「ここで大丈夫です、ありがとうございました」
エリーゼの専属運転手、メイベルさんが運転するリムジンで一般住宅街を走ると、チラホラいる通行人に二度見されてしまっていた
近くに停めてもらい降りる時も、ご近所さんにヒソヒソと話されている
違うんです、ヤバい組織に関わってるとかではありませんから
「こちらこそ、ありがとうございました
エリーゼ様、昨日パーティーからお帰りになられた時…凄く怒っていらしたんですよ」
「えっ…あ、ああ、私達のせいですすみません!」
「いえ、違うんです」
メイベルさんは窓越しに、私達二人を観察する
そして安堵したように、微笑んだ
エリーゼが怒っていたというのに、なぜか嬉しそうにしている
「坊っちゃまは…シュヴァルヴィアの養子ということはお聞きになられましたか?」
「えぇ…はい」
「既に後継者がいる魔術師の家系に養子として引き取られた…とすれば、その
メイベルさんの問いに、私は考える間もなく答えを察する
「…実験台」
「そうです」
魔術師は、神秘を追い求め研究する者達
その過程で必要なら、非人道的な行為さえ厭わない
魔術を生命体に作用させ、それにより引き起こされる副作用や拒否反応で後遺症や…最悪命を落とすことだってある
それをネズミや犬猫などの動物で行う人は数多くいるだろうし…中には、人を使って研究をする魔術師だっているそうだ
轟の家でも、そう
正当な後継者である子供以外の兄弟姉妹は、普通に育てられるか、無いものとして扱われるか…最悪、研究材料にされることもある
そうしていなくなった親戚の子供を、何人か知っている
「元々シュヴァルヴィアは三人きょうだいで、兄二人と末の妹様がいらっしゃいました
ですが、優秀な男児である兄君と魔術の才のない妹君…当主様と兄君達に研究として使われ、お嬢様は命を落とされました
それに納得できなかったのが奥様です
奥様はお嬢様の
「研究の末死んだ娘の…代わり?
だからエリーゼは、女の子の格好をしてる…させられているんですか?」
エリーゼの姿を思い返す
髪型も化粧も衣服も、限りなく女の子の格好をしていながら…どうしようもない体格はともかく、声はその低い声を隠そうともせず、少年らしい声で話していた
きっとそれは、エリーゼの本心…本当は女の子になりたいとは思ってない表れなんじゃないか
娘を喪った母親の願望で娘の代わりをさせられているだけで、それまでのエリーゼはきっと自分の性に忠実に生きてきたんじゃないのかな
「ええ…心を病まれた奥様は、坊っちゃまに亡きお嬢様の役目を押し付けて…過保護に守ろうとされています
ですが、そのせいで坊っちゃまの心が死んでいっていました
聖杯戦争に駆り出されるも、それも旦那様にとってはついでの厄介払いに過ぎません」
表情の変化が乏しく、言葉も淡々としているメイベルさんだけど…ハンドルを握るその手には力が込められている
明確に、怒りの感情を顕わにしてる
「私はただの坊っちゃまの従者に過ぎませんが…あの方がシュヴァルヴィアの家に来て、私が召し仕えたあの日から…私は、坊っちゃまの苦痛をただ黙って見過ごすことしか出来ませんでした
でもここは、あの方々の手から遠く離れた地です
坊っちゃまを、解放してさしあげたい
坊っちゃまも…シュヴァルヴィアの家からの解放を望まれています」
次第に言葉に力強さが宿っていく中、重要な情報が聞けた
エリーゼが、聖杯を求める理由
聖杯で叶えたい願いを、メイベルさんの口から聞けた
「それが、エリーゼの聖杯にかける願い?」
「そう仰っておりました
夜に紛れ逃げようとも考えましたし、進言しましたが…坊っちゃまは常に家に監視されています
戦争を放棄し逃亡しよう者なら、シュヴァルヴィアの魔術の秘匿を目的とし一生終われるのでしょう
それでは真の解放とは言いません
園村様、あの方にご協力してくださるのなら…どうか聖杯を坊っちゃまに…エリーゼ様にお譲りくださいませんか
心が死んでいたあの方が、怒る様子を、私は初めて見ました
また坊っちゃまの心が死んでいくなど、見ていられません」
メイベルさんは車から降り、私達の前で深々と頭を下げた
この人は本当に、エリーゼのことを大切に思っているんだ
怒ることすらなかったエリーゼが、私達と戦って負けて、ようやく怒っていた…
それは確かに、感動してしまうだろう
だけど…聖杯を譲れ、という願いには、さすがの私も簡単に首を縦に振ることは出来ない
私にも聖杯を求める事情がある
今の仲間達…かごめくんは目的が同じで、アンちゃんは譲渡を申し出てくれた
でもエリーゼは…私達が力で黙らせ、協力させたようなもの
今は協力しているけれど…きっと最後は、対立することになる
「言葉を返すようだけど、僕らはまだ聖杯を所有していない
戦局がどうなるか未だ不明なまま、そんな約束はそもそも成立することができない」
ランサーが、メイベルさんに向かってそう言い放った
確かにその通り…明確な事実なんだけど、ランサーは相変わらず言葉をオブラートに包むことが出来ない
「人間の社会構造というものには僕もまだ学習不足だと理解しているし、魔術師の世界なんて僕らの時代にはまだなかったものだ
だけど、それは…聖杯に願う程のものなのかい?」
…ちょ、
「バカ!」
咄嗟に口から罵倒の言葉が飛び出てしまった
でも、そうじゃない、バカだよランサーは
「願いに、大きいも小さいもない!人の価値観は人それぞれ…エリーゼには家からの脱出が大事な願いなの!
魔術師の家は、その内側が独立国家みたいなもの…簡単に縁を切れたら、誰も苦労してない」
「…ごめんよ、そんなつもりじゃなかったんだ
ただ、純粋な疑問だったんだ
僕には願いの大小や優劣なんて決められない、ただ、それは聖杯を使わなければ不可能なものなのか、と…疑問に思っただけなんだ」
そうだ、ランサーはこうだった
人の情緒、感情への理解が薄い…本当に、使われるだけの道具
自律思考が存在し、人と同じ形で、感受性はあるけれど…まだ、まだ彼は、完全じゃない
兵器としては人間すぎて、人間としては兵器すぎる
なんて…なんて、▇█▃なんだろう
………あれ
私、今、なんて感じた?
「いえ、そうですね…ランサー様のおっしゃる通りです
すみません、私が軽率でした
ですが、シュヴァルヴィアは由緒正しい歴史の深い魔術の家系です
死ぬか、聖杯を持ち帰るか、エリーゼ坊っちゃまが使う他…抜け出すことは出来ないのです
私も、坊っちゃまも…あの家に真正面から敵いませんから」
私がひたすらに呆然としているうちに、それだけ言い残して、メイベルさんはリムジンを走らせて去っていった
暗い影の差した横顔が、私の胸に突き刺すような痛みを感じさせて
「…」
「……マスター」
ランサーの呼び掛けに、私は答えられない
私は彼を、
過去を生きた英雄に対して…
なんて愚かしい、私は哀れじゃないかのように、偉そうに…
「マスター」
先程よりも力強く、ランサーは呼ぶ
「思ったことがあるなら、言って欲しい
もちろん、念話でもいい」
「…念話?」
念話?念話って、何?
いや存在は知ってる、テレパシーのことだけど…私はそんなもの、使えないよ
「マスターとサーヴァントはパスを通じて声を介さなくても通じることが出来る
僕は特に、他者の思考や人間以外の生命の言葉も理解できる
けれど君は…君だけは、どうにも上手くいかない
何かに遮られているように、君の声は聞こえにくいんだ」
…え?
家に帰り、ココアを用意して話し合う
暖かなマグカップがまだ温いうちに飲むべきだけど、用意しておいて飲む気になれない
つまり…ランサーの話では、サーヴァントとマスターは魔力のパスが繋がっているから、直接声に発して会話しなくてもテレパシーで意思疎通することが可能
そして、マスターはサーヴァントの
…いや待って、ちょっと待って、それは、私初耳なんだけど
「つまり…私もランサーとテレパシーできるし、ランサーのステータスも見れるの?本当に?」
「本当だよ
聖杯から与えられた知識にそうあったのだから、間違いは無い」
嘘だぁ…私今頑張ってランサーのステータスとか確認しようとしてるけど、何をどうすれば見れるのかわからないよ
「無二、わかる?」
「これは…ううむ」
ココアが冷めるのを待ってる無二が、声を唸らせる
私よりも博識な無二ですら、この問題を解決することは出来ないのか
「これは小娘
「そんなアッサリと!?」
「マスターだから…
…なるほど、そういうことなんだね」
「ちょっと、二人だけで納得しないでよ!」
当の問題の張本人である私を差し置いて理解したような無二とランサーに文句ばかり出てくる
その文句をありったけ込めて念じてみたけど、ランサーは首を傾げるばかりでどうにも伝わっていなさそうだ
…今まで私の様子を察して言葉を出していただけで、本当にただ察してただけなんだ
「まぁとにかくこの問題は貴様には無縁じゃ、気にする事はない」
「そう言われても…その、ステータスとかあるんなら気になるじゃない…」
「そうだね…うん、今回現界した僕は平均的なパラメータより幾つかランクダウンしているね
これは契約したマスターの魔力に左右されるものなんだけれど…萌恵の場合、魔力量は極少だからそれほど高くはない
ただ、量より質、なのかな…高火力の攻撃で一撃、みたいなイメージをしてもらえたら」
「量より質…?確かに私は魔術回路が12しか無いし…魔力がないと現界できないサーヴァントからしてみれば、物足りないかもしれないけど」
「そうかもしれないね、ここまで弱体化したのはもしかしたら初めてかもしれない」
「悪かったねぇ回路が少なくて!
ほんっとに…母さんは天才的な魔術師だったって言うし、兄さん達は三桁もあるのに、なんで私だけこうなのか…」
優秀な魔術師で、本当だったら轟家の当主になっていた母さんは、魔術回路だって優秀だったのだ
そんな母さんの子で、兄さん達も回路の本数が桁違い…だからこそ位の高い分家に引き取られていったんだけど、私は何かと出来損ないすぎて、一人園村の家に取り残された
…そうだ、そうだった
母さんについてだ
母さんが死んだのが八年前、この街の不審死事件も八年前…母さんが聖杯戦争を仕組んでいたとなると、きっと何らかの関係があると見ていいだろう
それについて調べなきゃいけない
でも…どこを?母さんの手掛かりを知っているのは、この街でわかるのは市長くらいだろうけれど…忙しいだろうし、直接取り合うのは不可能かもしれない
「…ねぇ、ランサー」
「なんだい」
「死んだ人の気配を辿ることとか、できる?」
突拍子もないことを言ってるのはわかってる、でも言葉にしてみないと、私とランサーは察することは出来ても伝えることはできない
高い気配感知スキルを持つランサーなら、母さんの名残りを辿ることも出来ないかなぁ…って
思ってみたのだけれど
「その人の遺物があれば、可能だよ」
「遺物、かぁ…それって、血縁者とかでも?」
「似た気配を辿ることは出来る
でも君の場合…上書きされていて、元の気配を辿ることが困難だ」
上書き?それって一体どういう意味なんだろう?
さっきの無二とのやり取りといい…無二は私の半身なのに、私が知らないことを知っている
ランサーは私以上に無二と理解し合ってるみたいだし、なんだか私の問題なのに蚊帳の外で、嫌な気持ちだ
「ねぇ、上書きってどういう意味?」
「…そうだね、君の…魂が、と言うべきか」
「魂?」
「それ以上はならん」
ランサーが話してくれた瞬間、無二が遮る
その剣幕は、赤い目がいつにも増して鮮血のような真紅に光っていて、命を刈り取るような威圧感を感じる
…無二は、何かを隠している
私の半身なのに、無二は私に隠し事をしている
「ねぇ、私に何を隠してるの
ランサーは何を理解しているの?」
「僕は、理解しているわけじゃない
ただ、恐らくそうなのだろうという推察に過ぎないんだ
マスター、君を守るために、その蛇は恐らく…」
「守るためって言われても…何も教えてくれないんじゃ、私も不安なんだよ
母さんのこととか、聖杯戦争のこととか、知らなきゃいけない…私が忘れた八年前から以前のこと、なにか関係してるんだとしたら
昔から私の傍らにいてくれる無二がそれを知っているんなら、教えてくれないと解決しない」
「それを知って、君は後悔しない?」
いつの間にか掌に強い圧迫感と痛みが走っていた
無意識に手を強く握り締め過ぎていたらしく、そんな私の手をランサーは優しくときほどいてくれる
「落ち着いて、話をしよう
無二が止めるということは、君は真実を知るのを拒絶しているということだ」
「…どういうこと?」
「忘却は、一種の自衛だ
記憶していることで自我の崩壊を防ぐための、生命が行う防衛反応なんだ
無二は君自身で、無二だけが知っていて君自身が覚えていないと言うことは…恐らく、相当苦しい記憶なんだと思う
無二が止めるのは、君がまだ知る時ではないから
知ったら、きっと壊れてしまうから」
「……私が…壊れる」
ランサーが握ってくれるお陰でわかったけれど、私の手、とても震えている
頭もふらつくし、脚先は冷たい
私、神経を張りつめていたけど…かなり現界だったんだ
それもそうか…思えば聖杯戦争の話を出されて、それを承諾してから…気の休まる時は限りなく少なかった
見知らぬ土地に一人訪れて、サーヴァントを召喚できずに焦って、誰も味方がいなくて…第三者から期待を寄せられて
パンク寸前だったんだ、私の心は
ランサーの手は、優しくその凝りを解すように、私の手を包んでくれている
「大丈夫、いずれ時が来たら知ることになる
でもそれは焦って追うものじゃない
運命は自ずと訪れてくるものだからね」
「……ランサー」
「なに」
「…私の…母さん
どうやら本当に、この聖杯戦争を作ったみたいなんだ」
「うん」
ランサーの柔らかな声に、優しく包む手に、穏やかな眼差しに…絆されていく
気が付けば私は、心の内に秘めていた負の感情を零していた
数ヶ月前から抱えていたプレッシャーとか、この街に来てからの焦燥感とか、他のマスターやサーヴァントとのコミュニケーションとか…ずっとずっと、私の精神を蝕んでいた圧力を、誰にも吐露することができなかった
でも、今は…ランサーには、少しくらい零しても、いいのかなって
ああ、情けない…立派なマスターとしてランサーに並び立ちたかったのに、昨日大見得きっておいてこれなんだから
「実家で教えられて…市長も言ってた
心のどこかで、違ったらいいのにって…そんなわけ、ないのに
死んだ母さんのこと、ほとんど覚えてない…八年前、私は母さんと一緒に飛行機の事故に巻き込まれて…私は生き残ったけど、母さん、それで死んじゃったんだ」
「それは悲しいだろうね
母親とは偉大な存在だ、いるだけで安心をもたらす揺籃のような存在だからね」
「その事故の影響か、私、それ以前の記憶が全くないの
ずっと思い出せないのに…いきなり母さんが作った聖杯戦争に参加して、聖杯を取ってこいとか…ワケわかんない」
「そうか」
「でも…母さんのこと知りたいのは、本当
だから、参加した
この街で起きた怪事件も、無関係じゃなのなら…母さんが関係してるのなら、私…」
「君が責任を背負う必要は無いんだよ、マスター
母親と子供は確かに血の繋がった家族でありながら、どこまでも同一にはなれない
君の母の背負うべきものを、君が無理に背負う必要は無い
それでも君が知りたいと言うのなら、僕も探そう
君の過去の痕跡を
君は、一人じゃない
一緒に少しずつ探していけば、傷つくことはあっても僕が支えられる
僕は君のサーヴァントだからね」
「…ランサーには、敵わないな…」
そうだ、ランサーは…人の心は理解できなくとも、出来ないなりにこうして寄り添おうとしてくれる
そんな優しいランサーのことを…私、憐れんでしまった
本当に、なんてことを思ってしまったのか
「あの…ごめんね、ランサー」
「うん?」
私は罪悪感に耐えられず、謝罪の言葉を口にする
「私…さっき、ランサーのこと可哀相だって思っちゃった」
「…理由を聞いても?」
「自分のこと道具だって言ってるのに、人の形をして意思疎通もできて、感情もあるでしょう?でも他者の気持ちを考えて言葉をかけることができない…相手の気持ちを想像できてないから、こう…中途半端だって、感じてしまったの
その…酷く愚かなのはわかってるし反省してる、本当にごめんなさい」
私が肩を縮こまらせ頭を下げていると、ランサーの方から微かな笑い声が聞こえた
ランサーったら、私が申し訳なくしているのに笑ってるんだけど!?
「ねぇ、何で笑うの
私真剣なんだけど?」
「ふふ…ごめんね、マスター
君が謝る必要はない、だって、君が感じたことは正しいんだから」
どういうこと?中途半端だということが、正しいって?
「そう、君が感じたとおり、僕は中途半端な神造兵器だ
生まれたばかりの僕は、人間に近い知性も理性もない、獣と同じ本能と多くの力を持っていたんだから」
「え…今のランサーって、弱体化した姿なの?」
「そうだよ、でもある日出会った素敵な女性と共に生活し、人間というものを知ったんだ
力を失ったけど、こうして人間に近い知性を得た
でも僕は人間じゃない
ね?とても中途半端だろう?」
爽やかな笑顔で語るランサーだけど、とても安心できる話ではない
まだランサーの力の全てを見たわけじゃないけど…既に強いと感じるランサーの、更に強い過去があったなんて
笑うどころではない、恐ろしすぎるよ
「だからね、マスターがわざわざ気に病むことはないんだ
でも、そうだな…僕は今の僕を気に入っている
力を失い、人間性を完全に得られていなくても…かの暴君と戦い、友として語れるようになったのは、間違いなく今の僕に成ったからだからね」
ランサーは、誇らしげに言った
中途半端だと言いながら、そんな自分が良いと…胸を張って、堂々と
…すごいなぁ、私には、何時まで経ってもできそうにないや
「……やっぱり、ごめんね
可哀相だなんて思って
私、誰かを憐れむほど偉くもないのに」
「そこまで言うなら謝罪は素直に受け取るよ
でも、そうだね…憐憫は相手を想うから生まれるものじゃないかな
だから、そこまで悪いものじゃないと思うよ」
「ほんとかなぁ…」
ランサーは肯定的に捉えてくれるけど、私の中では未だ罪悪感が拭えない
ともかく、この話の結論はまとめないといけない
私はランサーの手から自分の手を引き抜き、軽く咳払いをした
「こほん…改めて、今後の方針だけど
アンちゃんも守るし、エリーゼの問題も解決策を模索する
それと同時に、過去の怪事件の真相…聖杯戦争の創立及び母さんについて調べる
あと、明後日にはスピナーランドへの調査も…」
「大丈夫?詰め込み過ぎていると思うけれど」
「ランサーがいてくれるから大丈夫」
力強く頷いた
そう、私にはランサーがいてくれる
実力不足なマスターだってわかってる、実力不足なりに努力は惜しまない、それでも足りない時、心が折れそうな時は…
「ランサーが、支えてくれるんだもんね」
「…もちろん」
やるべきことがたくさんあるほど、今後の行動の指針が立つから助かる
何をすればいいかわからないよりも、目が回るくらい忙しい方がやりがいもある
「それに、アンちゃんのことは…あ」
そんな折、スマホに着信が入った
かごめくんからの簡易メッセージだ
『俺今晩からアンちゃんとこの病院に泊まることにしたっす!』
という、衝撃カミングアウト
メッセージ続いて送信されてきた写真には、仲良くピースを掲げながら映り込むかごめくんとアンちゃんが
本当に、いつの間にこんなに仲良くなったんだろう…一応解散時にルードルフさんの話をかごめくんにも共有していたから泊まり込みで護衛してくれるのだろう
かごめくんも、一人の魔術師でマスターだし、何より善良な子だ
いくらか安心して任せられるだろう…が、念のため何かあったらすぐ連絡するよう釘は刺しておこう
「アンちゃんの方はしばらくかごめくんに任せるから
あと、そうだ…色葉に連絡しないと」
連絡途絶した佐久間の家について色葉に情報共有して、せめて家くらい特定してもらわないと…
それと、母さん手掛かりをどうにか得ないといけないもんね
ランサーに探してもらうにしても、母さんの遺物なんてものは所持していない
…いろいろ事情があって
「とりあえず今日はもう休もうか
私明日も早番だし…あ、お風呂先に入っていい?」
「どうぞ」
「お風呂も拒否らなくなったね」
実は昨日、パーティー後に帰宅してから、ランサーには初めての入浴を教えた
はじめは「サーヴァントはエーテル体だから汚れない、必要ない」って言ってたけど、食事と同じように言いくるめ…もとい説得して、入浴を初体験してもらった
シャンプーやボディソープの泡立ちに驚いて風呂場から顔を出して聞いてきたり、トリートメントの艶やかさに感動していたり、入浴後ドライヤーしてあげた時の心地よさそうな声色も…現代生活初心者すぎてとても可愛かったのは、ここだけの秘密
「もともと水浴びは好きだよ
乾燥は良くない、干乾びてしまうからね
温めた湯に浸かるのは驚いたけど、体の芯まで解れる心地よさがあった
僕の友達にもお勧めしたいくらいだ」
「噂の王様に?気に入ってもらえるのかな…」
「「ほう、これはなかなか…」って長い時間浸かってくれそうだと思うな」
「ぷっ…なにそれ、王様の物真似?ランサーってそんなユーモアもあったんだ」
ランサーの突然の物真似に吹き出してしまった
生真面目でふざけることがないランサーだから、私にわかりやすく伝えるために物真似で実演してみせたんだろうけど…それにしても予想外過ぎて笑いがどんどん込み上げてくる
「ふ…く…あは、止まんな…ははは!」
「…よかった、やっと君を笑わせることができた」
「はは…えぇ?なにそれ」
「君と出会ってから、君が愉快に笑う顔は見たことがなかったからね
うん、やっぱり君は無邪気に笑う方が可愛らしい」
「へ…」
いきなり「可愛らしい」とか言われて、一気に笑いが引っ込む
このランサーのことだ、お世辞とか器用なことはできないと思うし…恐らく本心だろう、余計質が悪い
こんな美貌を誇る美人からこんな風に言われたら、世の女性男性はイチコロだ
危なかった、私でよかった、間違いが起きなくて
「も、もう!そういうことほいほい言うものじゃありません」
「うん?でも称賛の言葉は素直に言うべきだとシャムハトは…」
「美しいならまだしも、可愛いは少なくとも特別に思っている人にだけ言うべきです!
もう、私お風呂入ってくる!スマホは置いてくから、もし色葉から電話来たら代わりに用件伝えといてくれる?」
「…佐久間という家の件だね、わかったよ」
シャムハト、というのが誰かはわからないけれど、とりあえず今は聞く余裕もない…さっさとお風呂を済ませてしまおう
あの素直すぎる言動は本当にどうにか矯正しないと、いつか事故りそうだ
「…特別に思っている人にだけ、か…難しいな」
ランサーは残されたリビングで一人呟く
先程の、自身のマスターとのやり取りを脳と称される頭部内で繰り返しながら、自己反省と情報のアップデートを行う
…残された、もうひとりに声を掛けられるまで
「のう、泥人形」
「…なにかな」
静かに話を聞きながら、少女が飲まずに放置していたココアを飲んでいた黒蛇が、ランサーを睨みつける
その尾は浴室に続いており…短い範囲なら長い躯体を伸ばして影と繋がりながら活動することが可能なのだろう
「
あの娘には、何も知らずにこの戦争を終えてほしい
我のことなど思い出さず、母親のことも思い出さず…このまま」
いつもと違う口調に、徐々に膨らんでいく影の身体…鮮紅の眼球
威圧感を増し、ランサーを見下ろすにまで巨大になった無二に、ランサーは変わらず微笑んでいる
「決定権は彼女にある
そして、僕が契約したのは彼女
彼女が決めたことに従うまでだ」
「貴様…その末にあの娘が壊れてしまっても良いというのか…!」
「…僕に判断はできない
助言はできるし、そうした方がいいのならそう行動しよう
けどそれは、あくまで自律意識のない者を守るための行為だ
彼女は自分の意思で、覚悟を以て挑もうとしている
それを助けるのが、僕らサーヴァントだ」
「…貴様ら英雄は、いつだってそうだ
後の悲劇を顧みず、己の思うままに動き、最後は悲惨な結末を招き入れる」
「耳の痛い話だね
杉の森での戦いを思い出すよ
君は…君達は、そちら側だけどね」
「…少なからず、貴様からは何も言うな
貴様は不用意な発言が多い、あの娘を傷つけようものなら…必ず殺し、すぐにでも聖杯戦争からあの娘を引き剥がす」
「わかったよ、そうなればマスターにとっても僕にとっても不本意だし、良い結果にはならないからね
それに…君のブレスは、とても苦しそうだ」
「…自身の苦痛など、些事の如き心持だろうに」
無二は、確かに隠し事をしている
半身たる少女が、安寧な人生を歩めそうになっていたというのに、運命とは酷く残酷なものだった
しかし、仕方がないことでもある
少女の母親がこの戦争に関わっているのであれば、縁は切れない
でも、無二は少女の影の中に戻っていく過程で、静かに思った
嗚呼___
_____あのとき、切っておけばよかった、と