Fate/catastrophe   作:白波恵

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夢の入り口Ⅳ

 

夢のような一日だった

 

いや、思えば数日前から…聖杯戦争が始まってから、夢のような日々だった

 

アンは今日あった出来事を思い返しながら、遊園地の土産物である垂れ耳の兎の帽子を手に、浮き足立つような感覚が止まずにいた

 

帰りにはジャンクフード店ではなく、ファミリーレストランに寄って、夢にまで見たパフェを食べた

 

バーサーカーは「摂取カロリーを大きく超えています」と言っていたが、かごめがそれを宥めていた

 

大きなパフェだったので一緒に食べようとかごめを誘ったら、なんだか顔が赤くなり慌てた様子だったのが気がかりだ

 

今日一日、かごめはほとんどアンに付き添ってくれていた

 

今日だけではない

 

彼は昨日も、一昨日も、アンの傍で彼女を楽しませてくれた

 

かごめだけじゃなく、萌恵もエリーゼも…聖杯戦争という望まぬ戦いに参加させられたと言うのに、かけがえのないものを得られた

 

アンは今後一生、今日の思い出を忘れることは無いだろう

 

「ねぇかごめさん」

 

アンの病室に運び込んだベッドの上に座るかごめを呼ぶと、先程から落ち着き無さそうに手を弄る彼が視線を上げた

 

「な、なんすかね」

 

「今日は本当にありがとう

なんだか私ばっかり楽しんじゃって…」

 

「な、い、いいんすよ!俺らはああいう場所いつでも行こうと思えば行けるっすけど、アンちゃんはそうはいかないっすから!

楽しんでくれたんなら、本当になによりっす」

 

照れ臭そうに頬を掻きながらも、かごめはそう言ってアンを安心させる

 

楽しんでばかりなのはかごめだってそうだ、途中で抜けたエリーゼはどうかわからないが、ちゃんと調査していたのは萌恵とランサーくらいで、自分はというと簡易的な認識阻害魔術を施しただけ

 

役に立てていることなんて僅かにも無いだろう

 

そんな萌恵とのメッセージのやり取りの履歴を確認するため、かごめはスマホを取りだした

 

画面上には、夕方遊園地前で別れてからのやり取りが続いている

 

『私の方からもエリーゼにメッセージを送ったけど、未だに返信も既読もつかないよ』

 

『大丈夫すかね』

 

『わからない…エリーゼ達にも手伝ってもらって、今晩にスピナーランドに侵入して調査しようと思ったけど』

 

『俺手伝うっすよ!』

 

『かごめくんはアンちゃんの傍にいてあげて

またいつ襲撃が来るかわからないから』

 

そんなやり取りをしている中で、かごめの方は歯痒さを覚える

 

彼は今日、今までの軽々しい好意とは程遠い、心臓を鷲掴みにされる程の衝撃的な恋に落ちた

 

彼はアンへの恋を自覚してしまった…それと同時に、今はそんな恋にうつつを抜かしている場合じゃないことも理解している

 

ひとまず聖杯戦争を生き残ること

 

その為にもやれることはやりたいとかごめも感じている

 

惰性で参加した聖杯戦争だが、今日この日から、彼は本気で聖杯戦争で戦うことを決めたのだ

 

アンを守るため、聖杯戦争を生き抜くため

 

その為に自分が出来ることは、なんだろうか

 

アンの傍で彼女を守る…そんな騎士みたいなことを、自分に出来るのだろうか

 

(…いや、やってやる、やってみせるっす

俺だって魔術師の端くれだ、今更だけど自分に出来る全部を賭して…)

 

その時、けたたましい着信音がかごめのスマートフォンから鳴り響いた

 

同時に、病室の扉が開いた

 

「…就寝時間です

通話は患者のいない場所で」

 

ぬ…と顔を出してきたバーサーカーが、懐中電灯を持ちながら病室の電気を消す

 

一歩間違えればB級ホラー映画に負けない恐怖演出に心臓が一瞬止まったかのように錯覚したが、かごめはバクバクとうるさい心臓を押さえながらスマホを持ってベッドから降りた

 

「ごめんアンちゃん、すぐ戻るっす」

 

「大丈夫、急がなくてもいいですから」

 

「私は見回りをしてきます」

 

バーサーカーも懐中電灯を手に、廊下や他室の戸締りを確認しに出ていった

 

かごめは慌てて病室から出て、少し離れた廊下の先で通話を始めた

 

「ちょっと!アンタ今まで一体何して…

 

……え?」

 

 

 

誰もいなくなった暗い病室の中

 

窓も締め切りカーテンは閉じられている

 

アンは一人、ベッドに横たわる

 

握り締めた白兎の帽子だけが、今の彼女を落ち着かせる

 

夢のような一日だった

 

まだ止まらないときめき、落ち着きのない心臓の鼓動を胸に眠りにつこう……その時だった

 

カーテンが、静かに揺れた

 

窓は締め切っているはずだ

 

隙間風も入らない病院の窓なのに…何故カーテンは揺れたのだろう

 

アンが上半身を起こし、そちらを注視していると…ふと、横に気配を感じた

 

「こんばんは、愛らしいお嬢さん

ほら見て、月の綺麗な夜だ」

 

そこにいたのは、漆黒の闇に溶け込みながらも目を惹くパープルとピンクの縞模様

 

気まぐれに揺れるその尾が、窓際に座る少年に繋がっている

 

「…え?」

 

アンは目を疑った

 

先程までは誰もそこにいなかったはずだ

 

それなのに、瞬きの間にカーテンは開かれ、窓も解放されている

 

冬の夜の冷たい空気が流れ込み、大きな白い月を背に、少年が佇んでいる

 

その少年の姿を、アンは知らない

 

「ああ、驚かせてすまない

僕は君に危害を加えるつもりはないんだ

今この時、この出会いを奇跡として永遠に切り取ってしまいたいとは思うけれど…どうか僕の話を聞いてほしい」

 

「あ、貴方は誰、ですか…?」

 

アンは恐る恐る聞いた

 

人の姿をしているが、アンも聖杯戦争に参加しているマスターの一人だ

 

その少年が、サーヴァントだという事はアンも理解している

 

かごめかバーサーカーが戻るまでの僅かな時間の隙を突かれたのだろう

 

どう侵入したのかは不明だが、現に今アンの目の前にサーヴァントがいる以上は危険であることに変わりはない

 

ひとまずは、すぐに殺される様子はないため、彼女も慎重に問いかけた

 

「僕かい?僕はキャスターのサーヴァント

時に時間に焦る白兎、時に女王の命に従う従僕兵士、時に…神出鬼没の透明な猫

僕の宝具は僕の物語の登場人物そのものを召喚できるけれど、契約者によって可能な範囲が左右される厄介なものでね

でも、登場人物にな(・)り(・)き(・)る(・)だけならスキルで応用可能なんだ

僕のスキル、「船旅の詩(バウ・オブ・グッドソング)」で紡がれたばかりの物語、登場人物は未だ僕そのものと言える

今ここに現れたのは、チェシャ猫として姿を消して、そして現れたというわけさ!どうだい?驚いたかな?」

 

仰々しく物語を聞かせるように身振り手振りを振るう少年…キャスターを、アンは固唾を飲んで見守った

 

キャスターは、アンの母親(イレイナ)のサーヴァントだ

 

昨日自分を殺しに来たサーヴァントが、今目の前に立っている

 

だが、危害を加えるつもりはないと言っていた

 

本当に殺すつもりは無いのだろうか

 

「…こほん、話を戻して

君は僕のマスター、イレイナ・ブラウンの娘…アン・ブラウンだね?

嗚呼、君のような娘に出会うのを僕は待っていたんだ

現代は夢のない子供が多いからね、どれほど摩訶不思議な即興劇を聞かせたところで、誰も彼もが耳を傾けやしてくれない

今時の子は皆ゲームだ動画だ、自分の想像力を働かせることもしない!

…その点、君は素晴らしい

足が動かず自由に出歩くことも出来ない

魔術師の母親に束縛され外の世界を知らない

世界への強い憧れ…それこそ、アリス足り得る素敵な素質なんだ!」

 

キャスターはふわりふわりと飛び跳ねながら、アンのベッドの周囲を巡って演説する

 

その足跡には草花が生え、キノコが生え、カラフルな光が浮かび上がる

 

幻術…しかし、見る者の空想を信じる力があってこそ目に映る、そんな軽いまやかし程度のものを、アンは目で追ってしまう

 

アンは、怯えていながらも、目の前に広がる不可思議な景色にどうにも目を奪われてしまう

 

純真無垢、故に警戒心は脆い糸くずのように解れていった

 

「ねぇアン・ブラウン、君は素敵な女の子だ

夢を見る心を持った、現代に数少ない無垢な乙女

僕は君に出会う為に、この聖杯戦争に召喚されたんだ」

 

「私に、出会うため…?」

 

「ああそうだとも、僕のアリス

聖杯に叶えてもらうべき願いは今、僕の目の前にいる

愛らしいお嬢さん、どうか僕の手を取って

脚が動かないのなら、動く脚をあげよう

君のための新しい「不思議な物語」を紡いであげよう

そうして君は、新しい足で世界を駆け回るといい

その旅路を、僕が舗装しよう」

 

キャスターは、恭しくアンへ手を差し伸べた

 

月の光が彼を照らし、まるで不自由なお姫様を攫いに来た怪盗のようにも見えた

 

普通なら、こんな怪しいサーヴァント…しかも敵である相手の言葉に、すぐに乗ることはしないだろう

 

しかし…彼はアンの弱い所を突いて語った

 

動かない脚を動く脚に

 

自由を与えてくれるという甘言は、幼いアンにとっては神経を麻痺させるほどの猛毒に等しく…

 

アンは頭で考えるよりも先に、その手に触れようと自分の腕を持ち上げていた

 

しかし、その時だった

 

「…!」

 

キャスターの体は紫色の糸に縛られ、高く持ち上げられた

 

その糸は針金のようであり、鎖のようであり、またそのどれでもない…硬質化された毛髪に過ぎないもの

 

消灯したアンの病室の片隅、月明かりによって照らされた部分と対を成す漆黒の闇の中から、虚ろな髑髏面が浮かび上がる

 

「……」

 

「おおっと、アサシンのご登場かぁ

てっきり自分のマスターの傍についているものかと思っていたよ」

 

キャスターは自分を縛る髪を見つめながら嬉々としているが、アサシンは何も語らず、キャスターを縛る自身の宝具(髪)に力を込めた

 

だがその瞬間、髪は縛っていた物を見失い、静かに解れた

 

「…!」

 

キャスターを縛っていた彼の肉体はそこにはなく、ただ空中に彼の首が浮かんでいる

 

透明化と言うだけならば、見えないだけの実体が存在するはずだが…そこには本当に首だけが浮かんでいるようだった

 

「今の僕はチェシャ猫だ、物理攻撃は無意味なのさ」

 

キャスターは自身の宝具とも呼べる書物を取り出し、いちばん最初のページを開いた

 

本来なら彼の書いた物語の最初の章、最初の段落、最初の一行、その最初の文頭には、物語の主人公となる「アリス」の名前があるはずなのだが…何故かそこに、アリスの名はない

 

以降の文内の全てに、アリスの名はなく、空白がぽつりぽつりと点在している

 

「さぁ僕のアリス、この最初の空白に君の名を書くんだ

そうすれば僕の宝具は完全なものになる

君の夢は空想ではなく、現実になるんだ」

 

アンの目の前に開かれた本と万年筆が置かれる

 

彼女の瞳は迷いに揺れ、どうすべきか思い悩んでいた

 

ここで署名を断り、アサシンの協力でキャスターを迎撃するか…むしろこれをチャンスと捉えるか

 

キャスターは理由こそ不明だが、アンに執心しているように見える

 

昨晩の強襲時とは違う行動は、頭に血が登りやすく視野の狭い母の作戦とは考えにくい

 

もしかするとこれは、キャスターの独断行動なのではないか?

 

ここで自分がキャスターを手篭めにして味方に引き込めれば、より怪物退治は有利になるのではないか?

 

そこまで考えながら、アンは恐る恐る口を開く

 

「…これに名前を書けば、私はどうなるんですか?」

 

「君が僕の物語の主人公(アリス)となる

あとは君の思うがまま、不思議な世界の語り部は僕だが、道を切り開くのは君自身だ

君が望む未来が訪れる」

 

「私が名前を書いたら、貴方は…私に協力してくれますか?」

 

「協力だなんて堅苦しいじゃないかアリス

僕と君の仲だ、なんだって叶えてみせよう」

 

その問答を経て、アンの心は決まった

 

アンは、力不足の自分を恥じている

 

ただでさえ足が悪く、満足に動けずにいる自分が、友を助けるどころか助けられてばかりいることを悔やんだ

 

今日だってそう、自分ばかり楽しんでいては、あまりにも不公平だと

 

なにか自分にも出来ることがあればいいのに、彼女には何も無かった

 

無力感、自分自身への失望、友への返礼、憧(・)れ(・)…それらが混ざり合い、そして正常な判断を鈍くさせてしまう

 

キャスターの言う通りにすれば、ひ弱な自分にも力が手に入る

 

もう、誰の足を引っ張るばかりじゃなくなる

 

アンの手が、万年筆を握る

 

「……!」

 

「おおっと!アリスの着任式だ、邪魔しないでもらいたい!」

 

アサシンの毛髪の攻撃を、キャスターが召喚した処刑人が防いだ

 

アンの手は、震えながらも握り締めた万年筆で、その書物の空白に名前を書き記した

 

Ann…その筆跡は淡い光を放ち、後の空白達にも同じ名前が刻まれていく

 

宝具たる書物はとめどない魔力を放ち、光が周囲を包み込む

 

「ああ、ああ!僕のアリス!ありがとう、ありがとう、ありがとう!

君のおかげで僕の物語は完全となった!ありがとう、僕の欠落を埋めてくれた尊い君よ!

それでは世界の皆々様!今宵謳うはチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン…またの名をルイス・キャロル!主演アリス役は脚なき乙女アン・ブラウン!

仰々しく語るのはシェイクスピアの十八番だけど、僕もそれに倣うとしよう

 

『アリスよ!あげよう幼き話

稚き夢にあふれたあの眠り、やさしく花環にしておくれ

記憶にたなびく神秘のけむり

そはまさに遠い異国で巡礼が、摘みて枯れたる花冠』」

 

光は更に増していき、アサシンでさえ魔力の激流に耐えられない

 

光の中心…激しくページが吹きすさぶ本と、それを手にしたアンは、流れてくる魔力の文字列を脳で受け止めるのに精一杯

 

そんな中、病室の扉が壊れるほど強く開かれた

 

「___マスター!!」

 

異変を察知し戻ってきたであろうバーサーカーが、アンを呼ぶ

 

すぐさまバーサーカーは己がマスターへ手を伸ばす…だが、その手は一寸先の光に呑まれ、彼女のマスターに届くことは叶わなかった

 

深紅の瞳がアンを捉えるも、その輪郭すら光の影響で失われていき

 

やがて、光は病室内から病棟を、病院を覆っていった

 

 

 

「…真名解放

 

『ようこそ不思議の国へ(ワンダーランド・イン・アリス)』」

 




黄金の 光輝く 昼下がり、われら ゆっくり川下り。

オールを握るは 小さな腕、力を出せとは ないものねだり。

幼いおててが ひらりとあがり、ガイドのつもりで 右ひだり。



ああ、ひどい、三人娘 情がない!

ぽかぽか眠くて しかたない。、

なのに お話せがむとは!

羽毛を動かす 息もない。

だけどこちらは ひとりきり。

3人相手じゃ かなわない。



一の姫様 尊大に、

「さぁ、始めて」とアナウンス。

やさしい声で 二の姫は、
「いっぱい入れてね、ノンセンス!」

三の姫、一分ごとに 茶々入れて、

お話 ずたずた 分断す。



たちまち 三人 おしだまり、

夢の子追いかけ びっくり愉快

できたばかりの 不思議の話、

見るもの聞くもの 奇々怪々。

鳥や獣と おしゃべり はずむ、

きっとあるよね、そんな世界。



やがて、話の泉は涸れて、

語り手 疲れて もう限度。

おそるおそる、二度三度、

口にしてみる、「続きは今度__」



すると声合わせて、「ま(・)た(・)今(・)度(・)!」

楽しげな声が遠のくジ・エンド。



不思議の国のお話は、

こうしてゆっくり紡がれた。

おかしな出来事 語り終え、

川の水とともに 時 流れた。

おうちに向かって 漕ぐころは、

お空はすっかり 黄昏れた。



アリスよ!あげよう 幼き話。

稚き 夢にあふれた あの眠り、

やさしく花環に しておくれ。

記憶にたなびく 神秘のけむり。

そはまさに 遠い異国で 巡礼が、

摘みて枯れたる、花冠。





ルイス・キャロル著 「不思議の国のアリス」冒頭抜粋
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