Fate/catastrophe   作:白波恵

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怪物捜しⅠ

 

「今日はありがとうね、無二」

 

「ふん、貴様はいつもそうやって妾を振り回してばかりじゃ

今度星屑の砂糖菓子一瓶、下賜してもらわねばな」

 

「うーん、ドイツに金平糖あるかなぁ…かわりに美味しいお菓子でも食べようよ

ほら、シュトーレンとか有名でしょ」

 

「しゅとー…ま、まぁ小娘の勧めならば食ってみても良いが」

 

ここは、私の夢の中

 

私が見る、私の悪夢の中

 

私は夢を見る

 

私は悪夢を見る

 

小さい頃から、ずっとずっと悪夢を見る

 

寝付きが悪くて、いつも泣きながら目を覚まして、その度に兄さん達にあやしてもらったりしたっけ

 

もう慣れた頃には、一人で泣いて一人で苦しんで、兄さん達に見られないように気を張って

 

でも無二が現れてからは、そんな悪夢に苦しむこともなくなった

 

無二はあの日から私の中にいてくれる存在

 

私のイマジナリーフレンド?のようなもの

 

でも、実体だってある

 

私の影からその姿を見せるし、その姿は私以外の人にも見えている

 

でも、ピーターパンが逃げ出した影を取り戻したように、影は長く私から離れることは出来ない

 

無二は私と一心同体、私の片割れ

 

この悪夢の中、黒い闇の檻を作ってくれたのも無二だ

 

この檻の中にいれば、悪夢の景色を見ることは無い

 

ずっとずっと、無二が檻を作ってくれてから、悪夢の苦しみから私を守ってくれている

 

大切な、私の友だち

 

私の影から出てくる実体と違って、夢の中の無二は大きな大きな…私なんて一口で飲み込んでしまえるほどの巨体を誇る無二は、深紅の双眸を優しく私に向けてくれる

 

「しかしまぁ、怪物を倒せと来た

古今東西、ありとあらゆる神話、伝承、叙事詩には怪物退治が存在するが…神秘の薄れたこの現代において、その再現が成されようとはな」

 

「無二は何かわかる?この街にいるって言われる怪物」

 

「さてな

妾はここよりもっと北の地から由来するもの

既に滅ぼされ魂だけとなった妾に知る由もない」

 

「うーん、無二でもわからないかぁ」

 

一体どんな存在が怪物なのか

 

怪物とは何を指すのか

 

なんの定義があるのか…

 

それがもし、人を殺すものなのだとしたら

 

誰かが犠牲になる前に、それを止めないと

 

「でも、私には無二もいるし、協力してくれる他のマスターもいる

何より、ランサーがいてくれる」

 

「…あの泥人形か」

 

若草色のシルエットを思い出す

 

柔らかな木々の化身のような、揺るぎない大地の精霊のような彼

 

時々物騒だけど、穏やかで、優しくて…私の助けになってくれる強い英雄

 

ランサーの強さの全てを私はまだ知らない、けれどきっとどのサーヴァントにも引けを取らない強いサーヴァントなんだと思う

 

彼の助けがあれば、どんなものが相手でも怖くない気がする

 

「ランサーなら、ランサーとなら、きっとなんでも出来る気がするんだ

夢物語でも空論でもなくて、私が望む、誰も傷つかない戦争に…」

 

「あやつは兵器だ」

 

理想を語る私の言葉を、無二は遮った

 

「兵器とは、誰かを、何かを傷付けるために存在する」

 

「…それは、そうだけど

師匠は言ってた、強さは何も誰かを傷つけるためだけじゃないって

自分や、大切な誰かを守るためにも必要なんだって…だから私は師匠のもとで頑張ってきた

それは、無二も知ってるでしょ?」

 

「それは彼奴の在り方ではない

彼奴は、戦うことでその価値を示す

それを否定してやるな」

 

無二は、ランサーのことを知っている様子だ

 

もしかして…同じ地域の出身なの?

 

「残念だが、妾と彼奴は同郷に非ず

しかし彼奴は妾と同じ、神の時代に神から産み落とされしもの

小娘、貴様の道理が通じるとは思わないことだ」

 

私と何年も共にいてくれる無二だからこその忠告だった

 

どんなに同じ人間の形をしていても、生きているように見えても、ランサーは遠い昔に死んだ英雄で…その物言いの通り、兵器であり道具なんだろう

 

それを、対等に見るのは私のエゴに過ぎない

 

私の我儘であり、道理はどこにもない…でも、それでいい

 

轟の家で無下に扱われた記憶が、私の気持ちを強くする

 

だから私は、敢えてこう思うことにした

 

「馬鹿と鋏は使いよう、でしょ?」

 

「…その場合の馬鹿は、自分のことを言っておるのか」

 

「まぁ、ね

私はそんなに頭良くないからさ…ランサーを上手く使ってあげられるかわからないけど

彼が兵器として、道具として在るのと同時に、私のパートナーとして一緒に頑張りたい

強い力は抑止力になる…今の世界にだって、強くて危険な武器は沢山あるし、それが抑止力となって争いは昔よりも少なくなってる

ランサーという強い武器がいてくれれば、争いを御することだって出来るはず」

 

そのためには、マスターである私が戦況を理解し、ランサーを上手に使ってあげないと

 

「もちろん、無二にも協力してもらうからね」

 

笑顔でそう呼びかけると、無二は大きな溜息を吐いて、肩を竦めるかのように首を振った

 

「やれやれ…貴様という愚か者は

いずれどうしようもない選択肢を迫られても、自分を犠牲にしてまで世界を救うとか言い出しかねんな」

 

「それは…うん、言うかも」

 

「愚者は治せぬからこそ愚者なのだろうな

それ、もう夜明けの頃合いだ

目覚める刻だぞ」

 

無二がそう言うと、遠くから鳥の囀る鳴き声が聞こえてくる

 

これは、現実の私が目覚めようとしている兆候

 

思えば、こんなにゆっくり無二と話せたのは久々な気がするな

 

最近はほら、何かと忙しかったから

 

起きたらまず、顔を洗って朝ごはんを作ろうか

 

今日は何がいいかな

 

 

 

「……う、そ」

 

「あ、おはようマスター」

 

目覚めた私は眼鏡をかけ、洗面所で顔を洗って…寝巻きのままだけど、朝食を作ろうとリビングへの扉を開けたんだ

 

でも、開けた瞬間に、焼き魚のいい香りがしてきた

 

食事をとるためのダイニングテーブルの上には、美味しそうな食事が二人分

 

炊きたての白米と、野菜の入ったお味噌汁に、焼いた鮭…添えられたお新香の並びはまさに、我が国の定番の朝食ラインナップ

 

もちろん和食だっていつでも食べられるようにジャパンショップで食材を買い込んでいたさ、いたけど、問題はそこじゃない

 

これを作ったのは、一体誰?

 

それはもちろん、この家にいるのは私の他に一人しかいない

 

「…これ、全部、ランサーが作ったの?」

 

「マスターの持っていた本を参考に作ってみたんだ

料理、という行為は今までやったことがないから、上手くできているかわからないけれど…」

 

私も料理歴はそこそこ長い、レシピ本はもちろんいろいろ揃えてあるし、付箋にメモ書きも残していた

 

もしかしてそれを見て、こんな完璧な和の朝食を再現して見せたのか…!?

 

もしかしてこのサーヴァント…マニュアルさえあればなんでも出来る…!?

 

「えっと…まず、ありがとう、作ってくれて」

 

「感謝するのは僕の方さ

昨日の食事を食べて、初心に帰った気がする

思えば、生前は友だちと食事をとり酒を酌み交わしたこともある…その楽しさをすっかり失念していたみたいだ」

 

昨日は朝のパンケーキと、昼に外食、夜は家でドイツ料理を振る舞ったんだよね

 

その三回の食事の経験値から、まさか今日、ランサー自ら料理するという展開を生み出すとは

 

「マスターは仕事もあるんだろう?僕の面倒も見てくれて大変だと思うから、せめて出来ることは肩代わりさせてほしい

料理はまだ始めたばかりだけど、掃除は得意だから任せてくれないかな」

 

「え!ほんと!?実は私、掃除が苦手で…お願いしちゃおっかな

それと…料理は一緒にやろうよ

二人で作った方がもっと美味しくなると思うよ」

 

「…?作業は分担されて手間が減る、ということはわかるけど…味は変化するのかい?」

 

「こういうのは思い出補正ってやつ

とりあえず、冷めないうちに食べよ!」

 

なんだか、嬉しくなっちゃった

 

無二はああ言ってたけど…ランサーは道具でありながら、それだけじゃないと思う

 

きっと彼にも、心がある

 

それを上手く処理出来てないだけなんじゃないかな

 

日本には昔から、使い続けられた道具に魂が宿る妖怪とか存在しているし…ランサーだってきっとそんな感じなんだって思う

 

心があるのだから、そこは尊重したい

 

「…ん!美味しい!」

 

一口飲んだ味噌汁は、味噌の割合は的確で、野菜も正確に火が通っていて固すぎず柔らかすぎず

 

白米も私好みの炊き方だ

 

炊飯器にメモ貼ってて良かったな

 

「良かった

と言っても、本に書かれた内容とマスターのメモのおかげで、僕はただそれに従っただけだ」

 

「そんなことないよ!鮭の焼き加減も絶妙で、脂が乗ってて…お味噌汁も、大根はお出汁がちゃんと通ってて…はぁ、身に染みる…」

 

「喜んでもらえて、僕も嬉しいよ

ごめんね、無二の分をどうしようかと悩んだのだけれど」

 

「ああ、気にしないで、結局は私の身体だから

鮭の身をちょっと食べたら満足するって…あ、こら」

 

私の服の袖から這い出てきた無二が、鮭の身を半分近く掻っ攫っていった

 

とまぁこんなふうに、無二は私の食事を食べたいだけ横取りするので、そこまで気にしなくてもいい

 

結局は私の胃袋に入っていくから

 

「それならいいのだけれど」

 

そう言って自分も味噌汁を啜るランサー

 

昨日の今日でこんなに変わるもんなんだなぁ、と思うのと同時に、箸が使えるんだ…という感嘆も飛び出してきそうになる

 

それよりも…うん、少し聞いてみたいことがある

 

「…ねぇ、ランサー…そういや私、なんだかんだ貴方の真名を聞けてなかったよね

今も、監視はそのまま放置してるから真名は言わなくていいけど…」

 

「マスターが望むなら、切断出来るよ」

 

「…いや、やっぱりいい

かわりにさ、その…さっき、友達って言ってたよね?

こんなこと言うのは失礼かもだけど…ランサーにも友だち、いたんだ」

 

先程ランサーの言葉にあった、友だちの文言

 

自分を兵器だ道具だと言い続けるランサーだが、そんなランサーにも友と呼べる存在がいたことに、本当に失礼ながら驚いてしまった

 

「ああ、そのこと

僕にとってはこの星に住まう生命は皆友だちだと思っているよ

一方的な気持ちが多い上に…本当にごく一部を除いて、だけれど」

 

友だち認定の条件がゆるゆる過ぎる

 

いや、まぁ、ランサーらしいのかもしれない

 

そして今度はその例外っていうものも気になってしまう

 

「それは、なんともフレンドリーな精神…

それって私に対しても?」

 

「マスターはマスターだ、ただの友だちとは違うよ

けれど…友だちの中でも、一際大きな存在がいたんだ」

 

ランサーは食器を置き、どこか懐かしむような哀愁を漂わせる

 

「彼とは三日三晩戦った仲でね、結局勝敗はつかなかった

そしてそれからは、共に食べ共に眠り、共に冒険もした」

 

「凄い…ランサーって本当に英雄っぽいね」

 

「英雄だなんて、僕はただの兵器だ

それこそ、彼の方が英雄そのものだよ

かつては暴君だったけれど、僕の死後はいろいろあって人の王として国を建て直したと聞く

景気のいい王様だったよ」

 

「お、王様が友だちだったの!?すご!大御所じゃん…」

 

ランサーが特に仲良かった友だちが、神代の王様だったなんて…規模がデカいし肩書きもすごい

 

サーヴァントってみんなこんな感じなのかな?いや、そりゃそうだ、なんたって歴史や神話の英雄なんだから

 

「じゃあその王様は、ランサーにとっての()()ってことなんだ」

 

「…親友?」

 

「ベストフレンド、一番仲のいい友だちってこと」

 

ベスト(最上の)…うん、そうだね、僕もそう思うよ」

 

その友だちのことを話すランサーは、過去を懐かしむのと同時に楽しそうな、嬉しそうな顔をしている

 

本当に微かに、だけど…ランサーにとってもその友だちとの思い出語りは、楽しい行為なのかもしれない

 

…もっと聞いてみたいな、ランサー自身の話

 

「ランサーの話、もっと聞かせてよ」

 

「…それがマスターの望みなら、喜んで応じよう

けれど…時間は大丈夫かい?今日は仕事に行くんだろう?」

 

ランサーから指摘され、壁にかけた時計に目をやる

 

時刻は7時40分、店が開店する9時に間に合わせるには8時には家を出ないといけない

 

残り20分で、この美味しい朝食を食べ終え歯を磨きコンタクトをつけてなんやかんや…いけない、時間がギリギリだ

 

「やばい!急がなきゃ!」

 

「僕は安静にしておいた方がいいと思うけれど

人間は脆いから、怪我をしている状態で無理に働く必要は…僕が代わりに行こうか?」

 

「いやいや常識的にダメ!それに働かないと…こう…人としてダメだから!!」

 

せっかくランサーが初めて作ってくれた食事をもっと味わいたいけれど、背に腹はかえられぬというのが武士道…いや確かに武士の血筋もあるとは聞いてるけど私は武士ではない

 

少し急いで食事をかきこみ、「ご馳走様でした!」と食器を洗い場に置き、急いで自室へ戻る

 

クローゼットに入ってる服を着て、髪を整え、眼鏡を外してコンタクトを付ける

 

その間およそ15分…よし、間に合う

 

「マスター、鎮痛剤を飲み忘れているよ」

 

「あ!」

 

ランサーが教えてくれなかったらすっかり忘れるところだった

 

絶対安静に言われているのに朝に慌てるのもどうかと思うけど仕方ない

 

ランサーが持ってきてくれた薬と水を飲み、ようやく準備が終わる

 

「行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい」

 

家を出る時に決まって言う言葉に、返事が返ってくるのはなんともくすぐったい

 

昔師匠と暮らしていた頃以来のやり取りに、ちょっとだけ頬が緩み…近所のバス停からバスが出発するまで残り6分を切っていた

 

いけない、急がないと

 

スマホの時間を確認して、鍵を…いや、鍵は家にランサーがいる間は置いておこう

 

ランサーには家を守ってもらわないといけない

 

この家には轟家からの資料や、いろいろ貴重なものもあるので

 

私の方でもし何かあった時はどうするか?というのは昨晩に擦り合わせは出来ている

 

ランサーの超高性能センサー(気配感知というスキルらしい)や私との魔力パスで私に異変があればすぐに気がつくらしい

 

ランサーが感知したらすぐに駆け付けてくれると言うのだから、安心だ

 

と、なんやかんや振り返りながら慌てて玄関からアパート内廊下へ出て、階段を降り外に出る

 

昨日よりも気温の低い風が吹き抜け、時期が時期のため雪がチラついている

 

バーシュウィンデンは路上暖房や凍結防止素材の加工がされているため、慌てて走って滑ることはそうない

 

私は急いでバス停へ走り込み、若干痛いような?胸を抑えながらバスに乗り込むことができた

 

 

 

「お、間に合ったな」

 

「はぁ…はぁ…なんとかね」

 

カフェのスタッフ専用裏口から控え室へ入り、個人ロッカーに荷物を放り込んでエプロンを着る

 

そのままカウンターへ出ると、仕込みを終えたマスターとテーブルを拭いているパーシーが出迎えてくれる

 

「珍しいじゃないか、君が時間ギリギリだなんて」

 

「あはは…」

 

「でも時間に間に合ったから問題ないよ

君はいつも真面目だからね、パーシーも見習ってほしいよ」

 

「え!今日は俺の方が早かったんですけど!?」

 

女性客と無駄話し続ける普段の素行を振り返るべきでしょう

 

「萌恵さん、表の札を返してきてくれるかい」

 

「わかりました」

 

カフェの正面玄関に掛けられてる看板を裏返すため、私はカウンターから出て正面玄関へ出ようとする

 

けれどその時、突然力強く左手首を掴まれた

 

「え」

 

「…」

 

掴んできたのはパーシーで、普段のにこやかな顔からは想像できない表情で、私の左手を凝視している

 

「あんた、これ…」

 

左手には服の袖で隠しきれない令呪が浮かんでいる

 

まさか…令呪を知ってる人?パーシーももしかして…!

 

「……超かっけぇタトゥーだな!」

 

「…え」

 

タトゥー、いやそう、一般的に見たらそう見えるもんだよな、うん

 

一昨日の昼間にはなかったもので、その夜に宿って、昨日は一日休んでいていなかったから…令呪を見られたのは初めてだった

 

「そ、そうそうタトゥー…し、知り合いがテスターになってくれって言って、それで」

 

「オシャレじゃねぇの、俺はいいと思う!なぁおっちゃん!」

 

「うんうん、私も若い頃は背中にドクロを彫ろうとしたことがあったよ」

 

何とか誤魔化せたみたいで、安堵する

 

そのまま外へ出て、看板を裏返して…これから数時間働くぞ、と意気込んでいると、後ろから「すみません」と声をかけられる

 

開店早々お客さんかな?

 

「はーい!」

 

振り向いて全力の笑顔を見せる

 

けどその直後、この笑顔は硬直することになった

 

「二人、よろしいですか?」

 

「…」

 

そこにいたのは昨晩打ち負かしたアーチャーとエリーゼの姿があった

 

 

 

「…どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

二人のコーヒーと紅茶を用意し、運ぶ

 

カウンターから一番離れた窓際の席に堂々と座るマスターとサーヴァント…二人とも美人だから絵になるのだけど、もっとこう…高級店にいそうな雰囲気だから、店の方が役不足な気がする

 

エリーゼが紅茶のカップを持ち、香りを嗅いでから一口飲んだ

 

その所作は無駄が無く、本当に令嬢なんだろうなと思わせた

 

「…香りが薄く、味も茶葉の風味が損なわれているわ」

 

「え…っと」

 

「50点ってところかしら」

 

「それは…50点中?」

 

「今の流れでどうやったらそう捉えられるのよ

100点満点中に決まってるでしょう」

 

空気を和ませようと軽口を言ってみたら、思いっきり睨まれてしまった

 

眼力が強くて怖いよこの子

 

「まぁまぁマスター、彼女が淹れたわけではないのですから」

 

「フン…」

 

「こちらのコーヒーは良い味です、店主に豆の挽き方が良いとお伝えください」

 

「あ、はい、わかっ…りました」

 

なんで二人はここに…と思ったけど、そうだ、昨日店の場所まで教えていたもんね

 

だからってまさか昨日の今日で、朝一番で来るとは思わなかったけど

 

「なんで店に?昨日、16時に南区中央病院で…って言ってたのに」

 

「下民たるアンタがどんな仕事をしているのか偵察に来たのよ」

 

「下民て」

 

「マスターは貴方に勝つために貴方のことを知ろうとされているのですよ

負けたのがよっぽど悔しかったんでしょうね」

 

「アーチャー!」

 

「ははは、敵情視察と言えばいいでしょう」

 

マスターたるエリーゼの隠したがってる本音をナチュラルに暴露するアーチャー

 

エリーゼは怒ってアーチャーを怒鳴りつけるけれど、対するアーチャーは何処吹く風…何にも響いていない様子で笑っている

 

昨夜もこんな調子だったよなぁ

 

エリーゼは高飛車で負けず嫌いな性格で、アーチャーはかなり朗らかだ

 

このくらいの緩さが、エリーゼの強気な性分と釣り合いが取れているのかな

 

「…え、それじゃあもしかして、私のシフト中ずっと見られるってこと?」

 

「何よ、文句あるの?」

 

「文句というか普通に働きづらいからやめてほしい…かな

たまに遊びに来る程度ならまだしも」

 

「あら、この店は店員が客を選り好みするのね」

 

「ぐぬ…」

 

それを指摘されたら私も黙るしかなくなる、私だってアルバイトでもこの店の一店員なのだ

 

店長にだけは迷惑を掛けたくない…ここは大人しく従っておこう

 

ただ生活しているだけなのに、何故こんなにも監視されまくってしまうのか

 

まぁ、誇れないようなことは何もしていないので、私は平然としていればいいんだ

 

「ちょっと、萌恵サン、だいじょーぶ?」

 

カウンターに戻れば心配してくれたパーシーが耳打ちをしてくる

 

傍から見ればお金持ちの御令嬢とその付き人に絡まれた店員にしか見えないもんなぁ…

 

「大丈夫だよ、気にしないで」

 

「なんかクレーム付けられたらすぐ言ってくれよ?俺が代わるから

可愛い女の子に酷い目に遭わせらんないからな」

 

「ははは…ありがとう」

 

西洋人はナチュラルに女性を口説くと聞いたことがある

 

パーシーもそんなタイプだから、可愛い客にも店員にもずっとこんな調子だ

 

…まぁ、これはいい機会だと考えるようにしよう

 

実は昨夜、あの後かごめくんやエリーゼ達とは、さっきも言った通り南区中央病院…アンちゃんがいる病院に集まって、皆で作戦会議をしようと話を付けていたんだ

 

だからこの仕事が終わってから、午後の面会時間を利用して集まる予定だったんだけど…正直かごめくんはともかく、エリーゼ達は来てくれるか心配だったから

 

昨夜の奇襲を防ぎ、返り討ちにしたのはいいものの、結局こちらの共闘申請を跳ね除けて離脱することだって可能だっただろうに…彼らは大人しくこちらの要望に従ってくれた

 

二人で正体不明の怪物を退治するより、四人、六人と協力人数が増える事には彼らも合理的だと判断してくれたのだろう

 

エリーゼが店に来てくれたのなら、仕事終わりに一緒に病院へ行くこともできるし

 

物は考えよう、だよね

 

「ちょっと!ここスコーンは無いの?」

 

…業務時間の六時間、ずっとこの調子になるのだろうか

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