セックスが淘汰された世界で、唯一の『クソオス魔装鍛冶師』   作:北川ニキタ

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11話 相部屋

「せ、せいと?」

 

 生徒。

 学校の生徒。

 あの、オレ、十八歳の魔装鍛冶師なんですが。

 

「はい。そもそも、七席というのは、グラグタル学院の生徒に与えられる名誉職ですよ。えっと……まさか、そのことすら説明してなかったのですね」

 

 ……もちろん、初耳。

 そっか、オレって学院に編入する前提で物事が進んでいたんだ。

 順序としては筋が通っている。通っているが、オレの意思がどこにも介在していない。

 

「手続きはわたしのほうで済ませておきますので、ご心配なく」

 

 心配しかない。

 学院が何をする場所かもわかっていない。七席が具体的に何なのかもわかっていない。なのに手続きだけが光速で進んでいく。

 前世の役所で「書類はこちらで処理しますので」と言われて、気づいたら住民票が移っていた時と同じ恐怖だ。

 

「それと、寮生活になりますので――」

 

 寮。

 

 また知らない単語が。いや、知っている。知識としては知っている。前世の記憶にある。学校に併設された共同生活施設。つまり、ここに住む。

 

 ここに。

 

 女しかいない学院に。

 

 住む。

 

「――フィーネさん、寮のことはあなたから教えてあげてくださいね」

 

「……な、なんで、わたしが」

 

 フィーネの声は、氷点下だった。

 

 学院長は微笑んだまま続ける。

 

「あなたが一番この子の事情を知っているでしょう? リーゼ様からも、フィーネさんによろしくと」

 

「…………」

 

 フィーネの顎が引き締まった。「リーゼ様が」を出されると逆らえないらしい。

 便利な魔法の言葉だ。この世界版の「社長が言ってたんだけど」みたいなやつか。

 

「……わかりました」

 

 承知はした。しかし目は死んでいる。

 

「それと」

 

 学院長が机の引き出しから書類の束を取り出した。パラパラとめくっていく。

 

「寮の部屋割りを決めないといけませんね……ええと……」

 

 指が紙の上を滑っていく。部屋番号と名前が並んだリストらしい。

 

「あら。フィーネさんの相部屋、空いているじゃないですか」

 

 ページをめくる手が止まった。

 

「では、そこに入っていただきましょう」

 

 …………。

 

 ……………………え?

 

「ちょっと待ってください」

 

 オレとフィーネの声が重なった。

 

 本日二回目のユニゾン。今日だけでデュエットの経験値がすごい勢いで溜まっている。

 

 いやそれどころじゃない。

 

 相部屋。

 フィーネと。

 男と女が。同じ部屋に。住む。

 流れに身を任せていたらとんでもない所に流れ着いた。川下りで滝壺に落ちるやつだこれ。

 

「あの、学院長」

 

 オレは一歩前に出た。ここは主張しなければならない。前世込みの五十年分の常識が全力で警報を鳴らしている。

 

「さすがに、まずいのではないでしょうか」

 

「まずい?」

 

 学院長が首を傾げた。

 

「えっと……何がでしょうか?」

 

 曇りなき眼。

 一点の曇りもない、純粋な疑問の目だった。

 

 社交辞令のすっとぼけじゃない。本気で「何がまずいのかわからない」と言っている。

 

 ……ああ、そうだった。

 

 この世界には、男女が同じ部屋に住むことが「まずい」という概念が存在しない。

 

 性的な文脈がゼロだからだ。

 

 男と同室になることへの抵抗感は、この世界の女にとって、犬と同室になることへの抵抗感と同程度だ。犬がベッドの隣にいても「まずい」とは思わない。毛が散るとか、臭いとか、そういう実務的な問題はあっても、「異性だから」という理由での拒否反応は――ない。

 

 ない。

 完全にない。

 オレだけだ。この部屋で「男女の相部屋はまずい」と思っているのは。

 

「あ、いえ……何でもないです」

 

 引き下がるしかなかった。

 説明のしようがない。「男と女が同じ部屋で寝るのは性的にまずいんです」と言ったところで、「性的って何?」で終わる。千年分の文化ギャップを学院長室で埋めるのは不可能だ。

 

 しかし。

 待て。冷静になれ。

 

 学院生活。寮生活。同年代の女たちに囲まれて暮らす。

 村では家族の中で浮いていて、鍛冶師見習いのときは師匠と二人きり。しかも師匠は六十過ぎの老婆だ。

 

 それが。

 同年代の女の子たちと。同じ屋根の下で。

 

 朝起きて、顔を洗って、着替えて、食事して、授業を受けて、訓練して、風呂に入って、寝る。その全工程が、女の子たちと一緒。

 

 脳内が真っ白になった。

 情報量が多すぎて脳みそが焼けた。

 

 いや、冷静に考えろ。これまでと同じだ。見られても恥ずかしくない世界。オレの視線に意味がない世界。犬が見ている程度の認識しかされない世界。

 

 天国の景色を、地獄のガラス越しに眺め続ける生活。

 

 それが学院バージョンにアップグレードされるだけだ。

 

「なんで、こんな人とわたしが相部屋に!」

 

 フィーネが声を上げた。

 

 お。

 

 フィーネが反対している。

 

 理由はオレとは全然違うだろうが、結論が同じならなんでもいい。

 

「ぽっと出のこいつのせいで、わたしがどれだけ屈辱を……わたしが七席に選ばれるはずだったのに、それを――」

 

 よし。いけ、フィーネ。もっと言え。

 オレは全力で応援した。内心で。声には出さない。

 

 理由は違えど利害は一致している。フィーネが相部屋を拒否してくれれば、オレの精神衛生が守られる。

 

「フィーネさん」

 

 学院長の声が、柔らかくなった。

 

「あなたが七席を目指して努力してきたこと、わたしも知っています。理不尽だと感じる気持ちもわかります」

 

 声にやさしさがあった。管理職としての処世術ではなく、年長者としての本当のやさしさ。

 

「ですが、リーゼ様が決めた以上、その事実は覆りません。来年も、再来年も、チャンスはあります。そして――七席の近くで過ごすことで、新しい道が見つかるかもしれませんよ」

 

 フィーネの肩から、少しだけ力が抜けた。

 

「…………」

 

 沈黙。長い沈黙。

 

「……わ、わかりました」

 

 さっきまでの不機嫌が、すっと引いた。

 

「わたしも……少し、意固地になってました」

 

 しゅん、と。

 反省の色が、フィーネの横顔に浮かんだ。

 

 この子、素直なところがあるんだな。怒りの沸点は低いが、諭されると引ける。大人の言葉がちゃんと届く。

 

 フィーネがこちらを向いた。

 気まずそうに、ほんの少しだけ視線を逸らしながら。

 

「……まだ、いろいろと納得できてないけど」

 

 小さく頭を下げた。

 

「ひとまず、よろしく」

 

 ――あ。

 

 ちょっとだけ、かわいいと思ってしまった。

 さっきまで泣きそうな顔で怒っていた女が、しゅんと反省して「よろしく」と頭を下げている。このギャップは反則だろう。

 

 いや違う。問題はそこじゃない。

 

「いや、そうじゃないだろ」

 

「……なに?」

 

 フィーネの目が鋭くなった。

 

「わたしの相部屋、嫌なわけ?」

 

 その声に「失礼ね」のニュアンスが乗っている。

 

「いや、そういう意味じゃなくて」

 

 そういう意味じゃなくて。

 じゃあどう説明する。

 

「えっと……男と女が、同じ部屋に住むのって、あんまりよくないんじゃないかなって……」

 

 言った瞬間、空気が変わった。

 

 学院長とフィーネが、揃って同じ顔をした。

 頭の上に「?」が浮かんでいる顔。

 

「……何が?」と学院長。

 

「何言ってんの?」とフィーネ。

 

 二人の曇りなき眼が、オレを見ている。

 ダメだった。

 知ってた。知ってたけど、言わずにはいられなかった。前世の常識が最後の抵抗を試みて、玉砕した。

 

「……何でもないです」

 

 三回目の撤退。本日の説得勝率、ゼロ。

 

「じゃあ行くよ。案内してあげるから」

 

 フィーネが歩き出した。

 

 さっきまでの険悪さは薄れている。学院長の言葉が効いたのか、それとも「こいつは変なことを言う奴だ」という新しい認識が、怒りを困惑で上書きしたのか。

 オレはパンパンのリュックを背負い直して、フィーネの後を追った。

 

 学院長室を出る。廊下に出る。また視線が刺さる。

 

「ねえ、あの人男じゃない?」「うそ、フィーネと一緒にいるんだけど」「えー」

 

 ひそひそ。ひそひそ。

 もう慣れた。慣れたと言い聞かせる。

 

「フィーネさん」

 

「……なに」

 

「寮って、どんな感じですか」

 

「普通の寮。二人部屋。ベッドが二つと机が二つ。共用の浴場と食堂」

 

 共用の浴場。

 ……うん。知ってた。わかってた。

 男湯はない。あるわけがない。

 これから毎日、この問題と戦うことになる。

 

 フィーネは早足で廊下を歩いていく。オレは五歩後ろをついていく。

 窓の外に夕日が沈んでいく。

 今朝はまだ師匠の工房にいた。

 昼にリーゼに連れ出された。

 午後にフィーネと戦った。

 夕方に学院に編入が決まった。

 

 そして今、同年代の女と相部屋が確定した。

 

 人生で一番長い一日だ。

 

 三十二年間で一度もなかった「女の子と同じ部屋に住む」が、今日、流れ作業のように決まった。

 

 モテたかった。

 モテたかったが、しかし、こんな形は望んでなかった。

 

「ここ」

 

 フィーネが、寮棟の一室の前で立ち止まった。

 

 扉を開ける。

 

 中は簡素だった。ベッドが二つ、壁際に机が二つ。窓が一つ。

 片方のベッドには私物が置いてある。フィーネの側だ。

 もう片方は空。オレの側。

 

「……そっちがあんたのベッド。荷物、勝手に置いて」

 

 フィーネはそれだけ言って、自分のベッドに腰を下ろした。

 オレはリュックを空のベッドに置いた。

 三メートル先に、フィーネがいる。

 

 これから毎日、この距離で寝起きする。

 

 なんだ、それ。






や、やっと、本編スタート(遅い)
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