セックスが淘汰された世界で、唯一の『クソオス魔装鍛冶師』   作:北川ニキタ

9 / 13
9話 初めて

 勝ったほうが七席。リーゼの放った条件。

 シンプルだった。

 あまりにもシンプルだった。

 審査も、書類もない。ただ「勝ったほう」。

 ……いや、待て。

 

「リーゼ様、それ、オレが負けたら七席にならないってことですよね」

 

「うん」

 

「じゃあ別にそれでいいんですけど」

 

 オレは七席になりたくてここにいるわけじゃない。そもそも三十分前まで七席という単語すら知らなかった。負けて「残念でしたー」で終わるなら、むしろ都合がいい。

 ボコられるのは痛いが、骨が折れない程度なら耐えられる。師匠の工房の裏で何十回と吹っ飛ばされてきた実績がある。打たれ強さだけは一人前だ。

 

「…………」

 

 フィーネが、黙ってオレを見ている。

 その目に、微かな困惑が混じった。

 たぶん、オレの反応が想定外だったのだろう。

 彼女の反応を見るに、普通、七席の枠を賭けた勝負を持ちかけられたら、必死に食い下がるか、あるいは怖気づくか。どちらかなんだろう。

「別にそれでいい」と言う人間は想定していなかったらしい。

 

「……舐めてるの?」

 

「いえ、舐めてないです。本気で、負けると思ってるので」

 

「…………」

 

 フィーネの目が細くなった。

 怒りの質が変わった気がする。しかし、何がどう変わったのかは読み取れない。

 

「……いいわ」

 

 フィーネが一歩、後ろに退いた。

 距離を取ったのだ。戦闘のための距離を。

 背中の盾を下ろして地面に置いた。腰の剣の鞘に手をかける。

 ――そして、魔素を纏い始めた。

 空気が変わった。

 文字通り、空気が変わった。

 フィーネの体から放出される魔素が、周囲の空気を震わせている。オレの肌がびりびりする。フィッティングで何百人もの魔素を感じ取ってきた掌が、本能的に情報を読み始めている。

 密度が高い。

 軽鎧の上から魔素が薄い膜のように全身を覆っていく。身体強化。筋力、反射速度、耐久力、全てが魔素によって底上げされる。

 この世界の戦士の基本中の基本。

 そしてオレには絶対にできないこと。

 剣を抜いた。

 片手剣。刀身が淡く光っている。魔素が刃に流れ込んでいるのだ。

 構えた。

 右足を前に、半身に。切っ先をオレに向けて。

 隙がない。五年間で何百人もの構えを見てきたが、フィーネの構えは上位に入る。重心の位置、足幅、剣の角度。全部が理にかなっている。

 本気だ。

 手加減する気はないと、構えが語っている。

 

「ディート」

 

 リーゼの声が、横から飛んできた。

 ベンチに座ったまま、足をぷらぷらさせながら。

 

「あたしと戦った時みたいにやれば、大丈夫だよ」

 

 あたしと戦った時みたいに。

 ……あの、リーゼ様。

 あの時オレは一合で吹っ飛ばされて砂利の上を転がったんですが。

「大丈夫」の定義がオレとこの少女で根本的にズレている。

 

 しかし。

 戦わないという選択肢もなかった。

 フィーネは構えている。リーゼは「やれ」と言っている。

 逃げたら――逃げること自体はできるだろう。しかし、逃げた先に何がある。

 リーゼに連れてこられた意味がなくなる。

 師匠に「送り出す」と言われた意味がなくなる。

 ……違うな。

 そんな大層な理由じゃない。

 オレは、リュックの中から試作十四号を引き抜いた。

 手に馴染む重さ。短めの片手剣。見た目は地味で、フィーネの剣のように光ったりしない。魔素を流し込めないから当然だ。

 この剣を作った理由を、思い出す。

 モテたかった。

 女に認められたかった。

「男の割には」じゃなくて、ただの「すごい」と言われたかった。

 そのために鍛冶師になった。

 そのために、この世界のルールをひっくり返す武器を考えた。

 魔素を外から吸い上げて、読んで、返す。

 欠陥を長所にする剣。

 さっき、リーゼとの一合で「何か」が動いた。

 吸い上げた魔素が、回路の中で方向を持った。

 一瞬だけ、手応えがあった。

 結局吹っ飛ばされたが――手応えは、確かにあったのだ。

 それが本物だったのか、錯覚だったのか。

 試すなら今だ。

 構える。

 右足を半歩前に。重心はやや後ろ。何百人分の映像記憶から組み上げた、「受ける」ための構え。

 自分から攻めるつもりはない。攻めても勝てないことは百も承知だ。

 受ける。吸う。読む。返す。

 十四号の回路に全てを託す。

 

「…………」

 

 フィーネがオレの構えを見て、一瞬だけ目を細めた。

 何かを感じ取ったのかもしれない。あるいは、男が剣を構えているという事実に対する嘲りかもしれない。

 どちらでもいい。

 集中しろ。

 掌の感覚に意識を集める。

 フィッティングと同じだ。

 ガルドラの胸に手を当てた時と同じだ。

 相手の魔素を感じ取る。流れを読む。

 違うのは、素手じゃなくて剣越しだということ。そして相手がじっとしていてくれないということ。

 

 ――来た。

 フィーネが踏み込んだ。

 速い。

 リーゼほどじゃない。しかし、工房の常連騎士より明らかに速い。

 上段からの振り下ろし。正統派の一撃。力と速度を両立させた、教科書通りの斬撃。

 教科書通りだからこそ、五年間で何百回も見た軌道だ。

 映像記憶が体を動かす。

 十四号を斜めに構えて、受ける。

 刃と刃が触れた――

 瞬間。

 来た。

 掌に、振動が流れ込んでくる。

 フィーネの魔素だ。

 剣と剣の接触点を通じて、フィーネの魔素が十四号の回路に吸い込まれていく。

 激流のような勢い。リーゼの時より、読みやすいような。

 魔素の質が違うのだろう。リーゼの魔素は読もうとした瞬間にこぼれ落ちるような、掴みどころのない質だった。フィーネの魔素はもっと素直で、力強くて、流れの方向がはっきりしている。

 読める。

 フィッティングの触診と同じだ。

 フィーネの魔素が体のどこを通って、どう流れて、どこに集中しているか。掌に伝わる振動が、全部教えてくれる。

 結節点。

 魔装の回路が集中する一箇所。魔脈紋が交差するポイント。ここに魔素を逆流させれば、共鳴が途切れる。

 フィーネの結節点は――右の肩。

 肩当ての内側、鎖骨の下あたり。

 ガルドラの胸当てを調整した時と同じ要領で、場所が「見えた」。

 

 吸って。

 読んで。

 ――返す。

 

 十四号の回路が、魔素の方向を反転させた。

 吸い上げたフィーネの魔素が、回路の中で向きを変える。掌の中で、水が逆流するような、奇妙な感覚。リーゼとの一合で感じた、あの手応えと同じだ。

 しかし今回は、吹っ飛ばされる前に、方向を定められた。

 右肩に向けて。

 フィーネの結節点めがけて。

 叩き返す。

 

 ――刃を通じて、魔素がフィーネの剣に流れ戻っていく。

 何が起きたのか。

 正直、オレ自身よくわかっていない。

 ただ、結果だけが目の前にあった。

 フィーネの剣が、弾かれた。

 オレが弾いたのではない。フィーネの手の中で、剣が勝手に暴れたのだ。

 魔素の逆流。回路の共鳴が乱れて、剣に込めた魔素が制御を離れた。

 フィーネの握力が一瞬だけ緩む。剣先がぶれる。構えが崩れる。

 同時に、身体強化が途切れた。

 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ。

 しかし、その一瞬で、フィーネの体が本来の重さを取り戻す。

 魔素による強化が消えた生身の体。それでも女のほうが男より強いこの世界だが――不意に自分の体の重さが変わったら、人間はバランスを崩す。

 フィーネがよろめいた。

 前のめりに、一歩。

 そしてオレは。

 五年間で見てきた、何百人分の映像記憶の中から。

「崩れた相手に追撃を入れる動き」を、反射的に再生した。

 十四号の腹で、フィーネの剣を横から叩いた。

 落ちた。

 フィーネの手から、剣が落ちた。

 乾いた金属音が訓練場に響いた。

 

「…………」

 

 静寂。

 フィーネが、自分の空になった手を見ていた。

 オレも、自分の手を見ていた。

 十四号を握ったまま。

 構えたまま。

 何が起きたのか、まだ頭が追いついていない。

 ……え?

 勝った?

 いや。待て。

 今の、何だ?

 吸い上げた魔素を返して、相手の共鳴を乱して、身体強化が切れた隙に叩き落とした。

 ……それ、設計通りじゃないか。

 試作十四号に仕込んだ「叩き返し」の回路が、今、この瞬間、初めてまともに動作した。

 

 リーゼの時は吹っ飛ばされた。

 フィーネの時は、成功した。

 違いは何だ。

 相手の魔素の質か。リーゼの魔素は掴みどころがなかったが、フィーネの魔素は素直で読みやすかった。回路が対応できる範囲だった。

 ……いや、そんな分析は後でいい。

 今、目の前の事実。

 フィーネが武器を落としている。

 オレが武器を持っている。

 これは――勝ち、なのか?

 

「…………」

 

 フィーネが、地面に落ちた自分の剣を見下ろしていた。

 それから、オレを見た。

 その目に浮かんでいたのは怒りでも悔しさでもなかった。

 純粋な、理解不能。

 

「……な、何を、した……?」

 

 声が掠れていた。

 

「え、えーと」

 

 何をしたのか。正直に言えば「よくわからない」だ。

 しかし「よくわからないけど勝ちました」は人としてどうなんだ。

 もっとも、嘘をつくのも無理だ。仕組みを説明しようにも、オレ自身がまだ原理を完全には理解していない。

 

「あはは」

 

 笑い声が降ってきた。

 ベンチの上。リーゼだ。

 足をぷらぷらさせたまま、手を叩いている。

 

「やっぱりね。おもしろいでしょ、この子」

 

 フィーネはリーゼの方を見た。それからオレを見た。また剣を見た。

 三点を行ったり来たりする視線が、状況を処理しきれていないことを物語っている。

 

「じゃ、決まりだね」

 

 リーゼが、ベンチからぴょんと飛び降りた。

 

「ディート、七席確定。おめでとー」

 

 おめでとー、じゃない。

 オレもまだ何が起きたかわかってない。

 フィーネは立ち尽くしている。

 訓練場に、乾いた風だけが吹いていた。

 

 

 

 







お読みいただきありがとうございます

高評価、感想いただけると嬉しいです!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。