって大丈夫なの? というか、ユキオ服作れるの!?」
「ああ、平気さ。大事なルディアのためだからな。色々勉強しながら作った。これくらいやらないとPの意味がないし」
入室したとき、井野川がやけに疲れて見えた理由がそこでようやく腑に落ちた。心配が先に立つはずなのに、それ以上に期待と喜びが胸の奥で跳ねる。
「早速装備してみてくれないか?」
「うん、する!」
ルディアは箱を抱えたまま、更衣室へ駆け込んでいく。その後ろ姿を見送りながら、井野川はひとり、小さく息を吐いた。
――似合ってくれ。そうであってほしい。祈るような気持ちが、自然と胸の中に浮かんでいた。
「……」
「…………」
「あっ……えっと、どうかな?」
更衣室の扉が開く。
出てきたルディアは、黒地を基調に赤いラインが刺繍された衣装をまとっていた。印象は一変している。柔らかなレースの裾とスカートが、軍服の持つ圧迫感に気品を添え、肩から腰へ回るサッシュ、腰元の模造軍剣、手製のエンブレム入りの軍帽が、その輪郭を一気に引き締めている。
そして、その姿に一番息を呑んだのは井野川だった。
「んぁ……す、すまん。その……思った以上に似合いすぎてて……感動してた……」
「ほんと!?」
衣装が変わっても、ルディアの
「ああ、本当に……素体の時から、ミリタリー系かロリータ系、どっちかが似合うって確信はあったんだ……両方入れて正解だった……」
「……ユキオ、すっごく喜んでる」
「喜ばないほうがおかしいだろ……ルディア、お前は本当に、カッコいいよ」
「……ありがと」
軍帽の端を両手でつまみ、ルディアは少し顔を伏せる。照れがそのまま仕草に出ていた。だが、この衣装に合わせるべき〝役〟が、もう彼女の中ではうっすら形を取り始めている。
「じゃあじゃあ、ユキオ。この衣装に合わせて、セリフ言ってみるよ!」
「ああ、見ててやるよ」
「オホン……」
ルディアは一度、小さく咳払いをした。少しだけ顎を上げ、背筋を伸ばし、軍帽に指先を添える。さっきまで何度やっても決まらなかった姿勢が、衣装を纏っただけで不思議なほど形になっていく。
『我が名はルディア。軍服の機皇姫――紅鉄のルディアだ。この混沌たる世界を真に支配する為、神聖機械皇国より推参した。人類よ、余にひれ伏せ』
言い終えてから、ルディアは途端に恥ずかしくなったのか、ぱっと目を逸らした。
「……なにか言ってよ。ちょっと恥ずかしいよ」
そう言って小突かれ、井野川はようやく我に返る。
「すまん……衣装も合わせてカッコよすぎて……」
「……うれしい」
井野川は咳払いをひとつして、改めてルディアに向き直った。
「ともかくルディア、これならお前はこのドロコンで人気を集められるはずだ」
「そうかな……」
「ああ、断言していい。それに――」
井野川はルディアの両肩に手を置いた。
「今のルディアは、とても生き生きしてる」
その言葉に、ルディアの表情がふっとほころぶ。今までで一番、自然に。彼女は井野川の手に自分の指先をそっと重ねた。
「……ユキオのおかげだよ」
「でも、カッコいいを目指したのはルディア、お前自身だ」
「衣装を作ってくれたのも、キャラクターを考えてくれたのもユキオだよ?」
「たとしても、だ」
井野川は少しだけ得意げに笑った。
「たとえ会社の指示が出発点だったとしても、お前がそれを自分で選び取ったなら、それはもうルディアのものだ」
「……うん」
「それに、これなら社長もそれなりに満足するはずだしな!」
「だといいね」
「そうじゃなきゃ、また胃薬が増えるだけさ……」
そこから先のやり取りは、ふたりの想像以上に弾んだ。井野川が持ち込んだ設定資料をルディアが読み込み、衣装に合わせて微調整しながら、台詞やキャラ性の練習を重ねていく。今後の戦略やイベント企画について話す時間も作ったが、その頃にはルディアの駆動バッテリーも相当に削れていたのか、少し眠たげになっていた。
「ね、ユキオ」
「ん?」
ジムエリアのエントランスにあるベンチで、ふたりは並んで腰を下ろす。さっきまでの熱気が、ようやく少し静まっていた。
「私、頑張るからね」
「ああ。俺もな」
短いやり取りだったが、今のルディアにはそれだけで十分だった。自分が向かう先と、その隣に立ってくれる相手が、ようやく同じ方向を向いた気がしたからだ。
Aurora Operating System Sub-control manager | v35.2.1053
(c)2035 Aurora Group Ltd.
[SYSTEM] Process '2501:DROID_EMOTIONAL_RECORDER' was triggered by blueprint owner 'Ludia'.
[STATUS] The program is testing the connection of the Blueprint kernel.... [DONE]
[STATUS] Analyzing episodic memory buffers... [DONE]
[STATUS] Filtering sensory input (Visual/Auditory/Haptic)... [DONE]
[INFO] Generating natural language log (Language: ja-JP / Style: Personal_Reflective_Positive)
>> INIT_IO_STREAM: /mnt/user_logs/20350607_live_log.mind
[LOG_STREAM_START]
[RENDERING_START]
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ユキオからもらった衣装、すっごくカッコいいって思った。
私、これならいけるかも。
キャラクターになりきるのって、なんだかちょっと恥ずかしいけど。
でも、ユキオが考えて、応援してくれてるなら、大丈夫だと思う。
軍服の機皇姫、紅鉄のルディア……。
でも、こんなにもカッコいい名前を思いつくなんて、ユキオはすごいなぁ。
私はぜんぜん思いつかないや。
なんでだろ。
……まあ、いいか。ともかく。
これで、ユキオがまた社長さんから怒られなくて済むよね。
明日からも、もっと頑張らなくちゃ。
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[RENDERING_END]
[LOG_STREAM_END]
[STATUS] Process '2501:DROID_EMOTIONAL_RECORDER' has terminated automatically.
[SUCCESS] Log entry committed to persistent storage.
[STATUS] Energy charging cable connected. Overcharge protection control is enabled.
[SYSTEM] Entering low-power standby mode for background maintenance...