Fate/catastrophe   作:白波恵

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怪物捜しⅢ

 

南中央病院特別病棟の中庭は、硝子屋根を天井に温室となっており、季節を問わない花々が丁寧に手入れされている

 

その温室庭園は、アンにとってもお気に入りの場所であり、アンはかごめに咲き誇る花達を紹介している

 

「これはスノードロップで、白くて小さくて可愛いの

あっちはゼラニウム、あれは…」

 

「あ!アレはわかるっすよ、ユリだ!」

 

「ユリの仲間の、カサブランカっていうの

黄色い色も可愛いんだよね」

 

アンの車椅子を押しながら、かごめは庭園を散策する

 

芝生で満たされた大地と、冷たい空気の入ってこない硝子の壁

 

穏やかな時間を、数歩後ろからバーサーカーが見守る

 

アンとかごめは歳が近いこともあり、すぐに打ち解けた

 

自分の主が、出会ったばかりの同年代の少年と親しくしている様子を眺め、バーサーカーは安堵の想いを胸に秘める

 

彼女が召喚されたばかりの頃…主たるアンは怯えきり、母親らしき者が嬉々狂乱とサーヴァントたる自身の召喚成功を喜んでいた

 

バーサーカーは、アンの脚を見てひと目で理解した

 

ああ…これは、()だと

 

彼女が忌むべき存在であり、自身が死んで百四年も経過して尚根絶されていないもの

 

人間が、生命が生命である限り隔絶は困難な…人との繋がり、心という、病を引き起こす要因

 

アンは、母を愛していた

 

実験体としてどれほど手酷く扱われても、血肉を分けた子供として慈愛を与えられなくても、世の無常を悟るにはアンは世界を知らなすぎる

 

母親の下こそ、アンの世界の全てだったから、アンは母親に縋るしか無かったのだ

 

そんな籠の鳥だったアンを連れ出したのは、他でもないバーサーカーだった

 

未来を生きるべき少女が、身勝手な大人の欲望に振り回され、傷付け貶められている

 

そんな病巣の中心にいる少女を、今すぐ救うべきだと、確信していた

 

連れ出して、逃げ出して、彼女の父たる医者の元へ逃げ込んだ

 

バーサーカーは魔術なんてものは生前関与したことがないし、何より呪いなど信じていない

 

結界などを張ることは出来ないが、終日付きっきりでアンを守っていた

 

アンの脚はどうすれば治る?

 

アンはどうすれば健康になれる?

 

召喚されてからそればかりを考え続けて…病の根源たる聖杯戦争さえ破壊することが出来れば、母親は諦めがつくし、そうすればアンの脚も治すことが出来る

 

この不毛な争いさえ終われば…そのために必要な人材こそ、今日集まった他のマスターやサーヴァント達だ

 

バーサーカーにとっては、彼らも盲信に縋る精神疾患者にしか映らないが…怪物退治などというおとぎ話に付き合いさえすれば、それが完遂されれば、バーサーカーにとっても申し分ない結果なのだ

 

幸いなことに、精神疾患者とはいえ誰もが皆善良そうだ

 

今こうして、アンを中庭に連れ出して、共に会話をしながら散歩をしてくれる

 

バーサーカーも、アンの気分転換に度々院内を散歩させるが…いつもは不自然な笑顔を貼り付けるアンも、今日ばかりは心の底からの喜びを溢れ出していた

 

「…かごめさん、あの…連れ出してくれて、ありがとうございます」

 

しかし、アンは途端に、少し申し訳無さそうに俯いた

 

「え〜?何がっすか?」

 

「お父さん、皆さんと話がしたいって言ってて…私に関する話だから、私には聞かれたくないんだって

本当は、私だけが部屋で待っていればよかったのに…」

 

「でもそれじゃあ、アンちゃんだけぼっちじゃないすか

それは、()()()っしょ?」

 

「…!」

 

かごめはなんて事ないように、アンに寄り添った

 

いや、本人すら「寄り添う」つもりはなかった

 

ただの本心、ただの本音、単純にそう思っただけのこと

 

「大事な話は後で萌恵姉さんが教えてくれるっしょ!なら、俺は一人だと寂しいアンちゃんと一緒に遊んで待ってる方が、気が楽っす

堅苦しい場所で話聞くの、苦手なんすもん」

 

「…ふふ、私も

辛い話や怖い話より、もっとワクワクするような…不思議なお話がしたいな」

 

「あ、それならこんなのはどっすか!俺ん国の昔話でモモタローってヒーローがいて…」

 

かごめはベンチに腰をかけ、自国の物語を聞かせる

 

桃から生まれた英雄、三センチの背丈の英雄、助けた亀に乗って海の底の城へ訪れた冒険者…初めて聞く異国の物語は、どれもアンの好奇心を掻き立てた

 

かごめは話し上手だった

 

元々、オーバーリアクションな性分だったのを利用し、手や体を使い物語の動きを実技実演して見せた

 

本物の英雄には劣っても、寄せて真似た剣捌きには感嘆の拍手

 

わざとらしく仰々しく呻き声をあげて倒れる怪物には笑いの嵐

 

一人の観客のための寸劇を繰り広げる一人の役者

 

そんな微笑ましい光景を、バーサーカーは数歩離れたところから見守っていた

 

「…良かった、マスターが楽しそうにしていて

私にはあまり…不得手な部類でしたので、貴方のマスターには感謝しないといけませんね」

 

バーサーカーは木の木陰に向かって語りかける

 

こじんまりとした木の影から、一人の大柄な人影がぬるりと現れた

 

それは2m以上の長身で、尚且つ背を曲げてバーサーカーを見つめているため、ただそこに立っているだけで迫力がある

 

更には長い薄紫の髪が顔を隠し、表情も読み取れない

 

それもそのはず、何せその表情は白い髑髏の仮面で覆い隠されているのだから、物理的に見ることも叶わない

 

「……」

 

「何故ここにいることがわかったか、ですか

健康とは縁遠い気配を感じたため、です

湿気や温度は万物を腐敗させます、まずは新鮮な空気を保ち清潔にすることこそ治療の第一歩です」

 

影に潜む長身の骸骨…望月かごめのサーヴァント、アサシン

 

そのアサシンは言葉を発さずとも、バーサーカーはその疑念に答える

 

否、バーサーカーはあくまで自分自身と対話しているに過ぎない

 

人の話を聞かず、猪突猛進な性格が彼女をバーサーカークラスとして決定付ける

 

その証拠に、彼女の言葉は会話や対話のように見えているが、あくまで自問自答や自己への訴えに等しいのである

 

沈黙のアサシンと、自己問答のバーサーカー

 

会話らしい会話は成り立たないが、それでも少なからずこの穏やかな空気が悪化することはなかった

 

 

 

 

 

夕暮れ時、面会時間も終了する頃合い

 

話し合いを終えた私達は、病室に戻ってきたアンちゃん達に別れを告げ、病院を後にした

 

出ていく時、かごめくんとアンちゃんが予想以上に仲良くなっていて、かごめくんなんか「用意するもんがあるから先に帰るっす!」って言ってタクシー拾って先に帰っていった

 

全体的な進展はないけれど、改めてこのチームの方針が固められた一日だったと思う

 

それと、病室を後にした時に、院内のことをよく知ってるであろうバーサーカーやルードルフさんに聞きたかったことを聞いたんだ

 

「ここに、赤髪の少年が入院してませんか?」

 

私の質問に、二人揃って首を横に振った

 

看護師として勤めるバーサーカーはまだしも、院長であるルードルフさんですら見たことすらないと言うのなら…あの時出会ったマスターらしき赤髪の少年は、この病院に関与した人物ではなく、侵入した外部者という事になる

 

でも、一体何のために?

 

昨日のあの瞬間は、ただ私の失くした鍵を届けてくれただけだ

 

目的も意図も読めない、謎の少年マスター

 

残りのセイバー、キャスター、ライダーのマスターであるのは確かなんだろうけど…

 

昨夜のパーティーにもその姿は見えなかったし、一体何者なのか図りかねない

 

確かに只者ならぬ雰囲気は感じたけれど…

 

「モエ」

 

「え」

 

ふと、名前を呼ばれた

 

院外に出て考え込んでいた時、私の名前を呼んだのは、エリーゼだった

 

初めてエリーゼに名前を呼んでもらえた感動に浸っている間もなく、彼は話を続けた

 

「ちょっと、うちの別荘に来なさい

アンタとランサーだけでね

あのカゴメとかいう能天気なマスターも無し

安心なさい、悪いようにはしないから」

 

予想だにしなかったエリーゼからの誘いを承諾するか悩んでいると、静かなエンジン音が聞こえてきた

 

何かと思っていると、タイミングよく病院の正面口前に黒い光沢を放つリムジンが停車した

 

「エリーゼ様、お待たせいたしました」

 

運転席から出てきた美女が一礼する

 

きっと専属の運転主なのだろうか…改めてエリーゼが富豪なのだと思い知らされる

 

「ご苦労だったわねメイベル

さ、乗りなさい」

 

エリーゼの案内で車内へ誘導されるが、精錬とされた車内はなんとも圧巻で、染みや傷ひとつない白いシートは圧倒的な柔らかさだった

 

「おぉ…」

 

「車内には魔術的な加護も結界もない、至ってシンプルな乗用車だ」

 

「今更罠に嵌めようなんて思わないわよ

私達のこととことん信用していないのね」

 

「いや?確かにまだ信用に足りていないのは事実だけれど、マスターが協力したいと言う相手なら僕も信用したいと思っている

ただ、僕は僕のマスターの安全が最優先だから、常に警戒をしておく必要がある」

 

「多少の危険は大丈夫だからね…?」

 

私とランサーが乗り込み、エリーゼ、アーチャーも乗ったところで扉は閉められ、運転席に運転手さんが乗り込み、車は発進する

 

どこへ向かっているのか聞こうとすると、まるでエスパーの如くエリーゼが先回りして目的地を教えてくれた

 

「今から行くのは、私が住んでいるシュヴァルヴィア家の別荘よ

色々と擦り合わせたい話もあるから

召使い達にも話は通してあるから、安心なさい

貴方達に傷一つつけないことを約束するわ」

 

「嘘は無いみたいだね」

 

「ランサー殿の前では、全てがお見通しのようですからね」

 

「つまり、今からエリーゼの家に行くんだ…」

 

「夕食も用意させているから、食べて行きなさい」

 

車を走らせて三十分、南区を抜けた東区の端

 

富豪層の高級住宅が並ぶ住宅街を通り、一際広い敷地へと車が入っていく

 

警備員が守る門を通過し、これまた広い中庭を突き進んで、美術館さながらの豪華な白い建造物の前で車は停車した

 

「お、おおぉ…」

 

「皆様、到着致しました」

 

「ご苦労さま」

 

窓からその絢爛さに驚いていると、ランサーが横では興味深そうにしている

 

「へぇ、いち住居にこれほど手をかけるなんて

エリーゼは王族なのかい?」

 

「まさか、貴族の子どもよ

シュヴァルヴィア家は上流階級の貴族でもあり、その始まりはかのアーサー王に使える騎士であったともされているわ」

 

「あのアーサー王の!?すごい!」

 

「円卓の騎士ほどの知名度はないけれどね

さて、ようこそお客様

食堂にてディナーにしましょう」

 

車を降りれば召使いらしき人が出迎え、正門を開けてくれる

 

通された別荘の中は豪華なシャンデリアが吊るされたホールが広がりそこからいくつもの扉が壁に並んでいる

 

壁にかけられた絵も、よくわからないけど、多分歴史的な画家の作品だろう、テレビで見たことがある

 

まさに王道な城のような造りに、昨晩のパーティー同様場違いな気がしてならない

 

「これらの装飾品は、相当価値の高いものなのかな」

 

「た、多分…?壊したら一生掛けても払えないほどの損害賠償が請求されるんじゃないかな」

 

「僕の時代には無いものばかりだ

それなりにいい物は友達の蔵で見てきたんだけど」

 

またランサーの友達話だ

 

王様と言うくらいなのだから、確かにいろんな価値の高いものを持ってるのかも

 

エリーゼに案内され、そのまま広々とした食堂に通される

 

長方形の長いテーブルの奥にエリーゼは座り、私達はその横に並んで座らされる

 

すると、アーチャーが小さな鈴を鳴らし、瞬く間に数人の召使いさんが食事の準備を始めた

 

絵本とかで見たような大富豪の食事に、息付く間もなく緊張が走る

 

圧倒間に高級ホテルで出るようなコース料理がお出しされ、エリーゼは素知らぬ顔で食べ始めた

 

「え、えっと…エリーゼ、いただきます」

 

「どうぞ」

 

「マスター、この幾つもあるカトラリーは外側から使うのが正しいのだったよね」

 

「ごめん、テーブルマナーの知識全然なくて…」

 

「好きに使いなさい、ここは社交場ではないのだから」

 

前菜の、名前を説明されたけどよくわからないサラダは、小さなガラスのカップに入れられた彩り豊かな花束のよう

 

それをフォークを使い、食べてみると…新鮮な野菜と爽やかなドレッシングがよく合う、何とも形容しがたい美味しさだった

 

「美味しい!いいお野菜だねエリーゼ」

 

「そう、シェフに伝えておくわ」

 

次にコーンスープ、魚、メインディッシュの肉…デザートまでいただき、圧巻のフルコースディナーだった

 

人生でこんなの食べたことがない、師匠ですらテレビで流れてても「こんなんどうせ腹膨れねぇよ」とか言ってたけど、私は余裕でお腹いっぱい

 

影の中で無二が「妾も食べたかった!」と騒いでるけれど、こればかりは仕方ない

 

「ランサー、こんなご飯そうそうに食べれないからちゃんと味覚えておいてね」

 

「確かに、マスターの経済力では再現不可能だね」

 

「わかってるよ!」

 

いらん事言わんでいい!

 

「こほん…それでエリーゼ、食事も終わったから聞きたいんだけど…

来る前に言ってた、擦り合わせたいことって?」

 

私がそう聞くと、食後の水を飲んでいたエリーゼが静かにグラスを置き、鋭い視線を向けてきた

 

「貴方、怪物がどんなものか理解していて?」

 

問いかけられたのは、きっとこの聖杯戦争の議題…怪物退治について

 

昨日からずっと話し合いの先頭にあった、「怪物とは何か」

 

今日病院内で話し合った時も、結局まとまらなかったけれど…そもそもの話、怪物とはどんなものを指すのか

 

そういうことを、エリーゼは聞いているのだろうか

 

「えっと…こう、大きくて、怖いもの…?」

 

「…呆れた、そんなふわふわしたイメージしかないのね」

 

わかりやすく溜息をつかれた

 

「…魔術世界における怪物という存在は、正体不明の理不尽そのものを指すの

どれだけ大量殺人を犯した犯罪者でも、言語を話して殺せば死ぬなら、それは私達と何ら変わりのない知的生命体よ

きっと市長の言う怪物は、そんな枠に収まらないものだと思う」

 

大量殺人犯も、所詮人間であるのなら犯罪者という枠から外れない

 

犯罪者と怪物が別物なら、それは…人間の倫理や法律から逸脱したものでなければならないのだろうか

 

人間社会の判断基準を超越したもの…それこそ、災害のようなもの

 

「貴方、この街の歴史を知ってる?」

 

「え?」

 

この街には数週間前来たばかりだから、あまり深い話は知らない

 

観光雑誌やインターネットのまとめサイトで見聞きした知識しかなく、歴史までは手を伸ばしていない

 

「…全然知らない」

 

「そう、なら教えてあげる

この街は昔…八年程昔に、市民の70%が謎の不審死を遂げたの

朝起きたらその七割の人間が皆、眠るように息を止めていたのよ」

 

「……え?」

 

今、なんて言った?

 

八年前に…街の七割の人が、不審死?

 

それは、だってそれは、おかしい

 

そんな事件があれば、必ずどこかでヒットするはず

 

インターネットが普及してあらゆる情報が手に入る現代において、そんな凄惨な事件がひとつも見当たらないなんて有り得ない

 

…いや、まさかこれは

 

「神秘の秘匿…隠蔽された事件…ってこと?」

 

「中々直感は良いじゃない

そう、当時80万人いた市民のうち60万人近くも死んだ…自然災害でもなければ、バイオテロでもない

原因不明、正体不明、手段不明…何もかもが不明、故に怪奇現象のような類に落とし込むしかなかった

人間は全てを解明し納得のできる答えに落とし込む解体者

神秘の全てを暴いてきたその歴史の体現者が、こんな謎を放置しておけるわけがない

きっとあの市長は、全てが迷宮入りのまま隠匿された事件の真相を、暴いて欲しいんじゃないかしら」

 

エリーゼの口から語られた、世界から隠された大量死の怪事件

 

そんな大事件、本当に世界的に見て隠すことが可能なのだろうか?

 

「君は何故、それを知っているんだい」

 

突然のカミングアウトを聞かされて固まっている中で、ランサーがエリーゼに質問をした

 

そうだ、世界中から秘匿された事件なら、何故エリーゼはそれを知っているのだろうか

 

そこに矛盾が発生している、それについてランサーは問いかけているんだろう

 

「…それは、私がその事件の生き残りだからよ」

 

…え?

 

「当時私がまだ八歳だった頃、それは起きたわ

朝起きたら、家の中で二人の男女が眠ったまま息を引き取っていた

私はね、その二人が自分の両親だということを認識していなかったのよ

 

おかしいと思わない?60万人も死んでいて、どうやってこの事件を秘匿したのか…街の外にいる家族、国を動かす役人、経済界トップの大富豪もいたのに、この事件を隠すことが出来た仕組み

 

それはね、その事件で死んだ人達は命だけでなく、あらゆる繋がりすら絶たれたんじゃないかって思うの

人々の記憶から、初めから「そんな人はいなかった」とされたように…」

 

残された家族、消えた役人、諸々の人の繋がりもあって隠すなんて簡単に出来るはずがないのに…そもそもその繋がりさえ存在していなかったことになったのなら、それは、確かに「人が大量に死んだ」異質さだけが残る

 

…人は、死を身近に感じるからこそ恐怖する

 

親しい人が手の届く場所からいなくなるから悲しむ

 

でも、見ず知らずの赤の他人だと認識している人の死に心を痛める人は多くは無い

 

不可解な大量不審死…無差別で、ただこの街にいたからたまたま死んだだけ

 

こんなもの、人の手に出来る所業じゃない

 

それこそ…怪物、いや、化け物でないと

 

「でも、そんな昔の事件を…どうして今になって?」

 

「その意図はわからないわ、けど…今行われているのは、過去の英雄を召喚し戦わせる聖杯戦争

全ては私の予測だけれど…八年前にも、それに関係する何かが裏で起きたんじゃないかって」

 

「…」

 

あれ、そういえば…私の母さんがこの聖杯戦争を作ったんだよね

 

母さんが死んだのも八年前…それ以前から、このバーシュウィンデンで聖杯戦争を行うためになにか仕込んでいたんだ

 

これは、何かしら関係性があるのかもしれない

 

「…っ」

 

「うん?どうかしたかしら」

 

一瞬、母さんについて、口に出しかけてから…飲み込んだ

 

言おうか迷ったけど…今ここで母さんのことを話せば、立場の危うさや不確定な情報から混乱を招いてしまうかもしれない

 

だから今は、少しだけ…黙っておこう

 

「……なんでもないよ

つまり…怪物への手掛かりは、聖杯戦争について調べることから、だよね」

 

「私が思う怪物がその事件を引き起こした真犯人だと予想しているから、だけれどね

貴方の言ってたテーマパークの件も気になるから調べてみるといいでしょう

そうね…貴方、次の休みはいつ?」

 

「えっと…明後日、かな」

 

「なら一日空けておきなさい

あのかごめとかいう男は…まぁ暇でしょう

テーマパークのチケットは押さえておくから、調査に備えておきなさいよ」

 

「え、えぇ」

 

エリーゼがそう言うや否や、控えていたアーチャーがスマホを操作して誰かに連絡している

 

まさか本当に、スピナーランドのチケットを取ってるの?本気?いや本気なんだな…

 

なんだかんだエリーゼは真面目な子だし、こうして協力もしてくれる

 

なんとも頼もしい限りだ

 

ところで…さっきの話にひとつ、気になる部分がある

 

聖杯戦争に関することでは無いんだけど…さっき、エリーゼは両親(と認識できないけれど)が死んでいたって言ってたよね

 

それって…じゃあ今の家族は?

 

エリーゼもなかなか複雑なご家庭なのかな、これは…聞いてもいい事実なのだろうか

 

私とエリーゼは昨日知り合ったばかりだし、いきなり踏み込んだ会話をしたら相手を不快にしてしまうかもしれないし…うん、やめておこうかな

 

「……

エリーゼ、君の両親は八年前に死んだと言っていたけれど、今の家族は?兄がいるとは言っていたけれど、時計塔というところに通っている兄が君の家の当主なのかな」

 

……ちょ

 

「ちょっとランサー!?いきなり何を聞いて…」

 

ランサーが突然ぶっ込んできたため彼の口を抑えるが、ランサーは私に優しい目配せをしてくれるだけだ

 

もしかして、私が気になっているのを察して聞いてくれたの?

 

やば、そんなに顔に出ていたのかな

 

気を利かせてくれるのはありがたいけど、こう、もうちょっと空気とか!センシティブな内容はもっと関係性を深めてから…あああでもランサーって自意識道具だから人の心とかわからないのかな!?

 

「ああ、そのこと

いずれ話すことになるかもしれないし…いいわよ、答えてあげても」

 

ぶっ込まれた当の本人は思った以上にアッサリとしていて、私は拍子を抜かしてしまう

 

「え…」

 

「マスター、よろしいのですか?」

 

「別に構わないわよ、言ったところで何か変わるわけでもないのだし…」

 

エリーゼは微かに表情を曇らせた

 

その目には、なにか見覚えがある

 

全てを諦めたような、期待の輝きのない薄暗い目

 

あれは…確か、あの日全てが無くなってしまったときの、お父さんの目と、その目に映った私の…

 

「私はシュヴァルヴィア家の養子よ

生まれはこの街だけど、あの災害から孤児になった私は児童保護施設に引き取られて、シュヴァルヴィアの当主の婦人…お母様に引き取られたのよ

当然、後継者は既にいるのに孤児を引き取ったものだから、お母様以外の家族はいい顔しなかったのだけれどね」

 

苦い顔をするでもなく、苦し紛れな声を出すでもなく、エリーゼはただ淡々と事実を告げるだけ

 

じゃあ…エリーゼはその家の跡継ぎでもない、ただの養子なのに…この聖杯戦争に参加したってこと?

 

「お父様はこの街で聖杯戦争が開催されるという噂を聞いたとき、真っ先に私を指名したわ

自分の可愛い息子達には、聖杯なんて言う嘘か本当かわからない危険な博打に出さなくても約束された将来がある

けどこの私を使い捨てて、そのまま聖杯を勝ち取れなくても不自由はなく、万が一勝ち取ったなら儲けもの…その程度の認識なのよ」

 

「そんな…エリーゼが死ぬ危険もあるのに…!」

 

「魔術師なんてそんなものよ

元々私はいなかったものなんだから…お母様は猛反対したけれど、現当主の命令は絶対だもの」

 

魔術師

 

全知全能、あらゆる知識が存在する根源を目指す者達

 

長い歴史の中で失われていった神秘を追求しその果てに辿り着けるとされる根源への到達を目的とし、何世代にも渡って研究を重ねる人達

 

師匠は「魔術師なんて道徳も倫理観もないクソ野郎どもの総称だ」って言ってたし、轟家の人達を見てもそれに否定はできない

 

轟の家は到達点が少し違うけど…その過程は類似している

 

きっと、エリーゼの家族もそうなんだろうか

 

昼間お兄さんの話を出した時に嫌な顔をしたように…お兄さん達にも何か嫌なことをされたのかもしれない

 

そして…お父さんに、聖杯戦争に駆り出されて

 

こんなの、「死にに行け」って言われてるようなものじゃない

 

話を聞く限り、初めから期待なんてされていない…

 

なんだか、似ている

 

私とエリーゼは、どこか似ている気がする

 

「…エリーゼは、聖杯戦争でどうしたいの?

聖杯が、欲しいの?」

 

私の問いかけに、エリーゼは俯いた

 

昨日は同じ参加者である私を排除しようと攻撃してきたけれど、今の話を聞く限り、エリーゼも聖杯を求める他の誰かの代わりに参加している状況なんだ

 

エリーゼ自身は、聖杯を求めているの?

 

「……私は…万能の願望器が手に入るのなら…」

 

エリーゼがそれを言葉にしようとした瞬間、食堂の扉にノックの音が響いた

 

咄嗟にその方へ向くと、扉越しに老人の声がする

 

「エリーゼ様、奥様からお電話です」

 

恐らく執事の一人だろうか

 

執事からの呼び掛けに、エリーゼはこちらの気も重くなるような深いため息をして、立ち上がった

 

「悪いけれど、今日はここまでにしましょう

メイベルに送らせるわ、気をつけて帰りなさい」

 

エリーゼは声のした奥の扉から食堂を後にして、残された私達はアーチャーの誘導で外まで案内される

 

「申し訳ありませんお二人共

奥様はお話が非常に長く…お客人を夜更けまで待たせることになってはいけませんので」

 

アーチャーはエリーゼの代わりのように深々と頭を下げる

 

そんなに謝られることじゃないので、私はあわててアーチャーに声をかける

 

「いやいや、気にしないで!なんだかエリーゼのところも複雑みたいだし…仕方ないよ」

 

「そうですね…我がマスターは気丈そうに見えて、しがらみに囚われています

私はそんなマスターを、救いたいのです」

 

アーチャーはいつもの食えない微笑みではなく、本当にエリーゼを心配しているような…心の底からエリーゼを助けたい、そう思っているのが伝わる、切ない笑みを浮かべていた

 

…うん、私も、あんな話を聞いていたら放っておけない

 

「私も、エリーゼを助けたい

聖杯は私も必要なんだけど…どうにか平和的な解決方法がないか考えてみる!」

 

「…ふふ、それはそれは…現実味のない曖昧な宣言ですね」

 

「うっ…」

 

「ですが、ありがとうございます

私達よりも遥かにお強い貴方がたに味方になっていただけると、私共も助かりますし…

マスターには、志を共にする()()が必要ですから」

 

友人

 

私も人生において友達はあまりいないけど…いつか、エリーゼとも「友達」になれるだろうか

 

それこそ、聖杯戦争を一緒に戦い抜ける、戦友に…なんて、ちょっと浮かれすぎか

 

「さぁ、外でメイベルがお待ちです

お二人共、お気をつけてお帰りください」

 

アーチャーにも見送られ、私とランサーはエリーゼの家を出た

 

正面玄関の前には、先程と同じリムジンが停車していて、その前に運転手さん…メイベルさんが腕時計を確認しながら待っていた

 

「お待ちしておりました

家までお送りします」

 

「あ…よろしくおねがいします」

 

メイベルさんが後部席の扉を開け、行きと同じように乗り込む

 

ランサーも乗り込んだのを確認してから、メイベルさんも運転席へ乗車し、車が発進する

 

遠くなっていくエリーゼの家を見送りながら、少し惜しむ気持ちはある

 

エリーゼも孤独の中この戦争に参加したんだ

 

アーチャーとは仲が良さそうだし、上手くいってるんだろうけど…私も今以上に、寄り添えたらいいな

 

「マスターは本当に人がいいんだね」

 

ふと、隣のランサーからそんな風に言われる

 

「え?まぁ…昔からお人好しとは、言われるかな」

 

「君が抱える必要のない問題ばかり不用意に請け負っている

そのままだといつか自分が問題の重みに潰されてしまいかねない

君のそれは天性の気質なのか、それとも…何か考えでも?」

 

「いや…下心がないと言えば、嘘にはなるけど…師匠からも言われてたな、「お前は親切すぎる」って

いつか悪い人間に利用されるぞって、いつも怒られてた

でも…誰かを助けた時、後に助けてもらえるかもしれないでしょ?だから、親切にすることは大事だと…」

 

「その苦労が、徒労に終わっても?」

 

ランサーの声が、不意に重くなる

 

いつもの微笑みはなく、無機質な表情が向けられた

 

「誰かを助けても、その結果が必ずしもいい方向に転ぶとは限らない

助けた先に、もっと強大な運命にその人や君自身が命を奪われてしまうかもしれない

正しい行いをしても、相応の報酬がもらえるかはわからないものだ

それでも君は、自分の為にならない誰かの願いに誠実に向き合えるのかい?

君が、傷付き擦り切れることになっても」

 

ランサーの疑問は最もだ

 

アンちゃんのことも、エリーゼのことも…私には直接関係のないことではある

 

怪物を探し出し、倒す上では、そこまで深く足を踏み込む必要のない問題だ

 

でも…ランサーはまだわかってないみたいだ

 

「…ランサー、私はね…ああは言ったけど、一番は自分のためなの

誰かを助けて、喜んでもらえる…その時の笑顔が、一番嬉しいから」

 

「…」

 

「確かに、自分のことで精一杯なのに他人のことにまで首を突っ込んで、自分のことが疎かになっちゃったり…苦しんで辛い思いをするかもしれない

でも、困ってる人を目の前で見て、放っておけるほど大人でもないんだ、私

師匠は、私は優柔不断が過ぎるって言いながら、私に選択が出来るように色々教えてくれたし」

 

師匠は言ってた

 

世の中は理不尽で、不条理で、人ひとりの力じゃどうしようもないくらいの運命が突然目の前に降りてくる

 

そんな中、力も知恵もない、何も持たない人間は選択肢が狭くなる…けど、何かを身につけた人は、行動できる選択肢が増えるって

 

師匠は私に、その選択肢を増やす術を教えてくれた

 

それを活かせるのは、きっと今だと思う

 

「きっと、誰かを見棄てて生き残っても…心が死んでいく

それなら、誰かを助けて満足して、死にたい

それが、私

滅茶苦茶非合理的でしょ」

 

自虐するように、苦笑して

 

真っ直ぐ問いかけてくれるランサーに向き合う

 

これが私だから、ランサーには受け入れてもらいたい

 

どれほど合理的な判断を求める道具としても、使い手の私は…貴方という武器を、殺すためではなく、守るために使わせて欲しい

 

「…そうだね、非合理的だ

けれど、心を持った人間らしい、素晴らしい矛盾だ

僕は君に敬意を表するよ

そんな君を守り、助けるのが…僕というサーヴァントの役目だから

存分に思うまま、どうか後悔のない生き様を」

 

後悔のない生き様

 

そう語るランサーは…酷く物悲しそうで、少しだけ苦しそうだった

 

ランサーは生前、後悔を残して死んでしまったのだろうか

 

後悔のない終わり…可能なら、それを目指していきたい

 

まずは、聖杯戦争の終わりを目指して

 

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