セックスが淘汰された世界で、唯一の『クソオス魔装鍛冶師』 作:北川ニキタ
身長はオレの胸くらい。髪を二つに結んでいて、丸い目がこちらを見上げている。年齢は十歳くらいだろうか。装飾のない簡素な旅装を着ているが、ぶかぶかで、袖が余っている。
迷子か?
「えーと……剣の素振り。武器のテストだよ」
「ふーん。おにーさん、鍛冶師?」
「うん。ここのホルダ師匠の弟子」
「ああ、ホルダのね」
呼び捨て。
まあ子供だからだろう。師匠のことを知っているということは、この辺の住人か、あるいは誰かの連れか。
「今、師匠はいないんだ。仕入れに出てて」
「そっか。じゃあ待ってよっかな」
女の子はとてとてと歩いてきて、空き地の隅の石に腰を下ろした。足が地面に届いていない。ぷらぷらと揺らしている。
完全に迷子の空気だが、本人に迷子の自覚はなさそうだ。
「……あのさ、一人で大丈夫? 親とかは」
「いないよ。一人」
十歳くらいの女の子が一人でこんな山に。
この世界では珍しくないのか?
まあ、女性は魔素で身体強化ができるから、子供でもそれなりに身を守れるしな。
むしろ、男のオレのほうがよっぽど保護対象か。
「ねえ、おにーさん」
「ん?」
「その剣、触っていい?」
女の子が試作十四号を指差している。
「あー……うん、いいけど。気をつけてね、重いから」
普通の剣ではないが、回路の仕組みを子供に説明しても仕方ない。
試作十四号を渡した。
女の子は両手で受け取った。片手で持つには重そうだ。
ひっくり返して、刀身を見る。柄を見る。鍔を見る。
じっと。
妙に真剣な目だった。十歳の子供が玩具を見る目ではない。品定めをしている目だ。
――まあ、子供って意外と真面目に物を見ることがある。前世でも博物館で刀に食い入っているガキンチョを見たことがあるし。
「……回路、変じゃない?」
「え?」
「普通の剣と流れが逆。外から内に向いてる」
一瞬、言葉を失った。
刀身を見ただけで回路の方向がわかるのか。
いや、まあ、鍛冶師の子供なら基礎知識として知っていてもおかしくない。この世界では魔装の知識は初等教育で習うらしいし。勘のいい子供がぱっと見で気づくこともあるだろう。
うん。子供の観察力を侮ってはいけない。
「よくわかったね。すごいすごい」
子供を褒める時の声になっていた。自覚はある。
「これ、何のために?」
「えーと、外の魔素を吸い上げて、手元に伝える回路を試してるんだ。フィッティングっていう作業を剣でやりたくて……って、わかるかな?」
「わかるよ」
女の子は剣を目の高さに持ち上げて、刀身の中ほどを覗き込むようにしている。
「フィッティングを戦いながらやるってこと?」
……え。
この子、まさかオレの考えてることを理解したのか?
「う、うん。そう。打ち合いの中で相手の魔装の情報を読み取って、それを――」
「それを叩き返すんでしょ。吸って、読んで、返す。回路の構造がそうなってる」
二言目で全部言い当てた。
いや。待て。落ち着け。
勘のいい子供、で片づけていいレベルか?
……まあ、片づけよう。
きっと鍛冶師の家の子だ。だから、わかったんだろうな。
「じゃあ、一人で素振りしていても意味ないんじゃない?」
「……まあ、うん。相手がいないと吸い上げる魔素がないからね」
「じゃあ、あたしが相手してあげよっか?」
女の子はぴょんと石から飛び降りて、にっこり笑った。
袖がぶらぶらしている。
子供だ。
十歳の子供だ。
「いや……さすがに子供相手に剣を向けるのはちょっと」
「子供じゃないし」
子供の常套句だ。
「それに、あたし剣持ってるよ」
言われて初めて気づいた。女の子の腰に、短めの剣が一振り下がっている。旅装がぶかぶかすぎて隠れていた。
まあ、この世界では、子供のときから剣を持っていてもそう珍しいことではないか。
「ていうかさ」
女の子がオレを見上げる。丸い目が、すっと細くなった。
「男のくせに、なんで遠慮してんのー?」
来た。
これだ。この世界のテンプレ台詞。
「男のくせに」。
大人にも言われる。子供にも言われる。
老若男女――いや、老若女女か。全方位から飛んでくる黄金フレーズ。
要するに「お前ごときが遠慮する立場か」だ。
遠慮しているんじゃなくて、子供にケガさせたくないだけなんだが、この世界では「男が女にケガさせる」という発想自体が冗談に聞こえるらしい。猫がライオンを心配するようなものだ。
「あたしのほうが強いに決まってんだからさ、心配しなくていいよ」
十歳の女の子に、全力で舐められている。
いや、実際こっちは魔素がほぼゼロの男だ。舐められて当然ではある。
当然ではある、が。
……子供にまで舐められるの、さすがにちょっとくるな。
大人の女騎士に舐められるのは慣れた。五年間やってきた。「男の割には」コレクションの引き出しはもう満杯だ。
だが、十歳の子供にナチュラルに見下されると、なんだろう、プライドの底の底を、小さなスコップでカリカリ削られるような感覚がある。
こっちは前世込み五十歳だぞ。なのに、十歳児に舐められる。
経歴だけ見たらオレが不審者だ。
「……わかった。じゃあ、お願いしようかな」
受けて立つ。
ただし条件がある。
「こっちからは攻めない。君の攻撃を受けるだけ。テストだから」
「ふーん。いいよ」
女の子は腰の剣を抜いた。
短剣に近い長さ。子供の体格に合わせた、小振りな一振り。
――だが。
抜いた瞬間の、手首の返し方。
自然だった。
スムーズすぎるほど自然だった。
五年間、何百人もの騎士の動きを見てきたオレの脳が、一瞬だけ引っかかった。
この子、抜き方が綺麗だ。
……まあ、護身術の訓練くらいはしているだろう。
「じゃあ、いくよ?」
「どうぞ」
試作十四号を構える。
女の子が、踏み込んだ。
◆◆◆
速い。
一歩目の踏み込みで、オレの脳が警報を鳴らした。
十歳の子供の脚力じゃない。魔素による身体強化。それ自体はこの世界の子供なら普通だ。
普通だが、この踏み込みの深さは――
剣が来た。
下段から斜め上への斬り上げ。軌道が見えた。何百人分の映像記憶が、反射的にオレの体を動かした。
十四号の刀身で受ける。
金属と金属がぶつかる音。
掌に振動が来た。
――来た。
試作十四号の回路が起動している。
ぶつかった瞬間に、相手の剣を通じて魔素が流れ込んでくる。
吸い上げている。
掌に伝わる振動の中に、この子の魔素の流れが読み取れる。
温度が、密度が、パターンが。
――次。
叩き返す。
吸い上げた魔素を、回路を通して逆流させる。
相手の剣を介して、叩き返す。
今までできなかった「叩き返し」の回路。何度やっても方向づけができなかった機能。
しかし今、掌の中で、確かに魔素が方向を持った。
吸って。
読んで。
返す。
できた。
できた気がする。
手応えがあった。吸い上げた魔素が、回路の中で向きを変えて、相手の剣に流れ戻っていくのを感じた。水が逆流するような、不思議な感覚。
オレの中を通過した魔素が、相手の魔素の流れにぶつかって、衝撃を打ち消す方向に――
吹っ飛んだ。
体が後方に弾かれた。
足が地面を離れる。背中から地面に叩きつけられる。一回転半。砂利の上を滑って、工房の壁の手前でようやく止まった。
「ぐっ……」
背中が痛い。肺の空気が全部抜けた。
視界がぐるぐるしている。
……ダメだ。
やっぱり、ダメだった。
一瞬「できた」と思った。手応えはあった。でも結果がこれだ。吹っ飛ばされている。
常連の騎士に打ち合ってもらった時と同じだ。一合で弾き飛ばされて終了。
「叩き返し」が機能していたなら、相手の衝撃を相殺できているはずだ。少なくとも、こんなに派手に吹っ飛ぶはずがない。
つまり、やっぱり失敗している。
感覚的には何かが動いたのに、実戦では通用しない。
しかも、相手は十歳の子供。
子供に一合で吹っ飛ばされた十八歳の男。前世込み五十歳。
屈辱、というのとも違う。
もう、ここまで来ると、慣れた負けのパターンだ。
「男の割には頑張ったね」「加減したつもりなんだけどごめんね」。そういう優しい顔で見下ろされる。
ペットが芸に失敗した時の、飼い主の苦笑い。
……はいはい。わかってます。男は弱い。何をやっても弱い。子供にも負ける。
女の子が歩いてきた。走りもしない。急ぎもしない。さっきオレを吹っ飛ばしたのと同じ足取りで、とてとてと。
オレの前で止まると、小さく首を傾げた。
「へぇ……おもしろいね、おにーさん」
ただ、どこか値踏みするような色が混じっていた。
おもしろい。
……ああ、そういう「おもしろい」か。
わかる。その感じ、わかるよ。
前世で、動物園でカワウソが石を積んでいるのを見た子供が「おもしろーい」と言うのと同じトーンだ。
珍しいことをする虫を見つけた。へぇ、おもしろい。
オレは虫だ。おもしろい虫。
「ありがとう。テストに付き合ってくれて」
「うん」
少女は石の上に戻って、また足をぷらぷらさせ始めた。
オレは十四号を拾い上げて、刃こぼれを確認した。
……はぁ。
背中が痛い。明日アザになる。十歳の子供につけられたアザ。
石に座って砂利を払っていると、裏口の向こうから馴染みのある足音が聞こえた。
「……ディート。何やってる」
師匠が帰ってきた。
仕入れ帰りの大きな荷物を片手で担いだまま、工房の裏口に立っている。
オレの汚れた背中と、隣の石に座っている銀髪の女の子を交互に見ている。
「いえ、ちょっと素振りをしてたら、この子が――」
「やっほー、ホルダ。久しぶり」
女の子が師匠に向かって片手を振った。
タメ口。
完全にタメ口。
……いや、さっきからずっとタメ口だったけど、師匠にもか。
まあ子供だし。礼儀がなってなくても当然か。それに、師匠の親戚の子とか、そういう可能性もあるか。
「……お前さんか。連絡もなしに来おって」
「えへへ。近くまで来たから寄っちゃった」
「ねえ、ホルダ。これ、ちょっと欠けちゃったから直して」
女の子は腰の短剣を外して、ひょいと差し出した。
「……どうした」
「さっき、そこの男の子と打ち合ったの」
師匠の視線がオレに移動した。
それから短剣の欠けを見た。
眉がぴくりと動いたような――。
「この子、おもしろいね」
女の子が言った。さっきオレに向けたのと同じ声。値踏みするような、品定めするような。
「男のくせに、あたしと打ち合ったんだよ」
師匠は短剣を受け取り、欠けた箇所を指でなぞった。何かを確認するように、長い間そうしていた。
それから、オレを見た。
五年間で見たことのない目だった。
「……短剣は預かる」
「うん。よろしく」
師匠が短剣を作業布に包んでいる間、女の子はオレのほうをちらっと見た。
それから、何でもないことのように言った。
「ねえ、ホルダ。この子、うちに連れて帰ってもいい?」