セックスが淘汰された世界で、唯一の『クソオス魔装鍛冶師』 作:北川ニキタ
珍しく、今日は暇だった。
暇というと語弊がある。魔装鍛冶師に完全な休日はない。素材の管理、工具の手入れ、魔導炉の点検。やることは常にある。
ただ、今日は客の予約が入っていない。師匠は朝から素材の仕入れで街に出ていて、工房にはオレ一人。
こういう日にオレが何をするかというと。
プロトタイプを作る。
◆◆◆
魔装鍛冶師の仕事について、もう少し詳しく語らせてほしい。
魔装は大きく分けて二種類。武器と防具だ。
防具は前に説明した通り、内側に魔脈紋を刻んで着用者の魔素と共鳴させ、金属板を魔素の防壁に変える装備。フィッティングが命で、同じ鎧でも使い手によって性能がまるで違ってくる。オーダーメイドの高級スーツみたいなもんだ。体に合わなきゃただの重い板。
武器はもう少し複雑だ。
この世界の主力武器は剣。圧倒的に剣。全体の八割が剣だと言っていい。
理由は単純で、魔素と剣の相性が極めて良いからだ。
魔装の武器は、使い手の魔素を刀身に流し込んで斬撃力を増幅させる。この時、魔素は刀身の中を「一方向に」流れる必要がある。柄から切っ先へ、まっすぐに。
剣の形状は、その「一方向の流れ」に最適化されている。長い直線の刀身が魔素の通り道として機能し、切っ先で魔素が収束して爆発的な斬撃力を生む。前世で言えばレーザーに近い原理だ。光を一点に集中させるように、魔素を刃先に集める。
だから剣が主流。槍もそこそこいるが、基本は刺突特化の「長い剣」みたいな使い方をしている。
斧や鈍器は少ない。面で打撃する武器は魔素の収束点が分散するので、一撃の増幅率が低い。素の筋力と魔素量でゴリ押しする脳筋専用武器という位置づけだ。
弓はもっと少ない。矢が射手の体から離れた瞬間に魔素の供給が途切れるから、増幅が乗るのは射出の一瞬だけ。
つまり、この世界の戦闘哲学はシンプルだ。
自分の魔素を武器にぶち込んで、ぶった斬る。
魔素量がものを言う。量が正義。
しかし、同じ魔素量でも、粗悪な剣なら三割しか斬撃力に変換できないが、名工の剣なら九割変換できる。同じガソリンでも、エンジンの出来で馬力が変わるのと同じだ。
つまり、鍛冶師の腕が戦場の勝敗を左右する。
だからガルドラみたいな常連客は月に二度もメンテナンスに来るわけだ。
さて。ここまでが前提。
ここからが、オレがこっそりやっていることの話だ。
◆◆◆
前提をひっくり返す。
この世界の武器は全て「使い手の魔素を武器に流し込む」ことを前提に設計されている。蛇口から水を流してホースで飛ばすようなものだ。水圧が高いほど遠くに飛ぶ。
じゃあ、蛇口の水圧がゼロに等しいオレはどうなる?
ホースを持っていても、水が出ない。
五年間、一応試してみた。剣に魔素を流そうとしても糸くず程度の出力しか出ない。師匠に「蚊の鳴くような魔素だな」と言われた。蚊に失礼だ。蚊のほうがまだ刺してくる分だけ攻撃力がある。
だから考えた。
逆転の発想だ。
使い手の魔素を外に流すのではなく、外の魔素を吸い込む武器を作ったらどうか。
フィッティングの時に、オレはいつも相手の体の魔素を掌で感じ取っている。
ガルドラの胸に手を当てた時、掌に伝わってくる振動。あれは相手の体から漏れ出す魔素を、オレの皮膚が拾っている。
魔素量がほぼゼロのオレだから感じ取れる。自分の魔素がノイズにならないから、微弱な外部の魔素を純粋に受信できる。
この「受信」を、武器でやったらどうか。
つまり、刀身の中に精密な回路を仕込んで、接触した対象の魔素を吸い上げる。吸い上げた魔素が回路を通る時、その流れのパターンが柄を通じて掌に伝わる。
フィッティングの触診と同じ原理だ。
素手で相手の体に触れなくても、剣を交えた瞬間に相手の魔装の情報が手に流れ込む。
魔脈紋の構造。魔素の流れ方。回路の結節点の位置。
フィッティングで一時間かけてやっていたことが、一瞬の接触で読み取れる。
――と、ここまでが「感知」の機能。
本当にやりたいのは、その先だ。
吸い上げた魔素を、相手の魔装の結節点めがけて叩き返す。
自分の魔素は使わない。相手の力を、相手に返す。
相手の魔装の回路には必ず「結節点」がある。魔脈紋が集中する一箇所。ここに魔素を逆流させると、回路の共鳴が強制的に途切れる。
結果、相手の魔装がただの金属板に戻る。身体強化が切れる。防御力が落ちる。
オレの体内の魔素は使わないから、オレの魔素量は関係ない。
相手が強ければ強いほど、吸い上げる魔素も多く、返す力も大きくなる。
合気道みたいな原理だ。
――まあ、言うのは簡単だが。
実現はとんでもなく難しい。
回路の設計が繊細すぎる。「吸い上げる」までは何とか形になってきたが、「叩き返す」がまったくうまくいかない。吸った魔素をどう方向づけて放出するか。相手の結節点を狙うには、吸い上げた情報をリアルタイムで解析して放出方向を制御する必要がある。
正直、手詰まりだ。
何本も試作して、何本も失敗している。
今のところ「吸い上げて、振動として掌に返す」までしかできていない。触診の延長線。戦闘に使える段階じゃない。
それでも。
この武器が完成したら。
魔素ゼロの男にしか使えない、世界で唯一の武器。
欠陥が長所になる。バグを仕様にする。
◆◆◆
工房の棚の奥から最新の試作品を引っ張り出した。
試作十四号。
見た目は短めの片手剣。一般的な剣に比べると地味だ。
ただし刀身の内部には、肉眼では見えない回路が走っている。
鍛造の過程で打ち込んだ、極めて細い魔脈紋の網。普通の剣の回路が「外から中に流す」一方通行なのに対して、こいつは「外から中に吸い上げる」逆向きの回路。
これを持って工房の裏手に出た。
◆◆◆
工房の裏には、ちょっとした空き地がある。
師匠がよく使っている場所だ。新しい魔装を打ち上げた後、自分で振って感触を確かめる。地面には無数の斬撃痕が残っている。
常連の女騎士たちも使う。メンテナンスが終わった装備を受け取って、その場で素振りをして感触を確認してから帰る。
オレもよく見ている。ここで女騎士たちが剣を振るう姿を。
仕事として。品質管理として。自分の調整した武器がちゃんと使い手に馴染んでいるかを確認するために。
――百パーセントそれだけかと聞かれたら、九十七パーセントくらいはそれだけだ。残りの三パーセントについてはコメントを差し控える。
ともかく。重要なのは、オレが五年間で何百人もの騎士の動きを見てきたということだ。
彼女たちがどう剣を構え、どう踏み込み、どう振り抜くか。体のどこに力を入れて、どこを脱力するか。
目で見たものを映像として記憶するオレの脳に、それが全部蓄積されている。
教科書を写真で覚えるように、騎士たちの動きが頭に残っている。
それを、自分の体でなぞってみる。
鍛冶師として普通のことだ。自分で振れない武器は作れない。師匠もよく言っている。「自分で振れ。振らなきゃわからん」と。
で、素振りだけじゃなくて、実際に打ち合うテストもやっている。
常連客に頼むのだ。
「すみません、新しい試作品のテストに付き合ってもらえませんか」
最初は全員に断られた。
男が剣を持って「打ち合って」と言うのだ。犬がフォークを持って「フェンシングしよう」と言っているようなものだろう。当然の反応だ。
しかし鍛冶師が武器のテストをすること自体は業務として認められている。師匠だって自分で振るし、常連客に試し斬りを頼むこともある。
「ホルダのとこの男の子が武器のテストしたいって」
「まあ……仕事の一環なら」
そんな流れで、何人かが付き合ってくれるようになった。
結果は散々だ。
毎回ボコボコにされる。
当然だ。
相手は魔素で身体強化した女騎士。
オレは魔素ゼロの素の体。スピードが違う。パワーが違う。一合目で弾き飛ばされ、二合目で地面に転がされ、三合目はない。だいたい二合で終わる。
「……大丈夫?」
「ごめんね、加減したつもりなんだけど」
心配はしてくれる。ペットが怪我した時のような優しさで。
しかし、この一方的なボコられ体験が、無駄ではなかった。
十四号の吸い上げ回路は、打ち合いの中で少しずつ改良を重ねた結果、一応動作するところまで来ている。剣と剣が触れた瞬間に、相手の魔素が掌に振動として伝わってくる。フィッティングの触診を、剣越しにやっている感覚だ。
問題はその先。
吸い上げた魔素を方向づけて返す「叩き返し」の機能がまったくうまくいかない。
そして、打ち合いの中で魔素を「読む」精度も全然足りない。一合目で弾き飛ばされている間に読み取れる情報量なんてたかが知れている。フィッティングなら一時間かけてじっくり読むところを、零コンマ数秒の接触で読まなきゃいけないのだ。圧倒的に時間が足りない。
もっと長く打ち合えれば、もっと読めるはずだ。
しかし二合で転がされる男に「もっと長く」は望めない。
結局、課題は二つ。
一つは「叩き返し」の回路設計。もう一つは、打ち合いの中で生き残る時間を延ばすこと。
後者のために、素振りをしている。
何百人もの騎士の動きを見て覚えた「避け方」「受け方」を、体に叩き込む。少しでも長く立っていられれば、それだけ多くの情報を吸い上げられる。
……情けない目標だ。「勝つ」ではなく「少しでも長くボコられる」。
だが、今のオレにはそれが精一杯だ。
構える。右足を半歩前に。重心はやや後ろ。
振る。何百人分の動きの「いいとこ取り」を体で再生する。
ガルドラの踏み込み。レイナの腰の回転。名前も知らない巡回騎士の手首の返し。
十回。二十回。三十回。
魔素で身体強化できないオレは、三十回の素振りで息が上がる。この世界の女騎士なら百回振っても汗一つかかない。
三十一回目で腕が重くなった。剣を下ろして、額の汗を拭う。
静かだ。午後の陽が工房の屋根に当たって、白い壁がまぶしい。
この世界で、オレの素振りを見ている者は誰もいない。
――と、思っていた。
「おにーさん、それ何やってるの?」
高い声。
振り返ると、工房の裏口のところに女の子が一人立っていた。
子供だ。
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