セックスが淘汰された世界で、唯一の『クソオス魔装鍛冶師』   作:北川ニキタ

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12話 つの

 まず制服の問題が発生した。

 受付の女性職員に渡されたのは、当然のように女用の制服だった。

 当然だ。

 この世界に「男用の服」という概念がない。服はすべて女の体を基準に作られている。

 

 受け取った制服を広げてみる。

 上着。胸のダーツが深い。ウエストが絞られている。肩幅が狭い。

 ……着れるか、こんなもん。

 胸のダーツをそのまま着たら、胸元がぶかぶかに余る。逆にウエストは窮屈だ。男と女では体の凹凸が逆なのだ。

 

 とはいえ、こういう経験は今に始まったことじゃない。

 この世界で十八年、オレはずっと「女用しかない」と戦ってきた。

 村に住んでいた頃から、服は全部自分で直していた。

 端切れで下着を縫い、既製品の上着を解体して縫い直し、裾を詰め、肩幅を出す。

 リュックから携帯裁縫セットを取り出した。

 まず胸のダーツを潰す。縫い目を解いて、余った布を平らに馴染ませる。男の胸板に合わせて直線的なラインに仕立て直す。

 次にウエストの絞りを緩める。脇の縫い代を出して、二センチほど幅を稼ぐ。

 肩は――これは少し足りないが、縫い代ギリギリまで出せば許容範囲だ。

 スカートは論外なので棚に戻した。ズボンタイプの下衣もあったので、こちらは股上と股の縫い目だけ微調整すれば問題ない。

 

 三十分ほどで作業が終わった。

 袖を通してみる。

 ……悪くない。

 ぱっと見は他の生徒と同じ制服だ。細部を見れば改造の跡はあるが、素人目にはわからないだろう。

 五年間の鍛冶修行で鍛えた「手先の器用さ」と「素材の特性を見極める目」は、鍛冶以外でも役に立つのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 夕食は学院の食堂でとった。

 食堂は広かった。天井が高く、窓からは中庭の噴水が見える。さすが王都随一の学院というだけあって、設備が村の食堂とは別次元だ。

 メニューも充実している。

 肉料理が三種類、魚が二種類、スープにサラダにパンに、デザートまである。師匠の工房では毎日パンとスープと干し肉のローテーションだったから、目の前の光景がバイキングレストランにし見えない。

 味も美味い。肉が柔らかい。パンが焼きたてだ。師匠の工房で食べていたパンは、三日目くらいから鈍器に転用できる硬さだったのに。

 ただし、食事の味を落ち着いて楽しむ余裕はなかった。

 視線。

 四方八方からの視線。

 食堂に足を踏み入れた瞬間、ざわっ、と空気が変わった。数百人分の女の目が一斉にこちらを向く。前世で言えば、女子校の文化祭に一人で紛れ込んだ男の気分だ。通報されないだけマシか。

 ひそひそ。ひそひそ。

「ねえ、あれ……」「本物の男?」「なんで食堂に……」

 

 遠巻きに見るだけで、話しかけてくる者はいない。珍獣コーナーのガラス越しの視線だ。ガラスがないだけで、距離感は同じ。

 フィーネは黙々と食事をしていた。オレの隣で。

 オレの隣に座っているせいで、フィーネにも視線が集中しているはずだが、彼女は一切気にしていない。あるいは気にしていないふりが上手い。

 どっちでもいい。今は肉が美味い。それだけで十分だ。

 

 

◆◆◆

 

 

 部屋に戻った。

 三メートル先にフィーネのベッド。その上にフィーネ。

 相部屋。この現実は数時間経っても馴染まない。

「さて」

 

 フィーネが立ち上がった。

 棚からタオルと着替えを取り出している。

 

「大浴場に行くわよ。ついてきて」

 

 大浴場。

 だい。よく。じょう。

 三文字が脳内で爆発した。

 大浴場。女しかいない学院の。大浴場。

 女子大浴場。

 ノーガードの。全裸の。湯気の向こうに。何百人もの。

「ディート? 支度しなさいよ」

 

 フィーネがタオルを畳みながら言った。何の感慨もない声。洗濯物を干すくらいのテンションで「大浴場」と言っている。

 この世界では当然だ。

 男がいようがいまいが関係ない。大浴場は大浴場。水を浴びる場所。それ以上の意味はない。

 オレ以外の全員にとっては。

「あ、あの、フィーネさん」

 

「……なに。あと、さん付けやめて。気持ち悪い」

 

 気持ち悪いと言われた。まだ知り合って一日も経ってないのに容赦がない。

 

「フィーネ。えっと、その……シャワーとかないのか?」

 

「シャワー? それなら部屋に備え付けのがあるけど」

 

 ある。

 あるのか。

 救いの光だ。暗闇の中に差す一条の――

「でも今日は大浴場。初日だから学院の施設を案内するのも兼ねてるの。学院長に言われたでしょ、わたしが案内するって」

 光、消えた。

 

「だから、来なさい」

 

「む、無理だ」

 

「はぁ?」

 

「大浴場は流石に無理だ!」

 

 フィーネの目が鋭くなった。

 

「なんで」

 

「なんでって……」

 

 なんでと聞かれても困る。

 正直に言えば「女の裸が何百人分も視界に入ったら鼻血で溺死する自信があるから」だが、この世界でその説明は通じない。

「……その、裸を見られるのが恥ずかしいから……」

 

 苦し紛れに言った。

 嘘ではない。半分は本当だ。残り半分の理由は墓場まで持っていく。

「は?」

 

 フィーネの顔に、純粋な困惑が浮かんだ。

 しかし数秒後、何かに思い当たったようにぽんと手を打った。

 

「ああ、それって、男特有のやつ?」

 

 男特有のやつ。

 何を想像しているのかわからないが、その解釈でいってくれ。頼む。

 

「そう! 男って裸を見られるのが恥ずかしいんだ。本当に。生理的にダメなんだ」

 

 力説した。

 人生で初めて「裸を見られるのが恥ずかしい」を力説している。前世では見せる相手すらいなかったのに。

「はぁ……」

 

 フィーネがため息をついた。

 心底めんどくさそうな顔だった。

 

「裸を見られるのが恥ずかしいなんて……男ってのは、めんどくさいのね」

 

 めんどくさい。

 こっちがどんな思いでこの危機を回避しようとしているのか、お前は知らないくせに!!

 

「……まあいいわ。勝手にすれば」

 フィーネはタオルと着替えを抱えて、一人で部屋を出ていった。

 扉が閉まった。

 ……助かった。

 心臓がバクバクしている。大浴場に行くか行かないかの交渉で、こんなに消耗するとは思わなかった。

 こんなのが毎日あるのか。

 毎日、この攻防を繰り返すのか。

 生きていける気がしない。

 

 

◆◆◆

 

 

 フィーネが出ていった後、備え付けのシャワーを浴びた。

 ここなら自分の裸しかない。安全。平和。

 リュックから寝巻きを取り出して着替えた。師匠の工房で使っていた、くたびれた麻の上下だ。

 着替え終わったところで、扉が開いた。

「ただいま」

 フィーネが入ってきた。

 風呂上がりの匂い。石鹸だろうか、花のような、柔らかい香りが部屋に広がった。

 髪が濡れている。普段は結んでいる明るい髪が、今は下ろされて肩にかかっている。

 制服ではなく寝間着を着ていた。

 薄手の布。肩が出ている。鎖骨が見えている。太ももの半分くらいまでの丈。

 ……改めて見ると。

 こいつ、かわいいんだよな。

 目つきは鋭いが、顔の造りは整っている。唇の形がいい。怒っている時の眉間の皺ですら、なんというか、絵になる。

 そして、寝間着の上からでもわかる。胸の形がいい。ガルドラほどの暴力的な存在感はないが、布越しに主張する曲線が、上品かつ確実にそこにある。

「…………」

 

「……なに」

 

 目が合った。

 フィーネの濡れた髪から、雫が一滴、鎖骨の上に落ちた。

 反射的に口が動いた。

「け、決してセクハラしていたわけでは」

 

「……意味わかんないこと言わないでよ」

 

 フィーネは呆れた顔でタオルをベッドに放り投げた。

 セクハラ。そうか、この世界に存在しない概念だった。

 

「大浴場で、あんたのこと色んな人に聞かれたわ。おかげで余計に疲れた」

 

「……そうなのか。夕食の時は誰も話しかけてこなかったのに」

「直接話しかける勇気はなかったんでしょ」

 

 そういうものなのかと。オレ、本当にこの学院でやっていけるのかな。

「で、なんて答えたんだ」

「リーゼ様が連れてきて、わたしもよくわかんない、って言ったら、みんな納得してったわよ」

 

 リーゼ。

 あの見た目十歳の、正体不明の少女。師匠が「この方」と呼び、学院長が即座に編入を許可する、あの存在。

「……聞くタイミングなかったんだけどさ」

 ベッドに腰を下ろしながら、聞いた。

 

「リーゼって、何者なんだ?」

 フィーネが振り返った。

 呆れ顔。本日何度目かの呆れ顔。この子の表情の七割は呆れで構成されている。

 

「……そんなことも知らないの」

 

 仕方ないだろ。山の工房で五年間、鍛冶と素振りとフィッティングしかしてなかったんだから。世間の情報が入ってくる環境じゃなかった。

「リーゼ様は――そうね、簡単に言えば、世界で一番強い戦士よ」

 

「…………は?」

 

 世界で一番。

 あの生意気なガキが。

 あのぶかぶかの旅装を着た、足をぷらぷらさせる少女が。

 世界で。一番。

「だから、男が学院に編入なんて前代未聞だけど、リーゼ様がおっしゃるなら、まあ……納得するしかないわけ」

 

 嘘だろ。

 あの、世間を舐めてそうな感じのやつが?

 脳が受け入れを拒否している。あの「おもしろーい」「泣き虫だねー」のガキが世界最強。

「まあ、リーゼ様がなに考えてるのかわかんないので、今回に限ったことではないけど」

 フィーネはそう付け足して、自分のベッドに潜り込んだ。

 

「もう寝ましょ。明日から授業もあるし」

 授業。そうだった。学院に編入したんだから授業がある。

 

「……ああ、そうだな」

 

 疲れた。

 今日一日の情報量が、前世の一年分くらいある。

 ん……、トイレ行きたいな。寝る前に済ませておこう。

「お手洗い行ってくる」

 

「ん」

 フィーネは布団に顔を半分埋めたまま、生返事をした。

 部屋の隅にある小さなトイレに入った。個室。狭いが、扉がある。プライバシーが守られる空間。今日この部屋で唯一の、聖域。

 パンツを下ろして便座に座った。

 ちなみにこのパンツは手製だ。

 この世界に男性用の下着は売っていない。

 当然だ。需要がない。パンダ用の下着が量産されないのと同じ理由だ。師匠の工房にいた頃、端切れの布で自作した。裁縫スキルだけは鍛冶師生活で地味に上がっている。

 ……さて、用を足すか。

 

 …………ッ!?!?!?

 

 眼の前に、フィーネが立っていた。

 寝間着姿のまま。トイレの個室の中に。

「フィッ、フィーネ!?」

 パンツは下がっている。便座に座っている。

 最悪のタイミングだ。

 な、なにごとッッ!!

 

「あのね」

 

 フィーネが、妙に真剣な顔で言った。

 

「さっき大浴場で、友達に言われたの」

 

「は、はあ……」

 

「男はトイレする時、角が生えるんだって」

 

「……角?」

「本当か見てきてって頼まれたの。だから――」

 

 角。

 つの。

 ――ああ。

 それ、ちんぽのことろ!?。

 男の股間から何か突起物が生えている、という知識はこの世界にもあるらしい。

 ただし千年の風化を経て、情報の精度が「角が生える」まで劣化している。伝言ゲームで原型を留めなくなって都市伝説になっている!

  ていうか、女同士だってトイレしてるところは見せ合わないだろうが!

 排泄の羞恥心はこの世界にも残っているはずだ。しかしフィーネの目は、完全に好奇心が常識を追い越したんだろう。 珍獣の生態を確認するチャンスが、マナーより優先された。

 

「早くおしっこするところ見せてよ」

 

 言い方。

 純粋な知的好奇心の目で、股間をガン見しないでくれ。

 図鑑で珍しい生物の生態を観察する研究者の顔をしている。目がキラキラしている。好奇心に曇りがない。

 これが性的な意味を一ミリも含んでいないことは、わかっている。わかっているが、状況が状況だ。便座に座って、パンツを下げて、同い年の美少女にちんこをガン見されている。前世だったら事案だ。

「……あ、本当だ。なんか出てきた」

 

 フィーネが感心した声を出した。

 出てきたんじゃない。最初からある。

 いや違う、今の状況でそっちの意味で出てきたわけでもない。断じて。

「へぇ……これが角かぁ」

 

 違う。角じゃない。

 

「でもさ、この状態だと、おしっこが便器の中に入っていかなくない?」

 

 フィーネが首を傾げた。学問的な疑問を呈する顔だった。

 

「ここからどうするの?」

 いやぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!

 叫んだ。

 声に出して叫んだ。

 前世込み五十年の人生で、便座の上で絶叫したのは初めてだ。そして恐らく最後であってほしい。

「う、うるさっ! なに叫んでんの!?」

 

「出てってぇぇぇ!!」

 

「あいかわらず男って大げさね! 角一本くらいで!」

 

 角一本くらいで。

 角一本くらいで、と彼女は言った。

 オレの尊厳が、角一本分の価値で量られている。

 フィーネは「もう変なの」という顔で個室を出ていった。

 扉が閉まった。

 残されたオレは、便座の上で天井を仰いだ。

 学園生活、初日。






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