セックスが淘汰された世界で、唯一の『クソオス魔装鍛冶師』   作:北川ニキタ

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8話 七席

 少女による「ねえ、ちょうどいいや。今からこの子と戦ってよ」という突然の無茶振り。

 

「いや、あの、リーゼ様?」

 

 女が先に口を開いた。

 リーゼ。

 ……そうか。この少女の名前、リーゼっていうのか。

 今知った。

 オレはこの子に名前も聞かないまま、工房から連れ出され、山道でお姫様だっこされ、王都の門をくぐり、今に至る。

 普通、名乗りくらいするだろう。順番がおかしい。お姫様だっこが先で名乗りが後って何だ。人間関係の手順が根本的にバグっている。

 

「ここじゃさすがにまずいよねー。道の真ん中だし」

 

 リーゼは周囲を見回した。

 確かに。ここは王都のメインストリートだ。行き交う人々がこちらをちらちら見ている。正確にはオレを見ている。「男?」という視線。本日四回目以降はもうカウントしていない。

 

「訓練場、近くにあったよね。そこ行こう」

 

 話が進んでいる。

 オレの許可を一ミリも経由せずに話が進んでいる。

 

「ちょっと待ってくれ。オレは戦うなんて一言も――」

 

「フィーネ、案内して」

 

 スルー。完全スルー。オレの発言権、この会話においてゼロ。

 フィーネ。

 この女の名前はフィーネというらしい。

 

「リーゼ様、お言葉ですが」

 

 フィーネがリーゼの前に回り込んだ。

 表情が硬い。さっきまでの「リーゼ様お帰りなさい」の柔らかさが消えている。

 

「男と、戦えと仰るのですか」

 

「うん」

 

「それは――失礼ですが、どういったご意図で」

 

「うーん、見てみたいから?」

 

 見てみたいから。

 動物園の飼育員に「この子、芸できるんだよ。やらせてみて」と言うノリかよ。

 いや、動物園の飼育員のほうがまだ動物の体調を気遣う。

 

「リーゼ様」

 

 フィーネの声がさらに低くなった。

 

「わたしは冒険者です。冒険者ギルドのCランク。今年中にBランクの昇格試験を受ける予定です」

 

「うん、知ってるよ」

 

「その冒険者が、男と戦う。これがどういう意味か、リーゼ様はおわかりですか」

 

 フィーネの目がオレに向いた。

 品定め――いや、品定めですらない。値踏みする必要がないほど答えが明白だ、という目だ。

 

「男の魔素量は女の数百分の一。身体強化もできない。剣を振る腕力も、打撃に耐える体力も、魔素なしの素の体では話になりません」

 

 一つ一つ、事実を並べていく声に容赦がない。

 

「わたしが全力で打ち合えば、一合で骨が折れます。手加減したとしても、相手が武器を構えているなら、こちらも最低限の力で打たなければならない。その最低限ですら、男の体には致命傷になりかねません」

 

 ……うん。

 知ってる。

 全部知ってる。

 五年間、常連の騎士にテストで打ち合ってもらうたびに実感してきたことだ。一合で弾き飛ばされ、二合目があればラッキー。毎回「ごめんね加減したつもりなんだけど」と言われて終わる。

 フィーネの言っていることは、一つも間違っていない。

 

「つまり、男と戦うというのは、戦いではありません。一方的な加害です。わたしにはそんなことをする理由がありません」

 

 正論だ。

 ぐうの音も出ない正論だ。

 ただ。

 ……ただ、ここまではっきり言われると、さすがにくるものがある。

 わかっている。全部わかっている。オレが弱いことも、戦いにならないことも。

 でも「一方的な加害」という言葉が、胸の奥で小さく軋んだ。

 戦いですらない。

 オレが剣を持って立ったところで、それは戦いの土俵にすら乗らない。

 前世で「お前の代わりはいくらでもいる」と言われた時と、同じ種類の痛みだ。否定されているのではない。そもそも計算に入れてもらえていないのだ。

 

「だから、リーゼ様のご命令であっても、これはお受けできません。男を傷つけたという事実が残れば、わたしの冒険者としての評判にも――」

 

「フィーネ」

 

 リーゼが口を挟んだ。

 声のトーンが、少しだけ変わった。

 石の上で足をぷらぷらさせていた時の、ふわふわした声じゃない。

 工房でオレの試作十四号を一目で見抜いた時の、あの声だ。

 

「気にしなくていいよ」

 

「は……?」

 

「この子の強さは、あたしがわかってるから」

 

 わかってる。

 ……え?

 何がわかってるんだ。

 少女に一撃で吹っ飛ばされた実力が? 常連の騎士に毎回二合で転がされる実力が? 三十回の素振りで息が上がる持久力が?

 それを「わかってる」と言うなら、なおさら戦わせちゃダメだろう。

 

「お言葉ですが」

 

 気がつくと、オレの口が動いていた。

 ――あ、丁寧語になっている。

 いつの間にか、オレはリーゼに対して敬語を使っていた。

 この子がただの子供じゃないことは、いい加減わかった。理由はわからないが、偉い。たぶん、めちゃくちゃ偉い。どう偉いのかはわからないが。

 その偉い子供に向かって、オレは言った。

 

「オレも……フィーネさんの意見に賛成です。戦わないほうがいいと思います」

 

 自分で言っていて悲しくなる。

 

「オレが弱いのは自分でわかってます。フィーネさんの言う通り、戦いにならない」

 

 認めるのは屈辱だ。しかし、事実は事実だ。

 嘘をついて戦って、骨を折られて、それで何が残る。ここは師匠の工房の裏じゃない。知らない街で、知らない相手に、潰されるのは御免だ。

 

「……ふぅん」

 

 リーゼはオレを見上げた。

 くすくす、と笑った。

 あの笑い方だ。

 値踏みするような。おもしろがるような。

 

「まあまあ。とりあえず、訓練場まで行こうよ。戦う戦わないは着いてから決めればいいじゃん」

 

 反論を封じる言い方だ。

「行くだけ」なら断る理由がない。断ったら断ったで「行くだけなのに何を怖がってるの?」になる。

 前世の営業マンが使う手口だ。「話を聞くだけでいいんです」。聞いたら最後、契約書が出てくる。

 リーゼは歩き出した。

 フィーネが渋い顔のままその後について行く。

 オレも、結局ついていった。

 

 

◆◆◆

 

 

 王都の訓練場。

 メインストリートから路地を二本入った先に、それはあった。

 

 石壁に囲まれた長方形の空間。広さは前世の学校の校庭の半分くらいか。地面は踏み固められた土で、ところどころに斬撃の痕が走っている。古い傷も新しい傷もある。毎日誰かがここで剣を振っている、という生活感。

 今は誰もいない。

 夕方の中途半端な時間帯だからだろうか。

 人がいないのは助かる。

 オレみたいな魔素ゼロの男がここで剣を構えるところを大勢に見られたら、それだけで笑い話になる。犬がバッティングセンターに入っていった、みたいな扱いだ。

 目撃者はゼロ。少なくともその点だけは、今日初めてツイている。

 

「ねえ、フィーネ」

 

 リーゼが訓練場の中央まで歩いていきながら、振り返った。

 石段に座って、また足をぷらぷらさせている。この子は座れるものがあればどこでも足をぷらぷらさせる習性があるらしい。

 

「あのさ」

 

 少女の声に、妙な甘さが混じった。

 猫なで声、というやつだ。

 嫌な予感がする。今日だけでオレの嫌な予感センサーは相当鍛えられたが、まだ天井が見えない。この少女の前ではセンサーの針が振り切れっぱなしだ。

 

「ディートのことなんだけど」

 

「はい」

 

「この子、七席に入れるつもり」

 

 七席。

 ……なんだそれ。

 オレにはまったく馴染みのない単語だが、フィーネの反応で、それがどういうものかは推測できた。

 フィーネの顔が、変わった。

 さっきまでの「男と戦うのは筋が通らない」という理知的な表情が、一瞬で消えた。代わりに浮かんだのは――驚愕。それも、不快を伴う驚愕だ。

 

「……は?」

 

 低い声だった。

 さっきオレとハモった「は?」とは密度が違う。あの時は困惑の「は?」だった。今のは感情の温度が三段階くらい下がった「は?」だ。

 

「……七席、ですか」

 

「うん」

 

 リーゼは何でもないことのように言った。足をぷらぷらさせながら。

 オレは会話の外に立っている。七席という言葉の意味がわからないので、口を挟みようがない。

 ただ、フィーネの反応から推測するに。

 相当な名誉職だ。

 そして、フィーネにとって他人事ではない。

 

「リーゼ様」

 

 フィーネの声が、低く、静かになった。

 静かになればなるほど怒りが深い人間を、前世で知っている。上司がそうだった。声を荒げるタイプじゃなく、怒れば怒るほど声量が落ちていくタイプ。あれは怖い。

 

「七席の候補には、わたしの名前も入っていたはずです」

 

「うん。入ってたよ」

 

「入って……た?」

 

「過去形だよー」

 

 リーゼ、煽っている。

 明らかに煽っている。十歳の顔で、女を煽っている。

 さっきオレにやったのと同じだ。この子は人をからかうのが好きなのか、それとも何か別の意図があるのか。

 

「フィーネも候補だったし、他にも何人かいたんだけどね。みんな同じくらいの実力で、決め手がなかったんだよね」

 

「それで、男を選ぶと?」

 

「ディートは確定だよ。今日決めた」

 

 今日。

 今日決めた。

 三十分前にお姫様だっこで運ばれてきた男を、今日決めた。

 オレのことなのに、オレが一番状況を理解できていない。

 七席が何なのかすら知らないのに、確定している。

 履歴書も出してない。面接も受けてない。志望動機すら聞かれてない。

 前世のブラック企業ですら、形式的な面接くらいはあった。

 

「あの、リーゼ様」

 

 オレは控えめに手を挙げた。小学生の発言みたいだが、この会話に割り込むにはこのくらいの謙虚さが必要だ。

 

「え? 知らないの?」

 

 リーゼが首を傾げた。

 

「……すみません、山の工房育ちなもので」

 

「あー」

 

 リーゼが何か説明しようとした、その前に。

 

「知らない……?」

 

 フィーネの声だった。

 低い。地面から這い上がってくるような声だった。

 

「知らないやつを、七席に?」

 

 オレに向き直ったフィーネの目は、さっきまでとは別のものが宿っていた。

 怒り。

 純度の高い怒りだ。

 しかしオレに対する敵意とは少し違う。もっと根っこの、存在を否定されたことに対する怒り。

 

「わたしは三年間、この席を目指してきた。毎日鍛錬し、実戦を重ね、ようやく候補に名前が挙がった」

 

 三年。

 オレが師匠の工房で鍛冶を学んでいた五年間のうち、三年間。

 フィーネはフィーネで、自分の場所で、自分の力を積み上げてきたのだ。

 

「それを」

 

 フィーネの目が、据わった。

 

「七席が何かも知らない男に、渡すわけにはいかない」

 

 ……返す言葉がない。

 オレは一歩、後ろに下がった。

 反射的に。体が勝手に退いた。

 フィーネの魔素が膨張しているのが、肌でわかる。怒りに比例して魔素の圧が上がっている。空気が重い。

 

「あはは」

 

 リーゼが笑った。

 ベンチの上で、くすくすと。

 

「フィーネ怒ってるねー。ディートは怯えてるし。おもしろーい」

 

 おもしろくないんだが。

 オレの身の安全がかかっているんだが。

 

「じゃあさ、こうしよう」

 

 リーゼの声のトーンが変わった。

 ふわふわした甘さが消えて、決定を下す者の声になった。

 

「この場で、二人が戦って。勝ったほうが七席ね」

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