「メイベル、教会まで出して頂戴」
「かしこまりました」
「ごめんエリーゼ、電話してもいい?」
「どうぞ」
メイベルさんの待つ車まで戻り、私はスマホの連絡アプリから色葉の項目を見る
履歴では上位にいるので探す手間が少なく、一目散にそれをタップし、通話に切り替える
時間帯的に夕食は終え、仕事をしてるか溜め込んだドラマかアニメを見てると思うけど…思いの外ワンコールで出た
しかし電話に対応したのは、やはりこの女性
『はい、なんでしょうか』
色葉の側近、チェリーさんだ
相変わらずのローテンションに冷たくあしらわれるも、今は急いで報告しなきゃいけない
「チェリーさん、色葉に代われる?緊急の案件なんです」
『…色葉、園村萌恵様からです』
いつもは控えめな私と様子が違う事を察してくれてか、事前に佐久間の異変について報告していたおかげでもあるのか、チェリーさんは大人しく色葉に代わってくれる
というか色葉の携帯電話までも管理してるの、過保護と言うかなんというか…
スマホの受話器の向こうで、チェリーさんは色葉にスマホを渡したようで、数秒してから色葉がようやく出てきた
『はいはーい、可愛い色葉ちゃんですよ~
どうしたの萌恵、佐久間の家の件に進捗あった?』
「…駄目だった、手遅れで…七人全員死んでた
しかも、一週間くらいは経ってる」
『……やっぱり、そうなんだね
犯人は?』
「まだ判明してないけど、容疑者を協力してくれてるサーヴァントに調査してもらってるとこ
協力者もいるかもしれない」
簡潔に、重要なことを伝える
心臓が締め付けられるような痛みを感じる
受話器の向こうで、色葉も息を呑みながら…頑張って気丈に振る舞おうとしながらも、その実悲しみを押し殺している様子で、声を絞り出していた
『そっか~…わかったよ、ありがとうね』
「それと」
言うべきだと思ったから、口にする
「…ちゃんと、送り出したよ」
『…!
……うん、ありがとうね!やっぱり萌恵ってば優しいよね
君はあんなに蔑ろにされてきたのに』
どれだけろくでなしでも、それは全員にではない
会ったこともない人だっていたし、未来あるはずの子どもだっていた
そもそも、手酷く扱われていたからと言って、見捨てる理由にはならない
「今から教会に行って監督役に対処してもらうから…遺品や遺体は」
『可能なら回収したい
こちらから回収員を派遣するから、その旨も伝えておいて』
「わかったよ
それじゃあ…また何かあったら連絡する」
『おっけー!今度は落ち着いた時に、萌恵の召喚したサーヴァントを紹介してよ』
そう言い残し、通話は切れた
最後は元気に話していたけど、やっぱり色葉苦しそうだったな
優しいのはどっちなんだか
「報告は終わったかしら?もうすぐ着くわよ」
教会は街中にいくつかあるけど、一際大きいのが中央区の北側にあり、車通りの多い表道路は時間問わず混雑気味だ
でも元々近かったからか、建物の隙間から高い位置に設置された十字架が見える
「アーチャーの方は大丈夫かな…」
「アイツはちゃっかりしているから、本当に危なくなったら最低限の保身に走るわよ
まだ魔力パスも繋がってて穏やかだから、安全よ」
エリーゼはそう言うけど、不安ではある
魔術師含む七人の人間を圧倒して殺した犯人と、その協力者かもしれないマスターと二人のサーヴァント…アーチャー一人では確実に手に余ることだろう
私がお願いしたから、アーチャーが危険な目にでも遭ったら…
「…アーチャーはあくまで私のサーヴァントよ
アンタとはただの協力者で、なんなら聖杯を勝ち取るために寝首を掻くかもしれないのよ
自分の危険を招くかもしれないサーヴァントを、安全圏から使い潰せるのに…マスターでもないアンタが、なぜそこまでアーチャーを案じるのよ」
エリーゼは、鋭い視線をより一層険しく細め、私を見た
エリーゼからしたら私は、とても非合理的に見えるだろう
魔術師の家系だけど、魔術師らしからぬ私を…訝しむのも無理はない
でも、これはただの、人として当たり前の感情だ
「だって、せっかく仲良くなった相手が危ない状態だったら、心配するのは普通じゃない?」
包み隠さず、そう告げた
エリーゼは溜息を吐き、ランサーは微笑んでいる
「はぁ…本当に、アンタって底抜けのお人好しね
ランサーも苦労するでしょう」
「そこがマスターの良いところだからね」
呆れられてしまった
出会ってから何度目だろうか
「皆様、到着いたしました」
メイベルさんがそういうと、リムジンは大きな教会の前に停車した
本当に立派な建築で、レンガ造りの壁はこの建造物の歴史を感じさせる
「じゃあ私が報告してくるから、エリーゼは待っててくれる?アーチャーの様子に集中していて
行こ、ランサー」
エリーゼは頷き、リムジンの中で待機となる
私とランサーは社外に出て(当たり前のようにメイベルさんが車のドアを開けてくれた)、教会の敷地に入っていく
整然とした庭は黒い薔薇が咲き誇っていて、綺麗だけどどこか不吉さを感じてしまう
「その薔薇はブラックバカラと言い、繊細な薔薇の中でもより注意深い栽培を求められます」
薔薇の方に意識を向けていた一瞬で、声を掛けられる
教会の方へ視線を戻すと、いつの間にか監督役であるジャンヌさんが立っていた
「ようこそお越しくださいました、ランサー様とそのマスター、園村萌恵様
本日はどういったご用件でしょうか」
「…実は、聖杯戦争に参加するはずだった魔術師とその家系の人間、合わせて七人が何者かに襲撃されて死んでいたんです」
「なるほど、その処理のご依頼ですね
承りました」
「その、うちの本家の方から人を派遣するから、その人たちと協力して処理してほしい…です」
「委細承知いたしました、その様にいたしましょう」
…なんだか抑揚のない機械と話してるような感じだ
機械と言うか…ランサーとは違う、人形のような感じ
会うのは二回目だけど、やはりコミュニケーションをとるのが難しい相手だ
「その他のご用件がなければ、お帰りください
日はとうに落ち、夜は始まっています」
「?それはどういう…」
「萌恵!」
意味深なジャンヌさんの発言を問い質そうとしたところ、背後から名を叫ばれる
その声の主は勿論、窓から顔を出したエリーゼだった
「早く戻りなさい!病院へ行くわよ!」
「え、何!?」
「アーチャーから報告があったの!
奴ら、病院を…アン達を襲撃するつもりよ!」
エリーゼからの報告に、血の気が引いた
あの殺戮の実行犯は、病院にマスターがいることを知っていて…その子も殺そうと動き出したという事か
力のない子どもすら殺す相手だ、病院なんて襲撃したら、もしかしたら関係のない一般人まで巻き込まれるかもしれない
「ランサー!戻るよ!」
「マスター、僕が連れて行こう
車よりも僕なら早く着く、君ひとり抱えれば速度は変わらない」
「それなら、お願い!」
ランサーからの提案に、私は即座に応じた
何も考えずに反射だったけど、混雑する公道を車で走るよりも先に行ける手段があるなら、その方がいい
「それじゃあジャンヌさん、私はこれで!」
「お気をつけて」
感情の見えない顔と声、一ミリのズレもない手の振り…それを見届け、一度エリーゼのところに戻ろうとした時…
何故か一瞬、違和感がして
「あの」
急がなきゃいけないのに、これだけは言っておかなきゃいけない気がして
「ジャンヌさんも、何か困ったことがあれば言ってくださいね」
また私は、そんなことを口走る
ランサーからもずっと心配されていたのに、私はまた首を突っ込もうとする
ジャンヌさんは表情を変えなかったけど、振っていた手が止まった
「マスター」
ランサーに呼ばれ、私は急ぐ
「…何も知らないくせに」
何か小さな声で呟かれた言葉は、私の耳には届かなかった
車の横に戻ると、エリーゼも慌てた様子で窓から顔を覗かせている
「アーチャーからの伝言!相手もまた同盟で、怪物退治よりも他マスターの殲滅目的!
マスターは男と女…女は協力者のほうで、
エリーゼからの情報に、頭が一瞬だけフリーズした
何故、病院にマスターがいるのを知っているのか
それは、そのマスターの女の子の母親が、情報を流したから
聖杯を勝ち取るために、自分の子どもすら殺そうとしているのだ
「…!
ランサー、早く行こう」
「わかったよ」
「ちょっと!」
「ごめんエリーゼ、私達先に行く!かごめくんもバーサーカーもいるけど、無関係の人達も巻き込まれるかもしれない
エリーゼ達も、無事に病院まで来て!」
「マスター、失礼するよ」
「えっ…きゃっ!?」
ランサーが私を横抱き…所謂お姫様抱っこをして抱き上げる
恥ずかしさで頭に血が上るが、四の五の言ってられない
落ちないようにランサーの首にしがみ付くが、息を押し殺すのに必死だ
「ああ…もう!
アーチャーもそっちに向かわせてるから、協力して迎撃なさい!
メイベル、すぐに出して!」
エリーゼの方も車を発進させ、対向車線に車がいなかったのをいいことにその場でUターンして走っていった
「僕達も行くよ」
「よろしく」
ランサーは頷き、高く飛んだ
「え、え、うわっ」
一体どういう理屈で飛んでいるのかわからないけれど、ランサーはどんどん高く飛び上がり、やがてはビルの二十階程は昇っただろうか
そのまま宙を浮き、病院の方へ超高速で飛んでいく
ていうかランサー、飛行能力もあったんだ!?
「絶対に喋らないでね、舌を噛むから」
必死に何度も頷いた
ランサーはビル群を掻い潜りながら、最短距離で中央北から南区の病院へ向かう
高さと速さ、そしてランサーとの密着度の三拍子で悪い意味のドキドキがする
飛び出そうな心臓を飲み込むように、口を噤んでランサーに身を任せた
時は僅かに遡り、十数分前
アーチャーが己のマスターとその協力者達の元から離脱し、狙いとする標的の元へ向かっていた
そして発見した、住宅街のとある家
近隣の建築物よりも敷地が広く、建物も大きな立派な一軒家
その中に、アーチャーはサーヴァントの気配を感じ取っていた
数百メートル離れた集合住宅の屋上から、アーチャーはその一軒家を視認する
彼は弓兵のクラスであるため、狙撃手としての能力は他のサーヴァントよりも秀でている
視力や聴力、それらは弓兵として最低限備えていなければ話にならない必須ステータスだ
「ふむ、あそこですね
確かに、サーヴァントの気配を感じますが…片方はこの距離でもそこそこわかりますが、もう片方は微弱な魔力反応
英霊としての霊基もそれほど大きくは無さそうですね」
アーチャーはかけていた眼鏡を外し、遠く離れた一軒家を見る
一軒家の窓から、屋内で話し合う男女の姿が見える
身体にも令呪が存在しているのを確認し、彼らがマスターであることを確信する
次にアーチャーは目を閉じ、耳を澄まして意識を集中させ、その遠くにいるマスター達の会話を聞き取ろうとする
アーチャーのマスターであるエリーゼ・シュヴァルヴィアは優秀な魔術師だ
否、魔術師として育てられてきたわけではない彼を魔術師と呼ぶべきではないのだが、彼は自身が実験道具として活用されている隙間に家族の魔術を盗み見し、その知識と技術を蓄えていた
それと同時に、養子でありシュヴァルヴィアとの血縁関係はないものの、優秀な魔術回路を持っている
そんなエリーゼと契約したアーチャーもまた、優秀な回路による魔力供給で比較的高いステータスを持っている
こうして遠距離の視力、聴力による捕捉を可能としているのも、ひとえにエリーゼがマスターであるから可能なのである
「…だから、貴方がマスターになるために協力してあげたのだから、今度は貴方が協力する番でしょう?」
「異論は無い
だが、最終的な聖杯の獲得権を譲るつもりは無い」
研ぎ澄まされた集中力から、その家屋の中にいる男女二人の会話だけを聞き取る
この一度の会話だけで察するに、男の方が先の魔術師一家を皆殺しにした犯人で、女の方はそれを助力した様だった
「わかっているわ、私も聖杯は欲しい…けどね、知ってる?
この聖杯戦争には、
私と貴方で勝ち残れば、お互い聖杯を得られてウィンウィンじゃないかしら?」
女の発言に、アーチャーは耳を疑った
(聖杯が…二つ
運営主は、そのようなこと何も仰っておりませんでしたが…)
やはりあの市長には、なにか裏がある
薄々、というよりは完全に疑っていたものだが、怪物退治を聖杯戦争の勝利条件にした理由も、自身のマスターが考察している以上の事情が隠されていそうだと、アーチャーは推察する
「なるほど…であれば、問題は無い
怪物退治なぞせんでも、他のマスターを殺せばそれで終いだ」
「ならまずは、いちばん弱いところから攻めましょう
一人居場所を知っているわ
南中央病院の特別病棟に、バーサーカーのマスターがいる
まだ幼く、戦争をする気もない子供
バーサーカーの方は厄介かもしれないけれど、貴方とセイバーなら敵じゃないわ
私とキャスターも、サポートはするから」
この女は、何故バーサーカーのマスターの居場所を知っているのか
女は長く巻かれたブラウンの髪をしており、その顔立ちはどことなく見覚えがある
アーチャーは目を開け、再び視力を集中させる
一軒家の表札…「ブラウン」と書かれた名前の札
「…なるほど、そういう事でしたか」
女の方は、バーサーカーのマスターであるアン・ブラウンの母親
それがどうやら、キャスターを召喚し自身もマスターとなって聖杯戦争に参加したのだという
恐らくは、アンガ自分の手元から離れてしまったが故に、操り人形がいなくなったが故に自身もサーヴァントを召喚し、マスターとなったのだろう
そして…自分の手元から離れた操り人形は、もう不要とでも言うように、あの女は娘の命を売り飛ばしたのだ
「…まぁ、これは戦争ですからね
勝ち残り、賞品を獲得するために手段を選ばないのは、私も同じですが」
アーチャーも、サーヴァントとして聖杯戦争に参加している以上、願いはある
彼とマスターであるエリーゼもまた、あの二人と同様に怪物退治よりも他のマスターの排除を優先していたのだ
結局のところ、格上のサーヴァントとマスター相手に完敗してしまったのだが…
「では、今すぐにでも殺しに行くとするか
善は急げ、と言うしな」
アーチャーはそれを聞き、動揺する
今すぐに、彼らは病院を襲撃するつもりだ
急ぎ、マスターたるエリーゼに伝えよう
これ以上の敵情視察は不要だと、アーチャーが撤収しようとした時…
背後から、アーチャーの脳天目掛けて鋭い刃が振り下ろされた
アーチャーはその斬撃を回避し、アパートメントの屋上から飛び降りた
本来ならば高さ15メートルから落下すれば無事では済まないが、彼はサーヴァントであり、空中で体を回転させ見事な着地を決めてみせた
「ふぅ…やれやれ、こうもあっさり盗み見が見つかってしまうとは」
アーチャーが乱れた襟を正したところで、同じく屋上から飛び降りてきた攻撃主が、アーチャーの目の前に降り立つ
「なんだなんだ、我がマスターが鼠狩りを命じたかと思えば…とんだ優男ときた
剣も握ったことがねぇような、日も浴びずに育ったアスパラガスみたいな野郎じゃねぇか
俺と同等以上に強い奴か、絶世の美女なら気分も上がったんだがなァ」
細身なアーチャーと対比し筋骨隆々とし、赤褐色の鎧を身に纏う剣士の男
無骨な言動から見て、戦闘を好む戦士のような雰囲気を漂わせ、アーチャーを真正面から捉える
「これはこれは、お会いできて光栄です
私はアーチャークラスのサーヴァントでございます」
「ほう、盗み見してた癖して礼儀正しいじゃあねぇの
俺は見ての通り、セイバーのサーヴァントだ
…とまぁ、名乗りを上げたところで騎士としての礼儀は果たした
悪いがここで退場してもらおうか!」
お互いに自身のクラスを名乗り合った直後…セイバーのサーヴァントは問答無用で自身の剣を大きく振るった
烈火の如き剣裁きは、武闘派ではないアーチャーには分が悪い
迫りくる剣技を交わし、距離を取ろうとも大きな一歩にすぐ追いつかれる
並木や建造物を障壁として身を隠すも、その障害物すら叩き切られる
勇猛果敢、猪突猛進
獰猛な獣の如きセイバーは、まるで狂戦士のように剣を振るう
アーチャーは自身の武具…近代兵器たる小銃を召喚し、応戦するも…無数の鉛玉の雨を、セイバーは全て両断した
分かたれた弾丸は軌道を狂わせ、周辺の建物に着弾していく
(…おかしいですね
住民が一人も出てこない…まさか、人払いの結界…?)
「おいおい、そんなもんかぁ?こりゃ本格的に外れを引いちまったか」
アーチャーの攻撃をものともしないセイバーに、アーチャーは冷や汗を一筋流す
アーチャーは保有する武器からして、神秘はないに等しい近代のサーヴァントである
対してセイバーは、その保有する魔力量も、誇る武力もアーチャーより数段格上だった
間合いも相手が確実に有利であり、アーチャーが勝てる可能性は万が一にもありはしなかった
とすれば、アーチャーが取る方法はただ一つ…
「ランサー殿に先を越されてしまいましたが、私にもこのような手段があるのですよ」
アーチャーは、ひとつの爆弾のセーフティピンを引き抜いた
それは先の戦いで、ランサーとそのマスターに奇襲を仕掛けた自分達が喰らった目潰しの閃光弾…
ではなく、彼のは正真正銘、火薬を用いた本物の爆弾だった
アーチャーはそれをセイバーに向かって放り投げ、飛び退いた
目の前に投げられた物体をセイバーは先程の弾丸と同じように両断した
その瞬間爆弾は暴発し、セイバーを巻き込んで爆発する
周辺の民家までも巻き込まれ、庭は穴が開き草木は燃え、外壁や屋根は崩れてしまっている
高火力の手榴弾、それをセイバーは真正面から受けた
サーヴァントとは本来エーテル体で構成される霊体である
現代の武器では傷ひとつ付けられず、ダメージを与えるにはそれなりに神秘を含んだ攻撃が必要になる
アーチャーの武器は近代兵器だが、サーヴァントであるからこそ本来なら神秘の含まれない近代兵器でも使い手たるアーチャー付属して神秘が付与されている
中世の騎士のような風貌のセイバーはアーチャーよりもずっと過去の英霊に違いなく、すなわちより神秘の残る時代の英雄だろう
霊基の強度が段違いのセイバー相手に、僅かな神秘が付与されただけの手榴弾がどこまで通じるのか、アーチャーは不安だったが、今は戦線を離脱することが重要であった
爆風に乗りながら跳躍し、建物の上を飛び乗りすぐさまその場から離れる
「起爆する前に爆弾を斬るとか、怖いものなしなんですかね…!」
先程のセイバーをあれで仕留められたとは思えない
今はただ、自身の安全の確保と、マスターへの報告が最優先だった
アーチャーは念話で数キロ先のマスターに状況を報告する
『マスター、聞こえますか』
『ええ、聞こえるわよ
どうだった?パスの魔力の流れが加速したけど、まさか戦闘でも起こったの?』
エリーゼとの念話は良好で、すぐに応じてくれる
『ええ、その通りです
相手はセイバーとキャスター、そのマスター達による同盟です
他マスターの殺害を目的としていて、彼らは今から南中央病院を襲撃しにきます』
『…!わかった、萌恵にも伝えておくわ
アーチャー、アンタは今大丈夫なの?』
『ええ、セイバーに襲われましたが何とか離脱できました
追ってくる様子は今のところないので、一度マスターのところに…』
『こっちはいいからアンタは病院に向かいなさいアーチャー!狙撃ポイントを探して、狙い撃ちできるように
アンタは近接戦闘向きじゃないんだから、間違っても真正面から迎撃しようなんて思わないこと
いいわね』
エリーゼからの的確な指示に、アーチャーはマスターの傍から離れ続ける事への不安を抱えながら…静かに了承した
『わかりました
ですが、そちらで何かあればすぐに仰ってください
すぐに馳せ参じましょう』
アーチャーにとって最優先はマスターである
だがそのマスターが病院の守護を命じるのであれば、アーチャーはそれに従おう
エリーゼは冷徹に振る舞おうとするが、その実根が善良であるため、病院襲撃の情報を聞けば真っ先に病院を守ることを命じた
アーチャーが彼と初めて出会った時からは想像もできない成長ぶりだった
___私が貴方のサーヴァントです
貴方の願い、そして私の願いの為に共に戦いましょう___
___わたしの…願いは___
出会ったばかりの頃、その純白の瞳には一切の輝きがなかった
それが今や、打ち負かされた少女と過ごすことにより、輝きを取り戻している
人として当たり前に備えている道徳心や、ようやく得た仲間への温情からか、誰かを助けるよう迷わず判断する
「マスター…貴方は人形から脱却しようと頑張っておられるのですね」
「あー…くそ、ちょっといてぇじゃねぇの」
アーチャーからの手榴弾を真正面から受け止めたセイバーは、顔や髪が多少燃えながらも、少量のダメージしか受けていない様子だった
煙が晴れ視界がクリアになり、周辺を確認するも、アーチャーの姿はない
獲り逃したことを理解したセイバーは、舌打ちを零し剣を降ろした
ここに戦う相手はいない
戦うことを好むセイバーにとって、滾る強者ではないと見下したアーチャーを逃がしたことは、失態以外の何者でもない
ひとり苛立っていたところに、別の人物が近寄ってくる
軽やかな足取りをした、カラフルな衣装を身に纏った少年
そんな少年が、セイバーに近寄り声をかける
「あ~らら、逃がしちゃった
意地張って俺一人でやるんだー、とか言わずに僕の助けを受ければよかったのに」
セイバーは軽口で煽る少年を睨みつける
「うるせぇ、騎士としてタイマンすんのは常識だろ」
「騎士として?貴方が?
知ってるよ、貴方は自分の馬が死んだから他人の馬を奪ったり、死にかけてる男女を見捨てたりしたこと
騎士道にあるまじき行いの数々をしてきた貴方が、今更騎士道を重んじるなんておかしな話だよね」
「黙れって言ったのが聞こえなかったかガキ
いや、いい年したオッサンが若作りしてるんだったな」
険悪な関係の二人だが、互いに殺し合うことはしない
それは…互いの主が、協力関係にあるからだ
「キャスター、それ以上セイバーを揶揄うのはおよしなさい」
ブラウンの巻き髪を靡かせた女性が、赤い高級車の運転席から顔を覗かせる
その右手には令呪が宿り、彼女がキャスターと呼ばれた少年のマスターであると証明される
「マスター!今から行くんだね、マスターの娘ちゃんのところに!
ねぇねぇ、可愛い?若いの?」
「それを知ってどうするの?まさか、マスターを乗り換えるつもり?」
「まさか!ただ可愛い女の子なら、僕のとっておきの物語を聞かせてあげられるのになぁって!」
「ただのその場で考えるような即興劇でしょう、下らない
ほら、早く行くわよ」
「は~い…」
キャスターは霊体化し、その場から姿を消した
残されたセイバーもまた、車の助手席に座る男から命じられる
「…セイバー」
漆黒の長髪を降ろした、陰湿な男
首から顎にかけて、赤い令呪が浮かび上がっている
「如何しましたか、マスター」
「今更騎士道などを持つな
勝つためには不要なものだ」
「ですが」
「貴様は今、勝利への一手を誤った」
冷徹な男の言葉に、セイバーは反論しようとするも…その言葉を飲み込み、深く頭を下げ跪いた
悔しく思う感情を押し殺し、セイバーはただ己がマスターへの忠誠を示す
「…私の失態でした、どうか慈悲を
挽回の機会をくださいますよう」
「…次はないと思え」
敵のサーヴァントを取り逃した失態は許されるも、威圧は変わらず
セイバーは歯の奥を噛み締め、今は静かに霊体化し姿を消した
「まぁ怖い、自分のサーヴァントに容赦がないのね」
「所詮は使い魔、勝利のための道具でしかない
イレイナ、その言葉そのまま返そう」
「いやだわ、ゼブラムさんったら
使い魔が勝利のための道具なら、子どもは夢の為の素材
その役割にすらなれないのなら、もう必要ないわ」
車はエンジンを吹かし、発進する
イレイナ・ブラウン…アン・ブラウンを使って聖杯戦争を勝ち抜こうとした女魔術師であり、逃げられた娘とバーサーカーを殺そうとしている、キャスターのマスターである
彼女の目的は、聖杯を勝ち取り、根源へ至ること
至極単純な、魔術師としてありきたりな願いだ
そして…聖杯戦争に参加しようとしていた魔術師とその家系の人間を皆殺しにした男、ゼブラム・ガリオン
令呪を強奪し、殺した魔術師が召喚したセイバーと契約を結んだ魔術使い
彼もまた、聖杯を求めるマスターであり、そのためなら手段を選ばない
殺戮に手を染めることも厭わない…障害となるのなら、彼はきっと無関係な人間すら殺すだろう
彼らの目的地は、南区の総合中央病院
バーサーカーのマスターがいるその病院へ、車は進んでいった