「なんで撤退したのよゼブラム!貴方とセイバーならあのランサーと小娘だって目じゃないでしょう!?」
「…貴様は本当に見る目がないなイレイナ
現状を正しく理解できないのなら、この戦争からは手を引いた方がいい」
「はぁ…!?無様に逃げ帰ることになって、恥ずかしくないの!?」
「…貴様の下賤なプライドに構っている暇はない」
セイバー、キャスター、その両名のマスターが待機している魔術工房
イレイナ・ブラウンの自宅に戻ってきた者達もまた、各々の思考や感情をぶつけあっていた
話し合いなどとは程遠い、破綻した責任の追及
言い合うマスター達を横目に、サーヴァント達もまた会話を繰り広げている
「マスター荒れてるね~
ま、元から他力本願で責任を押し付ける人だから、救いようがないけどね」
「金切り声がキンキンうるさくて敵わねぇ」
「実際どうだったのさ、ランサーだっけ?戦ったんでしょう?」
「ああ…強い奴だ
だが、騎士でも戦士でもねぇ、あれは…どっちかっていうと、剣そのものだ」
セイバーはランサーと相対した時のことを思い出す
自身より古い時代の英霊、自分より神秘も武力も遥かに上
敵として戦うのに申し分ない武闘派サーヴァントだった…のだが
ランサーはセイバーとの戦闘より、マスターの救助を優先した
その行為はサーヴァントとして正しいし、騎士としても主を守るのは当然の責務である
そこを責める資格は、セイバーには持ち合わせていない
「うやむやになった決闘はいずれ再戦を挑むさ
それよりお前…
セイバーの問いかけに、椅子の上で紅茶を飲んでいたキャスターは動きを止めた
深紅の紅茶に映るキャスターの表情は誰にも読み解けない
「そうだねぇ、バーサーカーのマスター…僕のマスターの娘ちゃんには、騎士が多い
ランサー、アーチャー、アサシン…ライダーはいないけど、既に四騎のサーヴァントに戦えるマスターも三人
どうにか一瞬でもその守りが薄くなれば、だけど…
そこはいいんだ、いい
「…俺は協力しねーぞ」
「いいよいいよ、僕と君は馬が合わないからね
僕は僕の願いを叶える、聖杯に頼らずとも…
2021年12月14日
10時35分
「わぁ~!すごいすごい!
フローラ、見て見て!おっきな観覧車に、あれはジェットコースターだよね!」
「ええ、そうですねアン
ですがはしゃぎすぎては早々に体力が尽きてしまいます
ほどほどになさって」
襲撃事件から翌日
昨晩は警戒を続けて一晩病院で泊まった私達は、今日は元より計画していたバーシュウィンデンのリゾートテーマパーク、スピナーランドに訪れた
インターネットの匿名掲示板にあったこの遊園地に関係しているかもしれない行方不明事件の調査をするために
「うお~アンちゃんほらあそこ!マスコットキャラクターのスッピーくんとピナーちゃんが出迎えてくれてるっすよ!」
「ほんとだぁ!ね、ねぇ、近くに行っていいかなっ」
「行こう行こう!急げ~!」
…調査、するために、来たはず
「アンタ達!楽しむのもいいけれど本題を忘れちゃダメよ!」
「はーい!」
「本当にわかってるのかしら、全く…」
暖かく着込んだアンちゃんが乗る車椅子を押し、駆け足で着ぐるみマスコットの元へ向かうかごめくん
歳が近くて純粋な二人だから、今回の遊園地も素直に楽しんでいるようだ
特にアンちゃんは、こういったお出掛けの経験も無いらしく、初めての体験に期待でいっぱいなんだろう
キラキラと輝く瞳に、紅潮した頬、喜びが溢れんばかりに手を動かして感動を表現する様を見れば、来て良かったと本当に思う
ルードルフさんからも外出の許可が降りたし、調査の件もあるけど…アンちゃんにはめいっぱい楽しんでもらいたいな
「かごめくん、アンちゃんと何かアトラクション乗ってきなよ
バリアフリー対応のやつもあるみたいだし
調査はこっちに任せていいからね
11時半にメインパーク南口で集まろう」
「ちょっと萌恵、それは不公平なんじゃ…」
「っしゃありがと姉さん!
行くぞアンちゃん!まずはこのスケアリーウルフってやつに乗るっすよ!」
「う、うん!って…わわわ!」
見事にテンションが上がりきったかごめくんに連れられ、アンちゃんとバーサーカーは瞬く間に人混みの中へと消えていった
昨日のこともあって心配だったけど、元気なかごめくんがアンちゃんの傍にいれば基本的に大丈夫だろう
さて、こちらも調査に関して進めていきたいところだけど…
「ねぇエリーゼ」
「な、なによ」
「さっき不公平って言ってたよね
…もしかして、エリーゼもこういうところ初めて?」
後ろで髪を弄っているエリーゼの様子を眺めながらそう問いかけると、次第に眉を顰め目尻を吊り上げ、頬も少し赤くなっていく
「だ、だったら何よ」
「それならそうと言ってくれたらいいのに
調査の件は一旦置いといて、私達も回ろうよ」
私の誘いにエリーゼは豆鉄砲でも食らったかのように目を見開き、驚いている
「は、はぁ!?貴方、ここに来た理由を忘れたのかしら!?」
「忘れるわけないよ
けど、せっかく来たのに楽しまないと損だって
大丈夫、午後から本腰を入れても遅くは無いよ!」
私はすかさずエリーゼの手を引き、少し離れたところでそわそわとしているランサーにも声をかけた
ランサーも古い時代のひとだと言うし、こんな遊園地なんて場所は初めて来ただろう
「ランサー!私達も何かアトラクションに乗ってみようよ」
「アトラクション、というのは?」
「ほら、あの大きな船の乗り物とか、急降下するレーンの上を走る乗り物とか」
「へぇ…僕のいた時代にはないものばかりだ
まるで森を切り開いた後の宴みたいに賑やかだね」
まずは王道のジェットコースターにでも乗ってみようか、そう思いもう片方の空いた手でランサーの手も引く
今回実体化しているのはランサーとバーサーカーのみで、人のいる場所が苦手なアサシンは霊体化して遠方からの見守り、アーチャーは単独行動のクラススキルを利用し独自調査をすると言っていた
その二人にはちょっと申し訳なさを感じるも、こんな機会は滅多に無いだろう
私も、友人は少ない…というかいないに等しい
聖杯戦争という、経緯は歪なれども出来た縁は大事にしておきたい
次に訪れる時は遊べないかもしれない、誰か欠けてるかもしれない
だから今、親しくなった人達と楽しめる時間があるのなら、それを棒に振ることはしたくないの
最初に訪れたのは遊園地の定番、ジェットコースター
急降下したり大きくカーブしながら走る車両に乗り込み、その速度と重力を直接生身で体験するスリル満点の大人気アトラクションだ
スピナーランドには三つのジェットコースターがあり、子供向けの初心者用、より高度なスリルを楽しむ上級者向け、バリアフリー対応型に分かれている
私達は三つ目のバリアフリー対応型に並び、アンちゃんとかごめくんとも合流した
こちらもそれなりに人は並んでいる上、他二つのジェットコースターよりは小規模ではある
幸いな事にスタッフさん達による完璧な対応のおかげでスムーズに列は進み、程なくして私達が乗り込む番となった
前にアンちゃんとかごめくん、真ん中にバーサーカーとエリーゼ、そして後ろは私とランサーが乗り込んだ
「しっかり掴まってるっすよアンちゃん!」
「は、はいっ!」
「なにこれ、これを下ろせばいいの?っていうか、レールの先かなり高くなってない?まさかあそこを登っていくの?」
バーサーカーは無反応だけど、皆それぞれの反応をしている様子を後ろから見るのは微笑ましい
隣に座るランサーも、慣れない現代のアトラクションに興味津々みたい
「…なにかな?」
「ううん、なんでも
ちょっと落ち着きなさそうに見えて」
「…確かに、君の観察は正しい
僕は兵器であり、あらゆる武具の情報はインストールされているけれど…こういったものは、あまりリサーチしていなかった」
「ランサーからしてみたらゆっくりしてるかもしれないけどね
ほら、動くよ」
スタッフさんの掛け声の直後、車両は動き出した
まずは緩やかな速度で登りのレールを進んでいく
「た、た、高くなってる…!」
「ちょ、ちょっと!これ大丈夫なんでしょうね!?」
次第に高度の上がる景色にアンちゃんとエリーゼは恐怖を感じているみたいだ
アンちゃんは静かに怯え、そんなアンちゃんの手をしっかりと握りしめるかごめくん…何だかこの二人、本当に仲良くなっているね?
対するエリーゼはものすごく、こう…騒がしい
「ねぇ萌恵!これ、これ本当に安全なのかしら!?もうレールの先が見えないのだけれど!?アーチャー!ああもう、別行動させるんじゃなかったわ!!」
アーチャーのことだから、離れたところでエリーゼのことを見守ってると思うけどなぁ
「ほらエリーゼ、もうすぐ降下するよ!喋ってたら舌噛んじゃう」
「ちょ、ちょっと待ってくださらない!?まだ心の準備が終わっていないのだけれど…!」
賑やかなエリーゼに流石に笑っちゃう
怖がってる人を笑うのはあまりよくない気もするけれど…かく言う私も、同年代の友達とこういう場所に来るのは初めてだから、とても新鮮で楽しいんだ
「ランサー」
私はふと思いつき、もう登り坂がピークに達する直前にランサーへ声をかける
冬の青空を映し出した水面のように澄んだ瞳がこちらを見る
「私達も手を繋ご
…ちょっとだけ怖いから」
エリーゼには聞こえないように、(というか多分自分の声で掻き消されてて聞こえないだろうけど…)私は囁かな声でそう言った
高いところは怖くないわけじゃないし、そこに自分の意思に沿わない速度と動きで走ることは、やはりそれなりに恐怖が増していく
余裕を装った手前、エリーゼにバレると少し恥ずかしいので…授業中に小さな声で隣の席の友達に話し掛けるように、ランサーにそう持ちかけた
ランサーは何も言わず、ただ一度柔らかく微笑んで…私の片手を握ってくれた
その直後…私達の体は車両に引っ張られるように、勢い良く落下していった
「すっ……ごく!楽しかった!まだふわふわしてる感じがする…!」
「お気に召したようでなによりっす!あ、次はあれ乗りましょ!」
ジェットコースターを降りた私達は、近くのベンチで一息ついている
ジェットコースターのスリルと爽快感を気に入ったアンちゃんは度胸のある子だけど…対して、同じく落下前に怖がっていたエリーゼは、ジェットコースターから降りた後も魂が抜けたかのように沈黙している
乗り物酔いとかではないみたいだけれど、単純に怖くて意気消沈しているだけみたい
「エリーゼ、水を飲みなさい
幾分か、気分が落ち着きます」
気を利かせてくれたバーサーカーがペットボトルの水をエリーゼに差し出すけれど、それを受け取るエリーゼは小さくお礼を口にしながらもその手は小刻みに震えていた
「ランサーは…大丈夫かどうか聞かなくても良さそうだね」
「うん、速度と高度で言えば僕の方が性能は勝っていると思うよ」
ランサーは相変わらずの回答で、むしろ安心した
「ただ…マスターが甘えてくれるのなら、これに乗る意義は見い出せるね」
「ちょ、ちょっと!」
何故ランサーはこうも小っ恥ずかしいことを平気で言うんだ!?
「はぁ〜エリーゼってば、普段あんなにツンケンして偉そうぶってる割には案外雑魚っぽいっすね!」
撃沈しているエリーゼに近づいて、かごめくんは彼を煽る煽る
見た目は女の子のようとはいえ、相手が同じ同年代の男だからか…男の子特有の絡み方に少しハラハラするも…そんな心配は杞憂だったように、エリーゼはかごめくんを睨み付けた
そしてそのまま、バーサーカーから貰った水を飲み干し、空になったペットボトルを握り潰した
「上等じゃない…魔術師たるもの、相手に笑われてそのままおめおめと引き下がれないわ
かごめ!アナタ、私と勝負なさい!」
「おっいっすよ〜!すぐ音を上げないでくださいっすよ!」
何故か男の子ふたりの対決が始まり、彼らは近くの競えそうなアトラクションを目指して走っていった
エリーゼもプライドの高い子だから、煽られたらつい火がついちゃうんだね…
「では私達は少し落ち着いたものに乗りましょう」
「えー、私この空中ブランコに乗ってみたい」
バーサーカーとアンちゃんも、パンフレットを見ながら別のアトラクションへ向かっていった
それぞれバラバラになってしまったけれど…まぁ、流石に人の多い遊園地で何か起これば騒ぎになるだろうし、すぐにわかるだろう
昨日の今日であのセイバーのマスター達が襲いに来ないとも限らないけれど…
「マスター、僕らはどうする?」
少し考え込んでいると、ランサーが私の顔を覗き込んで聞いてきた
「…そう、だね」
…聖杯戦争の事も大事、だけど…やっぱり今しかないであろうこの時間こそ重要視すべきだ
「……折角だし、私達もいろいろ見て回ろっか
時間になればさっき言った待ち合わせ場所に集まるだろうし」
そう言ってベンチから立ち上がり、歩き出せば…ランサーがじっと私を見つめてくる
「なに?」
「今は手を繋がなくても大丈夫かい?」
…驚いた、少し悪戯っぽく笑ってそう聞いてくるランサーに
この子、そんな顔も出来て、揶揄うことも出来るんだ…
「も、もう!今は大丈夫だって!」
「そう?ならいいのだけれど
僕の手が必要になったら、いつでも言って
君の手は冷たいから、適温に暖めることも可能だよ」
街全体に暖房機器が備えられているとはいえ、ドイツの冬はやはり寒い
寒さに強い私だけれど…やはり手の冷たさだけはどうにも覆しようがない
「ランサー、暖房機能もついてるんだ?大きなカイロってこと?」
「残念ながら僕は泥で出来ているから、鉄は入っていないのだけどね」
「真面目なのか意地悪なのか、わかりづらいよねホント…」
「そうかな?意地の悪いことをマスターに言うことは絶対にないよ
あるとしたらそれは…いや、話題に上げることすら不愉快だね
それに、マスターの人生にあの邪神が関わることのないように、知らない方がいい」
突然、今まで聞いた事のない毒を吐き出したランサーに驚愕する
普段あんなにも穏やかで優しいのに、いきなり火力マックスにしたような棘しかない言葉が出てきた
過去にこのランサーを酷く怒らせた人でもいたのかな?一体どんなことをすればここまで怒らせることが出来たんだろうか
「…ごめんね、嫌な気分にさせてしまったかな」
「い、いや!ううん大丈夫!
…ランサーからそんな、怒った感情が見えるなんて思わなかったから、意外だっただけ
人間っぽいところもあるんだな〜って」
ランサーは一度キョトンとしながら、緩やかに首を横に振る
「それは違うよマスター
僕は確かに道具であり、兵器であるけれど…確かに生前は、人を学び、人と語らい、人の心に近いものを得た
けれど僕は、死の瞬間にその心ごと砕かれたんだ
神々の死の呪い…それにより僕は命を落とした
今君の目の前にいる僕は、座に登録された英霊である僕は、心の無い泥の体だ
懐かしい記憶も、かつての怒りも、この体に染み付いたもの
…僕に、心は無いんだ」
物悲しそうに、ランサーは語った
いつだってランサーは道具であろうとする
心を持たない、使われるだけの道具
そんなランサーと仲良くなりたくて、いろいろコミュニケーションを取ってきたけど…ランサー曰く、そもそも心の無い泥の体がランサーなのだという
…けれど、それじゃあ…
なんでそんなに、切なそうな顔をするのだろうか
ジェットコースター、コーヒーカップ、空中ブランコにメリーゴーランド…数々のアトラクションに乗り、ショッピングエリアで奇抜なカチューシャやサングラスも購入し、すっかり楽しみ尽くしている私達は今、フードコートの団体客用テーブルで昼食をとっている
「いやぁ〜姉さんゴーカート下手くそ過ぎっすよ!めちゃくちゃレールにぶつかってたし!」
と、造花の首飾りとカラーサングラス、カウボーイハットを被った滅茶苦茶な格好のかごめくん
「運転スキルは駄目ね、メイベルに教わったら?」
と、うさ耳のカチューシャを付けたエリーゼ
「あのジェットコースターという乗り物、重力と電気走行を利用した擬似的な落下体験だけど、速度と回転と降下のスリルを得るなんて…人は何故危機的体験をあえてするのだろう
死への恐怖が無いわけじゃないだろうに」
と、ハートサングラスに謎の触角カチューシャをつけたランサー
「これすごいパチパチする!口の中でちっちゃな爆弾が爆発してるみたい!」
と、垂れ耳帽子を被ってアイスを頬張るアンちゃん
「アン、慌てないで
アイスクリームが溢れてしまいます」
と、渦巻きメガネをかけたバーサーカー
さっきエリーゼとランサーを誘った私が言うのもなんだけど、なんて浮かれた集団だろう…と、花冠を被った私
頬張るチュロスを、皆に見えない死角の位置から齧り取る無二
さっきまでグロッキー状態だったクセに、もうがめつく私のチュロスを横取りしているなんて
「私の運転スキルは置いといて…そろそろ遊園地の調査に取り掛かろうか」
「その事なんだけど、いいかな」
話に割り込んできたのはランサーだ
ランサーは高ランクの気配感知スキルを有するし、既に遊んでいる中で何かを感知したのだろう
「うん、いいよ」
「この土地…遊園地の私有地の範囲内に、サーヴァントの気配がある
僕達とは別のものだ
ただ、それがどこにいるかまでが特定できない
遊園地のどこにでもいるような、蔓延的な気配だ」
その報告を聞いた瞬間、私達を取り囲む空気が緊張感を纏うものになる
ランサーが感じ取った、サーヴァントの気配…けれど居場所が特定できず、この遊園地全体から感じ取れるというのは一体どういうことなのだろう
しかもそれは…数が合わない
私達同盟の四騎、昨日出会った二騎…残る一騎は、最初に私を襲ってきた黒い騎士
昨日のセイバーとキャスターの根城ではないはず、それならここは、あの黒い騎士の…?
「…ついでに言うと、この遊園地には各所に織物が掛けられているね
現代で言う、タペストリーなるものが」
「ああ…そこら中にあるわね
このスピナーランドは、緻密かつ繊細な技術で作られたタペストリーも人気で、バーシュウィンデンを代表する美術品としても指定されているそうよ
それがどうかしたの?」
エリーゼの言う通り、この遊園地には街灯や建物の壁、屋内の内装にも至る所に織物が飾られている
キメ細やかな糸の織り様は、素人目でも感嘆してしまうほどの繊細な美しさを感じられる
美術品として認められるのも納得のものが、数多く展示されているこの遊園地は、ある種の美術館にも受け取れる
「ああ、そのタペストリーには、魅了の呪いが掛けられている」
……ん?なんだって?
「
しかも相当強力かつ気付きにくいもの…神代レベルの呪詛だ
人は人が生み出す作品の価値を感情により判断する、そこを突いた呪いだろう
誰だろうと目を奪い、心を奪う…そんな呪いだ
しかも厄介なことに、きっとこれは遅効性の毒に似ている
見た瞬間はその美しさを目に焼き付けるだけで、時間が経ってその作品から離れると…中毒症状のように再び鑑賞したくなる、そんなところだろうね」
「…なるほど、理解しました
煙草もドラッグも同様です
使っている間は安心感を得ますが、使わない時間が長ければ長いほどよりそれを欲する
あそこにも、あちらにも、そしてここにも…それらと同じ、劇薬と認められるべき代物がここには堂々と飾られている
いけません、劇薬は重々に管理し、特別な時にだけ使用するものです
患者の目に触れる、手に届く所に保管するなどあってはなりません
中毒症状が見られるというのならば、即刻治療方法を見直さなければなりません」
独特の解釈方法で理解するバーサーカーと、首を傾げるアンちゃん
つまり、壁や施設内の至る所に飾られているタペストリーも…ひいては絨毯、テーブルクロスなど織物全てに、チャームが掛けられているということか
しかもこれは魔術ではなく、呪いの類で…ランサーが「気付きにくい」と言う程なのだから、本当に人間の無意識下に働きかける呪いなのだろう
それを、この遊園地全体に、どこを見ても視界に入るような数を配置している
「サーヴァントが作成したものだという認識でいい?」
「間違いないだろうね
当然僕らサーヴァントには効かないけれど、君達魔術師はどうだろう」
「…正直、言われてから気がついたわ
それまでは本当に一糸一糸が繊細に織り成される美しい作品だと思っていたのよ
けれど、神代の呪いとなると私達には対策が難しいわ
とりあえず全員に呪詛返しを施してみるけれど、効果があるかどうか…」
エリーゼが眉間を揉みながら対策を考えてくれる中、かごめくんが静かに手を挙げた
自信に満ちたわけでも、状況が理解できていないわけでもなく…ただ単に、確認をするように口を開く
「えっと、つまりは見ただけで魅了されちゃうってことっすよね
審美眼があるかないかに関わらず、認知した相手の感情を「感動」に集約させて魅了する…そういう類っすよね?」
「その認識で間違いないよ」
「ふむふむ、なるほど…じゃあ少なくとも俺達は大丈夫っすよ
俺が何とかするっす」
かごめくんは懐からマジックペンを取り出し、アンちゃんの手首に何かを書き始めた
「要は、
人間の認知って、目で見えるのと頭で理解するのは別っすから
目で見えてても脳に情報が届かなければ認識は出来ないっす
だから、ちょっと遠いけど四肢にこの術式を掛けてやれば、回路を通って…こんなもんすかね」
三節程の短文の術式を書かれたアンちゃんは、周囲を見渡す
何か違和感があるのか、何度も同じ場所を見返したり、凝視したり…を繰り返す
「…なんだか、さっきまで見えてた物がうまく見えない
そこにあるのに、無いように見えるの
すっごく集中して見て、あ、何かあるってなるような…そんな感じ」
「認識阻害の魔術ね
アナタ、ただのバカじゃなかったのね」
「バカってなんすか!酷いっすね!
元々余計な情報を遮断し限定的な箇所の集中力を高めるための魔術なんすよ!それを軽度に調整して応用しただけっす」
かごめくんも曲がりなりにも轟家の分家魔術師だということを痛感させられる
私には出来ない魔術だ、すごい、申し訳ないことにちょっとショック
それから私達はかごめくんに魔術をかけてもらい、チャームへの対策は出来たけれど…かごめくん曰く、これはかごめくんが掛けるには対象に直接術式を書き込む必要があり、他一般人の人達全員に魔術を掛けるのは不可能だということ
つまりは、ここに訪れた数万人の一般人は…既に呪いを受けてしまい、解呪する手立てがないということ
呪いを受けた人達を守るには、その元凶を叩くしかない…ということだけれど
「では、こちらの品々を全て燃やし病原菌の蔓延を防ぎましょう」
「何言ってんのバーサーカー!?普通に器物破損で訴えられたら社会的に対抗できないからやめてね!?」
「かつて凶悪なペスト病は病原菌を運ぶネズミの駆除やご遺体の火葬、加熱やアルコールによる消毒により根絶されました
やはり熱というものはあらゆる病原菌をも滅ぼすのです
かの著名な医師ノストラダムスも、時代に先んじて当時では革新的だったそれらの治療法を行われていました
殺菌滅菌をせねば病は無くならないのです」
この医療狂者は、本当にこの遊園地中の織物を燃やし尽くそうとする勢いで、とても危険だ
「落ち着きなさいな
燃やしたところで新しい作品が作られるだけよ
それこそ猫とネズミのゲームのように延々と繰り返すことになるわ
そうね…現状出会っていないサーヴァントのクラスはライダーだけだから、ライダーと仮定しましょう
ライダーはこの遊園地を陣取っている、そこは間違いないわ
この織物達がライダーが、サーヴァントが作った物なら、工房があるはず
作品達は遊園地の外から流通しているわけではないから、この遊園地内で製造されていると考えてもいいでしょう
一般公開されていないだけで、独自のルートがある可能性も捨てきれないけれど…ひとまずはライダーはこの遊園地の中にいる、と仮定しましょう」
エリーゼが簡潔にまとめてくれたことで、一つ引っかかるものがある
私は、七クラスのサーヴァントの最後の一騎を知っている
あの日出会った黒い騎士…彼がライダーのサーヴァントであるならば、全部揃う
けれど、あの騎士が…機織りをして呪いの籠った織物を作るようには見えない
偏見かもしれない…けれどサーヴァントというのは、人類史に刻まれた足跡の再現であり、伝承や伝説、人々が言い伝える中身で本質から歪まされることもあれば、一側面のみを強調されることもある
あの黒い騎士は剣を振るい圧倒的な力で押し切ってきた…武力に長けたサーヴァントだろう
そんなサーヴァントが、こんな回りくどい手法を取るのだろうか…?
神代の呪いと、ランサーは言っていたことから、サーヴァントの仕業である可能性は高いのだろうけど…何か引っかかる
これはさすがに、みんなに共有した方がいいのかもしれない
私はそう判断して、私が出会った黒い騎士について話そうとした
「あの…」
「マスター」
声を発したと同時に、アーチャーが姿を現してエリーゼの傍らに立っていた
両手にはカラフルなチュロスが握られており、神妙な顔つきから掛け離れた様相に思わず言葉を失う
「ご歓談中失礼します
少々よろしいですか?」
「…アナタねぇ、その浮かれた格好はなんなの?」
「ミルキーシュガー味とポッピングフロート味です
大変美味ですよ」
「……」
ああ、エリーゼのこめかみに青筋が立っている
でもエリーゼだって人のことを言える格好ではないと思う
「…悪いけど、少し席を外すわよ
そっちで話は進めておいてちょうだい」
アーチャーに呼ばれ、エリーゼは席を立ち離れていった
やがて人混みに消えたエリーゼはもう視認できない
「萌恵さん…あの、聞き間違いかもしれないんだけど
さっき、何か言おうとしてた?」
アンちゃんは先程の私の声を聞いていたようで、何があったのか聞き返してくれる
「あ…なん、でもない」
それに対して、ぎこちない笑顔で返してしまった
まだ不確定要素も多いのに、より事態を混乱させてはいけない
この遊園地を牛耳っているサーヴァントがいて、それは黒い騎士なのかどうか確定ではない
黒い騎士でない場合…この聖杯戦争には、八騎目が存在していることになる
ひとまずは、この遊園地のサーヴァント…ひいては織物の工房を突き止めることが目の前の目標だ
真相を確かめるのは、それからでもいい